第33話「紅の伝奇姫は発狂している」
予定が変更された。
夏乃とヒナギクとのデートは、明日を待たず今夜の内になった。
豊葉と依穂、ハルミを北嶺区に送り届けた後。
念のため六人を守る結界も増やして、密かに調伏済みのA.N.O.M.A.L.Y.を配置・警備につかせ。
松界主に嫌がられながらも、一頻りの安全策を整備し終えると。
秋水の携帯端末には、妹からのメッセージが溜まっていたのだ。
『もう耐えられませんわッ! おえっ、きもちわるい……!』
『我慢の限界なのは、こっちも同じよ!』
ヒナギクの声も入っていた。
『ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ! ッ〜〜! 覗いてる私たちの気持ち! 考えたことある!?』
『デートの最後にチューするのは良いですわ! でもッ、デート中もしょっちゅうチューするのは、頭ピンクすぎますわよ!』
『もう黙ってられない! どうせ一線は越えられないからって、タカを括っていたけれど! 普通に! しんどい! いやぁぁぁぁ!』
『デートしますわデートしますわ今すぐデートにいたしますわ良いですわねお兄様!?』
『上書き上書き上書き上書き……ギリリリリリガジガジッ!』
発狂具合が凄まじすぎて、秋水はどこからツッコミを入れていいか分からなかった。
後半は歯軋りと爪を噛むノイズまみれだ。
とりあえず、まずは覗くなと言うところからだろうか?
兄妹の絆。
ヒナギクの魔眼。
二つの理由によって、秋水はこの二人による覗き魔行為だけは絶対に防げない。
二人もまた、秋水以外にはここまでの覗き見は成し得ない。
メリット・デメリット。
どちらも共にあるが、なんにせよ結ばれている糸が強すぎるせいだった。
とはいえ、最愛の妹によるご所望である。
秋水に否やなど無い。
求められるまま欲されるまま、すぐに禹歩でデート場所へ向かった。
日が暮れて、昼日中よりもA.N.O.M.A.L.Y.が発生しやすい時間。
夜の汐坐を跳ぶのは、霊脈の肌触りが違う。
然れど、南湾岸区の不夜は依然として煌びやかで。
「……とっ」
- 超大型浮体式海洋構造物・人工沖合島 -
- 汐坐市退魔四家『南』孔雀堂グループ造設 -
- 協会行政エリア指定・星見渡の舟島 -
フランス語名では、たしか……
「リル=バトー・デュ・パセ・ゼトワール。意味は〝星見の渡し場にある舟島〟、って言うんだったか」
日本人には馴染みが薄く、また名前の長さもあって専ら『星舟島』と呼ばれているメガフロートだった。
海を隔てた先に聳える摩天楼の群れ。
南湾岸区の夜景は、こうして沖合に出てもよく見える。
いや、沖合だからこそ遠景となって、より美しく輝くのかもしれない。
不思議な感覚だが、秋水はいつもシンガポールを連想した。
シンガポールのマリーナベイ・サンズ。
そこでは毎晩、光と水のショーが開催されていて、ライトアップされた高層ビルが、水面に映りこみながら豪勢に鎮座するのだ。
まさに金持ちの楽園。
孔雀堂家はフランスにルーツを持つが、やはりそこはここが日本だからだろう。
海洋貿易で富を築いた国、港湾都市と言えば。
西洋ではイタリアのアマルフィ海岸や、オランダのアムステルダム、ポルトガルのリスボンなどが有名に違いないが。
「例えるなら、どうしても東南アジアだよな」
やはり、洋の東西が離れすぎている。
大航海時代は世界中の海を繋いだが、結局、どれだけ外見を似せようとも、その土地その気候その風土に生きている人間自体が違うのだ。
だったら、全体的な印象として違和感を持つのは当たり前。
なら、逆に言えば──?
「孔雀堂家の先祖は、どうして極東くんだりまでやって来たのかな」
ふと、秋水はそんな疑問を頭によぎらせた。
もっと言えば、孔雀堂家は何ゆえ汐坐に根を下ろしたのか?
南湾岸区で過ごす時間が増えて、自ずと考えるようになった疑問である。
星舟島の命名由来は、この巨大人工島から眺望できる夜景を、満天になぞらえたからだと云う。
また、島の中央にこれまた高く聳えているビル。
その最上階には、天空のチャペルと呼ばれている結婚式場があり、夜には実際、かなりの星空を望めるからだとも聞いた。
孔雀堂家は星に、何か思い入れがあるのだろうか?
(いや)
古来、人間が星に想うことなど知れている。
日本人にも、それは馴染み深い。
七夕。
星に願いを託す日。
あいにく、もう先週の話ではあるけれども。
(そういえば、ここじゃあ七夕に結婚式を挙げる人も多いんだったか)
星が見れる天空のチャペル。
ロマンチックだし、女性はとても好きそう。
ゼク●ィとかにも載ってる気がする。
だからではないだろうが、夏乃が選んだデート場所も、そのチャペルだった。兄に何を暗示しているのか。
天空礼拝庭園〈スカイ・ガーデン・チャペル〉
島そのものの名前と違って、こちらは実にそのまんまで分かりやすい。
高層ビルの最上層階にありながらも、白亜の石造りで統一された内装。
天井は高く、梁は歴史的な建築様式で、パッと見て目立つのは正面奥の全面ガラス張り。
登壇越しに窺えるのは、夜の海と本土の不夜。
今の時間帯だと、ぽっかりと真四角の宇宙が浮かんでいるようだ。
床は真っ白な大理石で、カツン、カツンと靴音がよく鳴り響く。
参列者用の長椅子。
白塗りでコーティングされ、脇にはホワイトローズやカサブランカ、ジャスミン、シルバーリーフなど同系色で揃えられた植物が飾られていた。
パイプオルガンすらも、白色なのは驚きだ。
銀色の燭台が、鈍く光る。
秋水の妹は、すでにそこにいた。
「いい式場だな?」
「もっきゅもっきゅ」
「なんでケーキ食べてるんだ?」
「ヤケ食いですわ分かりませんこと!?」
わざわざ祭壇前にテーブルと椅子まで用意し、夏乃はひとりっきりの結婚式場でケーキを貪っていた。
色や形、ほのかな匂いからして、これはレモンケーキ。
他にもある。
星型にカットされた焼き立てと思しいワッフル。
バニラアイスとブルーベリーが添えられ、ミントの葉付き。
桃とアールグレイのジュレや、塩キャラメルのフィナンシェに。
リンゴのスカッシュっぽいシュワシュワ。
オレンジピール入りのチョコケーキ、シトロンのヴァニーユなどなど。
夏場に相応しい旬のスイーツの数々。
ちなみにケーキはホール。
「美味そうだな。いいか?」
「ダメ!」
「えぇ?」
「これぜんぶ、わたくしのですわ!」
「こんなにあるのに?」
「お兄様は鳶瀬山の皆様と、たくさん甘いものを摂られているでしょう!」
「ああ。キスのことだな?」
「そうですけれどもよくも抜け抜け平然と! この浮かれポンチ!」
「ヒナギクはどうした?」
妹が発狂中なので、秋水は仕方なくご馳走を前にして大人しく椅子に座る。
気配をたぐると、式神はすぐそこにいるようだった。
だが、どうして実体化していないのか?
「人払いはやってるな。チャペルの貸し切り自体も」
「ハンッ! 当然ですわ」
「機嫌悪いなぁ」
苦笑し、秋水は「どうしたら機嫌を直してくれるんだ? ん?」と眉尻を下げる。
夏乃はキッ! と兄を睨んだ。
「そうやってわたくしをメロつかせようとしても、無駄ですわ……!」
「妹相手にどんな兄だ」
勝手にメロがっているのは、オマエだろう。
秋水は喉まで出掛かったが何とか堪えた。
今は余計な一言が、妹の機嫌を悪化させてしまう。
どうにかして妹をあやさなければ。
「そうぐずるな。帰ったらマ●カとぷ●テトをやろう」
「お子様! お兄様はわたくしをお子様だと思っていますわね!」
「マ●パでもいい。なんなら、プレイ中の素手ポテチも許可する」
「小学生! 小学生扱い! そして素手ポテチは普通にいやですわ! コントローラーが汚れてしまいますわ! お兄様には断固として抗議しなければなりませんわね!」
「むむッ」
いつもの手が効かないので、秋水は「これは大事件だ」と判断した。
「分かった。まずは言い分を聞こう」
「やっと態度が殊勝になりましたわ!」
「で?」
「お兄様に分かりまして? ──実の兄が複数の女性と淫乱行為に耽っている妹の気持ち」
「淫乱行為? まぁ待て」
秋水は記憶を振り返る。
この際、覗き見の事実は責めるまい。
果たして自分は、R18行為に耽っていたか否か。
答えは否。
だが、妹のピュアピュア基準に照らし合わせると……
「むッ、なんですの? まさか、言い逃れのしようがあるとでも? わたくしはしかとッ! このパーフェクト・シスター・アイにて確認しておりますのよ!」
「うん。そうだな。あれは淫乱行為だ」
「アッサリ認めましたわ!? なんでいったん待たせたんですの!?」
「妹の情操教育上、問題ないであろう語彙を検討していた」
「いや〜〜〜〜〜! お兄様がどんどんケガされていますわ〜〜〜〜〜〜!」
夏乃はまるで、三蔵法師に懲らしめられた孫悟空のように頭を抱える。
つまり、頭蓋を割られて脳が外気に露出しそうなほどの痛みを覚えて、苦鳴している。
プルプルと震える妹の姿は、まさに瀕死の虫だった。
「まったく。ケガされるケガされると、実際どんな行為がそれに該当するのか、よく知りもしないくせに大袈裟な」
「うおおおおおおおっ、夏乃パンチ!」
「へなちょこやめなさい。大丈夫か? 手首痛めなかったか?」
「うぅぅぅぅぅぅッ!」
テーブルを乗り出し、秋水の肩をパンチした夏乃。
だがその握り拳は、外見相応の腕力しか備えていないため、アッサリ兄にキャッチされた。
「は、離してくださいまし! これ以上は耐えられませんわ!」
「そんなに怒ってるのか」
秋水はショックを受けた。
まさか、兄に触れられることすらも、今の夏乃は嫌悪しているのか。
「違いますわ! このままじゃあっさり、今の姿勢を維持できなくなりそうなだけですわ!」
「なぁんだ。可愛いな、オマエは」
「あっ」
夏乃が一瞬、白目を剥いて椅子に背中を預ける。
が、その目はすぐにグルリと戻った。
ただし、色を真紅に変えて。
「……まったく」
「ヒナギクか?」
「ええ、そうよ? 夏乃に任せていたら、いつまで経っても話が進まないわね」
「悪いな」
「いいけれどね! 貴方と夏乃のやり取りは尊いから!」
「そうか」
秋水は対妹用のテンションを引っ込めた。
どうやら、今夜の夏乃とヒナギクはいつもと違う。
特にヒナギクは、夏乃同様に発狂しているかと思えば、今はそうでもなさそうな雰囲気だ。
「どうして、憑依なんだ?」
「あら、分からない?」
「想像はつくが」
「だったら、そういうことよ」
「……早くないか?」
ヒナギクの返答が意味するのは、夏乃の戦闘態勢だった。
青墨夏乃自身に、戦闘力は無い。
伝奇術師として有している異能は、大部分が式神であるヒナギク由来のものだ。
ゆえに、夏乃が術師として有事に備える際には、決まってヒナギクが夏乃に取り憑く。
理由は簡単だ。
故・青墨秋蔵は言った。
──伝奇術師が常に最強である必要は無い。
──最強となる〝代わり〟を用意できれば良い。
──しかし、悲しきかな。
──その〝代わり〟を打倒された伝奇術師の運命は、わたあめを洗ってしまったアライグマよりも哀れなもの。
──召喚者は使役している従僕が役立たずに陥れば、並の術師よりも無力だと知れ。
──なら、どうすればいいかだと?
(〝知れたこと。最強の式神を、己自身とすればいい〟)
言葉の結果が、目の前の現象だ。
秋水の妹はA.N.O.M.A.L.Y.と一体化しており、地獄の官女を憑依させている。
この状態の夏乃は、脅威レベル8に相当するA.N.O.M.A.L.Y.と同等の脅威を有する。
仮に夏乃が、不測の事態によって意識を失い窮地に瀕したとしても、ヒナギクが即座に夏乃として覚醒するためだ。
(……本当なら、ちゃんと夏乃自身の意識も残したまま憑依させるのが、望ましいんだが)
今回はよっぽど、ショックが強かったのだろう。
兄としてさすがに反省する秋水。
とはいえ、夏乃とヒナギクは色んな意味で我慢の限界なのだろうと分かった。
原因の一端は、間違いなく秋水と鳶瀬山家の面々にある。
しかし、こと〝青墨秋水の運命〟に関する事だけなら、夏乃とヒナギクほど確度の高い未来視や因果視──覗き魔もいない。
だからきっと、秋水が裏でそうしているように。
二人もまた、裏で何かをしていたのだ。
いや、何かを視ていた。
恐らく、というか。
十中八九、二段階目のA.N.O.M.A.L.Y.や蔭木鏑に関して。
先日、犬の話をしたのだから、これはほとんど確定である。
できれば、二人にも知られないまま事態の解決を図りたかったが、それは最初から無理筋というものだった。
秋水は少し意外だった。
「でも、オマエたちがそこまで親身になるなんてな」
「は? 当然でしょう?」
「そうなのか?」
「秋水。私も夏乃も、貴方の幸せが自分の幸せってタイプのイカれた女よ」
「おぉ」
狂人が狂気を自覚していると、狂わしている当人はどう反応したものか考えあぐねる。
そんな男の反応に、イカれた女の代表はシラ〜っとしながら続けた。
「まぁ、夏乃の愛情と私の愛情は種類が違うけど」
「だろうな。そうじゃなきゃ困る」
「健全で助かったわね? でも、健全じゃない方は、私以外にも増えてるの」
「ああ」
「でね? この大奥の管理者として言わせてもらうけれど」
「大奥」
「一連の流れ。その陰で黒幕を気取ってるアホ? カス? とにかくザコのフニャオスについて」
「フニャオス」
ヒナギクは夏乃の顔で、夏乃が決してしない表情を作った。
すなわち、侮蔑と憐憫。
上位存在が下等種に向けるなかでも、特に極まったそれ。
秋水は思わず目を細める。
すると、ヒナギクは打って変わってニコッと華やいだ。
両手をパチン、と可愛らしく合わせて。
「そろそろ良さそうだから、私たちのほうで一気に時計の針を進めちゃいましょうよ」
「協会からまだ、連絡は来てないんだが」
「お役所仕事でしょう? 万事が万事、安全な確認が済むまで連絡なんかするワケないじゃない」
「……それも、そうか」
言われている言葉の意味は分かった。
ヒナギクは要するに、蔭木鏑を制圧&拘束するため、状況を大きく動かしてしまおうと言っている。
協会の証拠集めや包囲網も、察するにほとんど確実な部分まで及んでいるようだ。
「具体的には、どうするんだ?」
「まずは孔雀堂家ね」
「やっぱり、裏で繋がりはあるのか」
「そうねぇ。互いに互いを利用するつもり、だったみたい」
「過去形か」
「そりゃあ、ね?」
言いながら、ヒナギクはワッフルを食した。
バニラアイスとブルーベリー。
どちらもたっぷりワッフルに乗せて、恐らく夏乃が最後に食べようと思っていた部分を、遠慮なくパクリし。
頬に片手を添えて、「ん〜!」と目を丸くする。
「秋水が初手で、結構動いたでしょう?」
「ん。そうか?」
「そ・う・な・の。しらばっくれちゃって。アレが効いたのよ」
孔雀堂家は計画を変更した。
「本来なら、この夏の南湾岸区じゃ、初っ端からまったく違うデート展開が続くはずだったの」
「鳶瀬山家への謝罪と譲歩は無しか?」
「いいえ? そこはきちんとするでしょう。そうしなきゃ秋水が来ないんだもの」
「じゃあ、何が違った?」
「……まぁ、そもそもの前提からして、真っ赤な嘘だったってのは置いておいて」
「……」
ワッフルに続き、シトロンのヴァニーユまでフォークで突き刺し。
真紅の魔眼を艶やかな三日月状にしならせ、ヒナギクはリンゴスカッシュを口に含んだ。
「うん、美味しい。当初の予定なら、彼女たちは秋水を掻っ攫うために、もっと礼儀知らずな真似をしたでしょうね」
「礼儀知らず? それは、たとえば鳶瀬山家を貶めるような言葉を吐いたりか?」
「さぁ? 知らないけど、とにかく女同士の戦いにありがちなことよ」
「……」
「言ってしまえば、秋水を寝取るつもりで大胆な動きをしたはずよ」
「そこまでか」
「自分の価値がそれくらい高いことを、いい加減きちんと自覚することね」
「自覚はある。要は、退魔四家として俺の力が欲しいんだろう?」
「ハァ」
あからさまな溜め息で、ヒナギクは秋水を非難した。
だが、秋水もそこまでバカじゃない。
「分かってる。男としても、俺は求められてる。そうだな?」
「……そ・う・よ!」
「じゃあ聞くが、孔雀堂家はどうして当初の計画を覆した?」
「さっきも言ったでしょう。秋水が最初に動いた。アレがすべてよ」
「アレが?」
「だって、彼女たちからしたら、青天の霹靂よ?」
長年、青墨秋水に送り続けたラブコール。
それらはすべて、取り付く島もなく遮断され、どんな手段を以ってしても秋水自身には届かなかった。
対外的には、秋水自身が拒絶しているとも思われていた。
なのに、当の本人が突如として、自分から姿を現したのだ。
「鳶瀬山家を守るために、ね」
「なるほど」
「だいたい、例の聖域宣言もあるじゃない?」
「孔雀堂家としては、事実としてそれが実感できてしまったと」
「少なくとも、大胆に女の戦いを仕掛けるのは無謀だと思うくらいには」
「正しい認識だな」
「だからよ。彼女たちは慎重になった。それに」
ヒナギクはそこで、再び長々と溜め息を吐く。
「いざ実際に目の当たりにしてみれば、秋水は思っていたほどガードが硬くなかったのよ」
「そんなに柔らかく見えるか?」
「おっぱいの大きい女に弱いとも言うわ」
「すいません」
反射的に素直な謝罪を返すと、ヒナギクが犬歯を剥き出しにして威嚇した。
「腹の立つ男ね。吸うわよ?」
「いいぞ」
「いっ、いいぞじゃない! 夏乃に怒られるのは私っ!」
「話が逸れたな」
「この男……! ふんっ、いいわ。話を戻します。これは孔雀堂家が根っからの悪人じゃなかったのも大きいわ」
「もちろん」
「黙れ」
「」
「彼女たちには罪悪感があるわ。それが、今日までのデートを実現させたの」
孔雀堂家は自分たちの心象を悪くしないよう、宣言通りに秋水と鳶瀬山家をもてなした。
場所はどこも自分たちの縄張りだ。
仲睦まじいデートの様子に、どんなに歯痒い気持ちになっても、孔雀堂家は辛抱強く耐えた。
「でも、それもそろそろ頃合いよね?」
「デートは一巡したな」
「そ。だから、孔雀堂家が鳶瀬山家に示すべき最低限の礼儀は、今日で果たされたと言っていいわ」
「つまり、明日からは当初の予定を復活させる?」
「と、思うじゃない? 私たちは、そこをひっくり返すのよ」
「ふむ」
秋水は思案した。
ヒナギクが具体的に、どうやって状況をひっくり返そうとしているのか。
腕を組んで考えてみた。
「分からないな。きっと糖分不足だ」
「この食い意地の張った甘党」
とかなんとか言いながら、ヒナギクはレモンケーキを一口フォークで切り取り、「はい」と差し出してくれた。
「ありがとう。そういうところが、好きだ」
「やめて」
「え?」
「今は夏乃の体なの。勢いでキスしたくなる言葉は吐かないで」
「悪かった」
実妹とキスなどごめん被る。
素直に非を認めた。
「で、どうやってやる?」
「簡単よ。彼女たちは何を想って、秋水に近づいたの? 何を願って、秋水に近づきたいの?」
理由は複数ある。
伝奇術師の人口維持。
青墨家の血を取り込むことでの、さらなる権力獲得。
女としての思慕の念。
秋水は指折り数えた。
「そうね。どれも正解だと思うわ。けど、根底にあるものは違う」
「根底にあるもの?」
「夏乃と私が、どうしてこの場所を選んだと思っているの?」
「さてな」
「嘘つき。本当は最初から、薄々察していたくせに。貴方はそういう男よ。そういうところが好き」
「どういうところだ」
「生来の気質なのか、あるいは無意識なのか。筆頭として在るべく、彼に仕込まれた結果かは分からないけど」
「……」
「秋水。貴方は救いを求める誰かを、その魂で感じ取ってる」
「魂で?」
「霊感。第六感。なんでもいいわ。それとも、ひょっとして術式の影響なのかしら?」
不動明王の倶利伽羅剣。
青墨秋水は救いを求める誰かを、その肌で感じ取っている。
「で、一度感じ取ってしまったなら、何がなんでもその誰かを笑顔に変えたくて仕方がないのよね?」
「人として、ごく普通のことじゃないか」
「そうね。実現できるかどうかは、普通じゃないけど」
「要するに、こういうことか?」
孔雀堂家が青墨秋水を欲する理由には、特別な事情がある。
心から救いを欲していて、すべての陰謀、すべての欺瞞の動機はそれ。
だとすれば。
「──今夜、彼女たちに突きつけるの」
「たしか……夏乃もそれとなく言ってたな」
「でしょう? 手口が気に入らない。助けて欲しいなら、素直に助けて欲しいと言えばいい」
青墨秋水は応えるだろう。
必ずや、古き物語の慣例に倣って、|苦難の乙女《Damsel in distress》を救うだろう。
言い換えれば、孔雀堂家が本心を曝け出さないのなら、与えられるべきハッピーエンドは無い。
「それはそうだ。でも、本当にそうなのか?」
「なによ」
「俺が無意識のうちに、孔雀堂家の救われたがっている心を察していたっていうのは、少し眉唾物だろ」
孔雀堂家が本当に、特別な事情を抱えている確証も無い。
秋水はそこまで、お人好しでもない。
この会話はただの見当違いの可能性がある。
それでも、ヒナギクは鼻を鳴らした。
「覚えてる?」
「なにを」
「ハルミの言葉よ」
「どの」
「孔雀堂家と初めて顔合わせをしたときの」
蛇狐巫神は気勢を削がれていた。
豊葉と依穂と、一緒になって威嚇体勢であったにもかかわらず。
──豊葉。依穂。捨ておくがいいかや。
──え?
──ど、どうしたのよ?
──さぞや食い出のある孔雀肉と思っておったが、期待外れかや。
明らかに、孔雀堂家に対し敵対感情を失っていた。
もはやどうでもいいと。
取るに足らないと。
歯牙にかけるに値しないと。
落胆を口にし、女神は憐憫していた。
「まるで、放っておいても勝手に死ぬと、分かってしまったみたいにね」
「……」
「だからこそよ」
女神ならざるとも、運命にまつわる権能を所掌するヒナギクは嘆息する。
「彼女たちの運命なんて、知った事じゃないのに」
「俺と交わったか」
「そう! ほんっと! 貴方には困ったものよ。救いを乞われた青墨秋水ほど、絶対に信頼できるものも無いんだから」
「言い過ぎだろ」
「そう? 相手がおっぱいの大きい女だったら、そうとも言い切れないんじゃない?」
「…………」
「このスケベ」
秋水は二の句を継げなかった。
実際、これまで爆乳の異性ばかり助けている。
一般人を含めれば、もちろんその限りではないものの……特別な縁が結ばれた相手となると──
「いや待ってくれ。夏乃は例外だ」
「妹でしょう。お兄ちゃんなら当然!」
「はい、その通りです」
ぐうの音も出なかった。
「とにかく、今夜はこのまま孔雀堂家に行くわよ」
「ああ」
「秋水が優しく手を差し伸べれば、その手を掴まない女なんていないもの」
孔雀堂家は計画を続行する必要性を失い、蔭木鏑は必然的に不要になる。
不要と切り捨てられた蔭木鏑は?
そのあと、どうなるだろうか?
協会にも追い詰められ、秋水と鳶瀬山家の関係断絶も叶わないとなれば。
弱者に残された手段など、ひとつしかない。
ヒナギクは超然と言った。
「私と夏乃が、貴方にとって最高の展開を用意してあげる」
いつの間にか、紅の伝奇姫の背には羽があった。
悪魔のような羽が。
赤黒く、地獄の血のように煮えたぎる、半液状の羽。
人によっては、蝙蝠のそれにも見えるだろう。
エスコートの申し出である。
秋水はせっかくなので、身を預けることにした。
「──ハッ! 久々の夜空デートですわね!?」
「チッ、いいところで起きるわね」
「!? なんですの!? 何故に起き抜けに自分に舌打ちされてますの!? ハンカチの刑ですわよ!」
「残念! いまは無敵よ!」
「ぐわぁぁ!? ツバくっさいですわ!」
「何をやってる? 憑依状態で会話するな。ややこしい」
兄妹とその式神は、やいのやいのの騒ぎつつも。
星舟島から空へ飛ぶ。
「いつも思うんだが」
「なに?」
「なんですの?」
「なんかこれ、間抜けなハングライダーみたいだ」
「お兄様が重すぎるからですわよッ!」
「夏乃の細腕だと、余計にアンバランスに見えるわよねぇ」
ヒナギクの力がなければ、離陸直後に秋水は真っ逆さまに海へ落ちている。
それくらい、見事なまでの〝吊り下げ〟だった。
「飛行っていうより、空輸だろこれ」
「雰囲気が! 雰囲気が台無し!」
「外はこんなに綺麗なのにねぇ」
デートといえども、これこそが青墨家の空気だった。
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tips
◆紅の伝奇姫
青墨夏乃は、一段階目の伝奇術師だ。
しかし、その式神は兄・青墨秋水に調伏されている。
二段階目以上に到達している血縁との絆──霊的強結合。
式神の出典と由来。
調整された特異体質。
複数の理由により、一段階目でありながら二段階目相当の実力を有する。
その戦闘能力は、脅威レベル8のA.N.O.M.A.L.Y.『███』と何ら変わらない。
式神の単純な使役、憑依どちらであっても、他の術師とは一線を画する。
協会は特例によって、もちろん準特等の認定を行おうとした。
だが、それを拒んだ者がいる。
そう。汐坐の筆頭術師、青墨秋水その人だ。
彼は等級が上がれば危険も増えるとして、妹を三等術師にするよう協会に要請した。
故・青墨秋蔵存命中に起きた、唯一と言っていい秋水のワガママである。
その後、紆余曲折あって「さすがに三等は……」となり、夏乃は現在二等術師。
高強度ステンレス合金。
艶消し加工された無骨な鋼。
少女の価値観からすれば、可愛くもなければオシャレでもない二等術師徽章。
おしゃまな夏乃は、めったに身につけることはしないが。
バッジは大事に、宝箱入れに保管されている。
なお、実兄の推し活用に用意した祭壇のほうが、現在では規模を拡充している模様。




