07.
アステルの街路にて、三人の少女達は、一人の少女が蹲る姿を見ていた。
「きょー――ちゃん……!! そー……ちゃん――!!」
蹲る桃色髪の少女は、ダッキュから告げられた言葉を聞いて涙を浮かべる。
下唇を噛み、悔しさと情けなさに打ちひしがれながら、口元から血を伝わせて、泣く。
「ラリルレさん!! 血が――」
「こんなの全然平気だもん!! きょーちゃんとそーちゃんの方がもっと痛いもん!! もっともっともっともっと痛かったはずなのに私知らなかった!! キョーちゃんが死んじゃう未来ってなに!! 壊れる未来ってなに!! キョーちゃんのこと大好きなソーちゃんが辛いことしなきゃいけない未来ってなに!! きっとキョーちゃん達知ってた!! 自分が死んじゃうことも、大好きな友達が死んじゃうことも――なのに……私の前ではいっつもぽわわってしてくれて、にこにこーってしてくれてた……っ!!」
「おにーさんとソーエン……」「わたしたちきゃっきゃさせてくれる……」
「痛いよ――!! キョーちゃんとソーちゃんの笑顔、思い出して、痛い――!! どーして二人は笑ってくれるの!! 私よりもっともっと痛いはずなのに笑ってたんだよ――!!」
ラリルレは蹲りながら、この胸よりももっと痛い思いをしてる二人の笑顔を思い出して――やっぱり二人は優しいと知る。
こんな思いを自分にさせないように、二人がそう居てくれたことなど、ちゃんと理解している。故に、泣く。泣かないようにと決意した自分の思いなど、あの二人の事を思えばちっぽけなことで、そして思い出の中にはあの二人が辛い姿も泣いている姿も嘆いている姿も無いから、それが余計に心に痛みを生んでしまう。
シアスタ、リリムとリリスは、いつもニコニコしている――いつもニコニコしてくれていたラリルレの思いの丈が、嘆く声に乗って自らの耳に入ってしまったため……我慢できずに泣いてしまう。
「わたしだって……知らなかったです……!! お二人はいつもおバカで騒がしくて喧嘩してお酒飲んで笑って――世界の命運背負ってるならもっとちゃんと言って欲しかったです!! 別の世界から来たのならちゃんと説明して欲しかったです、力説して私に教えて!! 私の知らないことがあるならちゃんと話して欲しかったです!! ……だって……私達、仲間のはずでしょう……!!」
「おにーさんしんじゃうの?」「そーえんがころしちゃうの?」「やだ……」「そんなことしないで……」「おにーさんいなくなっちゃやだ!!」「ソーエンえんえんしちゃうのやだ!!」「わたしたち」「このままがいい!!」
少女達は――街路で泣く。今は、世界が滅ぶこととか、未来が変わってしまったこととか、そんなことどうでも良かった。死に行く者の辛さ、そして何よりソーエンはイキョウの事が大好きだと知っていたから、残された親友の思いがどれほどまでに辛く、そしてそんな二人が今まで何も言わなかったことが本当に辛くて、裏切られてしまったようで、泣いてしまう。
ただ、四人は知っていた。これはあの二人の優しさなんだと。それが――なにより辛い。
アステルに悲しく響く泣き声。それは、住人達へも伝播する。
そして、住人達も知る、いや、理解していた。あのイキョウとソーエンは、仲間にすら何も話さずにたった二人でこの世界の命運を背負い込んでいたんだと。
皆、歯を食いしばり涙を浮かべる。バカでヘラヘラしてつんつんしてフラフラしていた二人が、本当は裏に抱えていたモノがあったというのにそんなことを微塵も感じさせず、ずっと変わらずバカであり続けていてくれたことに。
心には、痛みと感謝を。この世界の救世主だった者達は、それでも愉快で居てくれたことへ。
「おい……あのイキョウとソーエンが救世主だなんてバカげてるよな」
「……まったくだ。家の酒場なんて酒全部飲み干されたんだぜ」
「俺んトコなんて売りもん壊されて二人で土下座しやがった。あまりに潔んでクエスト発注して弁償タダにしてやったよ」
「やだよやだよ、あたしんちの野菜美味しい美味しいって褒めちぎってくるからサービスしてやったのにねぇ」
「ソーエンさん……猫ちゃんのお肉ウチでたくさん買うから、最近猫ちゃん達が味覚えちゃって軒先でにゃーにゃーしてくるんですよ」
「ケッ、いっつもフラフラ店に入って冷やかしばっかしてきやがって……何か買ってけんだよ」
「……ラリルレちゃん達、泣かしてんじゃねぇよバカ共が……笑わせんのがお前等だろが」
アステルの人々は、世界の為に何を思うか。ただ、誰しもの思いが生んだ意志となるなら、それは決意だったのだろう。
* * *
クライエン王国首都、王城。
「四騎士達よ。体の方はもう良いのか」
「良くなくっても寝てなんて居られませんよ」
ギルハラッシュの王室。その扉を開いたキアルへ、王は言葉を放つ。
世界の命運を知った王が向ける眼は、キアルへ、そしてその背後に控える四騎士達へと向けられていた。
「……。あの者達を思うと『何故』という言葉ばかり生まれてくるのだ。何故笑っていられる、何故平然と酒を酌み交わせる、何故、何故――。おかしなものでな、世界が壊れるという話よりも、あの二人の背負っておったものを考える方が心に痛みと苦しみを齎す。
余は国を背負う王だ、国という重みは苦も楽もすべて知っておる。だが、世界を背負う重みなど知るはずもない。誰も知ることなどない――はずのものだ。そんなもの、背負っているならば背負っている顔をしろ。言え。だというのに私の記憶にあるのはヘラヘラ笑っているバカの顔と娘と楽しそうにしている顔をも知らぬフードの姿だぞ。冗談であろう、冗談と言ってくれ、冗談なのだろう? ……あのバンダナのバカなど、世界を敵に回してでも天使を救おうとしていたではないか。世界を救いたいのか壊したいのかはっきりせいバカが」
「……王様。多分、あのバカ達は世界を救うことなんてどうでも良いんですよ。きっと世界が壊れようが責任なんて感じない、きっと、どうでも良いから世界の命運なんて背負ってる気がしないくらいに軽く背負っている。あの二人が救いたいのは世界じゃない、自分達が守りたい者達だけを救いたいんですよ」
「――分からんな。世界を救わなければ救いたい者達の居場所がなくなるであろうに。民と国は、共に在るものだろう」
「俺も良く分かりませんよ。だってあの二人、バカですから」
キアルは、仕方ない奴等だと言いたげな顔をしながら苦笑いを浮かべ、王を見る。
そのキアルの顔を見た王は――何を言われずとも騎士達からの意志を感じた。
「戦うのだな」
「もちろんですよ」
キアルの言葉に続いて、スターフが口を開く。
「幸か不幸か。私達はニ度、本心から勝てないと思った相手に挑んでいます。三番煎じの神に態々おじけられるほど理不尽を知らぬものでもありませんので」
「……あの優しかった男と戦った。矛を交えて殺そうとした。神よりもよほど優しく、よほど恐ろしい者が我々の世界に居てくれた。武器を握る手に震えは無い、ただ、戦う意志を乗せられる」
五騎士は――引いては王国騎士達は、戦える。勝つか負けるかではない、戦う意志を武器に宿せる。そして……世界の為に足掻いて死んで行ける覚悟がある。
騎士に就いた者が死を覚悟する姿を見ることなど、王は何度もあった。その顔、姿、纏う雰囲気は、何度見ても辛い。王たるものに犠牲を知らぬ者はいない、その犠牲に感情を抱かなくなる者は心が鈍磨してしまった王か、王に狂ってしまった者だ。正しき王とは清濁を併せ呑みながらも人の心を失わない、それは茨の道、狂うことさえ許されない辛き道の先に立てるものこそ、国を率いる王だ。
ギルハラッシュは、此度世界の命運が掛かっていようとも、そして死を容認せねばならないことを理解していても、やはり辛さを味わう。正しさの資質を持っている王故に、辛さを味わわなければいけない。
「王様が止めようとも私は行くのであります。……記憶を失い自らを壊してまで、一人に犠牲を背負わせて救われる世界など……私は嫌であります――っ!!」
王の思いを機敏に感じ取ったコロロは、苦しみの表情を浮かべながら意志を露にする。例え王が止めぬことを知っていても、まっすぐなコロロは口に出さずには居られなかった。
ギルハラッシュは止める事などはしない。辛さを味わうのは人故であり、しかし、感情は王の言葉には要らないことを知っていたから。
「止めはしない――世界の明日がないなど国の未来が無いに等しいことだ。元より騎士を集め戦うつもりである。
……ときにコロロよ、『記憶を失い』と言ったな。どういうことだ」
国王の言葉を受けたコロロは、歯を食いしばり、あの男の姿を思い浮かべる。イキョウでなくなってしまった、あの者の姿を。
他の五騎士達は、コロロと、そしてニーアからイキョウの事を聞いている。本当に辛く語った彼女達から、痛々しい者の姿を聞いている。コロロの様子を一瞥したキアルは、代わりにと自分が口を開いた。
「どうやら……イキョウの記憶はほとんど残っていないそうなんですよ。俺のことも知らない、スターフもザレイトも、コロロもニーアも、もうアイツには分からないんです。多分、忘れてるというより、失っていってるんですよ。記憶も、自分自身も。
これから言う事は、自分でも突拍子が無いって思ってるんですけど……恐らく、アイツは人の形をしただけの何かです。人であろうとしていてくれただけの、本質的には怪物に近い何かなんですよ。ただ、人であろうとした事も忘れて怪物に戻ろうとしてる……――『邪神』――と、何か関係してるんでしょうかね」
キアルは総魔の一件で目にしたイキョウの奇妙な姿を思い浮かべながら王へと話した。
王はというと、キアルからの突然の言葉に理解が追いつかないが……元より今は理解の追いつかないことばかり聞かされ続けている。ダッキュからも、キアルからも。もはやここまでくると、突拍子の無さも今更だと思ってしまう。
「神に抗うならば人知を超えヒトを捨てる覚悟が必要なのかもしれぬな……もしや、ソーエンもか」
「いや……個人的にはアイツは違うかと。頭ぶっ飛んでる奴の近くに平然と居られる頭ぶっ飛んでる奴ってことならある意味で怪物ではありますけどね。あぁ……でも……イキョウとソーエンは似ているってのに対でもあるんで、だったら怪物の似た対になる相応の怪物なのかもしれません。だからでしょうね……だからあいつ等だけが、神に唯一勝てる存在だったんでしょう」
「怪物、か……。余はそのような恐ろしいあのバカ共よりも、ただいつも通りのバカ共の方がよほど神を打ち倒す姿が目に浮かぶ。……都合の良い妄想だ、そう簡単に神を倒せることなどありえんと言うのにな」
「同意します。私スターフも、普段の優しい彼等の方が本当に好きで、本当に愉快な彼等の姿を想像すると、喧嘩しながら神さえも沈めてしまう姿が思い浮かんでしまいますから」
「……だが、それは我々の淡い期待だ。あの優しかった彼がこうなってしまったのは、あの愉快な者達がたった二人で世界を背負わなければならなくなってしまったのは、我々が不甲斐ないからだ。今更昔の姿を押し付ける無責任さを我々は有していない」
「ザレイト……そうだね」
「私は勇者様……アーサー様にはなれないであります……でも、戦うのならば最期まで――勝利を掴みとるために剣を握るのであります――!! もうこれ以上イキョウ殿が壊れてしまわないように――辛いを思いをしなくて済むように、私が戦うのであります……!!」
「おいらも<灼光>を使う。今度は命続く限り最期まで」
「……この身果てるまで盾となろう。心臓が止まろうとも盾は絶対に離さない」
「あの二人にだけ世界を任せて頼るのは止めにしようか。救世主の役割を与えられた者が世界を救うんじゃないんだもんね、世界を救った者が救世主だ。救世主も勇者も、名乗るものではなく成るもの。かの勇者様のように、自らの行いで名誉と栄光……そして未来を、勝ち取ろうじゃないの」
キアルの言葉に他の騎士達は力強い頷きを返し、戦いの意志を、そして勝利への希望を未来へと向ける。
ダッキュの言葉によって意志が灯った者、元より灯火を宿していた者。人々の意思は、段々と集まりつつあった。




