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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
14/48

始まりの季節

 4月に入り、正式に辞令が下り、企画経営室としての運営が開始された。

 課長改め所沢室長、俺が副室長となる。主任として藤原兼人・吉田栄美・山本麗子、伏見三郎が、企画担当として星野かれん、小鳥遊すずめ、大熊猛が着任した。

 中々に癖の強い面々だ。

 企画経営室の居室は株式会社ウズメ・プロジェクトの以前から使わせて頂いていた部屋をそのまま使わせて貰い、賃料をクロシエで払うことで合意した。

 部署の運用は所沢室長の采配に任されていて自由度が高い。俺はそのサポートだ。

 担当はその都度室長の指示で担当することになるが、基本的には伏見と大熊はマスターエルクの担当で、麗子と栄美は化粧品の担当となる。兼人とすずめはイベント関連の担当となった。

 4月のイベントについてはマスターエルクの協賛でお花見企画が進んでおり、いつものベースキャンプ場で野点の茶会を行う案が出ている。

 ひな祭りに続いての和の催しになるのだが、そこが面白いとSNSでは盛り上がっていたとのことだ。

 かれんチャンネルの登録者数は今でもジワジワと増加しており、相変わらずの魅了の力と俺は密かに舌を巻いていた。

 そんな仕事漬けのある日、事件は起きた。

 その日は月曜日で前日から泊まっていた麗子がシャワーを浴びていた時のことである。

 俺はリビングの付けっぱなしのTVから流れるニュースを聞きながら朝食を作っていた。 フレンチトーストを作るためバットにミルクとタマゴのつけ汁に厚切りの食パンを浸している時にそれは聞こえてきた。

 『昨日未明に行方が分からなくなっていた会社役員、内藤文夫さんが高速道路湾岸線の停車エリアで亡くなっているのが発見されました。警察によりますと内藤さんは昨夜自家用車で自宅を出たあとの足取りが掴めておらず事件と事故の両方で捜査を開始しました。内藤さんは昨年3月に未解決事件に巻き込まれ亡くなった山路大介さんが代表取締役を務めていた会社である株式会社ヨツバの常務取締役であるためその関連についても捜査が行われいてるとのことです。次のニュースです・・・』

 「内藤常務が亡くなった・・・」

 バスルームからはまだ麗子が使っているシャワーの音が聞こえていた。

 俺は冷蔵庫からベーコンとレタス・トマトを取り出し、ベーコンを熱したフライパンで焼き始める。レタスは手でちぎりサラダボウルへ盛り付ける。トマトは湯むきをして4つにクシに切り、レタスに添え、焼き上がったベーコンも添える。

 オートパイロットで朝食の準備を整えながら頭の中では山路社長、内藤常務、時任現社長の関係性を整理していた。

 麗子がバスルームから出てドライヤーで髪を乾かしている音が聞こえ始めた。

 出勤時間にはまだ1時間ほどある。

 フライパンにバターを入れ、フレンチトーストを焼き始める。

 焼き上がった頃に麗子がキッチンに顔を出し、サラダボウルをリビングのテーブルに配膳する。

 俺は野菜ジュースとマヨネーズを冷蔵庫から取り出し、焼き上がったフレンチトーストの皿とともにリビングへ。

 「お腹すいたねぇ。」麗子が野菜ジュースを二人のグラスに注ぎ入れる。

 俺は野菜ジュースにレモン果汁とタバスコを追加で入れ、マドラーでかき混ぜる。

 「また癖の強い飲み方してる。」麗子が言う。

 「ああ、そうだね。」

 「むぅ、祐介くん、なんか上の空だね。」

 麗子が少しむくれた顔をする。

 俺は意識をテーブルに向ける。

 「ごめん、ちょっとニュースで気になることがあったから・・・」

 俺は今聞いたばかりのニュースを麗子に伝えた。

 「えー!?ヨツバの取締役が一年で2人もなくなるなんて」

 「しかも事件性が高いって言うからなおさらね。」

 「犯人はやっぱり今の社長の時任さん?があやしい?」

 「どうだろうなぁ・・・」

 確かに一連の事件で幹部級の人で一人利益を得たように見えるのは時任氏だ。

 だが、それだけに逆にちがうような気もする。

 所沢室長は内藤氏は事件に直接関与していないような感触だと言っていたが、殺されてしまった。まだ事故の線も考えられるがまず間違いないだろう。

 俺たち二人は一旦この話を切り上げ、昨夜見ていたアニメの話題になった。

 「なんで祐介くんには分からないかなぁ?シオンの良さが!」

 「ダメって言ってないだろ?シュナの方が仕事ができて良いって言っただけで。」

 「だから分かってないんだって!」

 「なんでだよ!?」

 アニメの話になると推しキャラが見事に分かれるのはなぜなんだ?


 「おはようございます。」

 「おはようございます。」

 「おはよう。」

 課長改め室長は朝から自席でコーヒーを飲んでいる。

 ウズメ・プロジェクトでは朝一番に好きな飲み物を好きなような飲むことが慣例となっていたので、クロシエチームも習うことにしたのだ。

 室長は豆を自前のミルでひいてドリップしていた。

 こだわり感が強い。

 室長を更に上回るのが以外にもベアード大佐こと大熊である。

 彼は朝から抹茶を茶筅で点てて茶碗で飲んでいるのだ。

 本人曰く「抹茶のカフェイン含有量はエナジードリンクなど足下にも及ばない」とのことで、脳のスイッチが入るらしい。ドーピングかよ!

 千利休に謝れと言いたい。

 俺と麗子はティーパックのハーブティを部屋に置いており、好きな銘柄を気分で使い分けていた。

 フレックス出勤のため半数程度が朝から出勤しており、そのままミーティングを行う。

 室長は常に朝一から出勤しており、ミーティングには必ず参加する。

 時間は30分と決められており、飲み物片手にゆるりと行われる。

 その間にアイデアが出る場合もあれば、雑談で終わる場合もある。

 ただ、このミーティングには他の意味もあると俺は考えている。

 所沢室長は「メンタルヘルスのチェックとケアだ」と言っていた。

 またスキルを使ってスタッフ全員の心理状態のチェックを行っているのだろう。

 「長谷川、ちょっと残ってくれ。」

 ミーティング終わりに声を掛けられる。

 他のメンバーは自席に戻っていく。

 「ちょっと一服に行こう。」

 室長はそう言うと喫煙ルームへ俺を連れ出した。

 「内藤常務の件だがな。」

 室長は両切りタバコに火を付けるなり言い出した。

 俺も室長が勧めてくれたタバコに火を付ける。

 「あれはちょっとヤバいな。」

 「と、言いますと?」

 「火の粉が飛んでこないとも限らない、ということだ。」

 「時任現社長だと?」

 「そこまでは分からんね。長谷川は時任氏とは面識があったんだよな?」

 「ええ、俺が担当していたとき、時任さんがヨツバの窓口になっていました。」

 よく考えれば仕入れの担当を専務がするのもあまり見かけない話ではある。

 「それに関してはクロシエとの関係にも大きく関わりがあるのかもな。」

 室長はタバコを一息吸い込んで煙を吐き出すと続けた。

 「クロシエの創業者鈴木家との因縁浅からぬ関係があるという話を聞いたことがある。」

 「と言いますと?」

 「クロシエ現会長が3代目だが、御年82歳で息子の現社長が58歳。時任氏はいつくくらいだ?」

 「50から55歳辺りじゃないでしょうか?」

 「時任氏の家庭環境は知っているか?」

 「娘さんが二人、まだ大学生だったと記憶していますが・・・」

 たしかそんな話を聞いた記憶がある。

 『上の娘が今年成人式でなぁ、来年は下の娘もだ。女の子は何かと金が掛かって大変だ』

 そう言っていた記憶が呼び起こされる。

 「時任氏のご両親の話は?」

 「お母様はご存命で一人暮らししているとか。奥さんと折り合いが良くないとか聞いた気がします。」

 「なるほど」

 室長はしばらく考え込んでいたようだが

 「俺が聞いた時任氏の出自なんだが、どうも父親は不明の私生児だったとのことだ。そして噂はクロシエ会長の落とし(おとしだね)と言う話だ。」

 「クロシエ現社長の弟だと?」

 「噂だよ。あくまで」

 「クロシエ社長の鈴木雅俊氏は良い意味でも悪い意味でも坊ちゃん育ちで情に厚い。」

 「時任社長はヨツバにそういうコネで入社して上り詰めたという話ですか?」

 「どうだろうな?長谷川は時任氏の人となりをどう見る?」

 俺は兼人との会話を思い出していた。

 『攻撃が最大の武器。両手剣使いのような、熱い人だ。』

 そのような感想を俺は持っていた。

 「とにかくだ、この件に関してヨツバでは2人の重役が亡くなったことになる。なにかと問題が起きるかも知れない。長谷川も注意しておいてくれ。」

 「承知しました。」


 少し整理してみよう。

 山路社長が亡くなったのは昨年の3月、内藤常務がこの4月。一年と数日で会社の重役が2名他殺と思われる死を遂げている。これは普通じゃない。

 そしてその間に代表取締役に就任したのが時任氏だ。

 時任氏はクロシエの先代社長の非嫡出子という噂がある。

 時任氏はアグレッシブな人となりである。

 今のところこれくらいか。これくらいでは殺人を犯す動機としては薄い気がする。

 平時に人を殺すということは一般の感覚からすれば禁忌中の禁忌だ。

 よほどの恨みがあるか、代償が破格でなければなかなかその行為には至らない。

 と俺は信じている。

 前世の世界では人の命は軽かったが、それでも戦争でもない限り人は人を簡単には殺さなかった。

 しかしこの世には快楽殺人などを行う頭のネジが何十本もまとめて吹っ飛んだようなヤツもいる。

 ただ今回のヨツバ重役連続殺人事件にはそういう狂ったもの以外の何かを感じる。

 警察も時任氏を容疑者の一人として考えていることは間違いないだろう。

 あまりそういう事件には巻き込まれたくないのだがなぁ。

 俺はこめかみを強めに押さえた。


 数日が平穏に過ぎたある日、室長からクロシエ社長の鈴木雅俊氏との食事会があるので開けておくよう連絡があった。

 なんでも企画経営室の業績をお祝いしてくれるとのことだ。

 室長である所沢と副室長の俺、それに星野かれんが呼ばれていたが、かれんは辞退ということで、室長と俺の二名がお呼ばれすることになった。

 クロシエでは企業接待によく使われる料亭の入り口で鈴木社長が到着するのを室長と二人で待っていた時、俺は妙な気配を感じて俺はその気配を探した。

 人の気配とは物音や流れに沿わない動き、視線などいろいろな要素がある。達人になればもっと感じる物があるのだろうが、俺は戦闘に特化したスキルは持っていない。

 「どうした?」

 室長がこちらを見ずに声を掛けてくる。

 「なにか奇妙な気配したような気がして。なにかは分かりませんが」

 「猟犬の嗅覚か?」

 「茶化さないでください。」

 「うむ周囲に怪しい思念的なのもは感じないな。」

 「そんなこともできるんですか?」

 「状況によるけどな。」

 そうしている間に会社のハイヤーが停車し、鈴木社長が後部座席から降りてきた。

 「お疲れ様です。」「お疲れ様です。」

 「忙しいところすまんね。」

 鈴木社長は中肉中背と言うには少々肉付きの良い初老の男だ。

 頭髪はふさふさとしており、肌の色艶も良く年齢より若く見える。

 料亭の仲居さんの案内で座敷に通された。

 「会社の会議室でも良かったのだが、せっかくだから頑張っている若者と一緒に砕けた話がしたくなったんだ。それで席を設けさせて貰ったんだよ。」

 社長は着座するとそう言ってきた。

 「恐縮です。」

 室長が軽く会釈をして席に座る。おれも習う。

 「今日は星野くんが来れなくて残念だ。噂の才女に会えると楽しみにしていたのだが。」

 「申し訳ございません。星野はこの後ライブ配信の予定がありまして、その打ち合わせで現場に詰めております。」

 「そうか、そうか。頑張ってるねぇ」

 鈴木社長は気さくな雰囲気の温和な人物だった。

 部屋付きの仲居さんが日本酒のセットとビールのセットを運んできて卓に置いていく。

 俺は社長と室長に日本酒の酌をすると、社長が俺の酒器に酒を注いでくれた。

 「では、新しい部門の発展を祝して乾杯だ。」

 社長が言うと俺たちは杯を飲み干した。

 この後は手酌で飲もうと社長の提案により各自で器に注ぐ。俺と室長はビールに切り替える。

 「このところ部署の改変が多くて大変だっただろう?」

 杯に注がれた日本酒を一口飲んだ鈴木社長は室長に問いかけた。

 「いえ、分不相応な役職を拝命したと恐縮しております。」

 まぁ、この人ならこの組織から外れた独立部隊のような処遇は願ったり叶ったりなんだろうと俺は思う。

 室長がチラリと俺を見る。

 「長谷川君も所沢君しっかり支えてやってくれよ。」社長が俺にも声を掛ける。

 「精一杯尽力いたします。」俺は答えた。

 食事は懐石料理の形式を取っており、先付けから順にコースで提供される。

 さすがの手際と言うしかない。普段こういう場所に出入りすることがない俺でも分かる。

 社長は当初の印象通り温和で思いやりのある人物らしい。

 会食も終わり、社長は別件で人と会う約束があると料亭を出ることになった。

 店の従業員が手配したタクシーに社長が乗り込むのを見送っていると社長が室長を呼び寄せ。二言三言話した後タクシーは走り去った。

 「どうかしましたか?」

 「社長からのお心遣いだ。」

 そう言うと万券を3枚俺に見せた。

 「やるなぁ社長」

 つい本音が出てしまった。

 「確かに。」室長も頷いている。

 「どうする?もう一軒寄っていくか?」

 「お供します。」

 俺たちはこれから起こる事件のことをまだ知るよしもなかった。


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