65 山田を取り合うCランク
前回のあらすじ
父怒る
娘泣く
父土下座
イメージ的にはそんな感じ
次の日、魔物調査初日は晴天の夜明けを迎えた。
雑種達は朝食後、総出で商品の増産に励み、二度寝を決め込もうとしたコリー達は、山田によって工房を追い出されている。
思いの外体調の良さそうな、シャジィル、ヒューバット達も己がメンバーを率いるべく出立し、山田も一人、ギルド長との打ち合わせの為、工房を後にした。
傭兵ギルドは今回の討伐に当たり、樹海近くに出張所を設置するらしく、ギルド長との打ち合わせもそこで行われる事になっている。
山田はそのギルド出張所を目指すべく、街の出入り口、街門を目指す。
「なんだ、やけに人が多く無いか?」
門前の広場に着くと、そこは何時もの様に大勢の商人や人足、そして何時も以上に多くの傭兵の集団が屯していた。
Cランクやその協力者、ギルドに雇われた二百程の傭兵達。更には何か美味い汁に有り付こうする、無関係の人々までもが其処に集まっているのだ。
そんな人々で溢れる広場で有ってさえ、不自然に人口密度の少ない一角が形成されている。
見ると、背後に職員を伴ったギルド長が妙齢の美女と立ち並び、相対する形で、背後に数人の騎士を引き連れた鎧のおっさんと、付き人らしき細長い中年男性が並んで立っていた。
それは背広を来たギルド関係者と、鎧を纏った騎士団の会見であり。
彼等の周囲には自然と空白地が生まれ、遠巻きにした周囲の人々の視線がその一団へと注がれていた。
「よう、ヤマダ。さっき振りだな」
何も知らない山田が何事かと眺めていると、軽薄そうな男が声を掛けて近づいて来る。
「お前もお偉方のお顔を拝みに来た口か」
「ヒューバット。お偉方ってあの人達の事知ってるのか?」
山田が視線の先で会見している、二組の団体に付いて尋ねると、ヒューバットからは呆れた様な視線が返される。
「なんだ知らないのかよ。あのウチのハゲと握手してる鎧のおっさんは、騎士団長のバルストーム子爵、でハゲの隣の美人は商業ギルド長のオステーナ女史だな。で騎士団長の隣の草臥れたおっさんは、誰だありゃ・・・あぁこの街の代官様じゃねーか、相変わらず影が薄いねぇ。四人の後ろに居んのは傭兵・商業両ギルドの幹部職員と、騎士団長の側仕えの騎士だろうな」
付き人かと思った一番しょぼくれた中年が代官、要はこの街の責任者で一番偉いのは意外だったが、更に偉い領主様が見当たらない事に山田は首を捻る。
「侯爵って人は居ないのか?」
「んー見あたらねーな。まぁ気軽に庶民に身を晒せる身分でも無し、人前に出てどうこうって歳でも無いだろうよ。で、ついでに教えとくと、あれは騎士団から両ギルドへ協力への謝意の表明。ってのは建前で、ああやって魔物討伐は騎士団が主導してますって、周囲に宣伝してんのさ」
「あぁ政治的演出って奴か」
偉い人がこんなゴミゴミした場所で打ち合わせとか、何気に不思議に思った山田だが、テレビ中継の無い世界ならそれも仕方ないと納得した。
(取り合えず、ハゲはいいとして、騎士団長と商業ギルド長は、初見の大物。顔と名前くらいは覚えたほうがいいか)
「あ、そう言えば代官様のお名前は?」
見た目がアレだから除外してしまったが、そういや代官の方が大物だったわと思い至り、ヒューバットへ問いかける。
しかしその問いに答える声は上がらず、彼は首を傾げ、暫し悩むと諦めた様に肩を竦めた。
「わりぃ思い出せねぇ。余りに影が薄すいもんだから、存在自体忘れちまってたからな。思い出したら教えるぜ」
悪びれた様子も無くそう述べられた言葉に「それは仕方ない」と山田も同意を示す。
実際騎士団長の傍に佇む代官は、そう思わされるだけの影の薄さを有していたのだった。
それから暫し、朗らかな様子で話し合う一団の観察をしていた山田だが、距離的に会話の内容が伺え無い上、この手の政治パフォーマンスに娯楽性など見出せない。
娯楽に飢えた民衆と違い、娯楽に肥えた山田はそうそうに飽きると、とっとと樹海を目指す事にした。
「お偉いさんの顔も覚えたし、そろそろ行くとするか。そっちも依頼がんばれよ」
「おっと、俺も一緒に行くぜ。どうせ目的地は一緒なんだ、男二人、ダラダラ歩いてこうじゃないか」
「なんだ、ガルガイム達は連れて行かないのか?」
「アイツ等は早朝に出発して向こうで段取ってるよ。俺はリーダーだからな、手続きやら調整やらで別行動が多いのよ」
「そう言えば俺も似たようなものか」
今現在、一人で出歩いている自分自身を振り返り、そう零した山田はヒューバットと二人、門へと向けた歩き出した。
連れ立って門を潜った二人だが、街道に沿って幾らも進まない内に、ヒューバットが山田の肩を叩き呼び止める。
「ほら見てみろよ」
そう視線で促す方向へ目を向けると、街道脇のやや離れた平地部に、整然と並ぶ三百程の騎士達の姿が伺えた。
「数はそう多くねーが今回の主役、トレトフ侯爵の騎士団だ。上司に倣ってここで民衆に宣伝中って所だな」
「あれがギルド長の言っていた奴か・・・」
陽光を弾き光輝く全身鎧、それぞれの傍らには軍装を纏った軍馬が控え、見事な隊列を組む彼等は、精強そうな雰囲気を周りへ放っている。
「見るからに強そうじゃないか、俺らって要らないんじゃないのか」
「そうでもねーんだわ。プライドの高い騎士様は、傭兵の真似事をして樹海で泥に塗れるお仕事なんて御出来にならねぇからな。俺ら卑しい傭兵が、気持ち良く戦える環境を整えてやらなきゃならねぇのよ」
「それだと騎士団は、任務の度に傭兵とかを雇ってるのか?」
「違う違う、普通は従者や近習の仕事だが、今回は両方居ない所為だろ。本来騎士団ってのは騎士一人に従者なんかが数人付いてるもんだが、平時にそんな金かけてらんねぇだろ。だから侯爵の護衛なんかで引き連れるときゃ、ああして騎士だけの少数精鋭の部隊が組まれる訳だ」
「騎士団って全員騎士だと思ってたな」
「それだと領主は何千何万もの騎士を召し抱える事になっちまう、騎士ってのは最下位だが一応爵位に相当するんだ、どんな大貴族でも破産しちまうぜ。普通千人の騎士団が居たとしても、騎士の割合なんて百か二百程度。つまり騎士ってのはそれだけ貴重で強力な駒ってこった」
「へぇ騎士って結構凄いんだな、良い装備持ってるだけじゃないんだな」
騎士と一般兵の違いを、金が有るか無いか程度に論じる山田に、ヒューバットは痛む米神を押さえた。
「たっくどんな基準で判断してんだよ。いいか、あそこに居る三百は全員が騎士だ。しかも態々護衛として引き連れてんだ、騎士の中でも精鋭揃いだろうぜ。当然全員貴族様だから、間違っても揉めるなよ」
「分かってるさ、騎士団に追いかけ回されるのはもう懲り懲りだからな」
「・・・・・・追いかけ回された事あんのかよ」
山田が過去を振り返り、あれは大変だったとしみじみ語り、ヒューバットはその非常識さに眉を顰めた。
難しい顔をした男二人、疲れたように溜息を零している空間に、華やいだ女性の美声が飛び込んで来る。
「気に入らない組み合わせね」
振り向くと、バラフィ、ローズの姉妹二人が、こちらも難しい顔つきで睨み付けていた。
「私達を差し置いて、他所のパーティーと妙な取引を結んではいないわよね?」
バラフィは山田とヒューバット、二人の間にずいっと割って入ると、山田に向い問い質す様な視線を投げかけて来る。
「依頼が終わるまで交渉はしないと言ったのは貴方よ、不義理な取引はしない事ね」
「しませんよ。どのみち物が無いんですから」
「そう・・・ならいいのだけれど」
じっとりとした眼差しで睨みつけた彼女だが、一応の納得を見たのか、その鋭い視線は山田を離れヒューバットへと向かう。
「何が目的かわ知らないけど、ケモール商会に何かする積りなら、ちょっと面倒な事になるわよ」
「なんだよ、こっちは世間話してただけだってのに随分な言い様だな」
これ見よがしに唇を歪め、皮肉気な笑みを張り付けるヒューバットだが、知らぬ間に出来た山田とバラフィ達の関わりに、内心で盛大な舌打ちを漏らしていた。
(こいつ等、ヤマダとどういう関係だ? シャジィルの様に取り込む腹か、はたまたヤマダの力を利用したいだけの輩か・・・どっちにしろ、立ち回りが面倒になって来やがったぜ)
胸中に苦々しい感情が生まれるが、その心情を探られぬよう平然とした表情でやり過ごしたヒューバットは、探りと牽制を絡めた無難な情報の収集に務める。
「俺はギルドからの提案通り、受け取る物資の相談をしていただけだぜ。そっちと違って腹黒い相談なんて無いんだがな」
「あら、私達も物資の話しに来ただけよ。腹黒いなんて酷い言いがかりだわ」
「態々リーダーであるアンタがこんな所で声を掛ける位なんだ、討伐関係以外にもねじ込みたい頼みが有るんだろ」
「それはそっちも同じでしょ、パーティーリーダーさん。随分話し込んで居た様だけど、貴方はどんな裏話をしていたのかしら」
「俺とヤマダの仲はちょっと特別なんでね、顔を合わせりゃ話し込んじまうのも仕方ねぇのよ」
「奇遇ね、私とヤマダも中々に深い関係なのよ。ねぇヤマダ商会長」
その言葉と共にバラフィの腕が動くと、音も無く離脱を計った山田の腕に絡みつき、その身柄を捉えた。
「ふふふ、昨日もこうしてお話をしたわよね。どう、これから少し時間は有るかしら、有るわよね。他所のパーティーと世間話なんてしてる位だもの、有るに決まってるわ」
逃がしはせんと腕を取り、強引に話を進めるバラフィを、山田は感情が死んだ表情で見つめる。
昨日の経験上、下手に逆らっても拘束する腕が一本から二本になるだけなので、色々面倒臭くなった彼は全ての抵抗を放棄した。
「はぁそうですね、バラフィさんがそう言うのなら有るんじゃないですかね」
無気力感溢れるその言葉ながらも、その内容に満足した彼女は上品な笑顔でヒューバットへと向き直る。
「と言う訳で、これから彼と大切な話があるの。そろそろ部外者にはご遠慮願えないかしら」
「は、イイご身分だねぇ女ってのは。体を使えば事を良い様に運べんだからな・・・Cランクになれた秘訣もそれって訳か」
「あら、女の特権ですもの活用しなくちゃ。悔しかったら貴方も女になってやればいいのよ。その矮小なモノをちょん切ればいいんだから簡単でしょ」
ヒューバットお得意の挑発も、嘲笑を浮かべたバラフィはあっさりといなして見せた。
山田の腕に柔らかそうな胸の弾力を、これ見よがしに押し付ける彼女を前に、ヒューバットは己の不利を悟る。
(俺も人の事は言えねぇが、ヤマダも男・・・やっぱいい女には弱いかい)
バラフィの色気に屈し、大人しい飼い猫と化した山田と、勝ち誇る笑みを浮かべるバラフィを見やり、これ以上の駆け引きは無理かと諦めかけたその時、光明は背後から訪れた。
「言ってくれるわね、あんたこそ裏事であくどく稼ぐならず者じゃない」
振り返ると不機嫌に顔を歪めたローズが、腕組みをして見上げていた。
姉と違いその難易度の低そうなその標的に、ヒューバットの口元には自然と笑みが広がった。
「別にキレイ事を言う積りは無いがよ、裏での依頼も一応傭兵の仕事の内なんだぜ。しかし男に擦り寄るってはどうよ? それが立派な傭兵って言えんのかねぇ」
「あんたに傭兵がどうのこうの言われたく無いわよ! 熟した依頼の実績も、ギルドからの評価もコッチが上じゃないの」
「だがヤマダからの評価はコッチが上らしい・・・昨日のケモール商会の会議に呼ばれてなかったもんな」
「なっどう言う事! なんで私達も呼ばなかったのよ!」
信じられないと山田を振り返るローズに、どうもこうもお前ら部外者やし、そう思うも空気を呼んで発言を控える山田。
そんな無言で置物と化した山田に見切りを付けると、ローズの視線がヒューバットを捕らえる。
「もうアンタはケモール商会へ行っちゃ駄目だからね!」
「おいおい、なんでそんな事言われ無きゃならねーんだよ。そっちと同じでこっちも色々とお願いしたい事があんのよ」
「こっちは約束が有るんだから、優先権は私達に有るの」
「そりゃ残念だったな、重要な要件は既に済ませちまったぜ・・・昨夜の内によ」
「なっ、昨夜って、アンタ達って夜に会ってるっての!」
「あぁ泊まり込んでの密会って奴よ、言ったろ俺とヤマダの仲は特別だってな」
山田へ意味深な視線を向けつつ、敢えて馬鹿にする様に、にやけた表情と声色でローズを挑発する。
お前らはどーよ? マウントを取り山田との協力関係を大袈裟に伝える、そう煽る事で沸点の低そうな彼女からの失言を誘う。
「・・・まぁ朝起きて物置に二人ってのは驚いたが」
ついつい、ぼそりと零された小さな呟きが語尾に続くが、これはガルガイムと二人して物置に放り込まれて居た事への小さな不満の表れで有った。
余計な愚痴が漏れ出たものの、ヒューバットの神経を逆なでする挑発的な発言と表情はいたくローズを激昂させたらしく、彼女は顔をカッと顔を赤くすると鋭い目つきでヒューバットを睨みつけた。
しかし予想に反し、睨み付ける視線は険しいものの、その怒りを堪えたへの字口からは、罵声の一つ飛びす事無く、ローズは無言を貫いた。
(感情に任せて怒鳴り散らすかと思ったが、どうにも怒らせ過ぎちまったか? こりゃどうやって煽ったもんかねぇ)
冷熱両極端ながら思い通りにならない二人の姉妹に、ヒューバットは手詰まりを感じると思案に暮れた。
ローズも、朱に染まり火照った頬もそのままに、湯だった頭で悶々とした思考を走らせていた。
(夜?! こいつ等、夜に密会してるっていうの! しかも物置に二人っきり?! これはもう・・・ガチじゃない!)
山田へ熱い視線を向けながら、二人の関係を熱弁するヒューバットに、内なる乙女回路が唸りを上げると脳内妄想がずんずこ捗る。
結局、あーんな事やこーんな事を夢想した彼女だが、考えを言葉にする事も憚られ、ワナワナとその小さな肩を震わせる事しか出来なかった。
一方バラフィは、怒りに震えながらも必死に己を自制する妹の姿に満足気な笑み浮かべた。
「余り妹を見くびらないで貰えるかしら、その程度の挑発でボロを出すほど単純ではないのよ」
「なんの事わかんねーが・・・まぁこれ以上は色々と無駄骨って事なんだろうな」
諦めた様に肩を竦めて見せるヒューバットに、バラフィの冷たい視線が刺さる。
「このまま下らない挑発を続けてもいいけど、逆上した私が思わず粗相をしてしまう気がするわ。その場合ギルドの判断は自己責任でしょうね」
「怖いねぇ、こりゃ焼かれる前に退散した方が良さそうだ。じゃーヤマダ、続きは今夜な」
「こ、今夜」
そんな続きなど微塵も無いが、牽制目的で語られたその言葉にローズの肩が大きく跳ねる。
当のヒューバットはその様子に気付く事も無く、三人に背を向けると足早にこの場を後にしたのだった。
一連の発言は、同じCランクで有る彼女達への牽制の意味合いが多く含まれている。
しかし、頬を朱に染めて去り行く背中と、山田の顔をチラチラ伺うローズがその真意をどう受け止めたかなど、余人の判断が及ばぬところであった。




