53.ロッククラーケンを退治した
海底が隆起するように競り上がった壁は、まるで潜水艦が浮上するときの如く海面を膨らませて、ようやく水から脱する。
それと同時に一緒に押し上げられた大量の水が、海へと逃げるように流れ出した。
海を押しのけるようにして生成した<アースウォール>。もうこれ壁じゃなくて小さな島だろ。
海底がそのまま地上になっちゃった。月明かりに照らされた岩と珊瑚、そして大人しくなったロッククラーケンとシーサーペントの死体という要素を含んだ島、ここは地獄の楽園か?
「お…おえー。もう…限界っス…」
ヤイナの声がチャットじゃなくて、生で聞こえてきた。
その声のした方向に目を向けると、仲間達が球体の中で漂っている、なんとも不思議な光景が目に入る。まるで球体の水槽に閉じ込められているみたいだ。
この魔法に皆も巻き込んでたのか。わざわざ探す手間が省けて助かった。
「か、かいじょ……」
ラリルレが最後の力を振り絞って<ホーリープロテクション>を解除する。
壁が消えた水槽は、その瞬間に球体の水へと変わり、そして重力に従うように流れ出す。
その流れに乗るようにナトリとヤイナも流れ出す。築地のマグロみたいだぁ。
ソーエンはというと、ラリルレを優しく抱えて綺麗に地面に着地してるよ。ナイスソーエン。流石親友。
「お…お星さまだ。私達たすかったんだ…」
抱えられたラリルレは大きく息を吸い込んで吐き出すと、空に手を伸ばして歓喜の声を出した。
「リルリルちゃん…私思ったんス…うっぷ…」
対してヤイナは地面に突っ伏して必死に声を出している。
そんなに苦しいなら仰向けになれよ……。って思ったけどその元気すらないんだろうな。
「か…かいふくまほう…っス。使って欲しいっス。口の中すっぱくなって来たっス」
「……である」
マグロ組みがうつぶせになってるせいでもうダメっぽいぞこれ。
最後の頼みの綱はラリルレの回復魔法。それが効かなかったら吐くぞコイツ等。
「大分やられてんな」
「お前が抜けた後に攻撃が苛烈になってな。そしてダメ押しの上昇。むしろ良く我慢した方だ」
「オレは止めと救済の両方を一遍にやっちまったのか。ごめんなラリルレ、大丈夫だったか?」
「うん…きょーちゃんありがと」
「りるりるちゃんはやく。のどまできてるっす、あたしのかいめんじょうしょうしてるっす」
「わかった、<ぱーふぇくとひーる>」
オレ達全員の体が温かい光に包まれる。
けど、これって車酔い的なもんにも効くのか?
「……!!治ったっス!! 海面下がったスよ!!」
「ふははははははは!! 完全復活である!!」
「「効くのか…」」
さっきまでデロデロだった二人が急にピンピンしだした。
二人ともいつもの調子で立ち上がる様子を見て、オレとソーエンは同じ声を出す。
「治った!!もう気持ち悪くない!! やったー!!」
ラリルレにも当然効いているようで、同じくいつもの調子に元通りだ。
「ありがとソーちゃん、もう大丈夫だよ」
「そうか。無事で何よりだ」
元気になったラリルレを見て、ソーエンは優しくそっと降ろした。
「リルリルちゃーん!!ありがとーっス!!」
「此度のMVPはラリルレであるな」
「ヤイヤイちゃーん!!ルナちゃーん!!」
同じ死線を潜った三人はお互いの戦いを鼓舞しあっている。
そんな中、ソーエンはオレに近づいて一緒にロッククラーケンとシーサーペントの死体を眺め始めた。
「ふざけんな。異世界に来て、今回が一番割とマジにピンチだったぞ」
「まさかこんな片田舎の町で死線を潜るハメになるとはな。ガランドウルやユーステラテスよりもよっぽど厄介だった」
「それな、制限開放するに値する敵だったわ」
「それで。この死体はどうするつもりだ」
そう。まさに悩んでたのはそれなんだよ。
コイツ等はオレ達が倒した。言わば戦利品だ。でも、その戦利品の処分に困っている。
何故困っているか。
ボックスに入れて持ち帰るとしよう。ロッククラーケンは忽然と姿を消した事になり、ギャラとアルは不安に思うはずだ。どっかにまだ潜んでいるんじゃないかと。一ヶ月は動かないはずのこいつが消えたらそう思うに決まってる。
じゃあそのまま死体を持って帰るかっていうと、そうにも行かない。何せコイツはオレ達が制限開放をしてやっと倒した敵だ。そんな敵を持って帰ったら『オレ達はめっちゃつよいですよー』なんてアピールしてるようなもんだろ。それはカフスとの約束に反するから絶対にノー。
「やっぱ置いていくしかないよなぁ」
「賛成だ」
こういうとき、ソーエンと一々話し合う必要は無いから楽で良い。
別に新しい武器や防具を作る必要ないからこいつの素材なんで要らないし、ここに捨てていっても構わないだろう。
「よーし撤収すんぞー」
これ以上ここにいる理由にはならないし、さっさと引き上げよう。
オレには町にある風呂屋行ってから晩飯を食うっていう重要な予定があるんだ。こんなところさっさとおさらばするんだ。
この島は、町の住人からしたら良い目印になんだろ。明日の朝辺りにこの死体を発見できるはずだ。
「この死体どうするんスか?」
「かくかくしかじか」
「これこれよさぬか」
「なるほどー……ってなるわけ無いじゃないっスか。あたしはパイセン達みたいに脳内テレパシー送りあってないんスからちゃんと説明してっスよー」
「ボックス入れて帰ったら皆不安、そのまま持って帰ったらカフスの約束反故にする。だから放置、以上!!」
「なるほどーっス」
「二人とも優しいなぁ」
「オレが言うのもなんだけど、今ので分かるのも大概だと思うよ?」
「足の一本くらいは持って帰ってもよかろう」
「まあそのくらいなら……えっ? 何に使うの?」
オレはナトリの唐突な言葉に疑問の声を上げる。
そんな岩と筋肉の塊持って帰っても解剖なんてする意味ないだろうに。
「使うのではない、阿呆共と再開できた記念品としてとっておく」
「ナトリぃ~、お前って偉そうでめんどくさいけどそう言うところあるよなぁ」
「ふははははは!! 阿呆になんと言われようと痛くも痒くも無いのである!!」
「どれ、俺も一本とっておくとするか」
「じゃあ私も!!」
「っスっスー、あたしもっスー。パイセンは?」
「しょうがねぇなぁ。オレも一本いただいちゃお」
皆がそう言うならオレも貰うしかないじゃーん。
「解体はあたしに任せるっス、<ウォーターカッター>」
ヤイナは二つの水晶、武器種<マギクリスタル>を使って器用にイカの足を根元から切断していく。
「「「おおー」」」
オレとソーエン、ラリルレは、そろって感嘆の声を上げながら拍手をする。
飛ばしたマギクリスタルから魔法を放ってすいすい切断していく姿はまるで曲芸師みたいだ。
「どーもどーもっス」
ヤイナは拍手に答えるように手を振ってにこやかに返事をした。
「ヤイナよ、もう一本切り落とすのである」
「何スかナトナトー、見たがりっスねー。ほい」
「「「おおー」」」
さながら地獄の楽園でサーカスを見ている気分だ。
でもそんなことどうでもいんだよ。
「ところでさ」
ヤイナの作業が終ったと同時に、オレは拍手の手を止めて皆のことを見る。
オレはロッククラーケンの存在を聞いたときから思っていることがあった。
「ラリルレを除いた腐れ外道共。お前等最初さ、オレをエサに使って単独でこの危険蔓延る海に特攻させようとしてたよな? そのことについてどう思う?」
こんな強力な個体が要ることを知らなかったとはいえ、あの作戦を実行していた場合、下手したらオレ死んでたぞ。まあ復活すれば良いんだけど。
復活があるとはいえ、それはそれ、これはこれだ。ってかそもそもオレを単独で潜行させようとしてたこと自体まだ許してねぇからな。
「……足の回収をするか」
「っスっスー」
「此度も愉快だったぞ。我輩は満足だ。余分に切断した分は我輩が貰っておこう」
コイツ等意地でも謝らない気だな。
「ラリルレ先生、悪い事したらなんて言うべきだと思いますかー」
「先生!? んふふ~、私先生かあ。……おっほん、きちんとごめんなさいするべきですよ」
ラリルレは両手を後ろで組んで胸を張ってそう言う。
は? 何今の、めっちゃかわいいんだけど。すっごくかわいいんだけど。
思わず怒りの炎が沈下しそうになる。むしろこの姿を見せる要因を作ったソーエン達に感謝すら産まれ始めてきた。
「仕方が無いのである。特別に阿呆はイカの足を五本持っていけ」
ロッククラーケンの足は討伐のときに一本破壊したから残り九本。オレが五本持って行ったら、仲間が持って帰る数と合わせて残りゼロ本だ。
「再点火したぞ、ふざけんな、そしたら足の付け根しか残らなくなんだろ。住民びっくりするよ、逆に怖いだろ、胴と足が無いクラーケンとかとんだ怪奇現象だよ。もはや原型なんだったか分からなくなるだろ」
「久々に釣りに付き合え。お前の分の竿は買ってやる」
「はいソーエン一抜け。お前無罪ー」
「おっぱ……はダメだったっスね。今度デートしてあげるからあたしも無罪を主張するっス!!」
「うーん……ギリギリ無罪で」
「これでギリギリとか腹立つっスね」
「ならば我輩は貴様の子守を手伝うこととしよう」
「お前怖がれるだろが。でも一応議長に確認してみよう。ラリルレ議長、家の子達はナトリを怖がると思いますか」
「はい!!ラリルレ議長です!! カンカン、シアスタちゃん達は優しい子達だからきっとルナちゃんのことを怖がらないと思います。カンカン」
カンカンってあれか、裁判長が振ってる木製ハンマーのマネしてるのか。
ラリルレの物真似レパートリーは豊富だなぁ。しかもめっちゃかわいい。
今度色んなの見せてもらおう。
「じゃあナトリも無罪で。正直一番素敵な提案だったわ」
「そうであろうそうであろう」
「でさ、なんで皆正直にごめんなさいの一言が言えないの? それさえ聞ければ一々交換条件出さなくても許したんだけど」
「「「…」」」
お前が言うなって目と、こんなことじゃ死んでも言わねぇって目を同時に向けられる。
「天邪鬼共がよ……」
「皆キョーちゃんが大好きなんだよ、だからついつい構っちゃうの」
「ラリルレも?」
「もちろん大好きだよ!!」
「ラリルレ!!」
「キョーちゃん!!」
オレが手を広げるとラリルレが飛び込んでくる。
はぁー、ラリルレは抱き締めるだけで心が浄化されていく。
もう……これが最高の報酬だよ…。
「リルリルちゃんを前にするとパイセンって心底気持ち悪くなるっスよね」
「ヤイナもだ」
「馬鹿もであろう」
なんだ?三人とも羨ましいのか? そんな目で見てもぜってぇラリルレは渡さんからな。
今宵はオレの一人勝ちだ!!
月明かりに照らされた島で、オレはラリルレを抱き締めながら勝利宣言を心の中で言い放った。




