第27話「海上遊園地デート【千歳と千景】・1」
てなワケで、夏である。
暦の上。
二十四節気では、五月五日ごろを立夏。
五月下旬の入りを小満。
六月六日あたりを芒種。
六月下旬の入りを夏至。
七月七日に至って小暑。
七月も下旬を過ぎ始めると、大暑と呼ぶそうだ。
八月八日になると、実は立秋──夏が終わり秋が始まってしまう。
現代人の感覚からすると、「いやいや。何をおっしゃる。まだまだ夏だろ」と言いたくなるが、その辺は昔と今とで気候変動とかの影響があるのだろう。
しかし、七月が夏の盛りであるイメージは、昔も今も然して変わっていないはずだ。
「わぁい! 夏だー!」
南湾岸区でのHOTでSWEETなイチャ甘らぶDAYSが始まった。
「テンション高いですね」
「えへへっ」
トップバッターである千歳が、とても上機嫌そうに肩を弾ませる。
七月最初の土日。
秋水たちは学生の身分のため、平日は一応、それぞれの学生生活がある。
千歳たちは北汐坐学園高等学校。
秋水と夏乃は、東水門区にある術師向けの学園。
如何にアウトローを決め込んでいても、最低出席日数という縛りがある以上、秋水もおとなしく登校しなければならない日があった。
二十日ごろになれば、どの教育機関でもだいたい夏休みが始まって、盛大に遊びの計画を立てられるのだが。
孔雀堂家は太っ腹にも、七月頭から八月終わりまでの二ヶ月間。
招待状に記載してある孔雀堂グループ傘下の観光・行楽・遊興施設等での全額負担を申し出ていた。
店員やスタッフの方に、秋水が筆頭徽章で身分証確認さえ済ませれば、何でもタダで購入・利用できるとのこと。
事前に懸念事項も潰してある。
したがって、これを逃す手は無い。
秋水は可能な限り〝もてなし〟を堪能しようと、退魔巫女ハーレムWith実妹+式神たちと、この夏最大にして最高のスペシャル・サマー・デートへ洒落込んでいた。
すでにハーレム一行と孔雀堂家との邂逅──挨拶も済んでいる。
ホテル〈グランド・ハーバー汐坐〉という場所で。
秋水以外は実に緊張感のある対面だったが、孔雀堂家はとても低姿勢だった。
エマを筆頭に、クララもサラも嫌味な態度はひとつも取らず、こちらが不快に感じる行為は一切しなかった。
簡単に言えば、しゃしゃり出て来なかった。
──どうぞ心ゆくまで、この夏は南湾岸区で皆様ご自由にお過ごしください。
当主として最初に、エマがそう話し出すと。
──ご自由に? 失礼ですが、そちらは?
外行きモードの夏乃が油断なく訊ね返した。
鳶瀬山家の面々も、揃って似たような疑念を顔に浮かべていた。
孔雀堂家からすれば、これは秋水と関係を持つ絶好のチャンスのはず。
何もしないワケなくない? と。
だが、エマは柔和に首を横に振るだけだった。
──我が家はお邪魔いたしません。もちろん、ご用があるようでしたら、いつでもお気兼ねなくお声がけいただいて大丈夫ですが、基本は控えております。
──あら、ずいぶん殊勝ですわね。
夏乃の返答は、ともすれば毒を含み過ぎている響きを伴ったが、エマは少しも気にした素振りを見せなかった。
それは娘たちも同じだ。
──立場を弁えておりますの。
──鳶瀬山家の皆さんを前に、私たち決して図々しい真似はしません。
クララにサラ。
二人はエマにならって、とても礼儀正しくお辞儀をした。
そこに、豊葉と依穂が前へ出た。
──失礼ですが、他ならぬ退魔四家がでしょうか?
──先日の件でも、貴方がたが余計なことをしたばかりに、事件が起きたくらいですが?
被害者当人である二人は、さすがに険しい面持ちで問い糺さずにはいられなかったようだ。
娘たちを庇うようにしながら、もしも私たちを害するつもりなら許さない、と全身から霊威を漲らせていた。
式神であるハルミも背後に出現し、古き女神の威を滲ませた。
だが、ハルミは出現するや否や、妙なことを呟いた。
最初は主人たち同様、威嚇するように──というか威嚇そのものの姿勢(ハルミも被害者である)で口端から牙を覗かせていたのに。
む? と眉根を寄せると、
──豊葉。依穂。捨ておくがいいかや。
──え?
──ど、どうしたのよ?
──さぞや食い出のある孔雀肉と思っておったが、期待外れかや。
蛇狐巫神は狐耳をぺたんと倒して、気勢を削がれた様子ですぐに実体化を解いてしまった。
式神の不可解な発言に、一同は困惑。
言葉の意味をシンプルに受け取れば、孔雀堂家など敵ではない、と解釈できるが、それは二段階目と一段階目の差を理解していれば当然。
今さらになって落胆する理由にはならない。
秋水も困惑していると、そのとき八千代と八千花が背後で、囁くように耳打ちして来た。
──妹のほう。
──一瞬だけど、動揺が顔に出たわね。
同人作家として、周囲をよく観察しているのだろう。
後ろ結びの長髪姉妹は、目敏くもサラの瞠目を見逃さなかったようだ。
──怒ったのかしら?
──違うんじゃない?
──そうね。今のは……
──何かを言い当てられて、息を呑んじゃったって感じかな?
千景と千歳も、例の霊的シンパシーのおかげで所感を共有したのだろう。
とても鋭い霊的賢察力で、秋水に耳打ちした。
秋水は耳がゾクゾクして幸せを感じた。
背中と両腕の後ろで、代わる代わるおっぱいが当たったのも嬉しかった。
──あ。姉のほう。
──顔が硬くなったわね。
──嫉妬? 嫉妬でしょう、あれ。
──見せびらかしちゃおっか。
ぎゅむっ♡ ぎゅむっ♡ 爆乳四重奏♡
クララとサラの顔が強張り、エマも僅かにだが指先を震えさせた。
しかし、孔雀堂家はそれでも殊勝な態度を崩さなかった。
──先日の件は、誠に申し訳ございませんでした。ですが、だからこその今回なのです。
──ええ、母の言う通り、我が家に二言はありませんの。ただ……
──ただ?
──ホテルのパーティ等、もし案内が必要な催しにご参加を希望されるようでしたら。
──その時は、多少ホストとして差し出がましい真似をお許しいただきたくお願いします。
──…………。
──そうですか。
──分かりましたわ(お兄様! この方がた怪ッしいですわー!)。
──失礼だぞ。
豊葉、依穂、夏乃からすれば。
だいぶ、予想に反した出迎えと応対姿勢だったのだろう。
特に夏乃は鳶瀬山家VS孔雀堂家の対立を煽り、小姑査定とかいう名目でヒロインレースの観戦と審判をするつもりだった。
挨拶の場では沈黙を保ったヒナギクもだが、青墨家の女たちは揃って「計画が狂った!」とでも言わんばかりに唇を尖らせていたのが、記憶に新しい。
まぁ、それについてはどうでもいい。
「夏だねっ!」
「ええ、夏です」
繰り返そう。
夏だ。
南湾岸区で、愛すべき女たちとのHOTでSWEETなイチャ甘らぶDAYSが始まった!
大事なのは今、目の前にいる少女である。
秋水は今日、午前中を千歳。
午後を千景。
夕方は合流して三人で、というスケジュールで遊園地デートに来ているのだった。
- 汐坐市南湾岸区・汐高浜町 -
- 臨海遊園地〈Spiral Wharf〉 -
場所は海上遊園地。
南湾岸区南端、汐高浜町の埠頭地区に張り出す形で建設された人気スポット。
モデルはアメリカ西海岸、カリフォルニア州ロサンゼルスの、桟橋上にある遊園地として有名な〈サンタモニカ・ピア〉らしい。
孔雀堂グループが建設と運営をしていて、昼夜の垣根なく多数の入場客で賑わっている。
白鷺ヶ丘からは海沿いの遊歩道を通じてアクセス可能だからか、例のお嬢様学園から遊びに来ているらしい子たちもチラホラいた。
が、大半はファミリー客やカップル客だ。
北の方角を見上げると、秋水は〈レガリア・タワー汐坐〉が見えるのが少し気になったものの。
まさか望遠鏡で、こちらを監視しているワケもあるまい、と首を振った。
しかし、あの超高層レジデンスからだと、夜はさぞや綺麗な夜景が遠望できるに違いないとも思った。
〈スパイラル・ワーフ〉には観覧車やコースター、回転木馬があり、それらは暗くなってくると煌びやかにライトアップされて、SNS映えするとネットでの評価が高い。
と同時に、伝奇術師としての観点からでも、あちこちに魔除けや招福オブジェ、シンボル等が置かれていて実に高評価だった。
マスコットキャラに見せかけたガーゴイルなどが、海上遊園地の景観を損ねないように自然に配置されていて、イルミネーションの類いもきっと風水的な記号を盛り込んでいる。
「なに見てるの?」
「あ、すいません。つい職業病が」
「もしかして、A.N.O.M.A.L.Y.でも探しちゃった?」
千歳が苦笑し、眉尻を下げる。
いけない。
秋水は片膝を着いて、千歳の片手を取った。
まだ入場ゲートを潜っただけだというのに、今、一番大切にすべき存在に全集中しないで何とする。
「無粋な俺を許してください」
「ゆゆゆ許す許す全然許すっ! だから立って!? 周り見られてるから……!」
「はい」
秋水はすっくと立ち上がった。
千歳はたじろぎながらも、半顔になった。
「秋水くん、なんか最近ズルくなって来たよねっ」
「そうですか?」
「たしかに私から好きだって告白したけどさ? だからって今みたいにするの、悪い男の子だと思いま〜す」
両腕を組んで、千歳は「ふんっ」と怒ってみせる。
秋水が惚れた弱みにつけ込んで、わざとキザな態度を取るのを非難しているのだ。
「すいません。千歳先輩が毎回すごく可愛いから、つい揶揄いたくなっちゃうんです。俺だって恥ずかしいんですよ?」
「え〜? すっごくナチュラルな片膝立ちだったんですけど?」
「千歳先輩が好きだから、精一杯カッコつけてるんです」
「い、言い澱みもしないくせに、よく言うよね……」
千歳は若干赤くなりながら、「あ、でも」と何かに気がついたように続けた。
その顔はイタズラっぽい雰囲気を醸し出している。
「ねえ、秋水くん」
「なんです?」
千歳は近づいて来て、自分の口元に右手を添えると。
内緒話をするように秋水へ、囁いた。
「プロポーズだったら、いつでも歓迎だからねっ」
「っ」
「あはっ! ふっふ〜ん! お姉ちゃん大勝利! 弟くんの負け!」
思わず固まった秋水に、千歳は一転して腰に両手を置いてドヤっとする。
どうやら歳上として、譲れないメンツを取り戻したかったようだ。
お姉ちゃんムーブと弟扱い。
千歳といえば、デートではいつもこんなノリが定番だった。
こんなの誰でも姉萌えになっちゃうだろ。
「いつから勝負になったんですか?」
「さぁ? いつからでしょう? 弟くんに分かるかな?」
ふふっ、と。
「なんてね! さ、行こっ?」
叶わない笑みを湛えて、千歳はくるっと身を踊らせる。
両手を腰の後ろで結んで、上体をちょっと前傾に斜めに倒して。
まるでこれが美少女ゲームだったら、さぞかし魅力的で印象的な一枚絵になっていただろうポーズと構図で振り返ったあと。
目を丸くして見惚れる秋水の片手をパッと掴んで、なんとも抗いがたい誘引力で引っ張った。
今日の千歳は、白のサマーニットと紺のロングスカート姿。
上は首元が広めで鎖骨が綺麗に見え、言うまでもなくおっぱいが大きすぎるせいで谷間の上部、滑らかで巨大な稜線の入り口がチラ見えしている。
ニットだから、とてつもないボディラインも瞭然で、歩くたびに爆乳がプルンプルンと揺れた。
揺れているのは、スカートもそうだ。
下半身の色合いは重めだったが、素材は夏らしく軽めであり、風を受けると非常に涼しそうに揺れていた。
秋水は千歳の足首から、スカートの中の生足、臀部を想像して深々と感嘆の息を吐いた。
(──俺の千歳先輩が、えど可愛すぎる)
履物はストラップのサンダル。
手荷物は若い女の子に特有の、「それなにが入るの?」と感じてしまう小さめのハンドバッグ。
全体的に、シンプルながらも大人っぽい組み合わせだった。
秋水は黒リネンのオープンカラー半袖シャツに、無地の白T、ダークグレーのテーパードパンツに黒レザースニーカー。
小物は腕時計だけで、黒のショルダーバッグを胸の前で掛けている。
一見すると育ちの良い大学生、といった装いを狙ったものだが、色合いが無難すぎてアレかもしれない。
もしかすると、千歳は事前に夏乃あたりから情報を手に入れ、コーディネートを合わせてくれたのかもしれなかった。
秋水のなかで千歳は、抹茶スイーツ好きという情報と初めて見た私服姿もあって、緑色を好んでいる印象があったからだ。
「荷物、持ちますよ」
「え? あ、ありがとう! でも大丈夫。秋水くんはいざってとき、身軽なほうが良いでしょ?」
「あー……すいません、たしかにそうですね」
「ううん。いつも本当に、ありがとうございます」
カッコつけるために、ハンドバッグを持とうとしたが、秋水は逆に気を遣われてしまった。
今日はデートだが、たとえデート中でもA.N.O.M.A.L.Y.が発生すれば、筆頭は出動しなくてはならない。
「女物のバッグを持ったまま戦う秋水くん。想像したら、ちょっとおかしいもんね?」
「まぁ、シュールであることは認めます」
「ははは。カレシっぽいこと、しようとしてくれたの?」
「残念ながら、今のじゃ千歳先輩ポイントは稼げなかったですけど」
「ええ? 私のポイントなんて、秋水くんなら稼ぐの簡単だよ?」
千歳は手を、一度離した。
そして、フリーになった手を差し出したまま、甘えるように訊ねる。
「はい。どうするの?」
「なるほど」
秋水は苦笑し、手を握り直す。
ただし、今度は俗に恋人握りと呼ばれる結び方で。
すると、自分から余裕たっぷりな感じで誘ったのに、千歳は照れたのか「えへへっ」と例の困り眉……いや、照れ眉顔になった。
反対側の手で、頬の熱まで確認している。
「千歳お姉ちゃんポイント、6000っ!」
「6000? それって、高いんですか?」
「高いと思うな〜? でも、秋水くんには安い女って思われたくないから、低いってことにしてもらってもいい?」
「いいですよ。もっとポイント、稼がないといけませんね」
「……好き」
突然の告白だった。
だが、何を今さらとは思わない。
感情が溢れ出て、言葉に出さなければ胸の中が窮屈になることもある。
秋水は千歳たちと出会ってから、そういう体験を重ねていた。
だから、
「俺も、好きです」
「私のほうが好きだけどねっ」
「いやいや、絶対に俺のほうが好きですよ」
「だぁめ。わ・た・し」
「なんでです?」
「だって、私のほうが秋水くんより胸が大きいでしょう?」
「はい。それはとても大きいです」
「わ、英語の教科書みたい」
千歳はクスッと笑いながら、「好きって気持ちは、胸のなかに詰まってるものだからね」と自信満々に断言した。
「だから胸が大きい人のほうが、たくさん好きって気持ちが詰まってるんですっ」
「ず っ る」
秋水は絶対に勝てない論理だった。
そして、おっぱい党の男ならば敗北を認めざるを得ない、脅威の胸囲論理でもあった。
千歳は視線を感じたのか、恥ずかしそうに両胸を隠そうとしたが、途中でその動作を止めた。
「ズルくないよ? だって、つまり私の胸は、ぜーんぶ秋水くんのものなんだから、ズルくないで〜す。むしろ、秋水くんのほうがご主人様でズルいくらいだよっ!」
千歳は無意識にか。
鎖骨上から、自身の谷間あたりを意味深に指先でなぞった。
そこには、今は可視化されていないものの、絶対服従の咒式印によって変質した霊力回路のラインがあるはずだった。
「エロいですよ、千歳先輩」
「エロい!?」
「ちょっと俺臭いかもしれないし暑いかもですけど、上着貸すんで羽織ってくれません?」
「わ、彼シャツってやつだ。千歳お姉ちゃんポイント+8000!」
わーい! と千歳は無邪気に秋水の上着を羽織った。
「くんくん。あ、ほんとだ。秋水くんの匂いする……」
「嗅がないでくださいよ」
「スゥゥ、ハァァァ……これ貰ってもいい?」
「ダメです。割と一張羅です」
「筆頭さんなのに、私服が少ないんじゃない?」
千歳は文句を言いたげだったが、「あ、そうだっ」とそこで何かを思い出した。
「私、〈スパイラル・ワーフ〉で行きたいお店があったんだっ」
「お。どこです?」
「あそこ!」
と、指差された方向に目を向けると。
まだ入場ゲートからさほど歩いていないこともあって、お土産屋を兼ねたショップエリアが軒を連ねていた。
その中の二店舗。
「〈Marmaid's Closet〉と〈Starlight Gelato〉!」
「水着ショップと、ジェラートが売りの軽食屋さんですね」
「うん! あそこの品物がすっごく可愛くって、前から行きたかったんだ〜」
「いいですね、行きましょう」
普通は帰りがけに寄るようなエリアだが、千歳との個別デートは午前中までである。
せっかくの海上遊園地。
観覧車やコースターなどに並ばないのは、もったいない気もしたが。
(そのどっちかに並ぶと、それだけで時間が潰れちゃいそうだな)
水着ショップもジェラート店も、むしろ午前中に攻めるのは混雑も避けられてアリかもしれない。
「どっちを先に行きますか?」
「う〜ん……水着は買ったら、荷物になっちゃうから……ジェラートが先かなぁ?」
「ちなみに水着って、試着はするんですか?」
「? それは、うん。試着しないと、いろいろサイズとか大変だし──」
ハッ! と千歳がそこで息を呑んだ。
「秋水くん」
「はい」
「〈Marmaid's Closet〉に先に行こっか」
「いいですが、決め手は?」
「いじわるっ! 食べる前のほうが、痩せて見えるでしょ!」
「術師なんだから、多少太ったくらいで気にすることないと思うんですが」
「あー! 今のは禁句です! 千歳お姉ちゃんポイント、−100000っ!」
「一気に十万も? 俺はこんなに好きなのに……」
「男の人の言うムチムチが好きって、だいたい胸とお尻と太ももが大きいだけで、締まるところは締まってる体型を指しているって千歳お姉ちゃん知ってます。汝、くびれを欲するならば反省しなさい」
「…………」
秋水はどっちも好きなので、無言を貫いた。
ただ、顔だけは殊勝に反省している風を装った。
千歳は満足げに秋水をドナドナした。
水着ショップは中央広場近くの角にあり、如何にも南国風の店内だった。
水色のペンキが塗りたくられた壁に、ハイビスカスの造花。
壁に立てかけられたサーフボードの飾り。
ヤシの木やココナッツを模した店内モニュメント。
調子のいいハワイアン・ミュージックが流れていて、陽キャとかヤンキーがつけていそうな香水の香りがする。
「ドン・●ホーテでも、こういう香りしますよね」
「秋水くん、ド●キ行くんだ!?」
「たまに。最寄りの駅前にあるので」
「へ〜! あ、枢央区ってそうだよね。あそこ、怖そうな人が多くない?」
「うーん。A.N.O.M.A.L.Y.より怖い人っていますかね?」
「基準がぶっ壊れちゃってるね」
「あ、でもギャルは多いと思います」
「……ギャル、好きなの?」
「千歳先輩が好きです」
「誤魔化した」
千歳はジト〜っとした眼で、秋水を睨んだ。
ちなみに秋水にはギャルの幼馴染がいる。
さて、そんな一幕を挟みつつも、水着の吟味が始まった。
千歳は秋水を連れたち、店内を軽くあらかた見回ると、白を基調にした上品なフレアビキニの前で止まる。
フレアビキニ。
トップやボトムに、フリル状の布が覆ってあるデザインのビキニ。
千歳が立ち止まったのは、トップだけにフリルがあるタイプで、下は特に装飾のないシンプルなものだった。
ただその代わり、腰に巻ける薄いシフォンのパレオがセットになっている。
トップのフリルは三段状で、千歳が着用すればただでさえ自己主張の激しい特大のおっぱいが、ふわっ♡ ふわっ♡ と視覚的にさらに盛り上がって見えるだろう。
「とてもいいですね」
「うーん。でも残念、サイズが無いみたい」
「なんてことだ」
秋水はこの世の終わりかと思うほど、ガッカリした。
すると千歳は笑い、「よくあるんだ」と何てことは無いように、次の水着へ意識を切り替えてしまった。
「洋服屋さんとかでも、うちは大きいサイズ専門の場所じゃないと、なかなか着られるのがねー」
「ああ。大きすぎると、やっぱり折々で困るんですね」
「そうだよ? 階段とかも、降りる時は他人よりも怖いんだから」
下を見ても、自分のつま先が見えない。
前のめりに体を曲げて覗き込まないと、足元さえ覚束ない。
「だから私、神楽とかでも足の動きは結構苦労したなー」
「なるほど。俺も筋肉のせいで、背中に手が届かないところがあります」
「え、すごっ」
ちょっと触らせて?
千歳はぺたぺた秋水の背中を触った。
「汗かいてるので、気持ちいいものじゃないですよ」
「うん。ちょっと湿ってるね。でも、秋水くんの汗なら汚くないよ」
「だとしても、衛生的に良くないので」
秋水はショルダーバッグからウェットティッシュを取り出して、千歳の手を拭いた。
「秋水くんって、割と潔癖症の人?」
「いや、汗で汚れた手で商品を触っちゃダメですから」
「あ、それはそうだね。お店に迷惑になっちゃう」
聞き耳を立てていたのだろうか。
よく日焼けした女性店員が、そのときニコニコと微笑みながら近づいて来た。
「よろしかったら、こちらもご覧ください。カノジョさん向けのサイズ、可愛いデザインのものを豊富に取り揃えておりますよ」
「ああ、ありがとうございます」
「わあっ、ほんとだっ」
店員は若い男女の邪魔をしてはならないと、心得たりといった様子ですぐに離れていった。
千歳は先ほどの水着と、やはり似たようなデザインが好みなのか。
今度はより、南国感が増したフレアビキニの前で止まる。
白を基調にしているのは変わらないが、肩紐とフリルの上段と下段が明るい黒紫色だ。
そして、腰に巻くパレオは薄めのサマーグリーンで、ハワイアン柄だった。
先ほどのが清楚感を最初に訴え出るものだったなら、こちらは大人のお姉さん感が増して、非常に華やかである。
どちらも露出で押し出すタイプではない。
だが、どちらにしても、渚の初恋泥棒お姉さん感が凄い。
「それ、千歳先輩に着て欲しいな」
「え?」
「とても似合うと思います。もちろん、千歳先輩が気に入らなければ別のでいいですけど、試着してみてくれませんか?」
「グイグイ来るね!?」
前髪をくしくし手櫛で梳かして、千歳は「……じゃあ、ちょっと着てみるね?」と上目遣いになって水着を取る。
サイズは店員のおかげで、きちんとOKなものがあったようだ。
ただ、どうせ試着室に入るなら、他にもう一着くらい水着を持って行ってもいい。
千歳はやはり緑色を好んでいるようだし、秋水はさりげなくサイズをチェックし──
「──ア、イ……?」
「ん? どうしたの?」
「なんでもないです。それより、これなんかも一緒にどうですか?」
「あ、これも可愛いね!」
シンプルな三角ビキニタイプの水着も、千歳にお勧めしてみた。
色はパステルメロングリーンで、淡く爽やかな感じがある。
サイズがサイズなので、デカビキニといった感じではあるが、実際中身がメロン級(いやそれ以上か……)なので仕方がない。
「でもこれ、ちょっと大胆すぎないかなぁ?」
「だったら、こっちのレースの羽織りものを合わせるとか」
「可愛いー! 秋水くんって、女の子の服選ぶの上手くない?」
ロングカーディガンタイプの鉤針羽織水着を見繕うと、千歳は眼を輝かせた。
秋水は本当のところを言うか悩んだ。
実を言うと秋水、異性に自分の好きな格好をさせて、めちゃくちゃ魅力的にしたい願望を持っている。
これは普通に可愛い系もアリだし、当人に似合っていればカッコいい系でもいいのだが、ぶっちゃけるとエロ系も込みの話だった。
「べつに、上手くはないと思います」
「えー? やっぱり、夏乃ちゃんがいるから、審美眼が磨かれてるのかと思ったよ?」
「夏乃ですか? ……ハッ、まったく関係ありませんね」
「そ、そうなんだ」
「ええ。単に俺が──千歳先輩でエロがりたいだけなんで」
「エロがりたい!?」
「キモいですよね。殺しますか?」
「大丈夫だよ!? 秋水くんのためなら、私エッチな格好なんでもするよ! だから早まらないで!」
ちょっと待っててね? と。
千歳は水着を二着持って、試着室に移動した。
自分のキモさを肯定してもらえて、秋水はとても嬉しかった。
だが、安易にエッチな格好なんでもするとか言われると、言質取った、とさらにキモ思考が加速するのでやめて欲しかった。
本当にエッチな格好させるぞ。
カーテンの向こう側で、もぞもぞシュルシュル衣擦れの音がする。
ところで、こういう水着ショップでの試着は衛生的な観念から、インナーやショーツの上から着用するのが常識だ。
フィクションではよく、直に試着しているシーンなどがあるが。
あれはお店からすると迷惑行為なので、どんなに可愛いヒロインのサービスシーンだろうとも、秋水はいかがなものかと思っている。
ちゃんと購入するなら問題はない。
というわけで。
孔雀堂家に全額負担してもらえる事を利用し、秋水は千歳に直試着を勧めた。
良識ある大人とは、己が欲と楽しみを金銭によって取引するのである。
「千歳先輩。どうですか? 水着、着れましたか?」
「うん! パレオのほう、着てみたよっ」
「見せてください」
「入ってきて」
遠慮なく、秋水は試着室に全身を滑り込ませた。
「えへへっ。どうですか?」
「超可愛い……」
「素直な褒め言葉よろしいっ。千歳お姉ちゃんポイント、100000をあげます」
「さっきのマイナスが、もう戻って来た」
「お姉ちゃんは寛大なのです」
「弟に激甘の間違いでは?」
「私に甘やかされるのは、嫌い?」
狭い試着室の中で、千歳が距離を縮める。
南国風の装いは、秋水が想像していた以上に鮮烈で眩しかった。
パレオが巻かれた腰回りも、千歳が気にしていたほど太くなんかない。
というか、腰やお腹周りを挟んでいる上と下が、女性美に富みすぎていて。
奇跡のようなスタイルを実現していた。
(これが、バスト102.4センチのIカップ……)
身長差もあって、秋水の目線からだと深い谷間も覗けていた。
こんなの谷間のグランドキャニオンじゃんね。
「千歳先輩に甘やかされるのが嫌いだなんて、ありえません」
「あ。目つきがちょっとやらしいかも〜? いいのかな〜?」
「何がです?」
「お姉ちゃんに興奮しちゃうなんて、悪い弟くんだよ?」
悪い弟くんには、お仕置きが必要だね? と。
千歳は秋水にぎゅ〜、っと抱きついて来た。
「ほら、早く腰に手を回して? 頭、なでなでして?」
「……それ、俺が千歳先輩を甘やかしてないですか?」
「え〜? どうかなぁ?」
すっとぼける千歳に我慢できなくなり、秋水は千歳を抱き締める。
滑らかな腰をぐいっと引き寄せ、豊満な乳房が押し潰れるくらい強くカラダを密着させ、もう片方の手で榛摺色の柔らかな髪を撫でた。
千歳の瞳は潤み、呼気はわずかに荒くなっていく。
「……秋水くんが、いけないんだもん」
「え?」
「直前にあんなこと言うから、私もへんな気分になっちゃう」
「それは……すいません」
「ううん。いいの。私でエロがって? 私でどんどん、興奮して?」
「今は、やめておきましょう」
「いじわる」
千歳は恨めしげに秋水の胸板をつねった。
が、胸筋が発達しすぎているのと脂肪が少ないせいで、思ったよりつまめる肉が無かったようだ。
ムッとした顔になると、
「言っておくけど、私だって秋水くんにエロがってるんだからっ」
「おおぅ」
「こんなエッチな弟くんがいたら、お姉ちゃん大変なんだからねっ」
「じゃあ、お互い様ですか?」
「うんっ。はい、お仕置き終わり! もう一個のに着替えるから、出て行ってください」
胸板を押し出される形で、秋水は試着室の外に追い出された。
カーテンの内側で、再びもぞもぞシュルシュル音がする。
秋水はニッコニッコだった。
(これこれ。こういうのでいいんだよな)
心から満悦に浸っていた。
その後、三角ビキニとクロシェ羽織の水着姿になった千歳とも、試着室のなかでイチャつき。
「……そういえば」
「はい」
「私のサイズ、知られちゃったんだね」
「…………」
「ちなみにね? まだ成長中だよ♡」
「!」
と、ドキドキする会話も楽しんだあと。
千歳が秋水に、ブーメランタイプの海パンを試着させるシーンもあったが。
そこでは千歳の体温が上がりすぎて、二人は急いでジェラートを食べる方向で午前中の個別デートを終えた。
千歳は言うまでもなく、抹茶のジェラートを選び。
秋水は同じのと、他に白桃、塩ミルク、杏のフレーバーを注文した。
「レモンクリームのワッフルもあるんですね」
「八千代と八千花が、好きそう」
「今度また、二人と来ます」
「その前に、千景でしょ? 桜系のお菓子は、季節じゃないから無いかもだけど」
千歳は姉として、双子の妹のためにも、秋水にお腹の余裕を残しておくよう申し含めた。
「夏はまだまだ、始まったばかりなんだからっ」
海上遊園地デート、午後千景編へ続く。
────────────────────
tips
◆青墨夏乃の小姑査定
秋水がデートを楽しんでいる間、夏乃は鳶瀬山家と孔雀堂家の面々を招集していた。
学園の制服を着て、黒縁メガネをかけて、〈グランド・ハーバー汐坐〉の小ホールを貸し切り。
さながら企業の面接会場のような雰囲気を作り出していた。
「では、お兄様の好きなところを教えてくださいませ」
「ちょっとお待ちをッ!? なんですのこれは!?」
「なんですのとはなんですの? わたくしと微妙にキャラ被りのクララ様。事と次第によっては、同じデスワ属として雌雄を決して差し上げましてよ」
「アタリが強いですわね……!? って、そうではなくッ!」
「落ち着きなさい、クララさん。鳶瀬山家の方たちをご覧なさい」
「お母様!?」
「凄いよ、お姉様! 全員、もう大人しく着席して挙手してる!」
「なんですって!? まさかこの状況に、何の戸惑いも無いというんですの……!?」
「おやおや。孔雀堂家は幸先が悪いですわねぇ? 夏乃ポインツッ、マイナス1000ですわ!」
「! 座りなさいクララさん! よく分からないけど、大きく遅れを取ったわ……!」
「何がどうなってますのよ!?」
「オーホッホッホッ! これから皆様がたには、わたくしの前でどれだけお兄様が好きなのか、発表してもらうんですわ! まさか逃げはしないですわよねッ!?」
「クッ!? そんな恥ずかしい事……ッ」
クララは赤くなりながら怯む。
しかし、不意に鳶瀬山家の異様に澄んだ眼差しを見てしまった。
千歳と千景を除いた四人の退魔巫女。
茶髪爆乳一家は、誰もが曇りなき眼でスッと挙手姿勢を崩さない。
クララたちの事など、何も意に介していないようだ。
その様子が、暗黙のうちに語っていた。
青墨秋水を好きな理由なんて、いくらでも言える。
え? そちらは言えないの? ああ、退魔四家といえども所詮はその程度ですか(笑)
「ののの望むところですわ──!」
クララ着席。
孔雀堂家が正式に戦いの場に臨む。
一方で、鳶瀬山家の面々も、べつに落ち着き払ってなどいなかった。
●巫女母:『夏乃ちゃん急にエンジン全開ねっ!?』
⚫︎エロ姉:『とりあえず皆で手挙げたけど、黒縁メガネの夏乃ちゃん萌えるわ!』
⚫︎エロ妹:『可愛い可愛い可愛い! お耽美すぎ!』
⚫︎淫酒女:『ごめんなさい、シラフじゃ無理だからお酒飲むわね?』
⚫︎春 巳:『依穂は本当に緊張しぃかや』
⚫︎雛 菊:『へえ。今はこんな感じでやり取りしてるの』
⚫︎約全員:『!?』
⚫︎雛 菊:『これからはこのへんも査定してあげる』
⚫︎約全員:『不正アクセス──!』




