75 樹海に咲く花
前回のあらすじ
樹海でヤクザに捕まり
無理やり事務所へ連れて行かれる
一般人、山田。
「私は騎士団第二隊隊長、ゼッセル伯爵。この様に突然訪問した事をお許しください」
多くの騎士達と共に傭兵の仮拠点に押しかけたゼッセルは、警戒を露わにする女傭兵達を認めると、柔和な表情と共に紳士的口上を述べた。
正確に伯爵家三男だが、さも当然の様に爵位を名乗る彼の前に、女性たちの中から一人の美女が進み出て来る。
「これは騎士様、このような不便な場所へ一体どのようなご用向きでしょ」
「なに、樹海の偵察にでもと出向いたのですが・・・まさか貴方の様な可憐な方が傭兵の中にいらっしゃるとは。よろしければ是非お名前を聞かせて頂きたい」
「・・・バラフィと申します、以後お見知りおきのほどを」
「バラフィ・・・なんとも素晴らしい響きですな、美しい貴方を体現するに相応しい・・・どうでしょう、これも何かの縁、少しばかり私にお時間を割いて頂けると有難いのですが」
そう言ってバラフィに近寄ったゼッセルは、その手を取るとそっと自らの胸元へ引き寄せる。
「あぁ、今まで数多くの女性を見てまいりましたが、これ程い魅力的な女性にはお会いした事は未だかつてありません。分かりますか、この私の瞳が今や貴方一人に釘付けですよ」
「・・・・・・光栄ですわ伯爵閣下」
「伯爵閣下などと堅苦しい・・・どうぞゼッセルとお呼びください」
ゼッセルは更に一歩足を進めると、その腰に手を回し彼女の身を強引に引き寄せる。
「如何です、二人っきりで少し森の散策などは。余人の及ばぬ静かな場所なら、私達の中もより親密になれるのではないでしょうか」
「お戯れを・・・」
抵抗の弱い彼女に気を良くしたゼッセルは、腰から手を滑り落とすと、嫋やかな曲線を描く彼女の尻へと指を這わせる。
「貴方さえ良ければ、貴種としてそれなりの立場を用意いたしましょう。当然こんな泥臭い仕事などせずとも生活できるだけの支援もね」
「・・・伯爵閣下に於かれましては、少々お遊びが過ぎます様で。余り軽々しい様ではご家名が泣きましょう」
「おぉ軽々しい等ととんでもない、私がこれ程に恋焦がれたのは貴方が初めて。まぁこのような幸運、直ぐには信じられないのでしょう・・・不安に思うのは当然です」
空いた手でバラフィの顎を掬い上げると、その艶やかな唇を親指の腹で優しくなぞる。
その唇の柔らかな感触に満足すると、覆いかぶさるように顔を近づけ、息が触れ合う程の至近で甘く囁く。
「大丈夫、私を信じて貴方の全てを委ねなさい。夢の様なひと時と華々しい未来を約束して差し上げましょう」
そのまま柔和に微笑むと、そっと目を閉じ、甘い蜜を求めて唇を落とした。
が、予想に反し唇に返るは冷たく硬い感触。目を開いた男が見たのは、皮手袋に覆われた女の手の甲だった。
「・・・なんのつもりです」
「光栄なお話ですが私には過ぎたお誘いかと存じます。騎士様にはその身に応じ、相応しい方がいらっしゃるかと。どうか他をお当たり下さいますよう・・・私達以外の別の誰かを」
丁寧な物言いながらバラフィから感じる、明らかな拒絶と軽蔑の声色に、ゼッセルの額に皺が寄る。
「・・・傭兵の分際で私に意見する積りか」
「まさか、わたくしは只、物の通りを説いたに過ぎません。騎士様は聊か色事に現を抜かし過ぎかと存じます」
「なんだと! 私を誰だと思っているのだ!」
グイっとバラフィの胸倉を掴み上げると、ゼッセルは仮面を脱ぎ捨て怒りの表情を露わにした。
「人が折角、紳士的に接してやればつけ上がりやがって! 立場の違いを弁えろ、女!」
「ではまず紳士の意味を理解してから接して頂きたいものですわ」
「き、貴様ぁ!」
真っ赤に激昂し、湧き上がったその怒りは、容易く臨界を越える。
拳を握り込んだゼッセルが腕を振り上げ、暴力的な行動へと至ろうとしたその瞬間、背後から伸びたカラレイドの腕がその拳を止めた。
「落ち着けゼッセル、傭兵相手に気取るからこうなるんだ。少し下がって頭を冷やせ」
「カラレイド・・・ちっ、わかったよ」
「ここは任せておけ、こう言った折衝事は俺の仕事だ」
忌々し気な舌打ちを残し、身を引いたゼッセルと入れ替わり、カラレイドは拗れた関係を修復せんとバラフィとの会話を引き継いだ。
「悪かったな、小難しい話で要領を得なかったであろう。要はお前達を一晩買い入れたいと言うだけの話しよ。全員で如何程になる?」
「・・・今なんと」
「お前達の値段を聞いておるのだ。女だてらに傭兵何ぞやっている身だ、どうせ花売りの真似事も慣れたものだろう」
ごく自然に身体の値段を聞いて来るカラレイド、その声と表情が友好的ある事がより一層、バラフィの中の不快感を駆り立てた。
「・・・ホント最低ね」
小さく響いたその声には、今日一番の怒りの感情が込められている。
―――関係はより拗れた。
一方のカラレイドは不機嫌な表情のバラフィのその言葉に、訳が分からないと首を捻る。
「ふむ、今までも程度に低い傭兵相手に、尻でも振って媚びを売って来たのだろ? 今更身綺麗な淑女の振舞でもあるまい」
「否定はしませんが、私共とて媚びを売る相手くらい選びたいと思いますので」
「我らではお眼鏡に叶わぬかな? 相手をしてくれれば、金貨を出してやっても良いのだが」
「ならばその金貨で娼館にでも向かわれますよう」
「出来ればそうしたいが何分任務中でな、暫くは此処を動けぬ身だ、現地で発散させてやるしかないのだが・・・・・・一体何をそうまで嫌がる、騎士団の不興を買っては其方も生き難かろうに」
騎士は怖い生き物だとでも教わったか?そう呟き首を傾げる様子に、本気で呆れたバラフィは深い溜息を零した。
「その程度も理解出来ない以上、どのような説明をしても無意味でしょう・・・どうぞお引き取りのほどを」
見えないスカートを摘み、優雅に頭を垂れる彼女に対し、カラレイドは小さく肩を竦めると、胸に手を当て小さく腰を落とす。
「お邪魔をしたようですな、レディ。依頼の成功を祈っております」
慇懃に礼を返したカラレイドは、金と権力に靡かない華に見切りを付けると、新たな花壇を求めて踵を返した。
「帰るぞ、これ以上は時間の無駄だ」
女など代わりは幾らでもいる。元々傭兵を相手にする事に乗り気ではなかった彼は、アッサリと気持ちを切り替えた。
しかし収まりが付かないゼッセルは、そんな言葉に食ってかかる。
「ふざけろ! 女如きにここまで好き勝手言われて引き下がる気か! 男として恥ずかしくねーのかよ!」
「・・・その恥を、お前にこれ以上かかせない為だと分からないのか」
「・・・お仲間の配慮を無駄にしたくなければ、貴方はもう喋らない方が良いわよ」
二人の蔑む様な視線を受け、ぎりりとゼッセルの歯が鳴いた。
「うぜぇ、薄汚い売女が偉そうに! 身分の違いを教えてやるぜ!」
遂に我慢出来ぬと剣の柄に手を掛けるが、すかさずカラレイドがその腕を押さえ付ける。
「やめないか! こんな下らん事で軽々しき剣など握るな」
「アイツは騎士を愚弄したんだぞ! 切られて当然じゃねーか! 俺は、俺様は伯爵家の人間なんだぞ! なのに!」
激情のままに叫び、殺意を隠しもしないゼッセルだが、対するバラフィの視線はあくまでも冷ややかだった。
「・・・ギルドの依頼を受けた傭兵を切ろうだなんて正気を疑うわね、領主様からの任務を妨害するつもりなの? 後でどうなるか分かってるのかしら」
「そっちこそ騎士団に反抗してどうなるか分かってんのか! お前ら全員罪人にする事も出来んだぞ!」
「どうぞお好きに。でもCランクを裁こうって言うのならギルドも黙ってないわ、ウチのハゲに腹の中まで探られたいなら勝手にしなさい」
「知った事かっこっちは騎士団だぞ!貴族なんだぞ! Cランクだろうがギルドだろが敵じゃねーんだよ!」
そう激昂し大声で怒鳴り散らすゼッセル、持ちうる権限を笠にバラフィを押し潰そうと気炎を上げる。
だが、周りでやり取りを見守って居た騎士達は、どうにも及び腰であった。
「おい、ちょっと不味いんじゃないのか。ギルドが出て来ると役人共も無下には出来ないぜ」
「確かに。そもそもCランクの確保は、侯爵様も意向でもあるしな・・・それを損失させるってのは・・・」
「ゼッセル隊長、少し落ち着いて下さい。流石にこの任務中に傭兵と揉めるのは不味いですよ」
「ぐ、おまえらぁぁぁ」
ゼッセルが全然ヤル気が無い部下達との温度差に歯噛みして居ると、その肩にズッシリと重いカラレイドの手か掛けられる。
「いい加減にしろ、今日はもう帰るぞ!」
「しかし・・・」
「反論は許さん、今夜一晩はゆっくり頭を冷やせ。いいな、これは隊長権限に基づく命令だ」
「ぐ、ぐぐぐ・・・わかったよ」
怒りに歯を噛み鳴らせていたゼッセルが、不承不承ながら剣から手を離すと、カラレイドはバラフィへと向き直る。
「騒がせて済まなかった、お互い今日の事は忘れてしまうのが賢明だと思うのだが?」
「此方としてもそうして頂けると、有難く存じます。遺恨を残さず今後関わる事が無ければ、この話が表に出る事は決してないでしょう」
そのバラフィの言葉に重々しく頷きを返すと、カラレイドはゼッセルの肩を強引に押しやり帰途に就く。
「さぁ帰るぞ」
半ば連行される様に促されたゼッセルは、カラレイドに押されるままに歩き出した。
しかし素直に歩を進めたと思ったのも束の間、俯き表情の見えないゼッセルの足がピタリと止まる。
「――――――ねぇぜ」
「ん、なんだ?」
「―――納得いかねぇぜ! やっぱよぉぉぉぉ!」
バチン!
ゼッセルのその叫びと共に、肩を押さえて居たカラレイドの手が雷光と共に弾かれる。
「ぐっ」
痺れる腕を押さえ怯んだ彼の直ぐ脇を、牙を剝き出しにした獣が駆けると、一輪の華を目掛けて飛び掛かった。
「このあばずれがー!」
事が済んだと気の抜けた一瞬を突かれたバラフィの対応は遅れた。
腰の短剣で身を守るより早く、ゼッセルが振り下ろした凶刃が空を走ると、目を見開く彼女を襲う。
「お姉様!」
だが一早く早くフローラの体がバラフィへ飛び付くと、襲い掛かる凶刃をその背中で受け止めた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
「フローラ!」
目の前で崩れ落ちる仲間の姿と、宙に舞う鮮血の滴。
咄嗟にフローラの身を抱き止めると、背中に回した手を通し、ぬるりとした血の感触が伝わって来る。
その瞬間、キッと目を吊り上げたバラフィは、激しい怒りの感情をゼッセルへと叩き付けた。
「よくもやってくれたわね! 燃え尽きなさい!」
彼女の叫びに応え紅蓮の炎が花咲いた。




