64 嫌われる事を恐れては父親になれぬぅ
前回のあらすじ
お酒の飲み過ぎには注意しましょう
と言う話だった筈
「あ、そう言えば客が来てたんだった」
今思い出したとばかりに声を上げたリースを見下ろし、山田は知ってるとばかりに頷いて見せる。
「あぁフォリィ達が接客した傭兵だろ。商品を受け取って問題無く帰ったって聞いたけど」
山田の脳裏には狐の姉妹が対応した、グラファイト達の事が思い浮かぶが、リースは首を振ってそれを否定した。
「違う、アレ」
アレと指差す方向に目を向けると、そこには窓際のテーブルで食事を取り、賑やかに揺れる沢山のケモ耳達。
特になんの変哲も無い、何時もの食事風景だと疑問に思ったその瞬間、ケモ耳達の中から「おかわり!」と皿を片手に天を突いたのは犬族の傭兵、コリーの姿であった。
「え、アイツなんでここで飯食ってんの?」
「昼間からずっといたよ? 八人全員」
「八人も居るのか・・・」
言われて良く見ると、確かにテーブルの一角を昼間見た犬尻尾の集団が占拠して居た。
リース曰く、山田がシャジィル達との会議中に来店したが、オヤツが出たから取り急ぎ一緒に食べ始めたとの事。
その後は自然に雑種達と後片付けをして、自然にみんなと一緒に作業を熟し、自然にテーブルに着いてご飯を食べ始めたらしい。
「ヤマダの客かと思って会議が終わったら言おう思ってたけど、なんか自然に馴染んだから、すっかり忘れてた」
「確かに全然違和感ないな、俺も言われ無きゃ気づかなかったぞ」
上がザルだと下もそうなるのか、コリー達八人の傭兵は今に至る迄、誰にも不審に思われる事無くケモール商会に居座っていたのだった。
正直昼間の件も有り、このまま放置しようかとも思ったが、流石に責任者としてそれはイカンと意を決し、山田はコリー達の下へ足を進めた。
「えーと、確かコリーさんでしたよね、こんな時間に何故ここに?」
「あ、お邪魔してます。なにって会議で言ってた支給品を貰ってるんだけど・・・ご飯の」
そう言って差し出された彼女の手には、フォークに突き刺さった大きな唐揚げが一つ。
最初は山田や商会に警戒心を持っていた彼女も、半日ほどの雑種達との生活ですっかり感化され、今では実に太々しく腰を落ち着けていた。
「あ、そうだ。明日樹海に持って行くから、これ箱一杯に詰めて欲しいの」
「・・・唐揚げの支給はしてませんよ」
「え、ご飯屋さんでしょ? なんで支給しないの?」
「支給するのは今回の依頼で必要となる物資だけですので」
「ならご飯も必要でしょ」
「任務中の食料の調達は、ギルドから現地でも配給が有ると言ってましたが」
「うん。でも街に居る間は出ないし、ここのご飯おいしいからヤマダが出してよ」
何気ない様子でサラリと出て来る無茶振りに、山田は引きつりそうになる口元を必死に抑える。
「ご飯が食べたいなら、食堂でもなんでも行けばいいですよ?」
「でも、ここのご飯食べた後だと、食堂じゃ満足出来そうもないんだよねー」
コリーが困った困ったと仲間達に視線を向けると、周囲の犬耳達も同意する様にウンウンと頷く。
「と言う訳で、今日から私達もここに住むから」
「・・・駄目ですよ」
にぱっと溢れんばかりの笑顔を浮かべたコリーに反し、山田の表情はこの上なく嫌そうに歪む。
行き成り飛躍した発想の暴論に、流石の日本人も体裁を保つ外面があっさりはじけ飛んでしまった。
「ウチは商店なんです、宿泊の提供なんてやってませんから」
「えーなんで。こんなに居るんだから、八人位増えても変わらないよ」
「そう言う問題でもないでしょ、ちゃんと自分の家へ帰ってください」
「お家なんて無いよ。あたし達ってCランクになって間もないから、資金面で余裕がないの。今もギルドの仮眠室を使わせて貰ってるし、打合せもギルドのロビーでしてるんだから」
何故か得意げにそう語るコリーを目にし、犬族の頭の軽さと押しの強さに、山田の胸中には辟易とした思いが広がって行く。
「仮眠室だって立派な寝床でしょう、お土産位は準備しますからお引き取り下さい」
もし嫌だと言っても酔っ払いをギルドへ運ぶついでに、目の前の犬コロ共もギルドへ連行する。
そう心に決めた山田だったが、コリーはその質問を聞くと、待ってましたとばかりに悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。
「残念でした~。依頼の所為で今日から職員が沢山泊まり込むんだって、だから私達は追い出されちゃったんだ~」
「なん、だと・・・」
それはつまり、産廃の如く迷惑な酔っ払い達の廃棄場所が、無くなった事も意味していた。
年頃の女の子達を保護する身の上としては、彼女達の寝床に男を泊める事には些かの抵抗がある。
「仕方ない、ヒューバット達は店舗の物置にでも放り込んどくか」
「あ、私達の事は気にしないでいいよ、みんなと一緒にその辺で寝るから」
しっれっとそう付け足すコリーだが、見返す山田の視線はどこまでも冷たい。
「あぁお前らは、これ食べたら出てって下さいよ」
「な! なんでそう意地悪するのよ、ただここに住みたいって言ってるだけなのにー」
「それが既にトチ狂ってんですがね」
「もぅヤマダがケチ臭いだけなのに、人の事を悪く言うなんて酷いなぁ」
「はいはいケチですケチです、だからとっとと帰れください」
「もう! だから意地悪はやめてって言ってるのに!」
「意地悪大好きなんですよ、だから帰れ」
「ぶー!、意地悪の言う事なんて聞かないからね!」
「か・え・れ」
「い・や・だ!」
結局、両者どちらも引かず、会話は平行線を辿りその終点を見失ったと思われた時、第三者が彼等を仲裁せんと現れた。
「ちょっと、二人とも落ち着いきなさい、食事中に騒々しいわよ」
我関せずと黙々とご飯を頬張っていたボルダナが、二人の間に割り込んで来たのだ。
「さっきから聞いてたけど、どっちもどっちじゃない。大人なんだからお互い節度ってもんを持ちなさいよ」
「なによー。じゃーボルダナに何かいい考えでも有るの」
「そうね・・・ここは間を取って、私達はここには住まない。でも食事と休憩だけはして良いことにしましょう。一日中無制限で」
―――第三者の仲裁では無く、単純に敵の増援だった。
言葉を変えただけで、完全に要望がまかり通る提案にコリーは笑顔で山田へ向き直る。
「それならどっちらにとっても損は無いね! そうしようよヤマダ!」
「どう考えても、こっちが丸損だろ。商会の内部に軽々しく部外者を入れられないんだよ。ラネットからも何とか言ってやってくれ」
名案だと飛び付くコリーを一蹴すると、山田も負けじと援軍を要請する。
呼ばれたラネットは心得たとばかりに頷くと、毅然とした表情でコリー達の前へと進み出た。
「ここで生活するなら、きちんと決まり事を守って、みんなと仲良くする事。あと色々とお手伝いもして貰いますからね」
「うん、わかった」
コリー即諾。―――増援を呼んだら敵軍だった。
笑顔で尻尾を揺らすコリーを認め、ラネットは「どやぁ」とばかりにイイ笑顔を山田へ向けて来る。
「安心して下さい、これで万事解決です」
そう告げるラネットに悪気は無い、単に山田の希望を読み違えただけ。二人の意思のすれ違いが生んだ、ちょっとした悲劇である。
受け入れたらダメでしょ。
そう言いかけた言葉が、お役に立てたと嬉しそうに微笑むラネットの笑顔に圧し止められる。
彼女の気持ちを傷つける位なら、もうOKでいいんじゃなかろうか?。
罪悪感に負けたヘタレな部分がそう告げるが、ここで引いたら保護者としてどうだろう、何時までの甘い顔ばかりでは教育上もよろしく無い気がする。
そう思い直した山田は、子供を叱れる立派な大人を目指し、心を鬼にしグッと堪えて踏みとどまった。
「い、色々問題もあるから、ここで生活して貰うのは、ちょっと難しいんじゃないかな・・・」
初っ端から既に、山田声は弱腰だった。
「そうですか・・・」
その言葉にラネットの顔が曇る。
悲哀に染まる彼女の表情は、他を圧倒する山田の能力値を容易く突破すると、罪悪感の鞭でその身をビシバシしばく。
「ヤマダさんがそう言うなら、仕方ないですね・・・」
「あぁ・・・そう、だな・・・だからその・・・」
しょんぼりするラネットと同じく、諭す山田の表情もすこぶる悪い。
だが強いオヤジになるため山田は耐えた。心の鬼を総動員し、ここが踏ん張り処と己の意思を貫いた。
「・・・だから、彼女達の受け入れは出来ない」
絞り出すように言い放った言葉を最後に、二人は重苦しい沈黙に包まれた。
コリーの背後から、項垂れる山田とラネットの様子を眺めていたボルダナ。その眉が小さく顰められていく。
「ちっしぶといわね」
人知れず、ポツリと呟いた彼女は親指の爪をギリリと噛み締める。
あのまま済し崩し的に決まるかと思った攻勢だが、敵軍は辛うじて持ちこたえてしまった。
どうしてくれようと頭を捻るが、狼狽える山田のヘタレを具合を読み取った彼女の瞳が、きゅぴーんと光を放つ。
「あぁんラネットお姉ちゃん、私ここでお泊りしたいぃぃ」
そうワザとらしくボルダナが腰に縋りつくと、潤んで瞳でラネットを見上げる。
「折角みんなと仲良くなれたのにぃ、もうお別れ何て嫌だよぅ。もっとみんなとお話ししてたいのぉぉ」
「え、あ・・・ボルダナ」
突然始まったその懇願に、ラネットが目を白黒させていると、その背中に空気を呼んだコリーが縋りついた。
「アーワタツィモオトマリシタイー」
「あ、あう、そんな事言われても」
二人の犬にサンドイッチされた兎は、オロオロと二人へ視線を彷徨わせ狼狽える。
そこへ「ワタシモワタシモー」と残った六犬が尻尾と振って群がって来る。
哀しそうな表情で見下ろしていた彼女だが、とうとうその腕が縋りつく彼女達を抱き返す様に回されると、母性の塊ラネットは困った様な上目遣いを山田へと向けた。
「あのヤマダさん・・・」
「う・・・」
ラネットから縋る様な視線を向けられた山田の口から、良く分からない呻きが漏れ、心の中の鬼達が次々と戦死していく。
なんだかお腹まで痛くなって来た気がした山田の視線は、逃げる様に方々を彷徨った。
その揺れる視界の中、きゅーんと困った表情で一連のやり取りを見守っている雑種達に気付く。
団体行動大好き、離して置いても自然とくっつく雑種達。
彼女達は半日ほど共に生活したコリー達に対し、既に同族意識が形成されつつあった。
雑種は実にチョロい生き物なので、一緒にご飯を食べると大抵懐く。
そんな彼女達の哀し気な表情を目の当たりにした山田は、本格的にお腹が、その奥にある形の無い何かが、キュウキュウと痛み出した。
(い、いかん。罪悪感で死にそうだ・・・もう無理なんだが)
結局、心の鬼は瞬く間に死に絶え、彼の豆腐メンタルがあっさり崩壊すると、山田の心が白旗を上げた。
ヘタレの短くも無駄な抵抗は此処に潰えたのだ。
「よ、よく考えたらギルドへの貢献の面でも、業績拡大の面でも、これはお得な案件かも知れないな、うん」
「それじゃ!」
「あ、あぁ、滞在費を請求してギルドが承認したら、依頼の間くらいは宿泊させてもいい、かな。」
クルリと意見を変えた山田の言葉に、周囲には安堵と笑顔が広がって行く。
コリー達も両手を突き上げ飛び跳ねると、きゃっきゃきゃっきゃと手に手を取り合い喜び合った。
「よっしゃ!今日は私の奢りよ、みんな好きなだけ食べなさい!」
遂にはテーブルへ飛び乗ったボルダナが、腕を突き上げてそう宣言すると、雑種達の歓声がその後に続く。
何時も食えるだけ食ってる雑種達だが、常に無い催しにテンションを上げた結果、常に無い戦果を目指して卓上の獲物へと襲い掛かったのだった。
騒乱の夕食も無事終わり、大部分が寝静まるケモール工房内。
結局何時より食べた過ぎた雑種達は、膨れたお腹を苦しそうに抱えながら、今日もぐっすり夢の国へと旅立っている。
そこかしこで毛布に包まり、スヤスヤ寝息をたてる彼女達に混ざり、だらしない寝顔を晒し惰眠を貪る八人の犬耳の傭兵達。
寝ぼけたウルカに犬耳をハムハムされ、むず痒い表情で眠るボルダナの隣では、フォリィを拘束しその狐尻尾を涎だらけにするコリーの姿が見える。
八人の様相は様々だが、まるで自分の家の様に遠慮ない寛ぎっぷりだけは共通していた。
「・・・こいつ等、完全に馴染みやがったな」
「きっとここの生活は彼女達に合ってるんですね、元々群れる習性が強かったんでしょう」
彼女達を半眼で見下ろす山田に比べ、ラネット視線は何処までも優し気だ。
新入りの筈の八人だが、食事の後はまるで何時もやっている様に雑種達とくっちゃべり、わいわいと娯楽を楽しみ、そのうち眠くなると一緒くたになって雑魚寝を始めた。
まるでずっと此処で生活していたかの様な自然体に、山田の脳裏に彼女達への呆れと一抹の不安が過る。
「まさか、このまま居付いたりしないよな・・・」
「あーどうでしょう。でもここを気に入ってくれたら、依頼の後も住みたいって言ってくれるかもしれませんね」
「・・・」
嬉しそうなラネットを横目に、山田はコリー達の退去勧告は、次は彼女の居ない場所で行う事を決める。
(色々ひっかき回せれる未来しか思い浮かばないんだが・・・絶対永住だけは阻止しなくては)
心にそう誓う山田だったが、例え邪魔が無くとも、悲しむ犬耳を前に何処までその意思を貫けるかは、また別の問題なのであった。




