13話 作戦
翌朝。
嵐は過ぎ去ったものの、屋敷にはまだ重苦しい空気が残っていた。
アリステラのもとへ、静かに届けられた呼び出し。
——ルシエルド殿下より、内密の要件。
指定された部屋へ向かう廊下は、人の気配が不自然なほど少ない。
(……何か動いている)
その背後には、当然のようにジョシュアが控えていた。
「念のためだ。今日は一人にはさせない」
短く告げる声音は、昨夜とは違い完全に護衛のそれだった。
扉の前に立つ。
ノックをすると、内側から低い声が返った。
「入れ」
扉を開けた瞬間——
空気が、変わる。
室内には、数名の側近と。
そして——
ベッドに身を預けた、ルシエルドの姿。
仮面に覆われた顔色は窺えない。
だが、その奥にある眼差しだけは、鋭く冴えていた。
ルシエルドは、ゆっくりと視線を上げた。
「昨日の件、無用な心配をかけたな」
それだけを告げると、
「部下が新たに持ち帰った証拠で、裏付けは取れた」
無駄のない声音で、淡々と告げる。
「――この領主は、王妃側と繋がっていると見ていい」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
「正確には、繋がらざるを得なかった、というべきか」
「領主の娘が、王妃付きの侍女として王城に上がっている」
その一言で、意味は十分だった。
「加えて、過去の不正を握られている」
視線が、わずかに落ちる。
「領民を守るための判断だったようだが……王妃にとっては、利用価値のある“瑕疵”だ」
逃げ場はない。
そう結論づけるように、言葉が続く。
「結果として、この館は既に敵の手の内にある」
静かに、そして確実に。
「狙いは――私の排除」
そこで初めて、アリステラへと視線が向けられた。
「そして、その為の“手段”として――貴女が選ばれた」
空気が、一瞬だけ冷える。
アリステラに万が一の事があれば、
ルシエルドとヴァルディス辺境伯の関係は悪化する。
敵の狙いはそこだった。
「辺境伯と王家が並び立てば、外も内も、軽々しくは動けない。婚姻前の今が最後の機会だろう。」
感情の起伏はない。
「病弱な婚約者は、この上なく都合がいい」
ただ事実を並べるだけの口調。
「……連中は、まだ諦めていない」
わずかに息をつく。
「ならば、こちらから隙を見せる」
その言葉に、部屋の空気が変わる。
「私はこのまま、毒の影響で動けぬ状態を装う」
その奥には明確な意志がある。
「油断を誘い、おびき出す」
短く言い切ると、視線を戻す。
「貴女を危険に晒すつもりはない」
それは、先ほどまでとほんの僅かだけ温度の違う声音だった。
「護衛は可能な限り付ける」
そこで、言葉が一度途切れる。
ゆっくりと。
ジョシュアへと視線が向けられた。
「……そちら側の護衛は」
わずかに間を置き、
「信用に足ると判断していいのか?」
問いではあるが——
その実、試すような響き。
部屋の空気が、ぴんと張り詰めた。
ジョシュアは、一瞬だけ目を細めた。
——ほんの僅かに。
すぐにその気配は消える。
代わりに浮かんだのは、柔らかな微笑。
「ご懸念はごもっともです、殿下」
声音は穏やかで、隙がない。
「しかし——ヴァルディス辺境伯家の護衛は、選りすぐりの者で構成されています」
一歩、わずかに前へ出る。
「私もその一員として同行しております。殿下のお手を煩わせるまでもなく、十分に対処可能かと」
丁寧に、だが一切引かない言い方。
その奥にあるものは、言葉にこそ出さないが——
(疑われるいわれはない)
静かな反発。
それでも視線は逸らさない。
真正面から受け止める。
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
その間に立つ形で——
アリステラは、息を呑む。
(……このままじゃ)
互いに一歩も譲らないまま、空気が硬くなっていく。
(だめ……ここでぶつかってはいけない)
張り詰めた空気を断ち切るように、アリステラは口を開いた。
「ご配慮、痛み入ります。私も軽率な行動は控えますので、どうかご安心くださいませ」
けれど胸の奥に、別の感情が静かに芽を出す。
——守られているだけでは、いられない。
昨夜の出来事が、脳裏をよぎる。
剣を握り、動いた自分。
そして——
狙われたという事実。
(……私が、狙われている)
ならば。
(足手まといには、ならない)
ぎゅっと、指先に力が入る。
(いざとなれば——戦う)
静かに。
誰にも悟られないように。
その決意を、胸の奥で固めた。




