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クソボケ激メロ術師の現代伝奇バトルでハーレム構築スローライフ希求譚  作者: 所羅門ヒトリモン


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第13話「蟻道鈴昌」



 では、ここでポッと出のカス野郎について紹介しよう。


 カス野郎の名は、蟻道(ぎどう)鈴昌(すずまさ)

 日本全国どの伝奇術師協会にも所属せず、また、登録もされていない非正規の術師。


 すなわち在野の野良術師であり、この野良術師というのはA.N.O.M.A.L.Y.と戦う義務から逃れている。


 国は霊力回路の有無によって、出生時に術師か非術師かの判定を実施し、戸籍とも紐付け登録管理を行なっているが。


 何らかの理由でその管理から抜け出し、野良として生きる術師も存在している。


 動機は複数。


 A.N.O.M.A.L.Y.と戦いたくない。

 命が惜しい。

 持って生まれた術式を利用して、犯罪行為をしてでも利己的に生きたい。

 金なんか要らないから、安全に暮らしたい。


 などなど。


 大半はA.N.O.M.A.L.Y.との戦闘を嫌い、術式という名の異能を私的利用し悪さをする人種である。

 一般的なイメージでは、卑怯者、犯罪者、悪党、クズ、臆病者。


 なにせ、人払いや認識阻害といった基礎に近い技を使うだけで、術師は一般社会でイージーに悪行を繰り返せる。


 そのため、全国各地の協会には『野良狩り』と呼ばれる術師犯罪専門の取締局も設立されているくらいだった。

 取締局は日頃から、在野の野良術師にマークをつけている。


 A.N.O.M.A.L.Y.と比べれば術師の霊威は極小だが、力のある術師は必然的に強い霊的影響力を放つため、危険な野良には大抵マーキングがされている。


 しかし、蟻道鈴昌にはそれが無かった。


 蟻道は完全に協会の目から逃れていた野良術師であり、言い換えれば大した術式()の無い雑魚と思われる術師だった。

 実際、それは当たっていた。


 蟻道自身には大した戦闘力が無かった。


「やつがれの術式は『きび団子』です」


 くたびれた背広の、中肉中背の男だった。

 蟻の仮面を被り、一風変わった一人称を使い、芝居がかった身振りで慇懃に頭を下げる。


 その特徴から窺い知れるのは、蟻道が自らの苗字に何らかのアイデンティティを誇っているらしい事と。

 せめてそういう奇抜な要素を取り入れなければ、特にこれと言って突出した個性を有さない極々平均的な人物に見える、という客観的な事実だった。


 悪く言えば、中小企業勤めのサラリーマンが年末の忘年会で無理して仮装と芝居を演じているような。


 特に誰も幸せにならないのに、仕方なく上司の機嫌を取るため滑稽な道化役を演じているような。


 蟻道にはそんな雰囲気があった。


 場所は汐坐市北嶺区・神代(かみしろ)本町の公会堂。

 地元住民からは合唱コンクール、音楽祭などのイベントで知られている小さなステージホールだ。


 スポットライトを浴びて壇上に立つ蟻道の姿は、とてもミスマッチだった。


 ゆえに、だからこそ隣に拘束された二名の美女と式神が存在感を放つ。


 鳶瀬山豊葉。

 鳶瀬山依穂。

 姦姦蛇螺もといハルミ。


 三者はともに茫洋とした表情で、両手首を鎖に繋がれていた。

 服装は辱めを与えるためか、豊葉と依穂は下着姿である。

 ハルミに関しては不用意に近づくのを恐れたのか、初回召喚時に見たときと特に変わらない。


 しかし、体勢はいずれも同じだ。


 鎖によって両手首を頭の上で吊るされ、見目麗しい美女たちが己が肢体を無防備に晒している。


 目は開いてるが、意思は感じられなかった。


 ──カツン、カツン。


 ステージホールの非常口。

 観客席の裏手から階段を降りる秋水。


 すでに協会から、犯行声明の内容については聞かされていた。


 犯人の名は、蟻道鈴昌。

 野良術師であり、誘拐の動機は青墨秋水との一対一。

 それが対話を目的にしたものなのか。

 あるいは、戦いを目的にしたものなのか。


 協会は後者は考えづらいと見解を示していたものの、秋水は公会堂に入ってすぐに違うと分かった。


 鉄火場に慣れた戦人の勘。

 虫の知らせとも呼ぶべき第六感。

 ピリリとひりつく開戦寸前の空気。


 張り詰めた緊張の糸が、蟻道を中心に公会堂内部を満たしている。


「やつがれの術式は、『きび団子』です」


 蟻道は再び、同じ言葉を放った。

 蟻の顔を模した仮面の裏側から、くぐもった低音を発し。

 秋水が現れたその瞬間から、まっすぐに視線を注ぎ込んでいる。

 貫くような激しい凝視だった。


 名乗りもせず、挨拶もせず。


 単刀直入に術式の名を開示する。

 桃太郎を知っていれば、それは名前だけで誰でも察せられる能力だった。


 だが、物語と同じ鬼退治(ジャイアントキリング)用の頼もしいお供としてではなく。


 蟻道の術式は察するに、催眠や洗脳に近い効果で対象を支配下に置く類いらしい。


 辱めを与えているのは、秋水にそれを分かりやすく伝えるためのデモンストレーションかなにかか。

 階段を降りながら、秋水は黒剣を横薙ぎに一閃した。


 炎の筋が奔り、天井にかけられていた鎖がすべて両断される。


 女たちはダラリ! と解放されてステージの床に膝をついた。


 蟻道は動かなかった。

 ただじっと、秋水のやることを凝視していた。


 なのでそのまま、秋水はステージ端から引き幕を斬り落として、豊葉と依穂の身体に巻きつける。

 霊力回路を通して、自分と彼女たちとの主従契約そのものに影響が無いコトは分かっていた。


 蟻道の術式は、恐らく一時的なものでしかないのだろう。


 ステージに上がり間近で観察することで、秋水は改めて暗示に近い代物だと看破した。

 日頃から上位存在の異界法則に接しているため、こういった霊的干渉には知見があるのだ。


 知見があるから分かる。


 所詮は人間の異能。

 効果は人外に比べれば、数分程度で切れる。


 しかし、だとしてもそれが減刑に繋がる理由は無い。


「無駄ですよ」


 蟻道が声をかけてきた。


「そうして身体を隠してやっても、やつがれが指を鳴らせば、本人たちがそれを脱ぎ捨ててしまいます」


 パチン、と指の鳴る音が響く。

 秋水の目の前で、豊葉と依穂は引き幕を放り捨てた。

 娘たちになんら負けることのないどころか、上回ってすらいる絶大的なプロポーションが、あらわになる。


「──」


 深い溜め息が秋水から漏れた。


 たとえそうだと分かっていても、男が自分の女を他の男の視線から守りたいと思うのは、避けられない条件反射だ。


 呪わしい本能とも言えた。


 たった一瞬の指パッチンで、ここまで不快な想像力を掻き立てられる事があるだろうか?


 いまの不快さと激しい苛立ちは、頭では分かっていても行動を律せなかった秋水の落ち度である。

 だったら、いろいろと仕方がない。


 相手は最初から秋水に喧嘩を売るのが目的なのだから、望み通り言い値で買ってやるのが最適解だった。


 理解はできないし、そう流される事すら不愉快でたまらなかったが。


「蟻道鈴昌」

「はい」

「焦土の時間だな」

「!」


 振り向いて、炎を撒く。

 倶利伽羅剣から摂氏1500度を超える熱を放ち、反対側の袖幕を炙り落とした。

 落ちた炎はそのまま足元へ燃え広がり、観客席まで広がっていく。


 蟻道の逃げ道は、無くなった。


「オマエひとりのために、俺はいまからこの公会堂内で生じる全被害額を弁償する」

「……なるほど。さすがは汐坐の筆頭術師」


 この程度の公共施設、容易に建て直せるだけの財力がおありですか。

 蟻道は心から感心した声で、拍手を鳴らした。


「それでこそ、それでこそ〝現代における強者〟の振る舞い」

「……」

「やつがれは、だからこそ貴方の信奉者となったのです」

「……は?」

「ええ。疑問はもっともでしょう」


 轟轟と燃え上がる赤。

 次第に薄まっていく酸素。

 煙はまだ人体に害を与えないレベルにしか立ち上っていないが、じきに視界と肺機能へ深刻なダメージを与えるだろう。


 秋水が蟻道を初手で殺しにかからないのは、仮にもハルミを支配下に置いた術式を警戒してのものだ。


 まさか昔話よろしく、ほんとうにきび団子を食べさせたはずも無い。

 ハルミが呑気にきび団子を食べる姿も想像できない。


 ならば、そもそもきび団子はブラフの可能性もあるだろうか?


 秋水はそこも疑ってかかっておく。

 蟻道自身に戦闘能力はないと見ていい。

 この手の術式持ちは、直接的な攻撃力を持たない。


 だが、少なくとも術師二名と高位の式神を同時に支配できる霊的干渉力はある。


 つまり、協会も懸念していた通り……蟻道は二段階目に到達している可能性があった。


 術式のステージアップ。


 豊葉と依穂はともかくとして、神に連なるハルミは一段階目の術師ではどうにもできない。


 催眠、洗脳、暗示系に特化した二段階目の術師。


 仮に秋水までその支配力に取り込まれてしまえば、いったいどれだけの被害が世間に出るか分からなかった。


 もっとも、その心配は半ば杞憂に近いと考えてはいるのだが、念のため警戒しておくに越したことは無い。


 豊葉、依穂、ハルミを支配した術式について、秋水は協会からも正体を暴いて欲しいお頼まれていた。


 倶利伽羅剣──否、智慧の利剣を使えば。

 今後は二度と、同じ術でこういう事態を招かずにも済む。


 一度剣を下ろし、話を聞く姿勢を作ってやった。

 すると蟻道は、もう一度慇懃にお辞儀をした。


「改めて、ご挨拶申し上げましょう。やつがれは蟻道鈴昌」

「野良術師なんだろう?」

「ええ。そして青墨秋水殿、貴方の信奉者です」

「いい歳したオッサンに好かれてもな……どうして十代のガキにへりくだる?」

「年齢など、強大な力の前では瑣末なコト」


 蟻道は首を振り、深々と感嘆の息を漏らした。

 両腕を僅かに広げて、まるで古代ローマ人が神を讃えるかのようにして、秋水を仰ぐ。

 その口調は、平坦なままなのに。


「すべての術師は、二段階目に到達できる」

「……」

「協会はそう(うそぶ)き、誰しもにチャンスがあるかのように誇大妄想を吹聴していますが、現実は大いに違う」

「べつに、違くはないだろう」

「なにをおっしゃいますか。二段階目への到達とは、それすなわちありえない存在への変化」


 蟻道は唐突に語り出す。


「すべての術式がオリジナルのデットコピーであるならば、我々は元となった原典から逸脱した異能を発現することはできません」


 何故か? と蟻道は指を立てた。


「何故なら、それをしようとすれば、術式そのものがメチャクチャに壊れて、用を為さなくなるからですよ」

「急に饒舌になったな」

「失礼、少々興奮しております。しかし、ご存知でしょう? たとえば現代のイギリスを舞台にしたミステリー小説に、とつぜんニンジャが現れるような意味不明な展開と同じです」


 術式という奇跡を成立させるのに、それまでベースとなっていた既存の物語を崩壊させてはいけない。

 ナンセンスな解釈による脚本は、ナンセンスな結果しかもたらさない。

 崩壊させてしまえば、術師の霊力回路は原典を壊した罪による裁きで激痛を伴いながら捻れ狂い、二度と本来の術式を発動できなくなる。


 蟻道の話は常識だった。


 全伝奇術師にとって、それは周知の事実である。


「ゆえにこそ、二段階目に到達した術師は希少だ」

「……」

「既存の物語の枠組みを逸脱した上で! 破綻しないままっ、より強力な異能を獲得するのですから!」

「それで? オマエもそのひとりだって言いたいがためだけに、わざわざ皆が知ってる常識を敢えて講釈垂れてくれたのか?」


 秋水が白けた顔で「うん?」と首を捻ると、蟻道は「貴方を称えているのです……」と神妙に否定した。


「やつがれの術式は、先ほどもお伝えした通りチンケな代物でして」

「謙遜するな。俺の式神を一時的にでも支配下に置いてるだろう」

「いいえ。支配などとんでもない。やつがれのはただ、簡単な命令を受け付けるだけの人形作りに過ぎません。デッドコピーにも格がありますが、やつがれは運が無かった」


 蟻道は「ご安心ください」と急に跪く。

 自らの術式を下の下と卑下しながら、


「そちらのご婦人方には、誓って乱暴を働いておりません。衣服を剥いだのは、写真を送り付ければ必ず貴方が来るだろうと踏んだためです」

「尊厳って言葉の意味を知ってるか?」

「もちろん。A.N.O.M.A.L.Y.に怯え、脅かされる今の人類が、失って久しいものです」

「要領を得ないな」


 秋水のレスポンスにスラスラと回答する蟻道。

 だが結局、この男の話は迂遠(うえん)で仕方がなかった。


 秋水を信奉すると(のたま)いながら、秋水が大切にすると決めた人間を誘拐し。

 その意思を蔑ろにしながら、卑劣な犯行声明を協会に送り。


 今もまだ混じり気無しの戦意をぶつけてきながら、姿勢だけは神へ縋り付く信徒のようで。


 そのすべてが、どれも嘘くさい演劇じみていた。


 言い換えれば熱量が無い。


 蟻道には最初からずっと、ここにいるのが何かの間違い、とでも言った不気味なミスマッチさがある。


「……ハァ」


 秋水は嘆息した。


 なんにせよ、どうでもよかった。


 どうせ何を語られたところで、それは秋水には理解不可能な理屈でしかないだろうと思ったのだ。


 誰かの安息を脅かし、平穏無事であるべき日常を台無しにし、輝くような青春を奪い去らんとするモノは、青墨秋水の人生に要らないのである。


 よって、


「分かった。いいからもう、本題を話してくれないか?」

「本題を?」

「俺はオマエに興味が無い。オマエの人生にも人生観にも何ら共感しない。何故だか分かるか?」

「……何故です?」

「疲れているからだ。面倒くさいからだ。うんざりだからだ」

「……おお、その眼、倦み疲れている眼! やはりそうだ! 貴方も壊れているから強いのですね!?」

「意味が分からない」


 分かりたいから言っているのではなく、もうこれ以上は時間を無駄にしたくないという意味で音だけを口にし、秋水はどこまでも無感動に蟻道を見据える。


「それで?」

「では、お教えしましょう。やつがれは最初から本題に触れていたつもりでしたが、少々興奮のあまり、うまく喋れていなかったようですから」

「前置きがくどい」

「失礼。要するにです」


 蟻道は膝に手を置き、ぬっと立ち上がる。


「やつがれはただ、二段階目へ到達するメソッドを解明したいのです」

「解明?」

「貴方は汐坐で、唯一の二段階目到達者だ。その術式は協会のホームページで、倶利伽羅剣と公表されてもいる」

「……」

「しかしながら、貴方が如何にして倶利伽羅剣(原典)を改変し、二段階目へ至ったのか?」


 そこは長年、誰にも詳細を把握できていない謎だった、と蟻道は声のトーンを落とした。

 顎を引いて、背筋を正して、両腕をだらりと下げる。


「先代筆頭である青墨秋蔵による厳しい情報統制。加えて、どんな人間をもまったく寄せ付けないこれまでのスタンドプレー」

「オマエ、野良なのにずいぶん詳しいな」

「言ったでしょう? 貴方の信奉者だと。ですが、青墨秋水の戦闘シーンを観察しようにも、貴方は強すぎるがあまりに、どんなA.N.O.M.A.L.Y.も十分以内に片付けてしまう」


 協会によって敷かれた特別霊視ジャミング。

 また、青墨夏乃を起点とした探知妨害。


「妹さんも凄まじいが、貴方自身の発する霊威もとんでもないので、下手にちょっかいを出そうものなら、これまではこちらの眼が潰されて終わるだけだった」

「へぇ」

「十分という時間は短すぎたのです。ですが、貴方はつい先日になって、鳶瀬山の退魔巫女と関わりを持つようになった」

「人のことを犬みたいに嗅ぎ回ってるんだな」

「貴方はその気になれば大量虐殺を行える人間ですからね。注目するのは当然でしょう」

「……」


 結果、ある情報が外部に漏れたと。

 炎を背に蟻面の男は陰影を濃くする。


「退魔四家をご存知ですね?」

「ああ」

「やつがれはそこの一角から、情報を抜き取ったのですよ」


 汐坐市内には退魔四家と呼ばれる古い術師一族たちが暮らしている。

 そこの各家々は一世代前の大乱によって男性を欠き、外部から力ある術師を婿として迎える必要に迫られている。


 青墨秋水の情報を喉から手が出るほど欲している彼女たちは、日頃から協会に密偵や賄賂などを送って情報収集をしており、そのうちのひとつが秋水の近況を把握するに至った。


 蟻道鈴昌は持ち前の術式を利用し、言わば情報の中抜きをしたのである。


「やつがれが言うことではありませんが、協会や旧家を責められませんように。やつがれもこのチャンスを掴むのに、八年かけたのですから」

「なるほど」


 野良術師なりに危険な綱を渡りながら、長い時間をかけたうえでの計画だったのだと秋水は理解した。

 理解し、眉を顰めた。


「気持ち悪いな。ストーカーじゃないか」

「そこはせめて、興信所の職員とか喩えてもらいたいものですが」

「探偵には見えない。どう見ても変態だ」


 蟻の仮面を被った様子のおかしい成人男性。

 どう見ても、変質者である。

 しかし蟻道は、そこには自覚的なのかしつこい反論をしなかった。


「……ともあれ、貴方はついに隙を晒した」

「隙か」

「貴方は姦姦蛇螺を調伏し、鳶瀬山家の術師さえも式神化した」


 改変された倶利伽羅剣。

 その正体を探るヒントが、蟻道のもとに与えられた。


 ヒナギクの存在である。


「そこから立てられた仮説は、二段階目へ至るために必要なのは〝もうひとつの物語〟なのではないか? という推測です」

「もうひとつの物語」

「倶利伽羅剣といえば、退魔の煩悩祓滅剣。しかしながら、貴方の倶利伽羅剣は姦姦蛇螺とのあいだだけではなく、鳶瀬山家とのあいだにも霊的な絆を構築した」


 ここから考えられるのは、複数の要因があったが、つまるところは調伏性能のハイライト化だった。


「それは何故可能だったのか? やつがれは考え、思い至りました。元となった物語と、格の劣らぬ別の物語」

「……」

「ふたつを用意し、相性のいい部分で結び合わせる」


 然すれば。


「ただの自分勝手な改変では個人の妄想止まり。しかし、もう一方もまた極めて強固な力を持つ物語であれば、両者を組み合わせた改変──合作はチンケな駄作に堕ちず、一定の格を保ったまま見るべき部分を持つ新作へ至る!」


 二段階目への到達とは、そうやって得られる術師の主人公化。


 言い換えれば、〝自分だけの物語〟の創出に他ならない。


 蟻道は確信を秘めて、秋水に一歩足を踏み出す。

 燃え盛るステージホールのなかでも、それは異様なほど大きな足音を立てた。


「だから、攫ったのか?」


 秋水の表情はついに消えていた。

 蟻道の言葉が、正解だからだ。

 そして、蟻道の目論見もここに至り判明していた。


 〝すべての術師は二段階目へ到達できる〟


 到達するためには、ふたつの物語──これも言い換えよう──術式が必要だ。


 ならば。

 ならば、そう……


「生まれながらに二重の術式を持つ人間は」

「チッ。そうだ。天性の二段階目到達者だ」

「やはり、気づいていましたか。先駆者ならば当然ですが、ならばやつがれの仮説もここに、真実だと打ち立てましょう!」


〝犬よ、猿よ、雉よ〟

〝恩に報いる時ぞ来た〟


 蟻道の伝奇詠唱は短かった。


 短くとも、効果はたしかだった。

 公会堂に渦巻く炎が、一気に温度を下げる。


「──桃太郎は知名度だけなら、日本で最強かもしれないからな」

「やつがれの術式は、『きび団子』です」

「もうひとつ、何かあるだろう?」


 秋水は背後で、女神が顕現する気配を悟った。


 女神の物語世界が異界となって、既存秩序へ覆い被さる。


 豊葉、依穂、ハルミ。


 三者から一段階目ではあり得ない、圧倒的な霊的圧力が炸裂する。




 ────────────────────


 tips

 

 ◆蟻道鈴昌|36|蟻面の野良術師

 くたびれた背広に身を包む不審者。

 青墨秋水の信奉者を名乗る野良術師。

 蟻の仮面をかぶり、どこか芝居がかった言動をする。

 だが声の調子は平坦で、およそ熱量というものを感じさせない。

 体型は日本人の平均的な数値パラメータで、中肉中背。

 一人称はやつがれ。

 術式は『きび団子』を自称し、暗示支配の異能を有する。

 しかし、鳶瀬山豊葉と依穂ならびに姦姦蛇螺であるハルミを対象に、強制的なステージアップを促すなど、その術式には単なる暗示だけでは説明できない謎があるようだ。

 今回の誘拐事件は、術師が二段階目へ到達するためのメソッドを解明するために仕組んだらしい。

 長年、秋水の追っかけをやっていた生粋のストーカー。



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