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クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚  作者: 所羅門ヒトリモン


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第35話「切り裂きトンカラトン」



 そして、蔭木鏑は追い詰められた。


 場所は蔭木家邸の奥座敷。

 上座に座る鏑には、一通の手紙が届けられている。


「こちらです」

「どうぞお検めを」

「フン」


 大狼家の姉妹が、愚鈍に手紙を差し出す。

 すると、盲目である鏑のためだろう。

 手紙は霊紙製であり、協会の仕掛けた術によって、開封と同時に音声を発した。


『蔭木鏑。貴殿に対し、汐坐伝奇術師協会は正式な拘束命令を発令する』

「……」

『現時刻を以って、貴殿を協会規約第三十二条、第四十七条、ならびにA.N.O.M.A.L.Y.対策法特例第九章違反の容疑者として扱う』


 音声は告発文であると同時に、最後通牒でもあった。


『第一。南湾岸区におけるA.N.O.M.A.L.Y.の人為的誘発および誘導。貴殿は複数件にわたり自然発生事象を装いながら、不特定多数の市民・術師を危険に晒した疑いがある』


 異人館街・英国人居留区画。

 汐高浜町臨海遊園地〈Spiral(スパイラル) Wharf(ワーフ)

 同地、国際商業施設〈アストラ・ギャレリア〉


『第二。術式名【琵琶法師】による霊骸無許可使用。過去発生したA.N.O.M.A.L.Y.の消滅記録改竄、異常遺留物の隠匿および違法利用に該当する禁止取引への関与の疑い』


 密輸された呪具の授受。

 野良術師との接触。

 持って生まれた術式の悪用。


『第三。退魔四家に対する謀略行為。協会指定重要術師家系の統制にかかわる極めて悪質な騒乱の扇動、虚偽情報の流布など。これは大結界破綻をも視野に入れたテロ未遂の疑いがある』


 孔雀堂家が鏑を切った。

 いけしゃあしゃあと、自分たちも被害者であるとうそぶいている。

 否、これは協会の判断か。

 大結界の支柱を崩すわけにもいかず、すべての罪を鏑に着せるつもりか。


『第四。当協会職員に対する虚偽報告、証拠隠滅、捜査妨害、調査資料隠蔽。霊視局ならびに取締局への明らかに意図的な公務執行妨害』


 おまけのように、小さな罪までセットで並べられた。


『第五。協会指定危険思想。貴殿は術師社会の秩序を否定し、ひいては我が国の一般社会に甚大な被害をもたらしかねない極めて危険な思想を持つと判断された。自身の実力への過信、傲慢、顕示欲ほか支配欲は、たびたび警告処分の対象となったが反省の色は確認されなかった』


 よって、と音声は平坦に続ける。


『以上五件。なお、現在も新たな証拠の提出が確認されており、容疑は追加される可能性もあることから』

「笑わせる」

『陰木鏑。汐坐伝奇術師協会は貴殿に対し、即時投降を命令する。抵抗した場合は、特例第七条に基づき、準特等以上術師による実力制圧が許可される──返答を求める』


 最後の音声は、長年、鏑の特等評議を理不尽に跳ね返し続けた女の声だった。


 汐坐伝奇術師協会、協会長。

 当然、これまでの屈辱も込みで、鏑が黙っていられるはずもない。


「舐めるな……女!」


 鏑は手紙を破り捨てた。

 琵琶を爪弾き、不可視の衝撃波により霊紙を細切れに引き裂く。

 返答など、決まっていた。


 しかし、鏑が最も腹立たしかったのは、一つの事実だ。


 協会への苛立ちや、包囲された屋敷の現状などよりも、それが最も忌々しくて堪らない。


「舐めるな……舐めるな、青墨秋水ッ!」


 第一の罪、認めよう。

 鏑は鳶瀬山家の霊的資産、土地、封印されているA.N.O.M.A.L.Y.が欲しかった。

 自らの術式を鍛え、強化し、さらなる強さを得るためには、鳶瀬山家は格好の獲物だったのだ。


 亡霊奏術──琵琶法師。


 鏑の術式は、平家物語などで知られる盲目の僧侶にまつわる伝説に由来する。

 平家の隆盛と滅亡を描いた物語を、琵琶の伴奏に合わせて語る口承文芸。

 ただしそれは、単なる娯楽を目的にした演奏ではなく。

 壇ノ浦などで悲惨な最期を辿った平家の霊を、鎮めるための儀礼的な意味も持つのは、日本国民なら誰でも知っているだろう。


 鏑の術式は、その文脈から『霊骸』──消滅したA.N.O.M.A.L.Y.が時折り現世に残す異常遺留物を触媒に、亡霊を顕現させ、演目のひとつとして再現する異能だった。


 だから、大狼家や他の術師家などからも、これまで散々、貴重な呪具や霊地を奪って来ている。

 時には人質や不当な契約を用いて、馬車馬のように扱き使って来た。


 大抵の呪具は、霊骸を素材にしている。

 歴史ある名家の管理地なら、いい霊骸の材料になる|土地神《A.N.O.M.A.L.Y.》がいる。


 すべて、贄なのだ。

 鏑からすれば、レベルアップのための美味しい経験値でしかない。


 北嶺区の神域、禁足地は、そういう意味ではこれまで、目と鼻の先にありながらもずっと手出し出来ずにいた垂涎の的だった。

 姦姦蛇螺の怨念にジワジワと汚染されていたから、霊骸など期待しようも無かった。


 しかし、その前提は先日、見事にひっくり返った。


 青墨秋水さえ孔雀堂家のものになれば、鳶瀬山家のすべては丸裸も同然。

 今の当主と補佐さえ不慮の事故にでも遭ってしまえば、未熟な小娘どもなど何とでもなる。何なら、慰み者にしてやってもいい。

 何にせよ、遺産の相続権は鏑にこそある。


 だから計画はすべて、そういうゴールを目指して進められていくはずだったのに。


 蓋を開けてみれば、どうだ?


 孔雀堂家は退魔四家とは名ばかりに、ロクな動きを見せず。

 本来なら鏑のアシストを最大限に利用し、自分たちのホームで堂々と大胆な作戦に出るはずが、何もしなかった。


 逆に、青墨秋水が鳶瀬山家との仲を深めるサポートまで、する始末だった。


 海上遊園地でも国際商業施設でも、鏑は手駒に命じて妨害行為を働かせたが。

 結果はどれも逆効果に終わってしまった。

 残る四件の罪も、ああ、そうだ。この際だから全部認めてやる。


 鏑にとっては、この世のすべてが己を栄達させる踏み台に過ぎない。


 蟻道鈴昌との接触? ああ、あった。

 二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.──密輸呪具の不正所持? ああ、している。


 大結界を破壊する意図については、特に意識したものではなかったものの。


 退魔四家が鏑を貶め、切り捨て、破滅させようと言うのなら。

 結果的に、大結界を破壊することになっても構わない。

 市民の犠牲など知ったことか。

 所詮この世は、弱肉強食、適者生存が理。

 非術師が淘汰されるのは、時代の必然に過ぎない。


 だが、だが──!


「僕なんか、眼中にも無いって言うのか? 相手にする価値すら無いって……?」


 鏑に突きつけられた罪には、どれも〝青墨秋水〟が存在しなかった。

 ここまで状況を把握し、包囲網を狭めて、証拠も確実なものをいくつも集めたのだろう──にもかかわらず。


 蔭木鏑が青墨秋水に喧嘩を売っている。


 その罪を、まるで数に入れていなかった。

 第三の罪。


「退魔四家への謀略だと……? 協会指定重要術師家系の統制にかかわる極めて悪質な騒乱の扇動だと……?」


 それを言うのなら。

 それを挙げるなら。


「この汐坐で……頂点に立つ男に牙を剥いた事実をこそッ、まずは最大の罪に問うべきだろうが──!」


 鏑は狂怒した。

 筆頭術師。

 数限りある特等の椅子から、さらに選ばれし者のみが座ることを許される王の御座。


 筆頭に楯突くとは、蟻が恐竜に逆らうようなもの。

 奴隷が神に、唾を吐きかけるようなもの。


 なのにこれでは、まるで一人相撲だ。


 青墨秋水は鏑など、歯牙にもかけていない。

 敵だとすら扱っていない。

 鏑は秋水の聖域に、堂々と土足で踏み入ったつもりだったのに。


 秋水はそれを、罪とすら認識していなかった。


 意図は正しく見透かされている。

 犯行は正しく見抜かれている。

 しかし動機だけは、根底にある鏑の本質と力だけは、鼻で笑われていた。


「──いいだろう」


 鏑は目蓋の裏側にある霊力回路を起動し、物質化させていた琵琶にさらなる霊力を込める。

 視力なき眼球なれど、その視神経は術式という新たな異能器官となって稼働していた。

 光を奪い、闇の知覚(ヒカリ)となった。


 腐った苔のような、澱んだ濃緑線網が浮かび上がる。


「筆頭とは、そこまで強いものなのか……? オマエと僕には、そこまでの違いがあるって……?」


 ならば。

 ならば。


「試してもらおう! 僕はッ! 強いッ!」


 鏑は呪具──霊骸を強制覚醒させた。


「〝祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありッ!〟」

「「っ!?」」


 伝奇詠唱。

 以って、回復途中にある二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.を叩き起こす。

 それすらも、青墨秋水ならびに紅の伝奇姫の目論見通りとは知らずに。


 ……ただ、鏑も青墨家も、ひとつ重要な点を見過ごしてはいないだろうか?


 二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.──ただでさえ人間よりも上位の存在であるA.N.O.M.A.L.Y.の上位種。

 そんな存在が、どうして調伏されたワケでもないのに、大人しく蔭木鏑に従うのか?


 まして、青墨秋水という脅威を知った状態で、どうしてただ再覚醒するだけだと思うのか?


 曰く付きの呪具というのは、得てして持ち主を祟るものである。


「──なに……!?」


 鏑は肉体の主導権を、奪われた。

 握っていた琵琶は日本刀に変わり、その姿は痩せぎすの青年から全身包帯づくめの旧日本軍将校へと変わっていく。

 そこにイギリス式のインバネスコートを羽織った、人種国籍ともに不明の、霧纏いの怪人に変貌していく。


 自転車の呼び鈴が鳴った。

 けたたましく、耳障りな音がどこからともなく鳴り響き。


「……ッ!」

「そん、な──」


 大狼颯と大狼楓。

 姉妹はその変化に、息を呑んで畏怖するしかなかった。

 怪人がやがて、マザーグースを歌うように目を弓なりにした。


「 “ Ton, Ton, Tonkaraton♪ ”」


 者皆眠る夏の夜。

 草木も眠る丑三つ時なれど、昨今の異常気象に寝苦しさを覚える者も多かろう。

 然れどこの夜、汐坐市には新たな都市伝説の帳が下りた。


 今宵、文明開化後の世界でなおも伝説を刻み込んだ恐怖譚が、新世紀最大の正体不明を謳い血を求める。


 どれだけ寝苦しくても、決して夜に外を出歩いてはいけない。

 人間に受肉したA.N.O.M.A.L.Y.は、物語領域の展開と術式の双方を扱う。


 つまり、最低でも姦姦蛇螺以上。


 怪人の発生は、汐坐市内のあらゆる赤色アラートを一斉に発砲した。





 ◇◆◇◆◇◆◇





 以って、激突は必然。


 七月某日。

 深夜、汐坐市北嶺区・神代本町郊外。

 蔭木邸を爆心地とし、ここに汐坐の最強戦力が剣戟を重ね合う。


 禹歩によって瞬間移動を果たした秋水は、すでに伝奇正装に変身していた。


 黒袴に緋色の上衣。

 黒地を縫う赤糸の彼岸花と揚羽蝶。

 襟付きの羽織を夜陰に翻し、舐めるような蒸し暑さを熱波によって断裂させる。


 カラカラと肌がひび割れる。

 パキパキと唇がひび割れる。

 ジリジリと土瀝青(アスファルト)が溶融する。

 揺れる揺れる蜃気楼。

 燃える燃える陽炎蓮華。

 太陽なき夜間に大日大聖不動明王の輝きあり。


 初手から加減なし。


 待っていた収穫の瞬間。

 青墨秋水はきちんと、協会のお膳立てを待った。

 最愛の妹の助力も得て、ついに暴力を解放する許しを得た。


 ならばこそ、獲物を刈り取るのは手早くなければならないと。


 携帯端末の震えが、最初の一拍を終える前に現場へ急行。

 直後に、上空から不動明王火界咒・火生三昧倶利伽羅剣。


 郊外とはいえ一般人居住区に向けて、一都市を蒸発せしめる大火力を解き放った。


 無論。


 炎は完璧に制御され、蔭木邸の敷地外には一切漏れていない。

 尋常の火炎ではなく超常の火炎は、物理法則に縛られない。

 火の粉の一片さえ、範囲外には舞わなかった。

 蔭木邸内の、蔭木鏑とA.N.O.M.A.L.Y.以外の存在さえも、当然、燃やしてはいない。


 屋敷を包囲していた協会職員や取締局員が、泡を食いながら叫ぶ。


「撤退──ッ!」

「神代本町の緊急結界を至急展開しろ!」

「まずいまずいまずいッ!」

倫敦(ロンドン)が来るッ!」


 そう。

 彼らは一流。

 人類の生息圏を第一線で守り続けているプロ。

 たとえ、その能力が弱者の枠組みにカテゴライズされようとも。

 現場における判断能力は、劣らない。

 汐坐市内では、秋水の戦闘力など誰もが弁えている。


 驚きはある。

 恐れもある。

 動揺もある。

 緊張もある。


 然れど、彼らが衝撃に打ち震えたのは、秋水が原因ではなかった。

 蔭木邸を中心に、()()()()()()()()()()()()あったからだ。


 霧(けぶ)る十九世紀末。

 産業革命による大気汚染公害。

 豪華絢爛な貴族街では、華やかなりし舞踏会にてロマンスとゴシップが豊かな文化を咲かすも。

 黒ずんだ労働者階級街では、娼婦が貧困によって教会で花を売ることも珍しくなかった。


 急速に拡大した鉄道網整備。

 世界最初の地下鉄開通。

 中産階級の台頭と近代化の裏では。


 大量の石炭燃焼によってテムズ川が汚れ、豆のスープと謳われるほどの濃霧が街を覆い、衛生環境は劣悪を極めた。


 都市は汚されたテムズ川流域の粘土を主原料に、煉瓦と漆喰、鉄とガラスで建てられ。

 黄色から茶色の独特なくすんだ家々が、当時の街の基調となった。

 煉瓦はやがて、遠方から届くようになった鉄分を多く含む赤煉瓦によって、華やかな装飾を得るが。


 そこに至るまでの技術革新の裏側では、街灯も届かないスラムがあったのを忘れてはいけない。


 ──協会の捜査と秋水の直観。


 蟻道鈴昌の証言によって、謎の二段階目A.N.O.M.A.L.Y.にはもう、名前を与えられていた。

 尋問初期の蟻道は、たしかに自分自身の記憶をも失っていたが、ある時点で急に記憶を取り戻したのだ。

 まるで、あらかじめ時が来たら思い出せるように、準備していたみたいに。


 したがって。


「其は世界で最も有名な連続猟奇殺人鬼──彼の英国、倫敦(ロンドン)東端(イーストエンド)にて近代化の闇に生まれた未解決事件エターナル・ミステリアス

 当時は大衆新聞が急速に普及した時代のため、連日センセーショナルに報じられた恐怖は多くの俗説を孕んだとうかがいます。

 やつがれは思いますに、ある意味ではコレこそ、『都市伝説の王』と言って過言ではないでしょう」


 一説にはその正体は、悪魔であると。亡霊であると。

 迷信と神秘すらも被り、近代最大の謎の代名詞となった切り裂き魔。


 同じ時代、彼の街ではシャーロック・ホームズさえ実在したことになったはずの今の世界で。


 なおも、堂々の正体不明を冠する名前のない怪物。

 思えば、それが初めて南湾岸区で秋水と戦ったのも、異人館街における英国人居留区画だった。


 すなわち。


()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 あの時、秋水が見抜けなかったもう半分。

 二段階目A.N.O.M.A.L.Y.の来歴は、斯くて顕現する物語領域によって証明される。


 切り裂きジャックが発生した時、最低でも五人は必ず殺される。


 ランダムで、絶対、五人は死ぬ。

 どんな重要人物であっても、どんな非力な女子どもであっても。

 五人、死ぬ。


 それが、協会の把握している常識でもあった。

 事件の記録。

 あるいは伝説において、ジャック・ザ・リッパーが確実に為したとされる殺人は、五件と語られるがゆえに。


 なれば。


 なればこそ。


「筆頭の『本領発揮』に、間に合わせろ──!」


 彼らは、識っている。

 この汐坐で、出現そのものが誰に降りかかるか分からない絶望そのもののA.N.O.M.A.L.Y.──抗えるのは、たった一人であると。


 物語領域が完全に顕現する前に、同格以上の物語領域をぶつけて、〈領域合戦〉が行えるのは誰か。


 いま、その答えが当人の口より解号される。


「〝本領発揮(アセンダンス)〟」


 術式の最奥。

 二段階目以上に到達した術師が、自らを物語の主人公と定めて行う法則の強制。

 禁術指定の大結界術。

 以前にも一度、秋水は姦姦蛇螺調伏の際に半解放を行った。


 そう。


 ヒナギクの世界だ。

 秋水自身の世界を含めれば、もちろん名も体も変わる。


「〝──────〟」

「!?」


 それを、詠った。

 切り裂きジャックとの混ざり物が、剣戟の最中に大きく顔を歪める。

 包帯でグルグル巻きにされた全身は、爛れた皮膚病か火傷痕を隠すように隙間が無いが。

 同時に、絶えず流動的な霧に構成されていて、輪郭が曖昧だった。


 曖昧なまま、顔を歪めるほどの不快を露わにしていた。


 神代本町の緊急結界。

 対霊災用の時空剥離が間に合ったのを尻目に。

 炎に巻かれる蔭木家邸内を、秋水は円を描くように歩いた。


 受肉した化け物も、同様に日本刀(呪物/霊核)を片手に反対方向に回る。


 交錯する視線は、まさにどちらも凶手のソレと言って過言ではない。


「 “ Ton, Tonkaraton……”」

「なんだ。さっきよりもノリが無いな」


 返答は無い。

 しかし無理はなかった。

 恐らく、このA.N.O.M.A.L.Y.は人語を話せない。


 世界一の連続猟奇殺人鬼、だけだったなら。

 もしかしたら言葉を返せたかもしれないが、きっともう半分の伝説がそれを許さない。


 旧日本軍将校の軍服に、英国のインバネスコートという姿が、奇妙なミスマッチさを増幅させている通り。

 ()()は、日本のとある都市伝説との混ざり物だ。


「もう、霧に隠れはしないんだな。人間に受肉したからか?」

「 “ Ton, Ton, Tonkaraton♪ ”」

「そうか。愉快でたまらないか?」


 蔭木鏑に対する同情など欠片も無い。

 だが、そんな秋水をして、A.N.O.M.A.L.Y.の表情は眉を顰めるに十分だった。


 愉快也。

 愉悦也。

 愉楽也。

 遊興也。


 弓なりに曲がる目元も口元も、日本刀の撓みさえも。

 すべてが、切り裂き魔らしい感情を物語っている。

 その足が彼岸花を踏んだ。

 たまさか近くを飛んでいただけの赤燐の揚羽蝶を、ツバメを斬った剣豪のように真っ二つに落として見せる。


「なるほど。大した腕前だ」

「 “ Ton, Ton, Tonkara, Ton♪ ”」

「だが、そう、それ。トンカラトン」


 ご丁寧に自己紹介をしてくれて大助かりだ、と感想を呟きつつ。

 秋水は真紅に染まった倶利伽羅剣を、肩にかけた。


「最初に会った時から思ってたんだがな? オマエの半分はもう半分と、まったく格が釣り合ってないよな」

「…………」

「だって、トンカラトンだぞ?」


 日本の現代妖怪の代表例には、口裂け女、トイレの花子さん、八尺様などが挙げられる。

 トンカラトンも同じ現代妖怪のひとつだが、その知名度はやはり歴然だ。


「第一、自転車に乗って〝トンカラトン!〟と叫んで、日本刀で斬りかかってくる。それくらいしか、オマエには逸話が無い」

「…………」


 不快也。

 A.N.O.M.A.L.Y.の顔が再び、秋水に対して歪められる。

 血を滴らせる白刃が、今にも新しい獲物を寄越せと言わんばかりに震え始める。


 正確には、トンカラトンには口裂け女に似た逸話。

 通りすがりの人間に、「トンカラトンと言え!」と命令して、従わなかった場合に斬りかかって来るという怪異法則もあるのだが。


 目の前の化け物は、()()喋る事は出来なさそうなので、頭の隅から放り落としてしまう。


 秋水は挑発をやめなかった。


「オマエの名は、そうだな。便宜上、切り裂きトンカラトンってところにしておくが、ジャック・ザ・リッパーも哀れだな。よりにもよって、トンカラトン?」

「…………」

「切り裂き魔っていう共通点はある。たしかにな? だけど、それで得たのは何だ?」


 トンカラトンには、ロクな〝お話〟が無い。

 本当に、さっき触れた内容がすべてと言ってしまって良い。

 秋水は敢えて、相手の格を扱き下ろす。

 扱き下ろし続ける。


 なぜなら二段階目に到達している以上、当然、切り裂きトンカラトンには秘密が眠っているからだ。


 カマイタチにも似た通り魔現象に近い現代妖怪。

 ただのトンカラトンではなく。

 必ず、目の前の化け物には()()があった。

 文脈があった。

 曰くつきの物語が、あるはずだった。


(事実……)


 それは、姿形に顕れている。

 秋水は切り裂きトンカラトンが、どうして旧日本軍将校の姿をしているのか知りたかった。

 否、解き明かさなければならなかった。


 そうしなければ、智慧の利剣は研がれない。


 畏れを剥がし、業魔を降伏せしめる事は叶わない。

 だから五分以内に、謎を看破する。

 挑発は実情、考察のための自己整理でもあった。


「 “ Ton──Ton ”」


 切り裂きトンカラトンが、左右に軽いステップを踏んだ。


「来るか」

「“ Tonkaraton! ”」


 直後、人間には絶対に不可能な大跳躍で、怪人が大上段を振り下ろす。

 人殺しに快楽を覚えるシリアルキラーの動きではなく。

 それはまさに、剣術を修めた軍人の武を滲ませていた。

 秋水は真っ向から、鍔迫り合う。


 鋼と鋼がぶつかる、耳障りな硬質音。


 ともに尋常ではない腕力と、霊力の衝突。

 切り裂きトンカラトンは明らかに、戦いに悦を見出していた。


「なるほど」


 ひとつの謎が解ける。


「オマエが得たのは、職業戦士としての殺戮技巧か」

「 “ Ton, Ton, Tonkaraton♪ ”」

「俺のせいで一方的に殺せないのは、さぞや苛立たしいだろうな。けどな?」

「ッ」


 弾き返しはせず、秋水は鍔迫り合いのまま炎を吐く。

 これは尋常な斬り合いじゃない。

 超常の技を持った異能同士の戦いだ。

 剣から炎を出せるなら、馬鹿正直に重い一撃を受け続けたりはしない。


 切り裂きトンカラトンが大きく跳ねた。


 空中のまま、両足は地面についていなかったのに、腕力だけで炎から回避行動を取ったのだ。

 秋水の読みは正しいだろう。

 切り裂きトンカラトンには、最低でも達人クラスの戦闘武芸がある。

 となると、これは……


「東方の武術に対する過度な信頼、か? シャーロック・ホームズのバリツもそうだが、オマエのなかのジャック・ザ・リッパーにも英国人らしい感性があるのか。いや、正確にはオマエを形作る西欧人の偏見なんだろうが……」


 偏見もまた、一種の信仰だ。

 切り裂きトンカラトンは、興じている。

 徐々に秋水を、極上の獲物と狙い定めている。


「 “ Ton, Ton, Tonkara──ton! ”」


 今度は地面と水平のまま、力強い踏み込み。

 インバネスコートに隠した居合、抜刀術から鋭い剣戟が襲い来る。


 そのすべてを打ち返し、炎でまくり、互角を演じながら。


 秋水はまたひとつ、謎を解いた。


「──そうか。足音」


 トンカラトンは、何故にトンカラトンなのか?

 一説にはトンカラトンが現れる時、自転車に乗って日本刀を背負っているため、ペダルを漕ぐ擬音から名前が取られたと云う。


「けどそれは、いまいちしっくり来ない話だ」


 ペダルを漕いでも、トンカラトンとは聞こえないだろう。

 普通はカラコロとか、グルグルとか、キシキシではないだろうか?

 なのに、どうしてトンカラトン?


「トンカラの〝カラ〟は、それっぽいけどな──実際には足音」


 トンカラの〝トン〟は、足音から取られているはずだ。

 その証拠に、化け物はさっきから〝Ton〟と言いながら跳躍したり踏み込んで来る。


 音。


 自転車は日本で、チャリンコとも呼ばれている。

 ベルの音はチリンチリンか、チャリンチャリンと喩えられるし、現代妖怪の出現場所は昔の妖怪、河童や天狗と違って山や森ではなく都市のなか──日常と隣接している。


 学校の帰り道やアスファルトの路上。


 子どもにとって自転車は身近な乗り物で、背後からもし自転車に乗った不審人物が自分を追いかけている、と錯覚すれば。

 徒歩では決して逃げきれないスピード感もあって、非常にリアリティのある恐怖感だ。


 そして、これと似た恐怖を煽る現代妖怪が、他にもいる。


「オマエの足音(それ)は、ターボ婆さんを代表に語られる高速移動型怪異と、まったく同じ根源に根差した異能だ」


 自転車に乗らなくても、自転車以上の速さで動く帯刀怪人。

 周囲で鳴るけたたましい呼び鈴は、恐らく速さを保つための条件に違いなかった。


「だったら、まずはその足を落とすぞ」

「!?」


 如何なるホラーテラーも、ルーツを紐解かれれば幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 切り裂きトンカラトンの足が、秋水の智慧の利剣に斬られる。

 ベルの音は止んだ。

 速度は死んだ。


 ゆえに反撃は容易になり、


「──さっきは悪かったな。何を得たんだ? なんて嘲って」

「 “ Tonkara──!? ”」

「子どもの恐怖心も、バカにはできない」


 きちんと心理を読み解けば、A.N.O.M.A.L.Y.が有する恐怖の異能にも説明がつけられる。

 そして、子どもの恐怖心を切っ掛けに、姿についてのヒントも得られた。


 切り裂きトンカラトンの動きは、明らかに鈍重となって足を引きずるものに変わっている。


 もはや、秋水の言霊を避ける手段は無いだろう。


「ところで、オマエは世界三大怪物を知ってるか? 吸血鬼、狼男、フランケンシュタインの怪物。日本でも有名なマンガのキャラクターモデルになってな。一昔前は、かなりの人気だった」

「 “ Ton……Ton……! ”」

「だが俺としては、ミイラ男についても捨て置くことはできない。ミイラ。マミー。人間の死体が包帯によってグルグル巻きにされて、保存されたあと」


 アンデッドとして復活し、動き出す怪異譚。


「一番有名なのは、エジプトのファラオのミイラだろう。ファラオは死後も復活すると信じられていたし、ミイラ造りの技術にも優れていた。日本にもポルトガルだとかオランダの船を通じて、江戸時代にエジプトのミイラが伝来したって話がある。が、それがなくてもだ」


 もともと日本には、人魚や天狗のミイラが存在した。

 現代でも、ネットで調べればミイラを保存している寺社仏閣の類が、サーチエンジンでヒットする。

 中国でも同様だ。


「つまり、洋の東西を問わずミイラそのものの造り方や保存法は、古くから知る人の知るところだった。だがこれが、一気に大衆の知名度を獲得するのが、十九世紀」

「 “ Ton, Ton, Tonkara──ton! ”」

「無理をするな。黙って聞け」


 刀を振り上げ、果敢にも跳びかかろうとした切り裂きトンカラトンを、秋水は機先を制して地面に縫い止める。

 波濤のように溢れる赤い糸。

 姦姦蛇螺の動きを封じたときのように、皮膚を突き刺し文字通りに。

 そのまま肩も突き刺し、秋水は体重をかける。


 切り裂きトンカラトンを見下ろす。


「奇しくも、近代化による恩恵と戦争による植民地化。エジプトはフランスやイギリスに支配され、ミイラの存在がフィクションの題材になる。初期は美女のミイラを相手に恋愛をするなんてのが流行ったみたいだが……今日(こんにち)ではホラー作品の題材としてのほうが有名だよな」


 ミイラ男はドラキュラ伯爵やフランケンシュタインの怪物と並び、十九世紀ゴシックホラーのメインテーマのひとつとなった。


「でもな? 当時は戦争の時代でもあった」


 全身グルグル巻きの包帯男。

 そんなビジュアルイメージが、もし日本にもアンデッド/生ける死者として根付けば。


 行き着く先は、知れている。


「多くの人々にとって、最も身近だったのは傷痍軍人の存在だ」


 彼らは国のために戦い、多くは肉体を大きく欠損した。

 生きて帰って来られても、激しい苦痛と悲哀を味わい怨嗟の叫びをあげた。

 包帯を巻かれて看病を繰り返されても、時には命を落とした。


「その姿。その死後の怨念。当時の人間は決して、忘れなかっただろう──つまり分かるか」


 智慧の利剣は砥がれていた。

 切り裂きトンカラトンの来歴を暴き、その融合と畏れの対等さを看破した。


「オマエがどうして呪物を霊核にしているのか。ジャック・ザ・リッパーの伝説の何処と組み合わさる部分があって、二段階目に到達したのか」


 ──いま此処に。


「その〝正体不明〟に対する解答をくれてやる」


 トンカラトンもまた、出所不明の都市伝説。

 正体に関する説は幾つかあるが、決定打はどれにも無い。

 しかし、その内のひとつに、旧日本軍人説がある。


 内容は上官に斬り捨てられた兵士が、包帯で治療を受けたものの傷が化膿して死んでしまい、恨みから妖怪になったというものだが。


 ここまでの考察を前提にすれば、通じるものはたしかにある。


 子どもの口づてに広まった都市伝説。

 けれどその最初は、大人であるのは明白で。

 大人が子どもに、昔の凄惨な話をそのまま語るはずもない。


 優しい嘘は、ごく当たり前の。


 子どもにショックを与えないため、大人が考えた作り話。

 いっそ怪談として形を変えてしまった方が、未来も明るいと。

 けれど完全に、過去の過ちを忘れてもいけないから、骨子を残して肉付けを変えた。


「近代化の繁栄の裏、悲惨な時代の陰がオマエたちを産み落とした」


 切り裂きトンカラトンとは、人間の歴史が業深いことを証明する闇の化身。


「日本では刀を、武士の魂とも云う。当時の軍人にも、その精神はきっと引き継がれていただろう。血を吸った刀は妖刀になる、なんて言われたりもするな。西欧にも魔剣の伝説はあるだろう。だったら」


 その刃には、人殺しの悪心がきっと映っている。

 誰かの犠牲なくして繁栄を謳歌できず、史上最も多くの同種殺しを成し遂げた(けだもの)

 時代に押し潰され、環境に引き裂かれて、救いを求める魂に現実は慈悲も無く。


 何処かで悪鬼が、産声をあげてしまった。


「殺人に快楽でも見出さなければ、オマエたちの心はきっと生きていられなかった」


 しかし、その罪は重い。

 切り裂きトンカラトンの眼には、果たしてどんなふうに世界が見えているのだろうか?

 秋水には想像することも出来なかったが、たしかな事実がひとつだけあった。


 地獄の官女にして判官。


 ヒナギクの調伏によって得た秋水の禁術。

 伝奇正装の先の先。

 智慧の利剣・火血刀を超えた向こう側。

 A.N.O.M.A.L.Y.の物語領域に相当する、伝奇術師(主人公)の本領発揮。


 ああ、今こそハッキリこの情景を詠うべきだ。


「〝六道の門を開き、生者に業を死者に寂を〟

 〝焔とは慈悲であり、剣とは智慧であり、羂索は救済〟

 〝地獄の十王は我より列座する〟

 〝秦広は善悪を裁き、初江は罪を量り、宋帝は虚妄を暴き〟

 〝五官は功罪を秤り、閻魔は魂を問い、変成は来世を定め〟

 〝泰山は生死を司り、平等は因果を断じ、都市は宿業を浄め〟

 〝転輪は輪廻を巡らす〟

 〝泣く者を救い、嘆く者を赦し、怒れる者を鎮め、迷える者を導く〟」


 然れど。


「〝然れど、なおも悪を捨てぬと言うのなら〟

 〝十王の裁きを以って、不動の慈悲を示そう〟」


 ──本領発揮(アセンダンス)


「〝十王列座(じゅうおうれつざ)秦広王(しんこうおう)教令輪身(きょうりょうりんじん)倶利伽羅剣(くりからけん)〟」


 青墨秋水が伝奇術師として二段階目に到達したあと。

 手に入れた世界こそは、地獄の裁きを開廷する六道門の鍵剣だった。


 不動明王には秦広王という別名がある。

 人間は死後、生前の罪に応じて地獄の法廷で十王の審理を受け。

 その一番最初の七日審理を担当するのが、不動明王/秦広王なのだ。


「……こんな入り口で気が滅入るとは思うが、地獄ってそういうものだろ?」

「 “ Ton, Ton, Tonkaraton♪ ”」


 最後の歌は、敢えてのリズミカルに。


「天晴れ」


 勝敗の一斬が、其の真名を断罪した。




 ────────────────────


 tips

 

 ◆本領発揮


 日本の術師社会では訓読みが一般的。

 しかし、国際社会ではアセンダンスと呼ばれる。

 二段階目の術師が術式を極めた末に修得する奥義。

 禁術級の結界術。

 A.N.O.M.A.L.Y.の物語領域と同質のため基本禁止技。

 術師がA.N.O.M.A.L.Y.と同じことやってどうする、という至極真っ当な人間社会からのツッコミ。

 人類の生存圏を減らさないため、無闇な発動は固く禁じられている。

 秋水の場合は、要するにあの世をこの世に引っ張って来ているので、協会も「そりゃ勘弁してくれ」と大掛かりな対策が必須になる。



 ◆切り裂きトンカラトン|脅威レベル8


 未解決事件都市伝説型現代妖怪系A.N.O.M.A.L.Y.の一種。

 イギリスの正体不明の連続猟奇殺人鬼、ジャック・ザ・リッパー。

 日本の出所不明の自転車乗りミイラ男怪人、トンカラトン。

 二つの物語が融合した異常事象。

 霊核は呪物と化した日本刀であるため、トンカラトンがベース。

 人間が人間を殺す悪心。

 その悍ましさを映した切り裂き魔。


 蔭木鏑に使役されていた時は、最後に背後から裏切るつもりで支配されたフリをしていた。

 秋水に一度撃退された後は、大人しく回復を待っていたのに、鏑が叩き起こしてきたから「じゃあもういいや」と手っ取り早い輪郭を求めて肉体を乗っ取った。


 殺人に快楽し、戦闘に悦楽し、悪逆と流血に酔い痴れる化け物。

 二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.としては弱い部類に入るが、近接戦に限定すれば上位に入る。

 鏑の術式も使用可能だったが、自分の得物以外は信じないし在り方も捻じ曲げない。

 日本刀のように芯が通っている。


 子どもの口づてに広まった恐怖譚でもあるため、高速移動型怪異の側面も持つ。

 口ずさむリズムは、マザーグースに影響されていた。


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