叛逆の始まり
鬼ごっこ。
それはたかが子供の遊び。だけれど人と獣であれば、それは狩る者と狩られる者の戦いであった。
人は知略や道具を駆使して本気で追い、逃げる獣は学習しながらその恐ろしさを学んでいく。
やがて危険な刃で傷つき、あるいは狡猾な罠で拘束され、獣が人間に捕まれば教育は完了だ。子供たちには自分がいなくなった後、人には十分警戒するように、できるかぎり近づかないように、と言い含めればいい。
「……つまり、すべてトキヨツヒマガツトト神の思惑通りですか」
もはや日課になった夜の散歩をしながら、頭を掻く。ため息しか出ない。
今日の自分は二人を追って、獣神の身体能力が使えることを知った。けれど二人もまた自分のやり方を知っただろう。危機感も覚えたはず。
だからもう、今回のようなやり方は通用しない。そもそも逃げ切られたのだから最初から通用していない。
今日のように即席の作戦では勝てないと分かったうえ、あの速度について行けないのだから、次回からは罠や武器を使わなければならないだろう。
しかも失敗するたびそれらは通用しなくなって、どんどんと過激なものを使わなければならなくなる。
「まあそんなことしなくても、簡単にあの試練を達成することはできるんですが」
歩いていると星の見える場所に出た。
やはりこの森は、ただ深いだけではない。自分が寝起きしている岩戸しかり、最初の夜の散策で見つけた場所しかり、ミズノトと昼寝した岩場しかり、ところどころに変な地形がある。
ここは以前見つけた場所に似ていた。草の生えた広い場所で、ところどころ花も咲いているようだ。
しゃがんで、咲いている花を眺める。月光に照らされた花弁は青白く輝くように美しい。
「嫌われればいいんですよ」
そうすれば、二人は自分に出て行ってほしいと思うだろう。それで試練への挑戦を宣言すれば、もう逃げもしないのではないか。
十を数えて、すぐ近くで待っている二人へ手を伸ばすだけでいい。それで終了だ。
そして自分がそれだけ嫌われれば、二人は人間全体を嫌うようになるのではないか。それはそれでトキヨツヒマガツトト神の狙い通りではある。
「それは、嫌だ」
ハッキリと口にした。
熊の毛皮で寝転がっていた二人が十を数えていなくなっていたとき、やっぱり嬉しかった。最初の挑戦で、二人が決してわざと負けようとしてはいなかったのが分かったときと同じくらい。
そして岩屋から出ても見つからなかったとき、もっと嬉しかったのだ。
おそらく、くノ一としては失格。こんな一時の感情に流されて最適解を選べないなど、あまりにも愚かな判断だ。
けれど仕方がないではないか。自分は記憶を失っていて、ここにいる者たちしか優先するべきものがない。帰りたい故郷も、忠義を尽くすべき主君も、親兄弟の顔さえ覚えていない。記憶を取り戻した後ならいざしらず、ここより大切なモノなどなにも無い自分にそれを傷つけることなどできるものか。
なにより、自分は知っている。記憶はなくとも知っている。人は悪ばかりではないのだと。
なにより、トキヨツヒマガツトト神は知っている。知っていて知らないフリをしている。人は美しいところもあるのだと。
だからもう、これは仕方がない。トキヨツヒマガツトト神にはまことに申し訳ないのだけれど、その卑怯な思惑は外させていただくしかない。
「……拙者は忍者。くぅるびゅうてぃなくノ一なれば」
手を伸ばす。月光を浴びて輝く花弁に触れる。
そっと押しのけて見れば、獣と子供の中間のような足跡が隠れていた。
今日、あの子たちは獣の速度を得てから、ここを目指した。
「次で華麗に終わりにしましょう」
立ち上がる。ぐぃー、と伸びをする。そうしたら、フフッ、と笑みが漏れた。
方針は決まった。やることは決まった。やるべきことは無視して、やりたいことをすることに決めたのだ。
そう――自分は半神たちに勝利し、神に叛逆しよう。




