↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/116

61 士気管理は食事が基本

前回のあらすじ


八人の凄腕エージェントが

商会へ侵入に成功しましたが?

 日も傾く夕暮れ時。


 樹海組も帰還を果たし、工房内に沢山並ぶテーブルには、二百人以上の雑種達が思い思いに腰を下ろして居る。


 辺りには美味しそうな香りと、彼女達の美しい笑い声が満ちていた。




「がはははははっ―――つー訳で、あんましつこいんで熊爆弾使ってやったぜ」


 タイアーはそう言って、ご飯を差し出すラネットに向かい、得意げに胸を張っては声を上げて笑って見せた。


 樹海にて魔物にコテンパンにされた彼女だが、肉を担いで無事帰宅後は、こうして皆で食卓を囲んで居いた。


 雑種達は帰還後、しばらくは魔物に対しぷりぷり憤懣を示していたのだが、山田からの労いと美味しいご飯を前に、今ではすっかり上機嫌である。



「いやー死ぬ程走ったから飯が上手いぜ」


「でも貴方達が逃げ帰るなんて、よっぽど強い魔獣だったの?」


「ん~、くっそ硬てー魔獣だったけど、鈍くさい奴だったからなぁ。まぁ逃げるだけなら全然問題無かったぜ」


 そうガツガツ肉を頬張る姿に、ラネットは首を傾げ頭上のうさ耳をフルンと揺らす。


「じゃーなんで熊爆弾なんて使ったの? あれって臭いし目がショボショボするからって、みんな嫌いだって言ってたでしょ?」



 熊爆弾――― かつての最終秘密兵器、髑髏印のクマスプレーを再現しようとした山田の妥協の産物。


 本来のクマスプレーはガス缶の密閉やノズル等々、余りにも製作が難しすぎたので難航。


 それでも色々妥協を繰り返し、苦労の末に出来上がったのは、辛味成分の粉末を大量に詰め込んだ爆竹のお化けだった。


 この熊爆弾、刺激物の粉末を広範囲に散布するのだが、互換の鋭い雑種達にはすこぶる評判が悪い。


 そもそも群れで狩りをする彼女達に、この手の目潰し系は相性がよろしくない。


 使うのはそれこそ、止むを得ない非常事態のみとなっているのだった。



 そんな背景を鑑み、ラネットはそう疑問を呈したのだが、タイアーの口からは何の回答も飛び出す気配が見られない。


 薄っすら冷や汗すら滲ませると、さっきまでの饒舌さは成りを潜め、肉に齧り付いたまま、モグモグと咀嚼を繰り返すのみだった。


 不自然な無言を貫くタイアーの姿に、ラネットの視線には疑惑の色が混ざり始める。


「そう言えば、そんな状況で良く沢山のお肉なんて持って帰れたわね」


「・・・・・・」


「もしかして、お肉取りに戻ったりした?」


「・・・・・・」


「そう、お肉の為に余計な危険を冒したのね」


 目付きを鋭くしたラネットの声に、食事を取るタイアーの手が止まり、額から流れた一筋の汗が鼻筋を伝い顎先から流れ落ちる。


 遂には視線をあらぬ方向へ逸らし始めた虎の子に対し、兎のお姉さんは眉根を寄せると、自分より大きな幼子の耳をぎゅっと摘まみ上げた。


「ちょっとタイアー! ちゃんとこっちを向きなさい!」


「あだだだ、耳、耳引っ張んなって!」


 身体だけ大きくなった子供は、いまだ頭が上がらない保護者に怒られ、ひんひん悲鳴を上げる。


「うぷふっ」


「うけるんだが」


 その情けない姿に同じテーブルの雑種から失笑が漏れると、ラネットの頭がギュルンと巡り、そんな彼女達の視線とガッチリと絡み合う。


「貴方達も同罪よ」


 そう冷たい視線で射すくめられ、シープア含め周りの共犯者達は、ばつが悪そうに顔をそむける。


「うひゃぁ・・・」


「ヤバいんだが」


 物理的な力は兎も角、精神的な力関係では狩組百人を圧倒する兎のお姉さんの怒気に気圧され、彼女達は全員冷や汗を流し顔を顰める。


 戦闘力が幾ら跳ね上がろうと、面倒を見て貰った思慕の念が消える事など無く。彼女達の中のラネットお母さん像は、未だにその絶大な権力を保持したままなのであった。





 大きな子供が親の雷に討たれる光景を他所に、離れたテーブルでは大きな大人達が豪勢な夕食を楽しんでいた。


「やっぱここの飯はうめぇな」


「あぁ、不思議な味わいだが実に美味い」


 打合せも終わり飯でも食ってけとなったヒューバットとガルガイムの二人。


 当初は拒否る姿勢を堅持していた彼等だが、シャジィルの強引なお誘いに屈し、渋々山田達と共にテーブルを囲む事になる。


 しかし出て来た食事と酒を胃に流し込むと、あっと言う間にご機嫌となり、今では何の遠慮も無く飲み食いに勤しんでいるのだった。



「つかガルガイム、お前はもう帰っても良いんだぞ、元々来たくなかったんだろ」


「なに構わんさ、うちの大事なリーダーを一人、置いてはおけないからな」


「良く言うぜまったく」


 調子の良い相方の言葉に小さく嘆息を返し、ヒューバットは手にした酒を押し流す。


「ぷはぁ、ほんとうまい酒だぜ」


「あぁ、喉を焼くこの強さが実にいい」


 アルコールの余韻を楽しんだガルガイムは、顔色を伺う様に山田へ視線を向ける。


「あーヤマダ、やはりこの酒は売りに出す気は・・・無いのか?」


「無いな。そもそもこれは調理用に作ったんだぞ、それをシャジィルが、止めろ止めろと騒ぎ出すから」


 ガルガイムの強請る様な意見をピシャリと打ち切り、山田は攻める様な視線をシャジィルへ送る。


「アンタが食狂いなのは仕方ないとして、流石にコレだけの酒を味付けだけに使うってのは見過ごせないからね。それに結局は大半を料理に使っちまったじゃないか」


「おいおいヤマダァ、なんて勿体ねぇ真似してんだよ。料理に混ぜ込むくらいなら、商品として売り出した方がいいって」


「止めなよヒューバット、もし売りにだされたら金貨が動くような値段が付いちまうよ」


「はぁ、嘘だろ」


「金貨、だと・・・」


 ヒューバットとガルガイムが信じられないと目を見開く中、シャジィルは手にした杯を掲げる。


「こいつは品質が良い上に希少性が高い。製法が知れ渡り相応に出回らない限り、当面は貴族が競う様に買い漁ってちまう。当然支払いはそれなりの額・・・積み上げられた金貨になるだろうね」


「まじかよ、そんな事になったら俺らが食い込む隙なんてねーぞ」


「それは・・・とても良くない」


 ヒューバットとガルガイムの表情が目に見えて曇る。


 貴族達に混ざって競り合い何て勝てる気がしない、なにより勝ったら不味い。


 仮に知り合いの伝手で内々に回して貰っても、金貨払いとか敷居が高すぎる事この上ない話だった。



 そんな落ち込む二人に反し、シャジィルの顔には何処か楽し気な表情が浮かんでいる。


「で、この話を聞いてどうだい? もし貴族相手に荒稼ぎがしたいなら手を貸すよ」


 そう探る様な視線を向ける先には、眉根を寄せた嫌そうな顔の山田が見えた。


「お断りなんだが。貴族相手とかイヤすぎるんだが」


「くくく、アンタならそう言うと思ったよ」


 容易く大商いを袖にする山田に、シャジィルが愉快そうに笑いを上げると、追従する様にガルガイムが頷く。


「樹海での成果を殆ど換金せずに、飯や素材に費やしてるようだしな。金には興味が無いのではないか」


「そんな訳ないだろ、必要な経費と面倒事を差っ引いたら、こんな感じになってるだけだよ」


「面倒事は兎も角、必要な、経費だと・・・」


 ガルガイムは難しい顔で周囲へ視線を走らせる。



 乱雑に置かれた高級素材、実験と称して勿体なくも砕かれた鹿角の傍には、薬品にすれば高値が付く希少な薬草が、細かく刻まれ調味料へと加工されている。


 美味しそうな色だと齧られた鉱石や魔石が涎に濡れて、じゃらじゃら余ったお小遣いの銅貨や銀貨が、無造作に突っ込まれたおもちゃ箱。


 更には豪勢な食事を際限なく貪る二百人にも及ぶ従業員達、その食費といったらCランクである自分達でも、容易く破産出来るだけの金額になる事は想像に難くない。



「・・・・・・」


 難しい顔を更に難しく顰めながら、必要な経費?について思いを馳せる彼の肩を、ぽんと優しく相方が叩く。


「止めとけよ。余計は事は考えるな・・・ヤマダを理解しようなんざ、こっちの頭までどうにかなっちまう」


「ヒューバット・・・そうか、そうだな」


 その言葉に肩の力を抜いたガルガイム。彼は憑き物の落ちたような表情で酒を呷る。


「美味い。・・・ヤマダはいい酒を造る、それが全て、か」


「あぁ、ヤマダへの理解はそれでいい、それだけでいい。・・・十分すぎる位だ」


 しみじみと語り合う二人。最後にお互いに酒を注ぎ合うと、ちらりと山田へと生暖かい視線を向け小さく杯を掲げると、二人して酒を飲み干す。


 後には晴れ晴れとした顔で笑い合う、二人の爽やか笑顔がそこにあった。



「・・・なんだか非常に不愉快なんだが?」


「ははっははは! 気にするんじゃないよ、あれこそが正しい反応さね! うはははっはは!」


 ヒューバットとガルガイム、何処かムカつく視線を向けてくる二人に対し山田が不満げに呟くと、シャジィルは一人、ツボにはまって爆笑のままに山田の肩をバシバシと叩く。


「ひっひっひっ、あーおもろい。二人とも中々面白いネタ持ってるじゃ無いか。くくく、他のネタも見せとくれよ」


「持ちネタなど無い。ちょっとヤマダの思想に戸惑っただけだ」


「まぁ、ちょっとだけふざけた部分もあったかも知んねーが、酒の席だ、さっぱりと水に流してくれや」


 ジト目を向ける山田に、わりーわりーと全然悪びれない様子で片手を振るヒューバット。


 未だ小さく笑うシャジィルに叩かれ続ける山田を肴に、彼は目の前に残された料理への攻略を再開した。



「しっかし、食いもんにどんだけ金を掛ける積りなんだか」


 高価な大鹿の肉やふんだん使われた香辛料、更には各種のソースに手の込んだ料理の数々。


 ギルドへ卸せば大金に化ける品々を、惜しげも無く台所に注ぎ込み、二百人の雑種達へとそれを分け与えているのだ。


 やはり山田の頭はどこかおかしい。そう思いつつも、その辺りはそっと胸の中にしまい込む。


「多分、領主様よりいいもん食ってるんだろうなぁ」


 べっとりと白いソースを絡めた唐揚げを頬張り、だらしなく口元を弛緩させる。


「あぁやべぇな。こんな贅沢なもん食ってるって領主にバレて見ろ、俺ら反逆罪か不敬罪で捕まっちまうぞ」


 そんなヒューバットの冗談めいた言葉に、山田は軽く肩を竦めて見せる。


「別に俺が拘ってる訳じゃない、うちの子がドンドン手を加えて豪勢にしてくんだよ」


 だから仕方ない。そう言いたげに告げると、こんがり揚がったイモのフライに真っ赤なソースを付け、美味しそうにパクパクと頬張る。


「だから料理に関して、俺の責任は極めて小さいと言えるな」



 俺は悪くない悪くない。そう唱える山田へ、シャジィルの訝しむ様な視線が刺さる。


「でも調理法の出所はアンタだろ、色んな料理を教えてるそうじゃ無いかい。それこそ聞いた事も無いような知識や調理法も合わせてね・・・どこで見知って来たか知らないが、随分と博識なもんだよ」


 熟成ハムの塊をナイフで小さく切り分けると、フォークに突き刺し目の前に掲げる。


「コイツだって一見塩漬けに見えるが、その実、味の深みが全然違う」


 はむっと口に含むと、その辺の保存食とは一線を画す味わいが、噛むほどに口内へと広がって行く。


「しかも料理だけじゃなく学問まで得意なんだろ、ここの子全員にも算術を教えてるそうじゃないか。酒や薬もそうだが、もしかして軍事や政治にも詳しいんじゃないのかい?」


 次第に表情を消しながら、何処か問い詰める雰囲気さえ纏ったシャジィルの声が続く。


「知識、発想、思想。アンタのやることなす事、その全部が異質で異様。だが結果的に大きな成果を叩き出している、まるで長い時を掛けて研磨した技術を模範してる様じゃないか」


 してます。その一言が言えない山田は、黙って目の前の視線を跳ね返す。



 結局の所、自分という存在は異端。


 この異世界で身を守る為には、絶対的な警戒と用心が必要不可欠。自分の身は自分で守る。


 その為に守るべき秘密がある事を、山田はシッカリと心で理解していた。


 故に気心が知れたシャジィル相手であっても、己の確信に触れる行為を許す訳にはいかなかった。



「俺の居た所では結構普通だと思うんだがな、まぁ文化の違いって奴だろ」


 先ずはやんわりとはぐらかす。否定も肯定もせぬままに、時間を稼ぐために杯に注がれたミルクを含む。


 此処からは、思考を読んで言葉を選ぶ理論の戦い、相手の矛盾を断ち切る言葉の切り合いとなる。


 山田は一切の隙を作らず見逃さず、シャジィルが放つ口撃に身構えた。



「なるほど文化の違い、ねぇ。随分と風変りな所みたいじゃないか、アンタの故郷・・・アトランティスは」


「ぶほっ! ごほっごほっ!」


「ちょ、ちょっと! どうしたってのさ一体!」


 唐突に吹き出し、激しく咳き込む山田にシャジィルは飛び上がって焦る。


「なに?なんなの? アタシなんか変な事言ったかい?!」


 山田の背中をゴシゴシ擦り、オロオロと周囲を見渡すが、ヒューバットとガルガイムの二人も驚きで目を丸くしている。


 大丈夫?と手拭いを差し出す雑種の少女も、何が有ったのかと困惑の表情を浮べるばかりであった。


 一方、緊迫の場面、真顔でボケたシャジィルに刺され、牛乳チャレンジに失敗した山田は息も絶え絶えに呻く。


「はぁはぁ行き成りブッコンでくるとはな・・・やられたよ、シャジィル」


「いや、意味わかんないんだけど・・・」





 結局、何とも言えない空気で場の話は流れ、山田の痴態で完全に毒気の抜けたシャジィルは、気の抜けた調子で愚痴る様に料理を突く。


「はぁそもそも、他所では使用人にこんな贅沢なもん食べさせたりしないもんだけどねぇ」


 隣のテーブルで、同じく熟成ハムの塊に齧り付いてる雑種達を眺め、ぽつりとそう零す彼女に山田は呆れ半分に口を開く。


「それだと、俺も美味いものが食えないだろ、基本俺が食いたから色々教えて、みんなに作って貰てるって感じだからな」


「そんなもん自分だけで食べて、他の連中にはパンとスープでも与えておけばいいじゃないか。それが普通だよ」


 さも当然の様にシャジィルの口から差別が飛び出すと、他の二人も同感だとばかりの視線を山田へと向けて来る。



 ―――山田ってやっぱおかしいよね―――



 言葉は無くとも、そう目で語る三人に山田は内心「分かって無い」と首を振る。


 部下や使用人だからと疎かに扱っていると、とんでもないしっぺ返しを食らう。


 山田はそう言った「ざまぁ」展開を、テレビやネットで十分過ぎる程に学習済みなのであった。


 かつて砦に居た時も、奴隷である自分達に出された料理は、王子であるクルーゼスと同じメニューだったと聞いて居る。


 それは食事によるバフを、支配者層である彼等すら重要視しているという事―――だと思う。


 今のケモール商会は結構なブラックな環境でありながら、雑種達の不満は未だ爆発には至っていない。


 それも偏に、かつて行った政治家張りの将来への公約や、食事等での地道な待遇改善の成果が大きい―――気がする。


 山田はそう言った「何となくそう思う」又は「そんな気がする」といったふんわりした感覚で、持論を正当化していた。



「食事程度でその他の不満を押さえ付けられるなら、安いもんだ。だから俺は間違っていない」


「・・・その他の不満ってのが見当たらないんだがねぇ」


 溜め息と共にそう零すシャジィルの視線に込められた、溢れんばかりの呆れた感情に、鈍い山田が気付く事は決してなく。


 周りの雑種達の視線に乗せられた思いの意味も、やはり鈍い山田が気付く事は無かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。