29.危機
息ができない。引きはがそうとしても、喉と鼻にまとわりついてくるスライムは強い粘着力で俺に絡みつき、俺はどうすることもできなかった。スライムが粘液を吐き出したのか、鼻と喉の粘膜に痛みが走る。風邪の時の痛みを何倍も強めたような痛みに、思わず咳込みたくなったが、それすら叶わなかった。一層の呼吸困難が俺を襲い、頭が割れるような痛みが走る。このまま俺は、また死んでしまうのか、そんな恐怖が襲い掛かってきたとき――
スライムの体の中を動く、大きな気泡が見えた。その向こうには、シナライアのシルエットがぼんやりと見える。俺は彼女が風魔法を使ったのだと悟った。
俺の体に到達した気泡は、口と鼻に潜り込みスライムを押し出していく。思わずゲホゲホっと激しく咳込んだ。さらに気泡が俺の口の部分から棒のようにスライムの体を貫いていき、外の空気とつながる。粘液に焼かれた喉と鼻が痛い。ぜえぜえと息をするのも精いっぱいの喉を、俺はなんとか引き絞ろうとする。千載一遇のチャンス、シナライアが作ってくれたそれに俺は応えなければならない。
「――お姉ちゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――」
そして再び空気の通り道はスライムに潰され、俺はスライムに飲み込まれた。
横でチラリとシナライアも飲み込まれるのが最後に見えた。彼女は魔法を使うときに呪文を唱えるので、もう彼女からの助けは期待できない。今の叫びが届いていなければ俺たちは皆助からないだろう。
スライムのなかでぐるぐると俺は掻き回されていく。自分の服も溶かされていくのがわかる。大してお金をかけていなかったので、やはり貴族連中の服よりも損壊が速い。まず外に露出している手足と顔にやけどのような痛みが走り、続いて服で覆われていた部分でもスライムの感触を感じるようになる。さらにスライムが圧を強めると、体全体が圧に押され、たまらず空気を吐き出してしまう。そこに乗じて、スライムが再び呼吸器にも侵入してきた。先ほど痛めつけられた俺の粘膜が、再び激しい痛みにさらされる。
痛い。苦しい。辛い。
時間にしてほんのわずかの間に、俺の体はスライムによって次々と痛めつけられていく。貪欲なスライムは俺とクラスメイト達を自らの養分として取り込まんと、さらに攻撃の手を強め――
「――ぅくん」
聞こえた。
「――ぅくんに――」
確かに聞こえた。
分厚いスライムという壁に包まれて、聞こえるはずがないのに。俺は確かに、その声を聴いた。
俺を助けてくれる天使の。
スライムにとっては、地獄をもたらす悪魔の声を。
「――るぅくんにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――、手を出すなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




