EP77.家族の船出
エルグラードの港は、これまでで最も盛大な見送りに包まれていた。
整備された桟橋に、代表団を乗せる大型船が、静かに停泊している。帆布の白さが朝日に輝き、潮の香りが港全体を満たしていた。見送りに集まった人々の声と、船員たちの掛け声が、賑やかに響き渡る。
アズマリアは、四歳になったエリアーナの手を引きながら、その船を見上げていた。
「――お船、大きいね!」
エリアーナが、目を輝かせながら呟く。その傍らで、ヴィルヘルムが、荷物の最終確認をしていた。
「――皆、準備はいいか」
その問いに、代表団の面々が、それぞれ頷いた。人間側からはグレゴリウス、魔族側からはガルシュタインと、あの甲冑の男、そして、セーラとダリオ。多様な顔ぶれが、一つの船に、共に乗り込もうとしていた。
「――お姉ちゃん、緊張してる?」
セーラの問いに、アズマリアは、少し考えてから答えた。
「少しだけ。……でも、楽しみの方が、大きいです」
見送りに来ていたバルトロが、杖をつきながら、静かに歩み寄ってきた。
「――アズマリア様。まさか、海を渡る日が来るとは」
「バルトロ様のおかげです。この護符が、これまでずっと、私を支えてくれました」
アズマリアは、胸元の護符に、そっと触れた。今は、リザに託したもう一つの護符と、対になっている。
「――道中、どうか、お気をつけて」
老兵の深い一礼に、アズマリアは、感謝を込めて頭を下げた。
出港の合図が鳴り響くと、集まった人々から、大きな歓声が上がった。船が、少しずつ、桟橋を離れていく。
「――行ってきます!」
エリアーナが、小さな手を、大きく振った。その仕草に、見送る人々から、温かい笑い声が起きた。
甲板に立つアズマリアの隣に、ガルシュタインが、静かに歩み寄ってきた。
「――我が身が、海を渡る日が来るとはな」
「感慨深いですか」
「ああ。……千年、代わり映えのしない苦しみの中にいた身としては、こうして、新しい世界へ踏み出せること自体が、奇跡のように思える」
その言葉に、アズマリアは、静かに微笑んだ。
「――《神癒》は、傷を癒やすだけの力ではなかったんですね。こうして、新しい一歩を後押しする力にも、なれるんですから」
船が外洋へと進むにつれ、これまでとは違う、強い潮風が吹き始めた。エリアーナは、その風に、はしゃぐように両手を広げていた。
「――寒くないか」
ヴィルヘルムが、娘に、外套をかけてやる。エリアーナは、くすぐったそうに笑いながら、父の腕に抱きついた。
その光景を見つめながら、アズマリアの胸に、静かな幸福感が広がっていく。
「――この子にも、いつか、この景色の意味を、伝えられたらいいですね」
「ああ。……争いを超えて、新しい繋がりを築いていくことの意味を」
その会話を、少し離れた場所で聞いていたダリオが、セーラに、そっと囁いた。
「――俺たち、すげえ大人たちに囲まれて育ってるよな」
「うん。……あたしたちも、いつか、こんな風になれるといいな」
その二人のやり取りに、アズマリアは、優しく目を細めた。
夜、満天の星の下、甲板に集まった代表団の面々は、それぞれの想いを胸に、静かに、水平線の彼方を見つめていた。
この航海の先に、どのような出会いが待っているのか。その答えを確かめる旅が、今、確かに、始まっていた。




