(40)宝物なんだ (最終回)
平日だというのに、吉祥寺の街は驚くほど多くの人で賑わっていた。
お祭りでもあるのかな、と思ったら、ナッちゃんが「いつもこうだぞ」って教えてくれた。
手芸専門店って初めて来たけど、色とりどりの布や糸が、壁一面に並んでいる。
「あ、直人君、見て、金ピカの布。」
夏休みに入って、私は彼を「直人君」と呼ぶようになった。
「ああ、そのまま服にするわけじゃないけど、飾りとかに使うんだよ。」
直人君も、私を「詩織」と呼ぶことになったけど、まだあまり呼んでくれてない。
このお店は、支店が甲府にもあるけど、ここのほうが規模が大きいらしい。
陽菜ちゃんが私とおそろいの巾着袋を正式に頼んできたので、その生地と糸を一緒に探しに来た。
「さっきの花の写真、もう一回見せて」
「うん、これだよ。フリージア。」
絵柄として私が選んだのは、黄色の「フリージア」。
電車の中で、直人君に画像を見せた。
「陽菜ちゃんのお誕生日が二月二十二日なの。フリージアは誕生花なんだって。」
以前、名前の由来を聞いた時、陽菜ちゃんが話してくれた。生まれた日に「2」が三つ並んでいるのが雛鳥みたいだから「ヒナ」っていう読みが先に決まったんだって。
「誕生花なんてのもあるのか。花はややこしいな。」
直人君は黄色の刺繍を糸をいくつか選んで、手に取っている。
「なあ、変な花言葉とかないだろうな。」
「あはは、うん、大丈夫だよ。「友情、親愛の情、感謝」って書いてあるもん。」
桔梗の花言葉は「永遠の愛、変わらぬ愛」だった。
私がそのことに動揺したのを話したから、直人君も気にしてくれているみたい。
「黄色だと、詩織にあげたやつより少し色が濃いほうがいいな。で、おそろい感を出すとすると…」
ブツブツ言いながら、いろんな生地に、刺繍糸を当てて見ている。
その時、ポシェットの中で、スマホが震えたのに気がついた。
「あ、ナッちゃんたちね、暑すぎて喫茶店に避難したんだって。」
塩山から一緒に特急『かいじ』号に乗ってきたナッちゃんと神谷君は、せっかくだから井の頭公園に行ってみるって言ってたけど、東京の猛暑に音を上げたみたい。
「甲府盆地も暑いけど、同じ気温でも東京はずっと暑く感じるよな。」
「そうだね。朝や夜も、東京は暑いんだって。」
塩山のあたりも昼間は気温が上がるけど、夕方からは多少過ごしやすくなる。
「じゃあ、買い物が済んだら合流するか。」
「うん、返信しとくね。」
直人君が生地を選んで、私の巾着と同じレモン色の閉じ紐と、濃淡数種類の黄色の糸を買って、外に出たら、本当に息がつまるくらい暑かった。
「あ、こっちみたい。」
スマホを見ながら、ナッちゃんに教わったお店を目指す。
私が直人君との交際開始を報告した時、ナッちゃんは『ダブルデートしようぜ!』って喜んでいて、今日はそういうことで出かけてきたのだけど、ダブルデートってこういうのなのかな。
「あ、こっちこっち」
お店を見つけて中に入ると、ナッちゃんが手招きしてくれた。
ミニ扇風機じゃなくて、扇子を広げて顔を扇いでいて、首にはおしぼりを巻いている。
美少女なのに、オヤジっぽい。
「どうだった、いいのあったか?」
おしゃれな雰囲気の喫茶店でも、ナッちゃんは平常運転。隣で神谷君が苦笑いしている。
「ああ、たぶんな。」
直人君が気のない返事をしながら、神谷君の前に腰掛けて、私も並んで席に座る。
「なあ、あたしにも作ってくれよ。」
「千夏ー、そういうことは買い物の前に言えよ。」
「だって今思ったんだからしょうがないだろ。陽菜の余りでいいからさ。」
「わかったよ、じゃあ戦隊イエローのかっこいい刺繍を入れてやるよ。」
直人君が嫌味っぽくからかうと、
「お、それいいな。」
と、ナッちゃんが喜んで、直人君はずっこけていた。
神谷君は隣で頬杖をつきながら、そんな二人を無視して、
「だけど氷見ちゃん、平気なのか?直人が朝倉の巾着を作るなんてさ。」
と私に聞いた。
「うん、もちろん。陽菜ちゃんとおそろいになるのは嬉しいし。」
「でも詩織、気をつけた方がいいよ?直人、モテるからな。」
ナッちゃんがお向かいでニヤニヤ笑う。
「え、そうなの?」
文化祭をきっかけに、直人君の魅力に気づいた人は多いと思うけど…。
「詩織が休んだら、女子が直人に群がってたからな。」
「えーっ!」
「詩織、千夏の言うことは信じなくていいぞ。たまたま、繕いものを頼まれただけだから。」
直人君は気にも留めない様子だった。
「ま、直人はおめでたいからな。」
神谷君がぼそっと呟く。ナッちゃんは呆れ顔になって、
「直人は気にしてないけどさ、詩織がいる時は女子も遠慮してんだよ。で、詩織が休んだ途端に、直人に頼みに行くんだよ?」
「そうなの?」
「彩乃なんてスカートだもんな、直人。」
「ああ、そんなことあったな。裾がほつれてたから縫ってやった。」
直人君は平然としてるけど、それはたしかに、ちょっと困る。
私だってスカートの修繕は頼めない。あ、今はもう頼めるけど。
「あたしがわざわざ嫌がらせに行ったのも気づいてないだろ、どうせ。」
「嫌がらせ?」
「そうだよ、グリップテープくらい、自分で巻けるって。」
「なんだと?」
えっと、話がよく見えない。
「ああ、詩織、長谷川さんのスカートを直した後にさ、千夏が来たんだよ。ラケットのグリップテープが上手く巻けないから巻いてくれって。」
直人君が解説してくれた。ナッちゃん、ナイス!
「まあ、千夏には世話になったよな。ありがとな。」
「な、なんだよ、気持ち悪いな。」
ナッちゃんは褒められるとすぐ照れるから可愛い。
「言っとくけど、感謝はしてるが、褒めてはいないからな?恐ろしいやつだとは思ってるけど。」
「なんだ、やっぱり褒めてるじゃんよ。」
「……。まあいいや。翔真のことも上手くたらしこんだしな。」
直人君、それはいくらなんでも言い過ぎ…。
「ふっふっふっ、まあな。」
ナッちゃんはむしろ得意げだった。
「あたしは五歳の時から翔真と結婚するって決めてるからさ。」
そう言って胸を張ると、ナッちゃんの場合は胸が大きいから迫力がある。
神谷君は、呆れた顔でナッちゃんを見た。
「千夏ー、それって小さい子にありがちなやつだろー?将来はパパと結婚する、みたいな。」
「うん、夢があるでしょ?」
あれ、ナッちゃん、直人君と話す時と、ぜんぜん口調が違う。
(私ももう少し直人君に甘えた方がいいのかな…)
ちょっと直人君にもたれかかってみよう、っと。
そう思って、体を傾けたら、直人君がちょうどスッと体を引いて、バランスを失った私は倒れかかるみたいになっちゃった。
直人君、少し驚いて、
「どうした、大丈夫か?」
と支えてくれた。
「あはははは」
ナッちゃんが膝を叩いて笑った。恥ずかしい。
それから私たちは、大きな商業施設で洋服や雑貨を見たり、山梨にはないファストフード店でハンバーガーを食べたり、家族にお土産を買ったりした。私も、シュークリームを家族へのお土産に買った。
帰りの特急が塩山に着いたのは、夕暮れだった。
在来線に乗り換えるナッちゃんたちを見送って、駅を出たら、いつもの町の空気が頬を撫でて安心した。
「んー、やっぱりこっちのほうが少し涼しいね。」
二人で並んで、坂道を下っていく。最近は、いつも直人君が家のそばまで送ってくれる。
「そういえば、さっき、電車に乗る前にさ、千夏と揉めてなかったか?」
「揉めてないよ!そういうんじゃなくて…」
駅ビルに、可愛い小物を売っているお店があった。
ナッちゃんが、
「詩織、これなんかどう?」
と、見せてくれたのは小さな猫のキーホルダー。
「ほら、鞄に付けてるクマ、ちょっとくたびれてきてるじゃん。」
「えっ、そんなことないよっ!あれは取り替えたりしないやつなんだよ。」
そう言って抵抗したのを、直人君が気づいていたらしい。
「鞄に付けているクマさんはね、宝物なんだ。」
「ああ、あのクマの話だったのか。たしか、トーナだっけ?」
「なっ、なんで直人君が知ってるの?!」
「えー?中学の時、誰かにそんなこと言ってなかったか?」
「覚えてたんだ…」
「まあな。」
「トーナ君はね、『なおと』を逆さまにした名前なの。」
「ん?なおと、とおな、ああ、たしかにそうだな。」
「あんまりビックリしてないね。」
「いや、実はけっこう驚いてる。」
「あれはね、修学旅行の時に買ったの。京都のお土産屋さんでね、直人君がちょっとだけ手を触れて見てた子なんだ。」
「そ、そうなのか。」
直人君はちょっとくすぐったそうな表情になって、それから、私の手を取って、握ってくれた。
手をつないで歩くのは初めて。
「どうしたの?」
急にそんなことをするから、私はちょっとうろたえた。
「今日はトーナがいないからな。」
トーナ君の代わりになってくれる、ってことらしい。
そうだね。
今は、直人君といるこの時間が宝物だ。
「直人君、大好き…」
小さな声で言ったけど、直人君には聞こえたみたい。
直人君は私の手を握った手に、ちょっとだけ力を入れた。
--おわり--
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は一話ごとに、直人視点と詩織視点を切り替えて構成しました。
いかがでしたでしょうか。
もしよろしければ、最初からもう一度読み返していただければ幸いです。
作者




