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転生してサラリーマンになった  作者: リッチー
12/48

物を造るというジレンマ

 翌日、出勤すると机の上に荷物が置かれていた。

 結構な大物だ。

 机に立てかけられている長く大きな荷物もある。

 事務員の有川さんが声をかけてくる。「長谷川さん、朝から男性がこの荷物を持ってこられたって警備から聞きましたよ。」

 「なんだろうね?」まぁ想像はつくけど

 課長はまだ出勤してきていない。

 「おはようございます!先輩!」

 「おはようございます。」

 麗子と小鳥遊が出勤してきた。

 「昨日はありがとうございました。」

 小鳥遊すずめがペコリと頭を下げる。

 「山本さん、迷惑をかけたね。」

 俺は会社用の呼び名で麗子に礼を言った。

 「なんでもないよ。それより問題は片付いたの?」

 「たぶんね。ほとんど課長の成果だけどね。」

 「小鳥遊、俺には別に構わないが、課長にはちゃんとお礼をしとけよ。」

 「はいっ!」

 「あ、そうだ、例のコスプレイベントのスタッフの前田さんから何か言ってこなかったか?」

 俺は一応聞いてみた。

 「いいえ。特に連絡はありませんけど」

 そうか、シカトを決め込むつもりか。

 すずめに全部教えてやってもいいんだがなぁ。などと思っていたら課長が出勤してきた。

 「おはよう。なんだ?朝から集まって?」

 涼しい顔をしていう。

 「課長!昨夜はありがとうございました!」

 すずめが慌てて飛んでいく。

 「いやいや、あれは長谷川くんが大活躍してくれてね。あっという間に犯人を取り押さえてね。犯人も心を入れ替えてもう犯罪的な事はしないって約束したんだよ。」

 なんか随分端折ったな。

 「そうなんですか?!」

 いや、俺はあんなエグい追い込みなんかかけてない。

 「それはもう、猟犬のように犯人を追い詰めて・・・」

 「課長!なに言ってるんですか!」

 すずめが「猟犬・・・」と言いながら呆けている。

 はっと我に返ると

 「先輩はティンダロスなんですね!」

 何言ってんだコイツ?

 「ははは、そりゃいい。長谷川は今日からティンダロス長谷川で営業に行けよ。」

 「なに言ってるんですか!?」

 「さあ、仕事仕事」

 課長は言い残すと自分のデスクに向かっていった。

 午後一番で総務から俺宛に『ティンダロス長谷川』名義の名刺が一箱届いた。


 さて、朝イチで俺宛に届いた荷物はもちろん俺が作った俺と麗子の装備一式だ。

 慌てた前田が届けに来たようだ。

 井上から何を吹き込まれたのか、それとも後ろ暗い何かがあったのかわからないが相当焦っていたようだ。

 何にせよ、作品が手元に戻ったのは良かった。

 すずめから連絡が来た。

 「前田さん、イベントスタッフやめちゃうみたいです。」

 やっぱりな。というのが俺の感想だ。

 井上と繋がっていたのは前田で、ただ井上が何をしていたかは前田本人は知らなかった。 ところが、昨夜の内にヤバい筋の連中に襲われたとでも井上から聞いたのだろう。

 今回のコスプレ絡みで井上がすずめにちょっかいを出していたのは薄々気がついていたのかもしれない。

 ただ思ったよりも悪質だったことがわかって前田もすずめ絡みの件からは身を引く気になったと考えられる。

 何もイベントスタッフを辞めることは無いのにと思ったが。

 何事にもけじめの付け方が人それぞれあると考えるのをやめた。


 年始ムードも成人式が過ぎれば落ち着き、通常営業に戻る。

 そして営業部に内示が出た。

 ココハナ専属に異動になる人材は俺、星野かれん、山本麗子、藤原兼人、吉田栄美、小鳥遊すずめ、伏見三郎、大熊猛の7名だ。

 正直、村長こと伏見とベアード大佐こと大熊の人事は意外だった。

 課長のことだから色々考えてのことなのだろう。

 そして、それに伴い新部署「企画経営室」が創設され所沢課長は室長となる予定だ。

 いずれは分社化して会社設立も視野に入れているらしい。

 俺は課長補佐に抜擢された。役職的には係長待遇となる。

 俺の同期達は揃って主任に昇格することになっている。

 と言っても今はまだ部下の一人もいないのだけれど。

 星野かれんは主任に昇進となる予定だったが、内示の時点で昇進することを断ったと後で課長から聞かされた。クロシエ社員としての功績よりウズメプロジェクトとしての貢献で売り上げを上げたので、それはビジネスパートナーである企業としては当たり前のことをしただけで先輩を差し置いて昇格することはあり得ないと言ったらしい。

 営業の仕事については本人と取引先の希望もあり続けていたし、週末は定期で2本の動画配信、月一でキャンプオフ会、ゲリラライブ配信に有名YouTuberとのコラボ企画。さらにはクラブシャングリラのキャストの選考や教育まで行っていた。

 唯一ウズメプロジェクトの方は大井Dなどの幹部連中が全部引き受けているので助かっているとのこと。

 いやいや、普通じゃないよその働き方は・・・。

 俺もワーカーホリックなところがあるが、かれんほどではないし思う

 ともかく、企画経営室は8名のメンバーで仕切り直すこととなった。

 そして営業部に残ったメンバーは全員昇格し、名称を「販売管理課」になる予定だ。

 基本的にはクロシエ販売株式会社の統括部門として再出発する予定だ。

 1月、2月のキャンプイベントも真冬ながら盛況に終わり、3月の企画は春シーズンの商品リリースだ。

 今まで、ジャケット、焚き火台、キャンプチェアと販売し、かれんのブランド「ベルエトワール」とマスターエルクのコラボレーション企画は定着し始めた。

 まだまだ業界では色物扱いではあるものの、品質の高さは折り紙付きなので、大手高級アウトドアメーカーも無視できないと高波さんから聞いている。

 「次回は少しわがままを言って申し訳ないが、うちがオリジナルで開発した商品をクラファンで出したいんだ。」

 高波さんが会議の席で言い出した。

 もともと物作りに命をかけているようなところがある人物なので俺も理解している。

 ただそうなると原価がどうしても上がってしまう。

 その辺りも考えて株式会社プロトを紹介して欲しいなどと言い出したのだろう。

 「商品は何を考えてるんですか?」

 課長が水を向ける

 「一回目の時に使用したオイルマッチなんだ。」

 確かにアレはよくできていた。ただ精密すぎて国内生産、しかも金属加工の得意な工場でなくては手に負えない。もちろん原価が上がってくる。

 「なるほど、アレ、スゴく良い出来でしたもんね。ただ高くなるんじゃないんですか?」

 と言いながら課長は俺を目で制した。

 「手出しするな」と牽制していることは明白である。

 「分かってはいるんだ。通常のラインナップに乗せても売れない価格になるだろう。」

 うーむ、なんとか手を貸してやりたいが・・・

 課長の眼光が鋭くなる。読まれてる。

 「では思い切って、限定100個などでシリアルナンバーを打刻して、所有欲を刺激する方向で高く売るというのは?」

 悪くない売り方だ。どれだけ高くても欲しがる人は一定数いる。

 「それと、今回はかれんちゃんのネームを入れないで作りたい。」

 高波の一言一言が決意を表している。

 「あくまで職人としての技術力を見せたいと?」

 「ええ、俺も職人の一人として自分の腕だけで勝負したい。」

 「高波さん、ちょっと良いですか?ちなみにですけど、原価は幾らくらいを予想していますか?」

 「100個だと原価5万位にはなるかな。」

 「そんなにもしますか・・・」

 「うん、これが少し数が増えたからと言って、いきなり原価が下がるかというとそうでもない事情があるんだ。」

 高波が言うには、職人仕事が多い工程になるのでとにかく手間が掛かる。そして今職人がいない。というかどんどん減っているのだそうだ。

 しかし原価が5万だと普通の流通経路に乗せると売価は10万は超える。

 紙箱や化粧品のチューブなどはロット数が増えるほどに一個の単価は落ちてくる。

 例えば化粧箱などの経済ロットは3000個からと言われている。1000個作っても3000個作っても合計の金額が対して変わらないのだ。

 「一旦保留にしませんか?製造工程について検討しないと。」

 商品の売価についてはざっくり言って2通りの設定方法がある。

 まずは原価を計算して、それを元に売価を決める方法。もう一つは先に売価を決めて、それに合わせた原価にする方法だ。

 前者では売価が高くなる傾向があり、後者では品質が悪くなる傾向がある。

 難しい問題だが、今回は製品の質を落とさないことが前提なあるので原価ありきで価格設定することが必然である。 

 製造工程を見直すにしても質を落とすことができない以上原価を下げるのは難しい。

 唯一 簡単に解決する方法は俺が見本を元に100個、製造のスキルで作ってしまうことだ。

 「一旦小休止をいれようか?」

 課長が煮詰まってる会議を一旦止めた。

 「長谷川、ちょっと付き合え」

 課長はそう言うと喫煙室に俺を連れ込んだ。

 「おまえ、また良からぬことを考えていたな?」

 「課長のおっしゃりたいことは理解していますよ。」

 「でも口を出しそうになっていたな?」

 「高波さんの気持ちが良くわかるもんで・・・何かいい手はないですかね?」

 課長はしばし思案する。

 「原価を下げることは正直難しいだろうな。高波さんも言っていたが職人がどんどん減っているんだ。加えて今回の商品のレベルが高い。」

 「ダイバーウォッチの竜頭に劣らない機密性と言ってましたからね。」

 「そうだな・・・待てよ、金属加工の職人だけじゃなく時計なんかを作っている下町の工場とか当たってみるのはどうだ?ロケットの部品さえ造ってる町工場なんかを当たれば・・・」

 会議が再開すると早速課長からちがうチャンネルの製造工場を当たる案が提出され、俺、麗子、兼人、栄美、の4人で当たることとなった。


 兼人が当たった会社の一つに腕時計のケースの製造を行っている会社があった。

 有限会社森精機製造という町工場に近い会社で、先代社長から精密機器のケース類の製造を得意としている会社であった。

 社長の森さんは兼人曰くゴリゴリの職人ではなく、案外話しやすかったとのこと。

 早速アポイントを取り、高波と課長と俺で話を聞きに行くこととなった。

 工場兼社屋はいかにも下町という町並みにあり、社屋は比較的新しく感じた。

 「初めまして、急にご連絡をさせて頂き申し訳ありません。」

 名刺の交換をする。

 「初めまして、しがない工場を営んでおります、森と申します。」

 応接室には製造を手がけた商品がガラスケースに展示されていた。

 「ご覧になりますか?」

 高波がチラチラとケースの方を見ているのに気づかれたようだ。

 「いいですか?いやこういうものには目がなくて」

 高波が展示ケースに向かう。俺たちも一緒に見せて貰うことに。

 出来映えは素晴らしいの一言である。

 ここで、高波は例のオイルマッチを森社長に手渡した。

 「実はコレを造ってくれる工場を探しているんです。」

 「拝見します。」

 森はポケットからルーペを取り出し、細部までくまなく吟味する。

 「コレはよくできてますね。特にこのスクリューの部分の加工の精密度がスゴい。」

 なるほど、分かる人にはわかるんだなぁ。

 俺は感心した。俺は特殊なスキルで認識しているため分かって当然なのだが、そういう異能の力なしで看破するとはさすがと言える。

 「そうなんですよ。シリコンOリングを使わずオイル漏れを絶対に起こさない設計がこの商品の肝になるんです。」

 「できますよ。」

 森は簡単に言ってのけた。

 「え?」

 「ただ、コストをどこまで落とせるかですね。」

 やはりそうなるかと、一同ため息をつきそうになる。

 「製造個数はいくつになりますか?」

 「まずは限定品として100個。反響との兼ね合いで増産もできたらと考えていますが、コストで頓挫したままになっています。」

 高波が正直に答える。

 「なるほど・・・構造は簡単です。中には綿を仕込んでるんですね?」

 本体底にある大きめな平たい皿状の蓋を小銭で回して開ける。

 「ここはOリングを仕込んだ方が良いでしょうね。設計室の方へ行きましょう。その方が早い。」

 それから高波と森が中心になり設計の見直しが行われ、高波も納得の改善案が仕上がった。後はコストだけだ。

 「高波さんの設計だとちょっとオーバースペックだったんでそこを手直しするだけでこのくらいにはコストを落とせますよ。早速試作を造ってみて頂きますよ。」

 「本当ですか?それは助かります。」

 なんだか話がうまくいきすぎているが、所沢課長が横で見ているので問題ないだろう。

 俺たちは森精機製造を後にした。

 後日、高波からオイルマッチの試作品が3種類出てきたので見て欲しいと連絡があった。

 早速、ウズメの会議室に集まり品評会が行われた。

 どうしても工場から離れられなかった森精機の森社長はwebでの参加だ。

 「こちらです。」

 テーブルの上にはサイズ違いで3種類のオイルマッチが並んでいた。

 「一番小さいのが最初うちが作った物に近いサイズだね。」

 長さで10センチ、13センチ、15センチと差がある。

 「実際に使ってみてよ。」

 高波に薦められ、課長から順にオイルマッチのスクリューをひねり、中のストライカーと一体になったマッチの部分を抜いてみる。

 「ほう。これは・・・」

 課長が一番長いものを触って声を上げている。

 「分かります?」

 高波も我が意を得たりと言う感じである。

 「この長さが良いね。使いやすい。」

 確かに、力の入りやすい長さだ。

 「ちょっとかさばるけど許容範囲内ですね。」

 『どうですか?良い感じですか?』

 「良いですね。」

 『高波さんから色々工夫された点など聞きまして、勉強になりました。機密性については保証しますよ。』

 「キャンプで使うならこの一番大きいサイズが良いですね。焚き火やバーナー、ランタンへの着火も安心感が高い。」と高波

 かれんも手に取って火を付けてみる。

 「ここの擦るところ、長くて安心感がありますね。長さもしっくりきますね。」

 「僕はタバコへの着火を考えると一番小さいのも携帯性からしても良いと思うよ。まぁ今回の趣旨とちがうのでアレですけどね。」と小さいサイズを手に所沢課長

 今では火を付ける道具というとコンビニで安価な使い捨てライターが売られているので気にとめない人も少ないが、火を付けるという作業は実は大変な作業なのだ。

 前世でも魔法使いがいれば火種は直ぐに用意できたが、そうでないときはそれなりに苦労したものである。基本的には今の火打ち石の様な火花を散らす道具を火口と一緒に革袋に入れて持ち歩いていたものだ。

 「長谷川、どうした?」

 「え?」

 ふと課長に話しかけられて現実に引き戻された。

 「なんか生暖かい目をしてたから」

 俺が過去の記憶にたゆたっている間にも会議は進み、今回の商品は一番大きいサイズが良いのではという意見で固まり始めていたようだ。

 「ちょっと昔のことを思い出して」

 「疲れてるんじゃないのか?」

 妙に心配されてしまった。

 『では高波さん。そのLサイズでよろしいですか?』

 「ええ、これでお願いします。」

 『では、納期や費用などは後ほど』

 「この後すぐ御社へ向かいますのでその時に」

 高波は荷物を持つと直ぐに会議室を出て行った。

 「高波さん嬉しそうですね。」かれんが言うと全員から賛同の声が上がる。

 「さて、俺たちは次の配信の打ち合わせだ。」

 そう言いながら課長は高波が置いていった3つのオイルマッチを取り上げた。

 動画作成のため一連の会議の様子なども録画されている。

 データはリアルタイムで社内のサーバーへ保存され続けているので直ぐに編集班が仕事に取りかかる。

 こうしてクラファンでの売り出し価格も未定のまま企画は走り出した。

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