◆レンカリオ編【1_15】ワタシは異世界転生したらしいわ
◆Side:レンカリオ
ヘルブン家の屋敷。
食堂。
呪いの中。
暴風のごとく吹き荒れ、豪雨のごとく降りしきるもの――それは呪い。
夥しい数の呪い。
抗いはしないわ。
痛みも、苦しみも、辱めも、すべて、我が身に起きたこととして受け入れる。
それがせめてもの慰めになるのならば、人身御供となる甲斐があるというもの。
ああ、やっと終わる。
やっと終わらせられる。
つまるところワタシはまた呪いに殺されるわけだけど、前世と違って後悔はない。
反省はあるけど……ね。
でもまあ頑張ったわよ。
と、思う。
……と、思いたい。
だから、できたらでいい。
できたら、憶えていて。
許さなくてもいいから、忘れないでいて。
「それじゃあね……バイバイ。キサリティア……」
――始まりは三歳。レンカリオの物心がつくより先に、ワタシの記憶が宿った。
言うなれば異世界転生というやつ。
前世のワタシは現代社会の日本にいた。
それで呪いに殺された。そんで気がついたらこの中世西洋風の立派なお屋敷にいたってわけよ。
上等じゃない。
ところで、唐突だけど映像記憶能力というものを知っているかしら?
読んで字のごとく、目に映った対象を映像で記憶することのできる能力を指すわ。
この能力があれば、一目見ただけの風景を緻密にスケッチできたり、読んだ本の内容を紙面ごと丸暗記できたりしてしまう。
なんとも便利ね。
ワタシも欲しいわ。
ところがなんと、人間は誰しも、幼少期にはこの映像記憶能力を有しているらしいの。
まあでも、成長とともに失うわ。
そういうもんよ。
中には大人になったあとも能力を失わない人もいるけれど、思春期前に失ってしまうのが通常らしいわよ。
……長くなってしまったわ。ようするになにが言いたいかというと、「三歳児の脳内ってこんなにも世界を把握してるの? ヤバくない?」ってことよ。
世界観。王国名と領地名。
自身の立場など。
ワタシがこれから生活していく上で必要な知識が、この若干三歳の脳には備わっていた。
え? 三歳児って実は等しくこうなの?
それとも、ワタシが宿っちゃったこのレンカリオって子が天才なのかしら?
まあ大いに結構コケコッコーよ。
……失礼。軽く現実逃避をさせてもらったわ。
だって、現実を見るとすごいのよ。
この屋敷。
呪いの数が!!!!!
十や二十どころじゃないんだけど!!!!
よくまあこれほど呪いを集めたものね。
並みの悪人にゃまずできねーわよ。
ねえ? 我が父にして領主ゴスメズ・ヘルブンさんに、我が母にして領主の妻クオキシャ・ヘルブンさん?
まったくとんでもない極悪人の家に転生してしまったものね……。
ハァ……。
とりあえず、呪いの数でも目算しようかしらね。
そんでもって、そこからこの家の余命に当たりをつけるわ。
「――あ~っと……そうね。もって、じゅうすううねんってところ?」
恐ろしい結果が出やがったわ。
わりとブルったじゃない。
つまるところ、十数年後この家の人間は全員殺されるってことでしょ?
ヤバイわね。あと十数年のうちに、この家から逃げ出さなくちゃだわ。
そのつもりで人生設計するとなると、ウーン……。
あ、そうだわ。たしか王都に叔父がいるって話だったから、テキトーな理由をつけてそっちに移ればいいんじゃない。
レンカリオは娘だもの、王都の叔父の元で行儀見習いがしたいとでも言えばOKだわ。
時期は……そうね、十歳くらいってところかしら?
あんまり早く行きすぎて、万が一にも帰されたら目も当てられないもの。
……よし。そうと決まれば、このあとの人生そのつもりで動かなくちゃだわ。
「――ああ、レンカ……いえ、レンカリオ様。こちらに、玄関ホールにいらしたんですね」
無垢な笑顔で近寄ってきたのは、キサリティア・ヘルブン。
ワタシが宿ったこのレンカリオ・ヘルブンの義姉よ。
義理の姉とあって、外見は似ていないわ。
でも、相当可愛い部類よ。
なんていうのかしら。レンカリオは小悪魔系の可愛さで、キサリティアは清楚&優等生系美人って感じよ。
髪は短く切りそろえられたショートカット。
色はブルーなんだけど、髪質なのか、光の加減によって海のように色を変えるわ。アクアブルーだったり、オーシャンブルーだったり、エメラルドグリーンだったり。
これぞ異世界人よね。
素直そうな瞳の色はグレー。
性格は温和で優しい。
おそらくいまこの家で最も不憫な子よね。
義姉は、子を授かるための呼び水としてヘルブン家の養女に迎えられた。
実の両親は事故で他界したことになってるけど真実は違う。
ゴスメズが仕組んで殺させたのよ。
ゴスメズ本人がワタシの前でクオキシャにそう言っていたわ。
子供にはまだわからないから構うことないんですって。
侮るんじゃねーわよ。
子供は大人が思っている以上に大人が言っていることを理解してるもんよ。
別に、ワタシが転生者だから理解できたわけじゃないだから。気をつけなさいよね。
まったく、ゲン担ぎのために両親を死に追いやられて養女にされた挙句、その立場は使用人同然よ?
なんなのよそれ。
どうなってるのよ?
キサリティアのゲン担ぎが功を奏してワタシや兄が生まれたなら、もっと大事にしなさいよね。
不憫すぎるじゃないのよ、バカ。
「ど、どうしたのレンカ? 泣いてるの?」
別に泣いてなんかないわよ……。
ああもう……なんなのよ。
そんな優しくして……、いつも優しくして……。
わかってるの? アンタがいま優しくしている義妹のために、アンタの人生はめちゃくちゃになっちゃったのよ?
「こんなに泣いて……どこかいたいの? なにかかなしいの? おねーちゃんにおしえて、レンカ」
アンタのせいでしょこのバカいい子。
ハイハイそーよ、泣いてるわよ。別に好きで泣いてんじゃないわよぉもう。
ああったく……成長したらとっととトンズラするつもりだったけど、やめよ。やめ。
決めた。
決めてやったわ。
ワタシがレンカリオ・ヘルブンに転生したのもなにかの縁。
キサリティア・ヘルブン。アンタをこのふざけた家から解放してやるわよ。
フン。
……でもその前に、ここはとりあえず話を合わせておこうかしら。
えぇ~っと……?
「レンカリオさまなんていや! レンカってよんでくれなきゃやだもん!」
「二人きりの時はそう呼びますから……。ね?」
「むぅ。……ことばずかいもよ?」
「わかりま――……わかったわ、レンカ」
「やくそくよ! キサねえさま!」
ワタシがそう言うと、キサリティアはまるで天使みたいな顔で微笑んだ。
不憫だからとか、義妹のせいだからとかじゃなくて、ただこの笑顔を守りたい。
その時はそう思った。




