9.【外の民】
「それじゃぁお姉ちゃんはこいつらを王都に突き出してくるからね。一通り索敵したから大丈夫だと思うけど何かあったら大声でお姉ちゃんを呼ぶんだよ?」
いったいどんなからくりなのかわからないけれど、片手で盗賊全員を抱えたお姉ちゃんはそう言って風のように飛んでいった。俺を肩車していたときがいかに安全運転だったかというのがよくわかるほどのスピードだった。あれで盗賊たち窒息しないんだろうな……?
もともとかなり王都に近づいていたはずだし、あの様子ならすぐにお姉ちゃんは帰ってくるだろう。行き帰りにかかる時間より、引き渡しの手続きの方が時間がかかりそうだ。お姉ちゃん、衛兵や門番相手に何かトラブルを引き起こしたりしないだろうか。少し気になったが、俺をここに残しているのだから早く帰ってくるために余計なことはしないだろう、そう信じることにした。
今俺がいるのはさっきの場所のすぐ近くで、そこそこの大きさがある池が目の前にあった。俺は池のほとりに腰をかける。見渡す限り人間のいない場所だが、俺は何の心配もしていなかった。万が一のことがあれば、ここで叫ぶだけでお姉ちゃんはきっと地球の裏側からでも駆けつけてくれるだろう――ここは地球じゃないけど。そんな風にすっかり気を緩めていたときに――
「なーなー、あのバケモン、お前の姉か?すげーな」
突然そんな声をかけられて、俺は死ぬほど驚いた。
見れば、池の中から顔だけ出した人間がいる。反射的に叫ぼうとしたところで、相手は両手を上げて敵意のないアピールをした。白い簡素な服を、蔦でできたような雑な帯で巻き付けたような恰好をしている。髪は短く切られていたが、声は高く整った顔立ちで、男とも女ともわからなかった。
「まー待て待て待て。敵じゃねぇ、あんなバケモンとやりあうのは御免だ」
そのまま俺との距離を一定に保ったまま、池の中から体を上げてくる。
「オレはミチャルナ。いわゆる【外の民】ってやつだ」
【外の民】。聞いたことがある。特定の場所に定住することなく、様々な場所に移動しながら生活している人々のことだ。
「……僕は、ルビルート」
「ルビルートか、カイミラの方角に幸せあり、だな」
ミチャルナは俺によくわからない祝福の言葉を述べると、俺との距離を保ったまま池のほとりにどっかと腰を下ろした。
「オマエのお姉ちゃんでも見つけられなかったのを見ると、オレの遁術もまずまずってとこだな。これでも隠れてからの狩りの腕前はリーゲの中で一番なんだぜ」
ミチャルナはそう言って胸を張った。リーゲというのは【外の民】の集団単位だった気がする。
「それで、なんで声をかけてきたの?」
「あんなお姉ちゃんを持ってるオマエのことが気になったからな。できれば挨拶しておきたいと思ったのさ。【外の民】は勇者が好きなんだ」
と言いながら、ミチャルナの視線は俺が食べきれなかったブルードラゴンの刺身にしっかりと注がれていた。しかも口の端からよだれがつうと垂れている。どうやら、建前以外の理由が大きそうだった。
「……もしかして、これ、食べたいの?」