37:化け物の襲来ですわ!
「それで…帝国軍の動きはどうなっておりますの?」
謁見の途中で帝国軍が攻めて来まして……ヘルムートさん達が迎撃する事になったのですが、聖勇者としては指を咥えて静観している訳にはいきませんわ!
「とにかく東の方から攻めて来ているとしか…というよりお前が聖勇者、なんだよな?緊張しているようだが…本当に大丈夫なのか?」
なので王宮に入るために預けていた武器を受け取りながら対応に当たってくれた人達に戦況を聞いてみるのですが、敵の動きが早すぎてよくわからないのだそうです。
「え、ええ、大丈夫ですわ…帝国軍なんてちょちょいのちょいで撃退してみせますから、大船に乗ったつもりでどっしりと構えておいでください」
訝し気な視線に対して強がりを言っておいたのですが、風が吹く度に乳暖簾になっている前垂れが揺れて火照った身体が疼いてしまい……横からマジマジと見られてしまうと立っている事が丸わかりの部分が擦れて大変な事になっているのですが、モジモジしていると変に思われてしまうので頑張って耐えていきますわ。
「そうだぞ、アリシアは少しだけ汗っかきだが…腕は確かだ」
「べ、別に私も好きで汗ばんでいる訳では…私は私で大変なんですから!」
指摘されると無駄にニヤケてしまいそうになる表情筋を引き締めながら胸を張るのですが、理性という防波堤が妙な解放感と気持ち良さによって徐々に崩されていっているような恐怖を感じる時がありまして……。
(スタイルと美貌にはそれなりの自信があるのですが、それとこれとは話が別で…じゃ、なくて…とにかく今はそれよりですわ!)
不安そうな人達を安心させながら王宮を出ますと、洞前の広場に出た辺りでドーン!という爆発音が聞こえて来まして……グラグラと揺れる原初の木の上でバランスを取りながら音のした方向を見てみますと、意外と近くで火の手が上がっているのが見えました。
(思ったより攻め込まれていますのね)
帝国軍が一気呵成に攻め込んで来ているのだと思いますが、侵攻速度が尋常じゃなくて……つい先ほどから妙な胸騒ぎみたいなものが止まりませんわ!
「我らも急いで…と、言いたいが、牢屋に捕まっている2人がいるからな、ここから別行動を取らせてもらおう」
「そう、ですわね…よろしくお願い致しますわ」
牢屋に入れられたままのゴロさんとシンデさんに暴れられても困りますし、万が一があっても後味が悪いのでレスリーナちゃんが迎えに行く事になりました。
「ああ、任せろ…アリシア達も気を付けて…どうにも尋常じゃない相手のような気がするんだ」
そうして「嫌な予感がする」みたいな事を言い残しながらヒョヒョイと原初の木を降りて行くレスリーナちゃんを見送りながらその高さに眉を顰めておりますと、アンジェリカが不思議そうな顔をしていまして……。
「どうしました?」
「いえ、登る時は一瞬だったのですが…結構な高さがありますのね」
高所恐怖症という訳ではないのですが、ちょっとした手すりがあるだけという高台の端の方に立っているとヒュンとしてしまいますわ。
「それは…そうですが、アリシアの場合は翼があるのでは?」
「そ、それはそうなのですが…飛べるのと恐怖は別物ですわ!」
正確にいうと地下での戦いだったり木々が密集している所での戦いだったりで飛べる事を忘れかけていたといいますか、この高さから降りるとなった時に“飛び降りる”という選択肢がすっぽりと抜けていただけなのですが、その事がどうにも間が抜けているような気がしたので慌てて誤魔化しておく事にしました。
(そんな事ではいけないのですが…っと)
とにかくこれ以上まごまごとしている訳にもいきませんし、背中から純白の羽を生やすと王宮から出て来ていた人達から「おぉおお」みたいな言葉にならない声が漏れてくるのですが……やはり羽を生やしていると目立ってしまってしかたがないですわ。
「では…先行しますので、アリシアは時間をおいて降りて来てください」
「ちょ、え…だ、大丈夫ですの!?」
「これくらいなら飛び降りても…まあ、大丈夫です」
ピョンと飛び降りてしまったアンジェリカを追いかけてスイーっと降りて行く事になるのですが、ズズンと着地をしているアンジェリカが豪快過ぎて笑ってしまいそうでした。
(とか、言っている場合ではございませんのね)
私達が原初の木から降り立った辺りでガシャガシャとした金属音が聞こえてきたのですが、帝国軍の先遣隊である黒騎士達が迫って来ておりまして……ファティエラに攻め寄って来ていた黒騎士達より紫がかった重厚な鎧を着ていますし、巨大な両手剣を片手で軽々と振るいながら巨大な盾を隙なく構えているのでパワーアップを遂げた個体なのかもしれません。
「気を付けてください、こいつらは下級から中級神躯程度の力を秘めているようです!」
「それは…具体的に言うとどれくらいの強さがありますの?」
上級神躯持ちであるアンジェリカやヴォッサム将軍以下で下級神躯に匹敵するエース級の騎士達より強いと言われても具体的な強さがわからなかったのですが、警告を発したアンジェリカは渋い顔をしていまして……。
「気を抜いたら私達の防御力を貫通して来る可能性があります、なので絶対に離れないでください!あと…最悪の場合は見捨てて逃げる事も視野に入れておいてください!」
との事で、アンジェリカの表情からは油断の出来ない相手だという事が伝わって来まして……戦闘技能に不安がある私はインペールを握りしめながら唾を飲み込んでしまったのですが、だからといってセラフィーヌ様達を見捨てて逃げる訳にもいかないので踏み止まらせてもらいますわ!
「承知しました!」
そんな風に決意を新たにしている間に敵の軍勢が押し寄せて来ておりまして……エルフ達は木の上や茂みに潜んで魔法の矢を放って樹木系の魔法でゲリラ戦をしかけていますし、駆けつけて来た妖精達やドワーフの人達が果敢に攻撃を行っているのですが、先兵となっている黒騎士相手には五分の戦いをしているものの耐性が高すぎる肉人形が相手では相性不利が祟っているようでして……防御側の具体的な人数がよくわからないのですが、攻めて来ている帝国軍の方はウゾウゾといった数でして……最終防衛ラインである原初の木まで戦線が押し込まれているようでした。
「くそっ、なんだアイツは…化け物か!?」
「まったくだ、あの面倒臭いブヨブヨしたのを追いかけていたネーちゃんにも驚いたが…ワシらの里が滅ぼされた時にもあんな化け物は出てこんかったぞ!」
そうして防人の人達がたまらずといった感じで下がって来ると木の上から撃ち下ろすように魔法の矢を連射しているヘルムートさんや短めのモヒカンみたいな髪型をしている背丈の短い髭モジャの子供……というには顔が老けていたのですが、ドラム缶みたいな鎧を着たドワーフの戦士達が後退して来ました。
どうやら多勢に無勢で侵攻を遅らせる事すら出来ていないといった様子で……どのような化け物が迫って来ているのかと思って見てみますと、彼らの視線の先に立っているのはムキムキマッチョなワイルド系の美女といった感じの人で驚いてしまいました。
(なんですか…あの化け物は)
セラフィーヌ様や雨宮さんでも十分背が高いと思っていたのですが、それよりも高い180センチくらいの筋肉質な女性で……纏っている聖氣が濃すぎて空間が歪んでおりますし、見ているだけで息が詰まって寒気が止まりませんわ。
「チッ…別動隊や後詰がバカスカやられているってんでどんな強敵が待ち構えているのかと思っていたら…てんで歯ごたえがねーし、こんな事なら…っと、お?」
ボサボサの長髪は鮮やかな血の色をしていますし、深紅の瞳は闘志を燃え上がらせておりまして……鍛え上げられている逆三角形型の体を覆うのは胸が零れ落ちてきそうな前開きのベストと幅広のベルトだけと言う痴女スタイルですし、足元は爪先のみを覆っているサンダルのような履物を身に着けているというどこの蛮族ですかといった有様でした。
そんな女性があちらこちらから飛んでくる数十メートルクラスの火球を片手でパシパシと叩き落としていますし、妖精達の姿隠しすら有り余る聖氣をぶつける事で無効化しておりまして……下手に近づけばお尻の上あたりから伸びている1メートルちょっとのトカゲの尻尾みたいな物で弾いているので人間寄りのリザードマンとか竜人とかいう種族なのかもしれませんが、格の違いをみせつけられているような戦い方で嫌になってきますわ。
「おい、そこに居る…白い翼持ちにピンク髪の大盾持ち…ってー事は、報告のあった聖勇者とその従者か?はっ、こんな所で出会えるなんてな…碌でもない仕事だと思っていたがツイてたぜ」
「少しは楽しめそうだ」という感じで笑いかけられただけで蛇に睨まれた蛙のように体が硬直してしまい……勇気を奮い立たせてインペールを向けるのですが、切っ先が恥ずかしいくらいに震えてしまいます。
(無造作に突っ立っているだけなのに、打ち込める気がしませんわ)
口ぶりからするとファティエラで仕掛けて来たノアさんのお仲間なのだと思いますが、何か言い返そうと思っても喉の奥が引き攣ったように言葉が出て来なくて……視線を彷徨わせているとアンジェリカが私を庇うような位置についてくれました。
「アリシア、時間を稼ぎますので撤退を…絶対に振り返らないでください!」
「アン…ッうぅ!?」
小声で囁かれたお別れのセリフにも似た言葉に驚いてしまいましたし、爆発するようなとんでもない熱量に顔を背けてしまったのですが……ほぼすべての聖氣をドラゴンフレイムに込めながら突っ込んで行ったアンジェリカの炎によって赤髪のトカゲ人間が引き連れていた黒騎士や肉人形が焼けこげながら蒸発していきます。
「ここから先は…死んでも通しません!」
「はっ、俺様に突っ込んでくる蛮勇は称賛に値するが…っとぉお!?」
赤毛のトカゲ人間はそのレベルの熱量を叩き込まれても涼しい顔をしていたのですが、アンジェリカが至近距離で聖氣を爆発させると流石に爆炎に煽られるように態勢を崩しまして……多分最初から狙っていたのでしょう、爆発させた聖氣の一部を転化させる形でブレス・オブ・ノルニスを接射していたのですが、アンジェリカの最大火力ともいえる火砲を右腕一本だけで防いで反撃に転じるという化け物じみた防御力を見せつけてきました。
「その程度じゃあ…俺様の鱗を貫くには足りねぇええなぁあああッ!!」
「ぐっ!?」
赤毛のトカゲ人間の無造作な蹴りの一発でランプデトネイターがひしゃげてアンジェリカが吹っ飛んでいくのですが……いくら看病疲れが残っているといってもあまりにもあっさりとやられてしまった事に衝撃を受けてしまいましたし、こうなったら相手が人型だから手加減をとか言っている場合ではありませんわ!
「こっの…アンに何をしてくれていますの!!ジャッジメントぉおおお…っ!?」
アンジェリカがやられてしまった事に逆上した私は後先考えずに踏み込むのですが、鼻で笑うように突き出したインペールを握り潰して当て身を食らわしてきやがりまして……溢れて爆発した聖氣の濁流に揉みくちゃにされながら地面に激突してバウンドした私は近くに生えていた木に激突してしまったのですが、お腹に叩き込まれた軽い肘打ちだけで内臓とか色々な物がやられたのか激痛が走って息が詰まってしまいます。
(しくり…ましたわ)
そうして血反吐を吐いている間に無傷のトカゲ人間はへし折ったインペールの切っ先部分を掴んだまま投擲するような動作に入っておりまして……狙われているのは痛みで身動きがとれない私だったのですが、この激痛では軽々と上級神躯の防御力を貫いて来る化け物の姿を目に焼き付ける事しか出来ませんでした。




