第14話「ブライダル」
「じゃ、お疲れ様です。戸締まりお願いね」
黒田社長は腕時計をちらりと見て、いつも通り爽やかな笑顔を浮かべた。
まだ午後三時二十分。
社員たちはパソコンの画面と社長の背中を交互に見た。
白川は笑顔を隠しきれないまま、その後ろを小走りでついていく。
「お疲れ様です~」
二人がエレベーターへ消えると、営業の佐藤が隣席へ身を乗り出した。
「今日も?」
「みたい。」
「ほら見て。」
モニターを指差す。
『ブライダルプロデュース商談 16:00~』
「こんな案件、あったっけ?」
「うっそ。」
「知らないの?」
「なにか?」
「だから今朝、二人ちょっと揉めてたじゃん。背景と衣装の話。」
「ああ……。」
二人は妙に納得した顔でうなずいた。
会社の売上会議では一度も出てこないほど熱心に語られていたテーマだった。
背景。
衣装。
ポーズ。
生産管理課長の古瀬は、その会話を聞きながら在庫一覧を眺めていた。
輸入貨物。
入港から三十一日経過。
まだ誰も引き取っていない。
古瀬は今日も引き継ぎ業務内容を読んでいた。
『生産管理課長』
「これ、どうします?」
営業が聞いた。
「え?」
「港の貨物です。」
「営業で対応してください。」
「それあんたの仕事でしょう。」
「チームワークです。」
営業は黙った。
古瀬は内心、少しだけ笑った。
チームワークという言葉は、便利だ、
誰も傷つけずに、誰の責任にもしない。
その頃、エレベーターの中。
黒田社長はスマホを見ながら満足そうにうなずいていた。
「夕日がきれいな時間に撮りたいよね。」
「夕日の時間、予約できた?」
白川が少し身を乗り出して聞く。
「大丈夫だよ。カメラマンが合わせてくれるよ」
黒田社長はスマホの画面を見せた。
倉庫では不良在庫がたくさん残り、
港では貨物が一か月眠り、
机では退職届のコピーが殘っていた。
しかし二人の表情は驚くほど穏やかだった。
まるで沈みゆく豪華客船のデッキで、
記念写真の角度だけを気にしている新郎新婦のように。
佐藤は窓の外を見ながらつぶやいた。
「すごいな。」
「何が?」
「普通、人手不足とか物流事故とかあったら焦るじゃん。」
「うん。」
「でも社長、いつも笑顔だ。」
「ある意味才能だね。」
「そう。」
そして、佐藤は遠ざかる社長の車を見送りながら言った。
「会社が火事なのに、避難経路じゃなくてウェディングフォトの構図を考えられる人なんて、なかなかいない。」




