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◆レンカリオ編【2_15】幼いワタシは手駒(協力者)を得るらしいわ


 まずワタシが着手したのは、手駒(協力者)を得ることだった。

 数は五つってところかしら。最低でも三つね。こういうのは多ければいいってものじゃないのよ。

 有能かつ使い勝手のいいもの選ばなくっちゃだわ。

 場合によっては捨て駒にできるもの。捨て駒にしても惜しくないものを、ね。

 残酷?

 ……ハッ。なんとでも言いなさいな。

 人間には二本しか腕がないのだから、守れるのも二人まで。それも辛うじて、の話よ。

 ワタシが守れるのはせいぜい自分とキサリティアくらい。それで精一杯。

 全員なんて救えないわ。

 でもまあ、出来る限りのことはやるわよ。

 いまからスカウトしにいく手駒(協力者)とは、別口の手駒(協力者)の当てもあることだしね。

 ワタシは使用人室に足を向けた。

 この無駄にバカ広い屋敷の間取りはレンカリオの頭に入っている。

 でもまあ、要所だけ押さえておけばいいわ。

 ゴスメズとクオキシャの私室は三階。

 子供部屋と客室は二階。

 ちなみに、兄のトゥマとレンカリオ(ワタシ)は別室よ。ああ、あとゴスメズとクオキシャもね。

 使用人室と食堂、厨房は一階。

 身近な建造物にたとえるなら校舎が近いかしらね。横長で、一本の長い廊下に幾つもの教室が面しているあの感じよ。

 ただし、一階の中央部にある玄関ホールと食堂は上下に出っ張っているから、真上から見たこの屋敷は不格好な十字型といったところかしらね。どうでもいいけど。

 さて、使用人室に着いたわ。

 ノックとともに名乗れば、すぐにポーリーが出てきてくれる。

 ロマンスグレーの寡黙な紳士は一礼をしてから訊ねてきた。


「これはレンカリオ様。いかがなさいましたか?」

「少し時間をもらえるかしら、ポーリー。大事な話があるの。内容はそうね……義姉君あねぎみとメリケオ領の行く末――というのはどう?」


 ポーリーは神妙な顔をしてワタシを見た。表情自体はいつものことだけど、推し量るような目を向けられていたと思う。

 ややあってから、ポーリーが室内へとワタシを通した。

 無言の鍔迫り合いにワタシは勝利したらしい。


「私の部屋で伺いましょう」


 使用人室は共用スペースと私室に別れている。

 使用人達の私室はどれも似たり寄ったりだけど、その中でも一番広い部屋がポーリーの私室で、一番狭い部屋がキサリティアの私室になっている。

 部屋割りはクオキシャの指示だったわね……。

 たしかキサリティアの部屋は、元は使わない家具やら掃除用具やらが入れてあった場所で、わざわざ中身を出して用意したのよ。

 まったく勤勉な性悪だわ。

 嫌がらせを好む人間って、他人に嫌がらせをするための労力だけは惜しまないのよね。どうかしてンじゃないの? もっと健全な楽しいことを見つけなさいよね。


「こちらでございます。どうぞ椅子におかけください」


 物欲を感じさせない、小ざっぱりとした部屋に通された。

 質素な造りの椅子にワタシを座らせると、ポーリーは背筋を伸ばして屹立した。

 ……さてと。手っ取り早く行くには、そうね……。

 正気でも訊ねておく?


「率直に聞くわ。ポーリー、あなた正気?」

「……と、おっしゃいますと?」


 さすがのポーカーフェイスも面食らってるわね。よしよし。

 子を成す縁起物の役割を果たしたキサリティアは、ゴスメズとクオキシャに放り出される寸前だった。

 それを押し止め、諭すことのできた良識人。

 それがポーリー。

 彼はヘルブン家にとって扇の要となる存在。そしてそれは、ワタシがこれから得る手勢にも当てはまってくる。

 ここでワタシを主人と認め、忠誠を誓わせる。

 これはそのための質問。


「質問を質問で返さないで。もう一度聞くわ。ポーリー。あなたは正気?」

「……そのつもりで働いておりました。ですが、レンカリオ様のその物言いから察するに、なにか至らぬ点があったご様子。それに気づけぬとは使用人にあるまじき失態です。大変申し訳ございません」


 ポーリーはここで一度腰を折り、深く頭を下げた。

 その体勢のまま問うてくる。


「もし叶うのであれば、信用回復の機会をいただけないでしょうか?」

「……いいわ。頭を上げなさい」

「ありがとうございます」

「わたしがあなたの正気を問うたのはね、ポーリー。あなたが我が父ゴスメズのめいに従っているからよ」

「それは……、ですが……」

「ポーリー。若干三歳のわたしから見ても、父ゴスメズと母クオキシャの行いは常軌を逸しているわ。もはや正気の沙汰とは思えない。あなたは違うの?」


 ポーリーは返事をせず、目を伏せた。ともすると、そのまま頽れてしまうんじゃないかと思えた。

 抱えきれない懊悩が、頭上からのしかかっているのだとわかった。

 それが答えだった。


「あなたのような良識ある人間が、どうして父の命に従うの? どうしてこんな家につき合って、尽くしているの?」

「――大旦那様……亡くなられた先代の御領主様に、ゴスメズ様のことを託されました。私は大旦那様に恩義を受けました。私の一生などではとても返しきれない多大な恩義です」

「それに報いなければならない?」

「いえ。私が強いて、望んで、報いたいのです……! 没落し、食うに困った私を拾い上げてくださったその恩義に!」

「そのためには父と母の悪道にも手を貸すと?」

「そう取られても致し方ありません」


 ポーリーは苦悶に顔を歪めた。


「レンカリオ様……、私は使用人でございます。私は、私の力が及ぶ範囲で主に尽くすまで。それしかできないのです」

「……そう。よくわかったわ。ようするに、こういうことでしょう? ポーリー。あなたは父母の悪道に手を貸している。ただしその犠牲は最低限で済むよう最善を尽くしている。主を正道へ引き戻すことはできないと判断した従者の苦肉の策ってとこね……。ハッ、それで忠義者のつもり? ちゃんちゃら可笑しくて臍で茶が湧こうものだわ!」


 剣幕とともに椅子を蹴飛ばして立ち上がった。ちょっとした演出も交えて。

 想像していた通り、ポーリーは恐れをなした。


「レ、レンカリオ様……?」

「忠義を尽くすと言うなら、いっそのこと父ゴスメズと刺し違えなさい! 父のことを託されたのなら、一生をかけても返しきれない恩義が祖父にあるのなら、悪道を行く主人を誅することこそが忠義というものでしょう!」

「そ、それは……しかしそれはあんまりでございます、レンカリオ様!」


 ポーリーが喘ぐように叫んだ。

 ほとんど泣いているようなその顔を見ながら、ワタシはそれまでとは打って変わって優しく言う。


「その覚悟がないというのなら、ポーリー。これからは、わたしに尽くしなさい」

「ど、どう、どういうことで……?」


 ここでワタシは目に飛び切りの狂気を宿してやった。

 そして厳かに言う。


「――いずれ、わたしがこの手で父と母を討ちます」

「ひっ」


 すっかり腰が引けていたポーリーは、あっさりと腰を抜かして座り込んだ。


「その日を迎えるため、わたしに尽くしなさい。ポーリー。さもなければこのメリケオ領に未来はないわ」


 メリケオ領に未来はない。その言葉に、怯え切っていたポーリーの目が定まった。


「母親は十月十日を身重で過ごし、出産の時には多くの血を流すでしょう? メリケオ領も同じよ。長い時をかけて新しく生まれ直す準備をし、その時には流血を伴う。これは必要なことなのよ。そして娘であるわたしがやらなければならないことでもあるの」


 とかなんとかテキトーにそれっぽいことを言っておけばこの状況だもの、丸め込めるでしょう?

 そうなればこっちのもんよ。元一般人にもこれくらいのセリフは言えんだから、甘く見ないでよね?

 別に、本気でメリケオ領をどうこうしようなんて思っちゃいないわ。こんなのはフリよ、フリ。

 テキトーなところでキサリティアとトンズラしてやるんだから。あとは野となれ山となれ、どうとでもしなさいよ。口から出まかせ、あとはお任せってなもんだわ。

 ……いやその、騙すことについては、そりゃあ悪いとは思うけど仕方ないじゃない? ワタシの手に余るわよ。

 ワタシは自分の身一つと、キサリティアを守るので手一杯。欲を出したら、きっとロクなことになんないんだから……。

 ……ふう。さて、ポーリーはイイ感じに感化されてくれたかしら?


「……レンカリオ・ヘルブン様……っ。おおぉっ、我が主にして聖母よ……!」


 いや、ナンデよ?

 主はともかく、どうして聖母なのよ。この肉体まだ三歳よ。さすがにはえーわよ。

 ああもう……。まあいいわ。そういうノリも大事よね……。軽くノッてやろうじゃない。見くびらないでよね。


「いいえ、ポーリー。わたしはこの領地の母となる身。すなわち――領母りょうぼよ」

「おおぉ! 領母レンカリオ様! 力なき我々をお導きくださいませ!」


 ポーリーは涙を流し、何度も何度も平伏した。

 なんなのよもう。

 ウーン……、なんかこう想像してた流れとは違っちゃったんだけど……ま、まあ、手駒(協力者)を得られたことに変わりはないんだし、よしとするわ。


「ところでポーリー。聞いてもいいかしら? お祖父さまってどんな方だったの?」

「大旦那様は民を愛し、民に愛された、それはもう素晴らしい御方でございました!」

「……そう。ありがとう」


 フーン。人徳のある領主だったわけね。

 ……ん? ちょっと待ちなさいよ。じゃあなに? 屋敷にウヨウヨいる呪いどもは、ゴスメズが一代で集めたってことぉ……? えぇ~……。


「……もうなんなのよアイツ。ホンっト、勘弁しなさいよね……」

「いかがなさいましたか、領母様」

「うわぁ、ちょっと待って領母さまが通り名になるの? でも、ウ~ン……わたしが言い出したことだし仕方ないか……ハァ。ええっと、そうね……あと二人、あなたのような信頼できる者が欲しいのだけど、当てはあるかしら? ポーリー」

「でしたら、テルトとミルダがよいかと……。彼女らもまた私と同じく、大旦那様の恩に報いる一心で働いておりますから」


 メイド長のテルトと、古参メイドのミルダね。

 うん。妥当な推挙だわ。

 二人のとも気の利く働き者だし、キサリティアへの対応も申し分ない。それに、面倒で厄介な主人であるゴスメズとクオキシャのあしらいの上手さには目を見張るものがある。

 どうしてこんな家で働いているのかと思ったら、またもやお祖父さまの恩義のお陰とはね。恐れ入ったわ。

 そして同時に、ありがたい遺産だわ。月命日には、墓参りに行ってあげようじゃない。


「――OKよ、ポーリー。二人をスカウトしてちょうだい。それから、お祖父さまが好きだった食べ物を教えて? 墓前に供えるから」

「かしこまりました、領母さま。テルトとミルダにも領母様の薫陶を賜りましょう。それから、大旦那様の好物でしたらトーストでございます」

「トースト? そう……え? トーストなの? へぇ……」


 ……もっとこうワインとか、シチューとかパイ包みとかを予想していたわ。



 なにはともあれ、首尾よく三つの手駒(協力者)を手に入れたワタシは自室へと戻ったわ。

 どんなもんよ。フフン。

 天蓋つきベッドにダイブして、得意げに寝転がってやったわ。

 仰向けになった時、見知った黒い丸々としたものが二つ、ヒョコッと顔を出した。


「――あなた達も演出協力ありがとうね。助かったわ」


 その二つの見知った黒い丸々としたものが、カーテンを伝ってスルスルと下りてくる。


「礼には及ばぬジュ」

「お茶の子さいさいだぁノロイー」

「……わかりやすい口調をありがとう」


 語尾から察せられる通り、この黒い丸々としたものは呪いよ。

 このヘルブン家の屋敷をうろついていた呪いの中から、比較的穏やかそうなのを選んでコミュニケーションを取り、懐柔してやったわ。

 根気よく呼びかけて、根気よく対話をして、根気よく餌づけし続けるのがコツよ。

 もちろん呪いなわけだから、接していると気分が悪くなったり、体力をごっそり持っていかれたりするけど、そこは慣れね。

 ほら、毒物も微量ずつ摂取することで耐性を得られたりするでしょう?

 それと一緒よ。

 とはいえ、懐柔なんて転生前にはできなかったことだわ……。そこは異世界転生……ファンタジーってことかしらね?

 まあいいわ。

 慣れればこの子達って中々に便利でね、主に敷地内の見張り&情報収集をやってもらっているわ。あとはそうね、さっきポーリーを脅かしたみたいなこともできるわ。

 どうするかっていうと、呪いが持つ負のオーラを発してもらうのよ。実際に心身に変調をきたすことのできるオーラだから、効果はてき面よ。ナイスな演出でしょう?

 見た目は丸々とした小鳥とか、子猫を象っているわ。

 ちなみに、語尾が「ジュ(呪)」の方が小鳥で、「ノロイー」の方が子猫よ。

 色は黒一色。

 顔は丸と三角でこと足りる簡易さだけど、これはこれで趣深いとも言えるわね。

 名前はいまのところないわ。数が増えたら考えようかしらね……?

 ここまで説明すればわかるでしょう? ようするに、この子達がポーリー達とは別口の手駒(協力者)ってことよ。


「レンカー、ホーシュー! ホーシューだぁノロイー!」

「うむ。手間賃を要求するジュ」

「ええ、わかっているわ」


 ワタシは、今日のおやつのウエハースを包みごと与えた。

 フタリの呪いがカリカリと音を立ててかじりつく。


「ねえ、ついでに聞いてもいいかしら?」

「カジカジカジカジ……いいノロイー」

「カジカジカジカジ……聞くジュ」

「ポーリー、テルト、ミルダ。この三人が好むものってわかるかしら?」


 ポーリーには、「テルトとミルダにも領母様の薫陶を賜りましょう」って言われたけど、正味な話、そんなもんワタシにあるわけじゃないじゃいのよ。

 賜れない薫陶なんてものは早々に諦めて、別のもので手懐けるしかないわ。


「カジカジカジカジカジ……ポーリーは、リボンとかフリフリしたものとか、ぬいぐるみ? をタンスに隠してるノロイー。時々手にとって眺めてはニコニコしてるノロイー」

「……へぇ……」


 少女趣味だったのね、ポーリー。……クマのぬいぐるみでもあげようかしらね。


「カジカジカジカジカジ……テルトは噂話を好むジュ。よく壁に耳を当てたり、ドアの隙間から中を覗いたりしてるジュ」

「フーン。おしゃべり好きだとは思ってたけど、そんな悪癖があったのね」

「貴族のイケナイ艶話が大好き~って独り言を言ってたジュ」

「……ヘ、ヘェ……」


 思わず引いちゃったじゃない……。テルト、上品な顔してなんちゅー独り言を言ってんのよ。


「カジカジカジカジカジカジ……ミルダはお金が好きノロイー」

「カジカジカジカジカジカジ……ミルダは報酬次第でなんでも実行すると、すこぶる真剣な面持ちでポーリーに物申していたジュ」

「……なんだか、凄腕の暗殺者みたいな物言いね……。でも三人の中じゃ一番わかりやすくもあり、扱いやすくもある人種かしら。基準がハッキリしてるンなら交渉のしようがあるしね……」


 あの生真面目な顔でお金次第だなんて、むしろ好感が持てるってものよ。残りの二人が予想の範疇の斜め上を超えてきただけに、ね……。

 さて、アプローチの方向性も見えたことだし、ここからは地道に積み重ねていくわ。

 まずはそうね――八歳になる頃には、このヘルブン家の敷地内で起こること全てをワタシの手のうちにしてやろうかしらね。



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