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5.時の筒・人の針(1)

ポーン

チャイム音が響いて、エレベーターの扉が閉まった。

その瞬間。


さー……っ

乗り込んでいるエレベーターの籠が、一瞬で透明になった。


「え? ええっ!?」

信じられない。

ももは、慌ててキョロキョロした。

どっちを向いても同じだ。

透けている壁の向こうは、もやもやと白い。


あっという間に透明な箱になって、雲の中にでも放り込まれてしまったようである。


「おい、みかげ! 降りるって言ってるだろ」

あおいが、箱の隅を睨みつけた。

珍しく乱暴な口調だ。


誰もいないのに。

不審に思った直後に、桃は目を見張った。


いる!

ちらちらと見える。

薄いフィルムのような物だ。

並んだ階数ボタンの前に立っている。


ペラペラ揺らぐたび、姿が見て取れた。

女の子だ。

セピア色の写真フィルムを、切って立たせたような姿をしている。


かなり年上みたい。

服も、自分達とはランクが違った。

このワンピース。たぶん、有名な子供服ブランドのだ。

母親とデパートに行った時、表示されている値段を見て、恐れ入ったことがある。


「いえ、もう動いてますから」

しゃべった。


しゃべるんだ!

桃が驚く間もない。


透明に変わった階数ボタンが、青白く光った。


8 7 6 5 4 3 2 1

パパパパっと、下の階に移っていく。

速い。あんまり動いている感じはしないのに。


B1 B2 B3 B4 B5…………


透明なボタンは、延々と並んでいる。

変だ。こんなに沢山あるなんて。


「じゃあ、止めろよ!」

碧が実力行使に出た。

ずいっと近寄り、ボタンを押そうとする。


その前に、衝撃がやってきた。

がくん

止まった。そして、予測もつかない動きに変わった。

エレベーターは、真横に進んだのだ。


「うわ!」

「うおっ!」

「っと!」

「きゃっ」

あおいようあかつきもも。全員が悲鳴をあげて、倒れこんだ。無理もない。


みかげのペラペラな体が、振り返った。

ウエストのあたりで、反物がキュッと捩じれたようになる。

端っこに折り重なった四人を、セピア色人間が見下ろした。忌々しい。勝ち誇った顔だ。


「横に動くなら先に言えよ!」

碧が代表して叫んだ。

口の反応速度は、一番速い。


身体の順応が速いのは、陽と暁だ。

動く庫内なのに、二人とも危なげなく立ち上がった。

「碧、大丈夫か?」

「ああ。ったく、油断した」

「桃ちゃん、どっか痛い? ケガしてない?」

暁が心配して覗き込んだ。

桃は、膝を着いたまま固まっている。


思いっきり打ち付けてしまったが、痛みは吹っ飛んでいた。

それほどまでに驚いた。

扉の前にデーンと置いてあった、ピンク色の毛玉。そう認識していた物が、動いた。

そして振り向いた。

ネズミだ!? 大きい。人間大だ。


「ほんとにいたんだ……」

ピンク色のネズミ。

ただし、胸元だけ白いハートに染め抜かれている。


嘘じゃなかったんだ。

私を除け者にして、悪ふざけしてたわけじゃなかった。


桃の頬が、じわじわと緩んできた。

嬉しい。

そうだ。暁も碧も、お兄ちゃんだって、そんなことするわけなかった。


「んもー。マダム・チュウ(プラス)(スリー)(ナイ)()、みかげを止めてよ」

碧が、ふてくされた声で文句を言った。

かなり親しそうだ。


「あらん。ま、大丈夫でしょ。碧は頭がいいんだから」

こいつも、しゃべった!

しかも男の声だ。でも女言葉だ。

どういうこと???


バサバサのまつが、戸惑う桃に向けられた。

そうとう気合の入ったメイクだ。

「んま。この子はニューフェイスねえ」


ほとんど条件反射で、()桃は挨拶した。

「こんにちは」

立ち上がって、お辞儀もする。


「三ツ矢家家訓、すげえ……」

碧が、口の中で小さく感嘆していた。

人語を解するものには挨拶すべし

三ツ矢家の、鉄の掟だ。


「はい、こんにちは。ちゃんとご挨拶できるのねえ。えらいわあ」

「桃ちゃんは、陽の妹だよ」

暁が、にこにこと紹介する。


「そう。あら、桃ちゃんっていうの。偶然ね。アタシと同じ名前だわあ」

「……は? どこが同じなの、マダム・チュウ+999」

間髪入れずに、碧が冷たく返す。


「いやあねえ。アタシの58番目の名前と同じなのよ~」

「58番目の名前?」

桃が、無邪気に首を傾げた。


ピンクネズミの眼差しが、きらっと光った。

新しい獲物を見つけた鷹と同じ目だ。


「うふふ。そうよ、アタシの名前はマダム・チュウ+999。それは略称なの。アタシの美しさに相応しい名前が、999文字続いているのよん。だから、本名はね、マダム・チュウ アナスターシア ベアトリックス クレメンタイン ディアーナ エリザベス フローラ ジェラルディン ハーマイオニー…」


「しまった」

碧と暁と陽は、同時に言った。


「イザドラ ジャクリーヌ カーリー ルイーズ……」

こうなっては、もう誰も止められない。

読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

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