38:救援と増援と撤退ですわ
レーザーのような勢いで大気を切り裂き飛来する切っ先に目を閉じ顔を背けてしまったのですが、紫の閃光が瞬き弾いたかと思うと凛とした鈴の音が響き渡りました。
「はっ…えっ、と~?タマと…雨宮、さん?っぱ、ちょ、ちょっと…大丈夫、大丈夫ですから、今はお腹とか内臓が…むぐっ、むごご…苦っ!?苦いですわ!?本当になんですの!?」
そうして何時まで経ってもやって来ない衝撃に対して恐る恐る目を開けてみると飛び込んできたのは跳びかかって来ているタマの姿だったのですが、腰が抜ける勢いで呆気に取られていると口の中に何かが突っ込まれまして……これは何でしょう?なんて考えている間に襲い掛かって来たとんでもない苦さに目を白黒とさせる事になりました。
反射的に吐き出そうとすると「みー!」と威嚇するようにタマが体を大きくしていたので渋々飲み込むとお腹の痛みが引いていき……もしかしたら薬草的な何かだったのでしょうか?
「あら~母に対して雨宮さんなんていう他人行儀では駄目ですよ、恥ずかしがらずにお母さん…と、呼んでください」
こんな危機的状況だというのに相変わらずの雨宮さんだったのですが、笑顔の奥に潜んでいる怒りのオーラに引き攣ってしまい……。
(助かり…ましたが、なんで雨宮さんが?)
状況がわからなさすぎて?マークを浮かべてしまったのですが、獣人達の護衛として残る事になった雨宮さんは私達と別れた後に帝国軍の別動隊を発見する事になりまして……ガルガナークさん達に襲いかかられたら大変だという事で殲滅しようと考えたのだそうです。
その後はもう成り行きでみたいな感じだったのですが、手持ち無沙汰だったので掃除をしていましたみたいなノリで帝国軍を斬り刻まないで欲しいですわ。
「それと貴女…ずいぶん娘の事をいたぶってくれたようで…それだけで万死に値しますが、今は治療を優先したいので引く気があるのなら引きなさい、追いかけはしません…そもそもその腕ではまともに戦う事も難しいのではありませんか?」
「はっ、んなこたーねーよ、腕の一本や二本くらい丁度いいハンデ…つー訳にもいかねーようだな」
「ええ、ですが…戦うというのでしたら遠慮なくいかせてもらいます!」
教えて貰わないとわからない程度なのですが、赤毛のトカゲ人間の右腕はアンジェリカの必殺技を防ぐ為に多少のダメージを負っているようでして……なんていうやり取りをしておりますと、急に辺りが陰ったような気がして空を仰ぎ見てしまいました。
「な、なんですの!?」
そうしていきなり巨大な柱状の物が降って来たかと思うと赤毛のトカゲ人間を押し潰して……いえ、左腕一本で支えていたのですが何が何やらですわ!
「ぐっ、ぎぎ…ちく、しょう…ったらぁあああっ!!」
どうやらウネウネと根っこを振り回す原初の木が赤毛のトカゲ人間を押し潰したようなのですが、支えて動けない人に対して雨宮さんが容赦のない追い打ちを仕掛けていまして……根っこの攻撃でモヤっていた砂埃のおかげでどうにか認識する事が出来たのですが、距離を無視して放たれる雨宮さんの斬撃は赤毛のトカゲ人間の表面に展開されている聖氣の板によって防がれていたようでした。
(盾、というより聖氣で作った鱗…でしょうか?)
刺々しい聖氣の鱗と強化された尻尾で紫雲斬鉄の連撃を防いでいたのですが、私の視力で追えたのは10発目まででして……キンという澄んだ音にしか聞こえない音の集合体が連続した剣戟の音とかいう訳の分からない雨宮さんの斬撃に驚嘆してしまったのですが、防ぐ方も防ぐ方でどうかしていますわ!
「これほどの習熟を…貴女ほどの猛者と戦うというのなら是非もありません、そして明確な弱点を見逃すほど甘くはありませんが…よもや卑怯とは言いませんよね?」
「たりめぇよ!てめぇこそ手を抜いてんじゃねーぞ!!」
不調な右腕側の防御が甘いのか右側からの斬撃が通り始めると赤毛のトカゲ人間は獰猛な笑みを浮かべながら支えていた原初の木の根っこを地面に放り投げまして……ズズーンと雨宮さんと赤毛のトカゲ人間の間に巨大な根っこが横たわって視界が塞がれるのですが、雨宮さんは雨宮さんで治療中の私を守るために追撃の手を緩めていました。
「ああ、ああ…本当に…今すぐ母の手で癒してあげたいのですが…訳の分からないトカゲが暴れておりますので少々お待ちを…その間に治療の方をお願いします」
「ぷっ!」
タマが雨宮さんの言葉に対してキリっとしていましたし、激突した時の傷口をペロペロとしながら癒してくれたり「トカゲじゃねえよ!竜人だ!」とかどこかから赤毛のトカゲ人間の叫び声も聞こえて来たりしまして……原初の木も群がる雑魚敵を叩き潰すように根っこを振り回していますし、本当にもう色々な事がしっちゃかめっちゃかですわ!
「あ、あの…擽ったい…と、言いますか、汗臭いのでペロペロするのは…というより私の事よりアンジェリカの捜索と治療をお願いしますわ!」
タマが口移しで飲ませてくれた薬草が効いて来たのか女神の神躯は回復力も優れているのかはわからないのですが、聖氣が枯渇していなければなんとかなりそうなので今はどこかに蹴り飛ばされていったアンジェリカの方が心配ですわ。
とかいう感じで私の治療の為に雨宮さんと赤毛のトカゲ人間との戦いが一時的に中断していたのですが、物量に優れている帝国軍は紫混じりの黒騎士達や赤色肉人形を押し立てながら攻め寄ってきていまして……流石に多勢に無勢とこのままでは数の暴力で押し切られる事も覚悟していたのですが、押し寄せて来た黒騎士達が突然巨大な泡で包まれたかと思うとプカプカと浮かび上がり始めました。
(これは…っと?)
泡に閉じ込められた黒騎士達は何とか泡を破壊しようと暴れていまして……魔力の流れを辿ると原初の木の中程に立つセラフィーヌ様の姿が見えたのですが、展開している巨大な魔方陣が光ると女王陛下を中心とした数キロ範囲の黒騎士達が泡に閉じ込められてプカリプカリと浮かび上がっていきます。
「おお、これは…セラフィーヌ様の魔法か!それに原初の木も戦ってくださっている…これならいけるぞ!」
攻撃力が無い魔法ですし魔力を吸収する肉人形達が居る辺りでは効果が薄いのですが、セラフィーヌ様の支援魔法と原初の木が近場の帝国軍をベシバシと攻撃し始めた事で士気が上がりまして……私もこのまま寝転がっている訳にはいきませんわ!
「皆さん、肉人形の方に攻撃を集中してください!魔力が吸収されなければ無力化出来ますわ!」
ズタボロでも気づいた事を大声で知らせる事は出来ますし、へし折れたインペールを掴みながら気合と根性で立ち上がりまして……。
「お、おう、なんかよくわかんねーが…承った!」
「チッ、それくらいお前に言われなくてもわかっていたが…仕方がない、お前の作戦に乗ってやる!」
そうして近くで戦っていたドワーフのリーダーさんとヘルムートさんが真っ先に反応してくれたのですが、肉人形を守らなくてはいけなくなった黒騎士達はヘルムートさん達の容赦のない遠距離攻撃でその場に釘付けにされていきましたし、孤立した肉人形達がドワーフ達の斬り込みで数を減らしていきました。
「とんでもない乱痴気騒ぎになっているな…木が暴れているし、あれは敵ではないのか?」
「へ、へい、こりゃまたスゲー事になっているようで…お嬢、とにかく俺らも暴れたらいいのですか?」
「敵と味方を取り違えるなよ?耳の長いヒョロっとしたのと太ったチビが仲間だぞ?」
「わーてるよそれくらい!つーかその例えは不味くないか?何か耳長連中が睨んできてるしよー」
そうして肉人形の数が減ってくると魔法の泡で捕らえられていく敵の数が増えていきますし、状況の説明に向かっていたレスリーナちゃんがゴロさんやシンデさんを連れて参戦して来まして……皆の奮戦によって群がって来ていた帝国軍の攻勢が挫かれこちら側の反撃密度が上がっていきました。
(この調子なら…なんとかなりそうですわ)
乱戦に巻き込まれているので全体の状況がわかりませんし、凶悪な聖氣が原初の木と戦っているのでまだまだのっぴきならない状況ではあるのですが、その手下達はコテンパンにのめされている状態でして……このまま削っていけば数の暴力をやり返してあげる事も出来るのかもしれません。
なんて事を考えていたのですが、私達の目の前から消えていた赤毛のトカゲ人間の力強い聖氣が原初の木の根本辺りで爆発したかと思うと巨大な聖木が戦慄くような音をたてながら揺れまして……。
(のんびりとは…させてくれませんね!)
帝国軍としてはセラフィーヌ様の魔法と振り回されている根っこを何とかしないと勝ち目がない訳ですし、強引に攻め込み大本を断とうと考えたのかもしれません。
「雨宮さ…お母さん!私は大丈夫ですから、根元の方に行きますわよ!」
「ええ、そうですね…母もその方が良いと思います」
「雨宮さん」という言葉には泣きそうな顔を見せていた雨宮さんが「母」という言葉に笑顔をほころばせていたのですが、本当にやりづらい人ですわ!
「こっ、の…邪魔ですわ!」
そうしてガシャガシャと通せんぼをしてくる黒騎士と肉人形の混成部隊を雨宮さんが蹴散らしてくれていたのですが、インペールがへし折られたせいでどうにも距離感が掴みづらいと言いますか……戦い辛くて気持ちばかりが先走ってしまいますわ。
(弘法筆を選びまくりなのが私の欠点で…折角の力を使いこなせていない感が酷すぎますわ)
より実践的な戦闘訓練を受けるべきなのかもしれませんが、そんな事を考えながら原初の木に辿り着いたタイミングで根元の辺りを破壊していた赤毛のトカゲ人間と遭遇しまして……暴れ回っていたからなのかその姿はボロボロになっていたのですが、今はそれよりその手に握られている黒い欠片のような結晶に目が釘付けになってしまいました。
(なんですか…あれは)
ただただ禍々しい小さな欠片だったのですが、溢れ出て来る憎悪のようなモノに背筋が寒くなってしまい……何とかしなければいけないという強い焦燥感が湧き上がってくるのですが、私の腕前だと赤毛のトカゲ人間にボコされるだけなので何も出来ないのが歯がゆすぎますわ!
「おい、お前…それが何かわかっているのか!?」
そうして少し遅れて駆けつけて来たドワーフのリーダーらしき人が赤毛のトカゲ人間が握りしめる結晶を見て目ん玉をひん剥いていたのですが、どうやら何かしらの曰くがある物のようで……。
「わかっているか…だって?んなもんわかり切っているから取り返しにきたんじゃねーか、ったく、連れて来た連中も頼りにならねーし、力を植え付けられた唐変木もやられちまっているし…踏んだり蹴ったりだ…が、よぉ、俺様が出張って来てすみません失敗しましたじゃあ終わらねぇんだよ!」
赤毛のトカゲ人間が苛立たし気に聖氣を爆発させると刺々しい欠片が周囲を傷つけ近づこうとしていた人達が押し返されてしまうのですが、こうなってしまうとまともに近づく事すら難しいですわ!
「取り返しに…?くっ、やはり暗黒竜の民か…まさか生き残りがおったなんて!」
「あいにくとこちらは人一倍頑丈でね、追放された程度で死ねるかよ!」
そうしてドワーフのリーダーさんが気になる事を呟いていたのですが、どうやら赤毛のトカゲ人間さんにはのっぴきならない事情があるようで……。
「あの…ドワーフさんはあのトカゲ人間の事をご存じで?」
「誰がトカゲ人間だ!?俺様にはリンディ・Z・ブラッドっていう名前があるんだ、トカゲ扱いするんじゃねぇ!つくづく腹立たしい奴らだが…あとそこの黒髪の長剣使い!タイマンで負けた訳じゃねえからな…そこんとこ勘違いすんなよ!」
だからこっそりと事情を聞こうとしていたのですが、耳ざとい赤毛のトカゲ人間は聖氣を爆発させて群がる有象無象を吹き飛ばしながら大声で叫んでいまして……かなり無理をしているのか本人もなかなか大変そうなのですが、窮鼠猫を噛むと言ったように矢鱈目ったらに攻撃をされていると手が付けられませんわ!
「ええ、次まみえる時に決着をつけましょう…あとわたくしの名前はそこの黒髪ではなく雨宮硝子と申しますので、以後お見知りおきを」
なんていうやり取りをしていたのですが、「用事は済んだ」みたいなノリで撤退して行く赤毛のトカゲ人間ことリンディさんが帰りがけの駄賃と言うように聖氣の礫を連射して来まして……雨宮さんが弾いてくれなければ駆けつけていた人達が撃ち抜かれて死屍累々みたいな笑えない状態になっていたのかもしれません。
(なんとか凌ぎ切りましたが、こうも一方的にボコボコにされたままだと…勝った気がしませんわ)
とにかくそういう感じで一気呵成に攻めて来ていた帝国軍が引いて行く事になったのですが、こちら側の被害も甚大ですし……禍々しい結晶の事も気になりますし、これからいったいどうなってしまうのでしょうといった感じすぎて訳がわかりませんわ。




