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89. アイシャの初恋、相手は


 アイシャが手ずから育てているという花々は、色とりどりのラナンキュラスだった。

 庭園の一角に作られた立派な花壇には、赤や黄、二色の色が混じり合ったような物まで、様々な種類のラナンキュラスが咲き誇っている。


「まぁ、とっても素敵。これを全てアイシャ姫が?」

「うん。ラナンキュラスはお母様が好きなお花だから、お父様にお願いして球根を手に入れては、色々な種類を育てているの」

「こんなにたくさん……お世話をするのは大変でしょうに」

「でも、お部屋に飾ったらお母様やお妃様達が喜んでくれるから」


 スッと伸びた茎に丸みを帯びた形、幾重にも重ねたドレスの布地のような豪華な花姿は、まるでそこで舞踏会が開かれているかのような華やかさで。

 どこか得意そうな表情のアイシャに連れられたレティシアを、魅力的な花達は優雅に出迎えてくれた。


「アイシャ姫は優しいのね。お母様だけでなく、他のお妃様達の為にもこんなに美しい花を手入れしているのだから」

「皆が仲良くしているとお父様も喜ぶし、ここではそうしなければならないのよ」

「そうなのね」


 まだ幼いアイシャだったが、閉塞された女の園でエドガーの唯一の子として実母だけでなく他の妃からも可愛がられているという事は、レティシアもここに来るまでに本人から話を聞いて理解していた。

 帝国生まれで帝国育ちのレティシアにはよく分からない事ではあるが、アイシャが言うにはどうやら妃同士で諍いになる事はこの城で一番の御法度だという。

 故に、彼女達にもこの場所で生き抜いていく為に強い結束力のようなものが出来上がっているのだろうと考えた。


 どちらにせよ、幼いアイシャが周囲に愛されて育っている事はレティシアにとっても喜ばしい。

 そう思うくらいには、出会ったばかりのこのアイシャという存在を、レティシアは好ましく思っていた。


「レティシア様、どのお色が好き? お土産に、花束をプレゼントします」

「さぁ、どれも素敵ね。迷ってしまうわ」

「ふふっ」


 風にゆらゆらと揺れるラナンキュラスの花の前で、誇らしげに大きく両手を広げて笑顔を見せるアイシャ。

 それを見たレティシアは、思わず目の前の小さな女の子をぎゅっと抱きしめたくなるくらいに愛おしく感じた。


「レティシア」


 花壇の前へと辿り着いたリュシアンが、レティシアの隣へと立つ。エドガーはというと、緊張した面持ちのパトリックと何やら話し込んでいた。


「あ……リュシアン様、このラナンキュラス、アイシャ姫が手ずから育てているのですって。なかなか出来ない事だと思いませんか?」

「それはすごいな」

「お土産に、花束をくださるそうです」


 終始お互いを慈しむような視線と声、自然に肩が触れ合う距離に並んだレティシアとリュシアンを、アイシャは眩しそうに見つめている。


「レティシア様と陛下は、お互いにとても愛し合っているのですね」

「え……っ」


 純粋で無垢なアイシャから真っ直ぐな言葉でそう言われ、レティシアは頬をサッと赤く染めた。


「そうだな。俺にとって、レティシアは唯一の存在だ」

「いいなぁ。私も、いつかお二人みたいに素敵な相手を見つけたいです」

「いつか見つかるだろう。アイシャ姫にも、そのような相手が」

「楽しみです!」


 アイシャとリュシアンの二人が笑い合う中、レティシアはいつの間にやら自然と抱き寄せる形になったリュシアンの腕のぬくもりに、落ち着かない気持ちでいた。

 そんなレティシアの気持ちを知ってか知らずか、リュシアンは抱き寄せる力を緩める事なくアイシャとの会話を続ける。

 アイシャは仲の良い二人を嬉しそうに見つめては、ハッと思い立ったようにラナンキュラスを摘み取り始めた。


「青……それと紫……」


 青に白が混じったラナンキュラスの花束と青みが強い紫のラナンキュラスの花束、その二束を手慣れた様子でまとめたアイシャは、青色の方をレティシアへ、そして紫の方をリュシアンへ差し出す。


「仲良しのお二人には、お互いの色をどうぞ」


 リュシアンの瞳と同じ青色のラナンキュラスはレティシアへ、レティシアの瞳と同じ紫色のラナンキュラスはリュシアンに渡った。

 リュシアンは柔らかな眼差しを優雅に咲き誇る花々に向け、そしてアイシャに向けて礼を言った。


「見事な色合いだな。ありがとう」

「本当に綺麗……。ありがとうございます、アイシャ姫」


 二人はお互いの色味をしたラナンキュラスの花束を胸に、帝国へと帰る事になった。


「ではそろそろ」

「エドガー殿下、アイシャ姫、ごきげんよう」


 予定よりも少し遅れたものの、レティシア達はフィジオ王国を後にする為に、庭園の開けた場所へと移動した。

 アイシャはいくつかの色合いをしたラナンキュラスを花束の形にまとめ、伯母であるソフィーへの土産にと差し出す。


「姉様、こちらは僕が預かるよ」


 既に青の花束を手にしたレティシアに代わってアイシャから花束を受け取ったのは、パトリックだった。

 ローブを目深に被り、決してこの国では姿を露わにしなかったパトリックだったが、ふと悪戯に一陣の風が吹き、漆黒の髪と中性的な顔が露わになった。


「アイシャ姫、こちらは必ずソフィー上皇后陛下にお渡しします」


 パトリックは何事もなかったかのようにさっとローブを被り直すと、目の前で起こった突然の出来事に驚いた表情を隠せないアイシャへ言葉を掛けた。

 

「は……はい。……魔術師様」


 先程までのはしゃぎようとは打って変わって、緊張した面持ちのアイシャにパトリックはふんわりと口元を緩める。


「見事な花束ですね」


 それだけ言うと、ローブを翻したパトリックはレティシアとリュシアンの傍へと近付き、詠唱を始める。

 アイシャは少しの間、ぼうっとパトリックを見つめていた。


 そのうちレティシアはエドガーとアイシャに向けて優しく手を振り、隣のリュシアンは二人に向かって頷いてみせた。

 ローブで顔が隠れたパトリックがもうしばらく詠唱を続けていると、小さな光の粒が辺りを覆いはじめ、やがてふいに三人の姿は跡形もなくその場から消えたのだった。


「あ……っ!」


 エドガーと手を繋いでその様子を見ていたアイシャから、思わず声が上がる。


「帰っちゃった……。お父様、レティシア様と皇帝陛下はとても素敵だったわ。それに、魔術師様ってすごいね」

「あぁ、本当に」

「ねぇお父様、魔術師様とは何をお話していたの?」


 そう尋ねる娘の純粋な眼差しを、嬉しそうに受け止めたエドガーは、さっとアイシャを抱き上げた。

 

「僕におしゃべりになって欲しいってお願いさ。帝国フォレスティエは魔術師様が守って居るとの噂が流れれば、周りもそうそう悪い事は考えないだろう」

「お父様はいろんなお国にお出掛けするのが好きだものね。おしゃべりは、いつもの事だけれど」

「そう? 僕はおしゃべりかな?」

「ええ、とても。私は、あの無口な魔術師様ともっとお話がしたかったわ」


 言いつつうっとりとした面持ちのアイシャの頬を、エドガーは優しく摘んだ。

 頬を摘まれたアイシャは不満げにエドガーを睨み、父親の手を払った。


「何だ、アイシャはあの魔術師様のような男が好みなのかな? 確かに彼は顔立ちが美しい姉に似て素敵だけど」

「私、自然と周囲にまで愛情が伝わるようなレティシア様と皇帝陛下の関係に憧れたわ。お父様、婚姻の儀には絶対に私も連れて行って! またあの魔術師様に会いたいの!」

「うーん、まぁ……考えておくよ」

「えーっ! そんな事言わないでよ、お父さまぁー!」


 それからしばらくの間、エドガーの妃達の住む宮ではアイシャの初恋話に妃達が皆で盛り上がったというが、帝国に戻ったレティシア達は知る由もなかった。

 

 


 


 

 

 


 


 

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