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◇キサリティア編【12_12】義妹(いもうと)はどうやら、義姉(わたし)を大事に思っているらしい


 私とトゥマ様は、一足先に、ルビアーノ様のお屋敷を出ました。

 お屋敷の前には、レンカリオとトゥマ様が乗ってきたであろう馬車が停まっていました。

 馬車の前後には、戦支度をしたメリケオ領の騎士達が控えています。

 その物々しい光景に私は度肝を抜かれました。

 いかに領主の訪問といえども、いささか物騒ではないかしら……。

 まるで戦争でも始めるみたい。

 よくこれで領内に入る許可が下りたものね。


「王の所有物である義姉さんを救出するって大義名分と、それを裏づける王の紋章があったからね。四の五の言う奴なんかいないよ。下手にたてつけば、自分の首が飛びかねない」


 私の疑問を察したトゥマ様が、サラリと言ってのけた。

 内容も恐ろしいけれど、その平然とした口調の方がもっと空恐ろしかった。

 一度、不興を被れば、貴族であっても首が飛ぶ。

 領民だけじゃない。

 程度の差はあれども、領主も貴族も身分の差には逆らえない。

 一歩間違えば、トゥマ様やレンカリオだって奪われてしまう。

 それが当たり前。

 そういう世界に私達はみな生きている。


「……レンカリオ……」


 なにか大切なものが見えた気がした。

 儚くて、脆い。

 けれども。

 美しく、強い。

 大切ななにかが私の中で定まった気がした。



「――お待たせしました」


 ややあって、レンカリオが馬車に乗り込んできた。

 私は膝をついて頭を下げるつもりでいた。

 レンカリオは私の主で、その上、領主になったのだから。

 しかし蓋を開けてみれば、私はレンカリオに飛びついていた。

 堪らずといった様子で、遮二無二、義妹いもうとに抱きついていた。


「レンカっ!」

「え? あっ? ちょっ! キ、キサ義姉さまっ⁉」

「ごめんなさい……! ごめんなさいレンカ! 私に謝る資格がないのはわかっているの! 許されないこともわかってる……、けど、でもっ……ごめんなさい、あなたを裏切って! ごめんなさい、あなたに助けを求めて! ごめんなさいっ! 謝ることしかできなくて、本当にごめんなさいっ……!」


 謝罪の言葉が涙でみっともなくひっくり返る。

 情けない上に申し訳ない……。

 そもそも私の思いなんてどうでもいいのだ。

 いま私の口から出ている謝罪は、とどのつまり、自分が納得したいだけの身勝手な感情もの

 それは私のエゴだ。

 そんなものをぶつけられては、レンカリオもたまったものではないだろう。

 そうじゃない。

 肝心なのは、レンカリオのこれからのこと……っ!


「レンカ、あなた大丈夫なの? 侯爵位を召し上げられてしまうって本当?」


 急な話題の方向転換に、レンカリオはキョトンとしてみせた。

 しかし、聡い義妹いもうとはすぐに理解の色を示し、そしてそれなのになぜか――


「ふふっ! もう、キサ義姉さまったら、ふふふふふっ!」


 質問に答えるでもなく笑っていた。

 あどけない顔をして、ちょっぴりはしたなく。

 ……い、いまってそんなに笑うところかしら?


「謝罪の次に出てくるのがわたしを心配する言葉だなんて、キサ義姉さまらしいですわぁ!」


 背中に回されたレンカリオの腕に力が込められた。

 そうして抱きしめ返されたことで、私は自分がレンカリオに抱きついていたことを思い出させられた。

 わ、私ったらドサクサに紛れてなにを……!

 慌てて飛び退こうにも、レンカリオにしっかり抱きしめられているし……。

 それに、こんな風に抱きしめ合うのは子供の時以来で、簡単に離れてしまうのが惜しい。

 ……でも、義妹いもうとの膝の上にいるのは、義姉あねとしてどうなのかしら?

 格好悪くもあるし、単純に気恥ずかしくもある……。

 そして自覚した途端、私の頬は急激に熱を帯びた。


「レ、レンカ……わ、私、その……ちゃんと席につくわ」

「そうですか? 馬車はいま走行中で危ないですわよ?」

「い、いいの。気をつけるから……」

「わかりました。でも……」


 私が隣に座り直すのを待って、


「もう少しだけこうさせてくださいね、キサ義姉さま」


 再びレンカリオは、私を抱きしめてくれた。

 首に回るレンカリオの腕。


「……ん」


 先ほどよりも熱烈な抱擁の、その意味を考えていた。

 まるで大事なものを抱きしめるかのよう。

 大事にされているかのよう。

 ……大事、ね。

 前にも同じことを思った。

 旦那様の魔の手から救ってもらった時のこと。

 レンカリオにとって義姉わたしは、なにかもっと別の、少なくともお邪魔虫よりはいいもの……つまり、大事なものなのかもしれない、と。

 今回もまた私はレンカリオに助けられた。

 ……ううん。〝また〟ではないのかもしれない。

 これまでの日々の見方を変えてみる。思えばいつだって、レンカリオは私を助けてくれていたのかもしれない。

 なぜ?

 どうして?

 大事だから?

 でも、大事ってどういう大事?

 この熱い抱擁……。

 ねえ、もしかしてレンカリオは……私のことっ……を?


「――ハイ、できましたわ。これまではわたしが所持していましたけれど、王の紋章は本来、キサ義姉さまが持つものですからね」

「……ぇ?」


 レンカリオはこだわりなくあっさりと離れていった。

 失われた体温のあった場所――首元に手を置くと、ペンダントがあった。

 レンカリオがマシュエ様に掲げてみせた、あの金のペンダントに違いなさそうだった。


「じゃあ、もう少しこうさせてくださいねっていうのは……」


 ……これ、のため……?

 つまり、熱烈な抱擁などではなかった?

 ………………。

 とてもはずかしい。

 とてもはずかしくて、とてもしにそう。

 ああもう。

 私ってばなにを思い上がって……

 でも、でもだって!

 このタイミングであんな風にされたら誰だって勘違いしない?

 そうよね?

 そ、そう……でしょう……?

 ………………。

 いえ、無理があるかしらね……。

 レンカリオは義妹いもうとで、女の子で、恋愛めいた感情を抱いていい相手じゃないもの。

 それとも、思わず義妹いもうとに恋愛めいた衝動を持つくらい、初恋が千々と砕けたのがショックだったということ? その痛手のせい?

 そうだとしても、見境がなさすぎるのではない?

 もしかして私って、そういう気の多い性質なの?

 う、うっ、浮気性で……こ、こっ、好色……なのっ?

 だとしたら相当に恥ずかしいわ……! でも、傷心を言い訳に、義妹いもうとに色目を使いそうになるくらいなんだもの、きっと相当淫らな――ああもう、そんなのはだめ! 絶対にだめ!

 慎まなきゃ……。慎みなさい私……!


「ねえ、キサ義姉さま」


 うぅ……。すこしほうっておいてほしい……。


「前と同じなんです。お父さまがキサ義姉さまに乱暴しようとした時と。だから謝ることなんてなにもないんです。全部わかっていたんです」


 え? あ、えっ?


「キサ義姉さまがまた……いえ、前よりも一層深く傷つくってわかっていながら、それでもわたしは、親を殺める自分を見られることの方が辛かったから、キサ義姉さまをマシュエ卿の元に行かせたの。だからむしろこれは、わたしが仕組んだも同然なの」


 え? あの……えっ?


「謝らなければならないのは、わたしの方……。ごめんなさい。キサ義姉さま。本当にごめんなさい……!」


 ま、ま、まっ……


「待ってレンカ」

「でも、これでようやくキサ義姉さまを解放できます」

「……ふぇ?」


 解、放……? ようやく……?


「侯爵位を召し上げられても財産まで失うわけではありませんから、わたしは平気ですわ。キサ義姉さま。メリケオ領の新たな領主にはお兄さまを任命していただきます。あとのことは万事お兄さまに任せておけば大丈夫です。ですから、キサ義姉さまは安心して心行くままに暮らしてください」

「そ、そーなの……?」

「ええ! ねえ、お兄さま?」

「……ああ」

「ほぉら!」


 レンカリオが一点の曇りもなくニコニコ笑うので、なんだかそんなような気がしてきた。

 レンカリオは平気。

 トゥマ様はメリケオ領の新しい領主となる。

 つまり、義姉弟妹きょうだい三人でまた仲良く暮らせるということ?

 それって……それって……なんて幸せなことなのかしら!

 私はまたレンカリオとトゥマ様のお世話がしたい。

 トゥマ様とトゥマ様の奥様の間に生まれる赤ちゃんのお世話もしたい。

 私はもうお嫁に行けなくてもいい。

 レンカリオは……、お嫁に行ってもできればそばにいてもらいたい。

 ずっと、ずっとずっと……そばにいたい。


「キサ義姉さま」


 不意に、レンカリオが手を伸ばしてきた。

 静かな微笑みを私に向けて、そっと頬へ触れようとする。

 私は喜んでそれを待った。

 しかし、その指先は頬に触れることなく遠ざかっていった。


「どうか幸せに……そして、どうぞ幸せになってくださいね」


 どうか幸せに――

 どうぞ幸せに――

 二つの言葉の意味の違いが、その時の私にはよくわからなかった。

 けれど。



 ――義妹いもうとはどうやら、義姉わたしを大事に思っているらしい。



 それだけはよくわかったから。


「ありがとう、レンカ」


 二つの言葉の意味の違いがわかる頃にはもう、レンカリオはその身を呪いに捧げていた。

 結局、義姉弟妹きょうだい三人が仲良く暮らせる日は訪れなかった――。




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