今後の方針と基礎化粧品
全くの別件だが俺は気になっていることがあった。
株式会社ヨツバの前社長の事件について所沢課長が内藤常務にカマを掛けていた件である。
その後全く連絡もなければ特別気にしている風でもない。
似た状態で不審死を遂げている人物もニュースで見たのも気に掛かる。
それとなく課長に聞いてみようかと思っていたら、課長から呼び出しがあった。
「何か言いたげな雰囲気を感じたのでな。ヨツバの件だろ?」
昼休みにメシに誘われたかと思うとこう切り出してきた。
「課長には筒抜けですか。」
「そんなに構えるな。少し調べて見たんだが、どうも同様の不審死はここ数年で5件ほど起きているようだ。」
「5件も?」
「もしかしたらもっと多いかも知れない。分かっているだけで5件だその内3件は事故として処理されていた。」
「犯罪のにおいがしますね。」
「そうだろうな。俺もそう思う。被害者・・・敢えて被害者と呼ぶが、彼らはみなそれなりの社会的地位を持っている人物ばかりだった。」
「会社の重役とかそういう?」
「非営利団体の理事もいたな。」
「それで、課長はどうするつもりですか?」
「今のところは何もするつもりはないな。ヨツバの件は取引会社とは言え、もし犯罪がらみであってもうちに飛び火してくる気配もない。その気配を知るために内藤常務に会いに行ったんだ。」
「他の件については?」
「知り合いの新聞記者や警察関係に軽く連絡を入れてみた結果似た事件があったがどの件もうちに絡んでこないと判断した。」
俺は一番気になっていることを聞いてみた。
「やはり能力者が介在していると思いますか?」
「それはさすがに分からないね。突然の溺死という括りで調べただけだから、特殊な能力を使わなくても普通に溺死に見せかけた殺人はあるからね。」
俺は少し考える。
殺人を犯すのに溺死を選ぶ頻度についてだ。
普通に考えて突発的な衝動なら道具などないから絞殺や鈍器で撲殺というところか。
計画的であれば水死というのも場所が限定されるが事故死として偽装しやすいとも言える。
しかし圧倒的に転落死で自殺を装うのが多い気がするのはドラマの見過ぎか?
「たしかに、その考察は正しいと思う。」
「課長、俺の考えを盗み見するのはやめて欲しいのですが」
「いいじゃないか。減るモノでも無し」
減る減らないで議論する問題ではないが・・・
「ヨツバの件に関してはうちに飛び火しないうちは静観を決め込むつもりだが、何かあったときは全力で行く。そのためにも長谷川には普段からその能力の理解度を深めていて欲しい。」
「どういう意味ですか?」
「やって欲しいことは医学について詳しく勉強して欲しい。」
「はい?」
「特に解剖学については専門医と議論できる程度には理解を深めて置いてくれ。」
「俺に何をさせようって言うんです?」
「たしか、牛肉や豚肉なんかは合成できたんだよな?」
「ええ。たまに料理の材料として」
普段は意識してスーパーで買い物をしているが、買い物が面倒になっていたりしたときには便利なんだが使いすぎるとタンパク質と脂質を合成しておいて脳で糖類が足らなくなるなどという困ったことも起きるのでたまにしかそういうずるいことはしないようにしている。ただあまり美味しい肉を合成するまでに至っていないのも理由の一つだ。
「だから旨い肉を食べるためにも勉強しようじゃないか。」
「課長それは解剖学でも医療分野ではなく畜産の分野だと思いますけど」
「動物実験は大事だよ。まぁネジの緩んだ動物保護団体にはお気に召さないようだけどな。」
やれやれ、金属加工の勉強の次は医療の勉強か・・・考えただけで頭が痛い。
そして俺は忘れていた。
かれんのコスプレ衣装を造ることを。
3月のキャンプイベントは今までとちがったコスプレ規格が色々な意味で反響がすごかった。
コスプレなんて一部の人の趣味だと思っていた俺が浅はかだった。
コスプレしてかれんと一緒にプロカメラマンが撮影してかれんのインスタグラムにアップされると告知されるとほとんどの女性参加者だけではなく、男性も結構な人数がコスプレをすることになった。
一応ひな祭りにちなんだ衣装をレギュレーションにしたので和装系が多かったのだが、西洋風のお姫様もいたり男性は羽織袴の正統派からどこの成人式会場からやってきたヤンキーか?って連中も散見された。
俺は数日前にすずめから衣装の件を念押しされて思い出したため、それ以後デザイン案を探し、仮のデザインで試作し、かれんに試着して貰い、その翌日に本番用を製作した。
かれんのイメージを壊さないように露出は少なめながらボディラインがしっかり出つつ、気品のあるものとのリクエストがすずめから出ていたため、デザインでずいぶん苦労した。あちこちのファッションショーの動画やイラストをネットで検索しまくり、その上で麗子にも意見を聞いた。デザインのフィギュアを造りそれを撮影してすずめとかれんに送り修正しながら最終案が決定した。
すずめからは「先輩!そんなフィギュア造ってる余裕あるんですか!?ってそれ後でくださいね!」とか言われた。
元々、革製品や金属製品の製作や加工は得意なのだが、布地は勝手が違って色々勉強にはなった。
今回のオフ会から導入したファシリテーター制度も好評で、率先して動いてくれる参加者が規範となって全てのイベントがスムーズに行われたのが今後の参考になったと運営を行っていた大井Dからの総評だ。
問題と言えば問題になったのはキャンプチェアの再販を望む声が予想以上に多かったことだ。
コレに関しては課長から株式会社プロトでの請負は禁止とキツく言われたためコスト面での折り合いがつかないので目処が立っていない。
海外生産にすることも検討されているがロット数と品質管理の問題が難しくなるので高波も頭を抱えている状況だ。
4月以降はキャンプシーズの最盛期に当たるが、ゴールデンウィークと被るため5月はお休みにしてはどうかという意見と、遠方からも参加できるから実施すべきという意見に分かれたが、かれんチャンネルで意見を聴取したところ、参加したいという意見が多く実施する方向に決まった。
「すっかりキャンプチャンネルになってきちゃったわね。」
栄美が休憩室でスマホを見ながらこぼす。
「一応、ちゃんと今まで通りコスメ関係や美容関係も配信していますよ。」とかれん
「そんなハードモードで仕事してたら死んじゃうわよ。」
「好きでやってることですし。今はまだ大丈夫ですよ。」
クラウドファンディングの方はオイルマッチの件で一段落したら、一旦企画を練り直すことにして数ヶ月は準備に費やすこととなった。
考えればソーマを皮切りにずいぶんと突っ走って商品の開発を手がけてきていた。
かれんの方からもキャンプグッズだけではなく、コスメ関連の商品も手がけたいという意見があった。こちらの方もよりよい商品を出すためには時間が掛かる。
健康食品・キャンプ用品・カジュアル系のアパレルに関しては提携可能な企業とのルートが確保できていたが、コスメ関連となると、クロシエとのしがらみがあり、新規の企業を選ぶのには商品開発部の横やりが鬱陶しそうだ。と課長が言っていた。
もちろん、既存の付き合いのある会社が悪いわけではないが、クロシエ本社とかれんプロデュースの商品とではロット数が大きく異なる。
当然その数の差は原価に跳ね返ることになる。
「今回私の方から提案したい商品は基礎化粧品のラインナップです。」
今回の企画会議ではかれんの提案から始まった。
「かれんチャンネルの方では既存ブランドのメイクアップ化粧品レビューなど中心にコスメ関連の配信を行ってきましたが、今後は基礎化粧品に力を入れていきたいと思うんです。基礎化粧品のレビューになるとメイクアップを完全に落としてすっぴんにならないといけないのでその辺りのご意見なども頂けたらと思います。」
メイクアップ系の配信者には、すっぴんからメイクをしていく動画を配信している人も少なくない。
すっぴんとのギャップを売りにしている動画も多い。
それがかれんのイメージと合うのかというと疑問だ。
「モデルを立てて星野が使い方を説明しながら使っていくという撮り方もあるんじゃないかな?」課長の意見である。
「今まで私一人が演者で出ているので、こだわるわけではないですがデレクション的にどうですか?」
「その点は大丈夫だと思うけど、シャングリラのスタッフを使うならNGの子も多いかもね。」これは大井Dの意見だ。
シャングリラは高級ラウンジだ。お客は夢を買いに来ているとも言えるので、すっぴんをさらすのはどうかという話なのだろう。
「そう言えば、小鳥遊さんっていつもほぼすっぴんですよね?」
大井Dがふとすずめの方を見る。つられて全員の視線がすずめに集中する。
「え、ちゃんとメイクしてますよ!」すずめが慌てて目をそらす。
「小鳥遊、ウソをつくんじゃない。」
課長の目が光る。
そう、この人にウソは通用しないのだ。
配信のディレクションはおいおい考えるとして、かれんの作りたいという商品コンセプトを説明して貰う。
要約すると、抗老化に特化した化粧水・美容液・パックの3点が基本にして、UV効果の高いメイクアップベース、クリームとポイントケア用の美容液やクリームを展開すると言うはなしだ。
一般的に老化の原因として、代謝の低下、紫外線による光老化、水分不足による乾燥、活性酸素による酸化、糖質がタンパク質と結びついてしまう糖化があげられる。
色々な成分が抗老化として世に出回っているが、本当に効果が期待できる成分はそろいもそろって原価が高い。
とはいえ、化粧品の多くは効果のある成分が全体の数パーセント程度しか配合しないのが一般的であり、小ロットの場合原価に大きく影響するのは容器や化粧箱だ。
容器メーカーが自社で型を持っている容器は安価でロット数も小さく小回りがきくが、アクリルなどで成形が入った容器はビックリするほど高く、そしてロット数も多い。
また、チューブ式のものは最低ロット3000個からが基本で、バルクの充填作業費も容器物に比べ割高だ。
更に美容液に浸したマスクシートなどのアルミパッケージ仕様になるとさらに原価は上がる。
この兼ね合いが難しい。
まず基本である化粧水を出すべきか、高額になるがより効果が期待できる美容液を出すか、セットにするかなどの議論がなされる。
美容業界にも流行廃れがあり、一昔前ではEGFやFGFといった特定の細胞に対して成長を促す成長因子が配合されているというのが売りになっていたが、最近では人幹細胞培養液という人の細胞を培養する際に培地になる成分の上清液なるものが流行っている。効果はEGFなどと同じと考えて良い。
ただ、ネット販売などでは散見されるがドラッグストアなどで販売する化粧品類にはまだ配合されているというのは聞かない。
話は逸れてしまったが、これから何が流行るかの兆しを捉え、成分を前面に押し出した化粧品を企画するのが重要になる。
「今回は実績のある原料を中心に構成したいと考えています。」
かれんの考えでは、昔から使われていて効果が確実に出た実績を持つ成分をメインに据えるとのことだ。
例えば、保湿成分ならヒアルロン酸などが実績がある。美白にはビタミンC、プラセンタやコラーゲンも実績がある。
これらの成分は多くの原料メーカーが手がけていて効果は保証付きだ。そして軸に据える成分はEGFとした。
EGFはヒトオリゴペプチド-1という成分で皮膚細胞に働きかけ生産を高める成分だ。
十数年前から美容業界では定番となっており、これも奇をてらわない基本に忠実な化粧品の原料と言える。
最初に手がけるのは美容液である。エッセンスやセラム、アンプルと言われる物で、基本濃度や粘度がちがうことが多い。
仕様はエッセンス。
最低ロット数は1000本。容器はスポイト付きのガラス瓶にシルク印刷とした。
箱は少し高級感のあるマット仕様の化粧箱にゴールドの箔押し。基調はつや消しの黒で金の箔で夜空の星を控えめにあしらった品のある箱にしたい。
デザイン案はかれんを中心に行い、それをウズメの制作チームが形にしていく。
工場はどこに依頼するかだが・・・
そこは課長と俺が今まで実績を加味し3社ほど選定した。
そうなるとサンプル品の作成だが・・・まずは成分表を造りその配合で俺がサンプルを作ってみる。7本作成し、1本はかれんに、残りは2本ずつメーカーへ仕様書とともに提出することにした。




