神の試練
ツチノエとミズノトが姿を見せ、こちらは隠れた。最初の十秒の不利は覆しただろう。
走って逃げる小さな姿に余裕はない。足跡は地面に生した苔が剥げるほどかなりハッキリ残っている。これなら遠くても視認できるし、姿が見えなくなっても追うのは容易だ。
二人を追い、隠れながら移動する。
『分からないなぁ。ここは走って追いかけるべきだよ。君の手裏剣の範囲まで追い詰めれば勝ちだろう?』
「どうでしょう? 今の二人は混乱しています。マズいと判断したらすぐにでもあの時間を戻す権能を使用するのではないでしょうか?」
『そうだろうね。しかしあれはそこまで使い勝手がいいものではないよ』
「でしょうね。ですが反則級の技です」
純粋な神ならともかく、半神で子供の二人があんなのを軽々しく使えるとは思えない。
だけれど、あれは戻した時間の状況を少しだけでも改変することができる。つまり、同じ手は通用しないのだ。
「だいたいどれほど戻せて、どれほど改変できるのかは分かりません。しかし確実に一回は逃げられてしまう。そして学習し、有利な状況にされてやり直しです。ということは二手、三手と攻め手を用意した状況でないと、追い詰めても意味がありません」
最初の一回から数日たっているが、その間になにも考えていなかったわけではない。どうすればいいか、作戦は十分に頭の中で練っている。
「ですが、逆にあの権能は弱点でもあります」
『弱点? なにがだい?』
「半神の双子が力を合わせれば、単純計算で神の力が使用できる……でしたね。つまり二人が協力しなければあの力は発揮されません。つまりあれを頼りにするかぎり、二人はバラバラに逃げないでしょう」
『この広い森をバラバラに逃げられて、一人が時間稼ぎしてる間にもう一人が完全に姿をくらますというのが一番厄介、ってことかな。なるほどねぇ』
おそらく、それをされたら陽が沈むまでには探し出せない。子供の小さな身体は隠れるのには適しているし、地面に生した苔は踏まれても時間がたてば元に戻ってしまう。
「あの力が何回使えるのかは知りませんが、回数制限があるとして、使い切ったらバラバラに逃げるでしょう。そうされるのはダメです。なので今回は、姿を隠したまま奇襲しあの力を使わせないまま触るのが鉄則となります」
『へぇ、できるのかい?』
「無理ですね」
作戦は練っている。練っていた。
そのうえで、今回は無理だろうという確信があった。現状、複数の攻め手を用意するのは難しい。だからこその奇襲だけれど、あの二人の鋭敏感覚はきっと、自分が近づけば早々に捉えるだろう。
今回はその距離を知ることができれば目標達成だ。
『人間はしたたかだねぇ』
「それを教えるのがトト神様の目的でしょう?」
正直、二人を傷つけるのは嫌だ。けれどそうでなければ、人間の恐さを教えるのはやぶさかではない。
必要だからだ。二人がいずれ森を出て人と関わることになるのなら、その経験はきっと役に立つ。半神の子供へそれを教えることができるのは光栄ですらあった。
『でもね、シノ? 君は一つ勘違いしているよ』
「はい?」
『二人の権能は一つだけではないんだ』
ツチノエとミズノトが跳んだ。高く、長く、遠くまで。
川を飛び越え、向こう側の川辺には着地せず大樹まで到達し、その幹を蹴ってさらに距離を伸ばす。そして地面に着地するやいなや風のような速度で走り去った。
単純な跳躍の距離と、走る速度。およそ人の限界など無視した動き。
「足が……」
遠ざかる姿を見れば、二人の足は獣のそれになっていた。いいや手も獣毛に覆われているようだ。耳と尻尾も少しふさふさになっている気がした。
『二人は獣神の子だからね。身体能力は元々高いけれど、獣神の力を使えばもっと動けるようになる。獣よりも素晴らしい運動能力だろう? 短時間だけれど、時間関係の権能よりは気軽に使えるよ』
目にした運動能力は明らかに自分より上だ。
訓練によって身につけた身体の動かし方は自分の方が上だとしても、基礎能力が全然違う。あれでは走って追いかけるのがそもそも難しい。
気づけば、足を止めていた。これ以上は追えない。追っても意味がない。だってあれについてはなにも対策がない。
「……神の試練ですねぇ」
ポツリと呟く。残念ながら課題が増えただけになってしまったが、今日はあの力を知れただけで良しとするしかなさそうだった。




