29 糸目襲来
ウルカの後を追い、現場に到着した二人が見たものは、血塗れで倒れ伏す妹と、そこに縋りつい涙を流す姉の姿だった。
「酷い怪我っネコロちゃん!」
ベアーネが背負った鞄を向けると、ネコロは直ぐにカバンに飛びつき、回復薬を取り出しすと姉妹に振り掛ける。
「うぅぅ・・・」
「直ぐ良くなるからちょっとまってて」
「おね、ちゃん、達は、だれ?」
「私達は・・・あなたの友達、だから安心して」
ネコロはそう言うとその頭を優しく撫でる。以前同じような状況で、山田にやって貰った事をこの子にもして上げる。
「もう大丈夫だから・・・大丈夫だから」
「リサリィは、妹は」
「まだ起きて無いけど、傷は塞がったから一先ずは大丈夫」
「ぐす、ありがどう、うぅ、あり、がとう」
フォリィは妹を抱きしめ、泣きながらお礼を繰り返した。
ネコロがウルカと傭兵の方へ視線を向けると、怒鳴り合いをする二人は今にも切り結びそうな程、激しい気配を放っている。
どう考えても争いは避けられそうにない。相手の傭兵はどう見ても自分達より格上で、ネコロとしては可能なら逃げる選択も視野に入れたい所だったが。
視線を下げると、なんとか動ける様になった姉と、取り合えず傷は塞がったが、意識が戻らない妹がいる。
(まずこの二人の安全を確保しないと)
「あなた達は逃げて」
「で、でもおねーちゃん達が・・・」
「私達は平気だから、この子を守ってあげて」
ネコロはフォリィが抱きかかえるリサリィの頭をそっと一撫でする。
「この子を連れて安全な所へ、ね」
フォリィは妹とネコロ達へ視線を彷徨わせると、小さく頷く。妹の為に姉は逃げる事を了承した。
「う、んぅ」
小さな姉の背中に、更に小さな妹の体重がのしかかる。姉が妹を背負うのを手伝ったネコロが、言い聞かせる様に話しかける。
「通りに出たら傭兵ギルドで待ってて、あの人黙らせたら私達も行くから」
フォリィは涙の滲む瞳でじっとネコロを見つめると、意を決した様に小さく頷き、覚束ない足取りで通りを目指した。
必死に妹を担ぐ後ろ姿に、ネコロは出来る事なら手を貸して上げたかったが、元凶たる脅威がそれを許さなかった。
その元凶たる傭兵は、何時でも援護出来る様にとベアーネが見守る中、ウルカとの口論を未だ続けていた。
「バカが何でEランクがつえーんだよ、おめーが弱いだけだろ」
「あたいが強いんだから。ヤマダはもっと強い!」
「言ってろ雑種が!おめーらは皆よえーんだよ、そのヤマダもな!」
「ヤマダもみんなも弱く無いって言ってるだろ!」
「はっ、しょせん雑種なんざ―――あ?」
そんなウルカと同レベルで言い争う傭兵の目に、ヨタヨタとこの場から遠ざかる姉妹の姿に映る。
「おいぃ、逃がすわけねーだろがよぉぉ!」
既にこの場にいる雑種、全員をぶち殺すと決めていた傭兵は、ウルカを迂回し姉妹へ向けて駆け出した。
「いかすわけないだろっ!」
しかし直ぐにウルカが飛び出し、傭兵の進路を塞ぐ。
「ならおめーからだ!」
目の前に現れた愚かな雑種へ、傭兵はその手の斧を振り下ろす。相手が剣で受けようとするがお構い無しである。
(馬鹿が!雑種程度の力で俺の斧が止まるかよ!)
ギィン!
先ずは一匹、そう思い叩き込んだ斧が、硬質な音を立て止まった。
「はぁ?!」
傭兵は思わず叫び、その動きが止まってしまう、そこへ側面からネコロが切り込んで来る。
即座に斧を引き戻し、返り討ちにしよとするが、思いの他速い踏み込みと剣の軌跡に、危うく足を切り裂かれそうになった。
咄嗟に後方に飛んで間合いを開けるが、そこはベアーネの槌の間合い、唸りを上げる槌が背後から襲い掛かる。
ガツッツ!
何とか対応し斧で受けるが、腕全体に痺れる程の衝撃が伝わってきた。
「ぐっ! どーなってんだ、なんで雑種がこんなにつえーんだよぉ!」
この世界の常識を鑑みれば、彼の叫びは至極当然の想いだった。
山田がシャジィルに案内された鍛冶屋は、如何にもな炉や金床、鉄製の製造品が並べられた倉庫の様な建物だった。
「なんじゃシャジィル、人間なんぞ連れてきおって」
「あんたも人間だろ。こいつはヤマダ、あたいの旦那さ」
勝手に中に入ったシャジィルが、中に居たじいさんに勝手な事を吹聴していたので、山田も勝手に自己紹介を行う。
「傭兵をやっている山田と言います。鍛冶屋である貴方をご紹介頂けると言う事で、同じ傭兵の知人であるシャジィルさんとご一緒させて頂いた次第です」
「気色悪い喋り方するんじゃないわい」
言葉と共にハンマーが振るわれ、すっと半歩下がった山田の目の前を、鉄の塊がブオンと音を立てて通り過ぎた。
「で、結局なんの用じゃい」
「あたいの兜の調整と、旦那のクズ鉄を買い取っておくれよ」
ハンマーを避けた姿勢のままの山田を、気にも留めず二人は話を続けていく。昔テレビで見た下町の職人が、こんな感じだったなと思いながら、家の子は客の頭をハンマーで殴る様な職人にはしないと、山田はそう心に誓った。
装備をクズ鉄呼ばわりされるのも、自分を旦那さん呼ばわりされるのも、共に諦めの境地で無視すると、山田は話し込む二人を放置して工房内を見学して回る。
「結構色んな物があるな」
「それは農機具じゃよ、木の柄を付けて牧草を掻き上げるんじゃ」
台に置かれていたデカいフォークの先端部分をいじっていると、放し終わった鍛冶屋のじいさんが教えたくれた。鉄の爪かなんかと思ったら、農耕フォークの先っちょだったらしい。
しかしフォークの先っちょが有るなら、槍の先っちょも有るのではと質問をしてみる。
「ある事には有るが、余りお勧めせんぞ。穂先自体は丈夫じゃが、一体型でないと戦闘中に接合部が折れたりするでな」
この世界の槍は基本全鉄製だ。ステータスの恩恵で使う人間の膂力と、受ける魔獣の防御力に木製では何時壊れるか分からないからである。
野球の様に”折れたからタイム”など出来ない実戦において、それでは余りに心許無かった。
この世界では、生物がステータスでより上位の存在と成った事で、相対的に無機物、特に木材はその価値を下げる事になった。
棍棒然り槍の柄しかり、求められる強度的な要求を、それらは満たせていないのだ。故に戦闘などの場で、それらを運用する文化は廃れて行った。
―――だが山田家の場合、話は異なる。
元々棍棒と言う前時代の武器で戦い、いざという時の為に、山田という強力な戦力を控えとして遊ばせておく採算度外視の戦術を取っている山田家。
更には一パーティー数十人と言う、頭の悪い編成をも厭わない彼の感性に掛かれば、木製兵器も使い捨て前提の運用可能資源となる。
「これで買えるだけくれ」
故に山田は、チンピラから巻き上げた金や装備と引き換えに、槍の穂先を大量に買い求めた。
「言っとくがコレは、畑を荒らす害獣用の武器じゃぞ。魔獣相手に使ってどうなっても知らんからのう」
そう念を押すじいさんの言葉を、大丈夫大丈夫と軽く受け流し、山田は又しても思い付きの浅い考えで、新たな方針を決めてしまうのだった。
プロの傭兵、シャジィルからすると、山田の行動は賢い選択とは言えなかった。・・・言えなかったが同時に、何も言う事は出来なかった。
(本当なら先輩として、アドバイスの一つもしたいとこなんだけどねぇ)
それが出来なかった理由は、目の前の男とその周りにいる雑種達の異常性に有る。世間一般からの乖離が、余りのも大きすぎるのだ。
いい武器を一つでも多くが常識のこの業界で、とにかく数を品質は二の次、と言わんばかりの山田のこの一手を、悪手と言い切れない何かが彼等には有るのだ。
「そう言や、あたんとこの子達ってなんなんだい。なんであんな事になってんのさ」
手持無沙汰なシャジィルは、出される穂先を次々と鞄へ詰め込んでいる山田に、ちょっとした疑問をぶつけてみる。
「なんだと言われても、最終的には本人達の努力の結果だな」
「最終的にはって事は、途中の経過は努力以外のなにかがあるのかい」
「さーどうだろうな」
「やっぱあんたのスキルか何かかい」
「うーん俺スキル持って無いしな」
「棍棒になにかありそうだね」
「棍棒は関係ない」
「ふーん、棍棒は関係無いのかい」
「・・・」
「特に例の三人はちょっと異常だよ、三対一ならCランクでも下せるかも知れないねぇ」
「やっぱりそう思うか」
「あぁ、私でも手を焼くかもね。でも過信はしない事、三対二にでもなりゃ絶対勝てないから気を付けてあげなよ」
「まぁ傭兵と戦う事なんか滅多にないだろ。よっと」
山田は掛け声と共に鞄を担ぎ上げると、じいさんに礼を言い、シャジィルへと向き直る。
「助かったよシャジィル。この礼はいずれな」
「大げさだねぇ、こんなのちょっとナニを貸してくれりゃそれでいいよ。そうだ、ちょっとそこの物陰で始めようじゃないか」
「じゃ、じいさん。また来させて貰うよ」
取り合えず解読不能な言葉を吐き出し始めたシャジィルを無視して、山田は店から退避する事にした。
「あ、ちょっとまってよ」
「こら、お前がおらんと調整できんじゃろが」
慌てて山田を追うシャジィルは、めでたく鍛冶屋のじっちゃんに捕まり、山田は次の予定へと繰り出すのだった。
スラムでの戦闘は、ウルカ達三人の優位に進んで居た。
「くそが!うっとおしいんだよ!」
しつこく死角へ回るネコロへ罵声を飛ばすも、そのネコロへ注力する事が出来ない。正面から距離を詰めて来るウルカがそれをさせない。
「おら!」
ウルカへ全力で斧を叩きつけると、剣で受けて防いでしまう。その際体制が崩れ、隙が生まれるもそこを攻めきれない。
羽虫の様に纏わりつくネコロが、視界を掠め傭兵の牽制する。そこへ意識が向くと、背後からベアーネの強打が迫る。
咄嗟に斧で防ぐも身体が流れ、生まれた隙へウルカが付け入る。
「ぐうっ!」
一瞬の斧と剣の交差、再び両者が距離を取った後には、落ち着いて相手を見据えるウルカと、忌々し気に刻まれた腕の傷を睨む傭兵の姿があった。
「くそ!、うそだろこんな!馬鹿げてるぜ!」
そう毒づく傭兵には、既に多数の傷が刻まれている。三匹掛かりとはいえ、雑種如きに追い詰められている現実への、焦りと強い憤りを、男は噴出させていた。
「ゆるさねぇ、今に見てやがれ・・・もう少し、もう少しなんだよぉ」
しかし彼は我慢強く待った。回復薬さえ使えないこの状況を好転させる転機を待った。その時は必ず来ると彼は知っていた。
そしてその転機は程無くして訪れる。
「まったく、騒ぎは起こさないで欲しいんだけど」
「リーダム!」
一見すると人の良さそうな糸目の男、傭兵のリーダムは困った様に頭を掻きながら戦場へ姿を現した。
傭兵は慎重で几帳面なこの男が、予定通りこの場所へ集合する事を確信していたのだ。
「こいつ等、前に始末し損ねた雑種共だ!」
「別に始末する予定だった訳じゃ無いんだけどね・・・でも、ここ迄拗れた以上ほっとく訳にもいかないか」
言葉と共に抜き放たれた剣と殺気に、三人は一斉に駆け出した。傭兵達へ背を向けて。
「驚いた、随分速いね、でも―――
そのリーダムの声はベアーネの耳元で聞こえた、彼女が驚きと共に槌を振り回すより早く、リーダムの剣は光の軌跡と共にベアーネへ襲いかかり。
―――先ずは一匹」
彼女を突き飛ばし、割って入ったネコロを切り裂いた。
糸目は大抵腹黒い。




