16 繰り返される悲劇
25日には間に合わなかった、そして眠いです。
書き溜めが少ない、更新速度落ちるかもしれません。
申し訳ないです。
山田がギルドで換金を済ませスラムの家に帰り着くと、待ち構える子供達の数は案の定増えていた。
「す、すみません、お腹を空かせてる子が居て。 私の分は要らないので、少しでもこの子達に分けて貰えないでしょうか」
ウサギの子、ラネットがぺこぺこ頭を下げて来るが、山田が問題無いと告げると、十二人に増えた雑種の子達は、皆で手を取り合い笑顔で喜んだ。
見渡してみるとゴミや残骸で溢れていた室内は、今日一日でかなりスッキリして、この一室に限っては埃一つ落ちていない。
「大分キレイになったな」
「まだ全体は終わってないんですけど・・・」
「この部屋があれば十分寝起きは出来るから、後はゆっくりやればいいさ」
そう言えば掃除しろとだけ告げて、道具の類を全然用意してない事に山田は気付いた。
「雑巾とかはどうしたんだ?」
「あの・・・その・・・」
ラネットは自分の服を手で隠すと、恥ずかしそうにモジモジしだした、見るとその服は今朝と比べ随分と薄汚れている気がする。
さらに言えば、その手も荒れてあかぎれてる様に見える。
(・・・・・・・・・俺ってば子供達に、手で掃き掃除とか服で雑巾がけさせたって事か)
―――実の所ラネット達は家をキレイにするために、素手でゴミを集め、自分の服を雑巾代わりに使って頑張っていたのだ。
この世界の常識では、雑種を使う際、道具を準備する者は基本的に居ない。そもその雑種の賃金より道具の方が、よっぽど高価なのだ。
棘の付いた作物、地面の中の鉱石、弱毒性の実、その全てを素手や、幸運にも手に入れた粗末な代用品で扱う。
傭兵の汚れた防具の掃除も、その手と衣類を充ててでも行い、報酬にあり付こうとする。それでも余計に汚れたと難癖を付け、笑いながら彼女達を蹴飛ばし報酬を出さない者もいた。
そんな思いまでして、与えられた仕事を熟そうと懸命になるのは、それだけ食事が、生きる事が、彼女達にとって困難だという証明でもあった。
山田が不味いからと食べなかった干し肉、その干し肉の為に地を這いつくばって彼女達は、この世界を生きているのだ。
(ブラックどころの騒ぎじゃない・・・)
世が世なら彼は今頃、檻の中である。その気が無かったとは言え、安全面精神面倫理面において、女の子達へ虐待を行ったのだ。むしろ死刑まである。
その事実に山田は失敗したと思うも後の祭り、出来るだけの埋め合わせをする事で折り合いをつけようと、鞄の中から買い込んだ食事を取りだしていく。
「食事にしよう、一杯あるから好きなだけ食べてくれ」
取り敢えず沢山ご飯を上げよう誤魔化そうと、山田が発したその言葉に、目を輝かせて雑種達が集まってくる。
大人が子供への失点を、物で誤魔化す悪い部分を曝け出す山田の黒さに、子供達はなんら気付く事無く、感謝の眼差しとアリガトウの言葉を掛けて来る。
その純粋さが逆に痛いと、胸の抑えつつ笑顔で耐える山田は、今まさに因果応報を体現していた。
せめてもの救いは、その後ウルカ達三人も皆に混ざり一緒に食事をしたのだが、その様子が何時もより楽しそうに見えた事だろう。
結局買い込んだ食料は大分少なくなったが、山田の罪悪感を減らす事にはなんとか成功したのだった。
その夜は、お腹が膨れウトウト船をこぎ出すラネット達に、ウルカが発した「泊まる?」の一声で、その日は全員でかたまり巨大な肉団子を作って眠るのだった。
翌朝、僅かな物音で目を覚ました山田は、お腹に乗ったベアーネの頭をそっと下ろし、眠りこける雑種達の中から抜け出すと物音のする台所へ足を向けた。
そこには食材を切り分けるラネットと、それらを器に乗せている数人の雑種達、それを涎を垂らすウルカと偉そうなウルカが眺めている。
「ヤマダもすぐご飯だぞ」
山田に気づいたウルカが駆けより、山田の服を握りしめると見上げるままに言ってくる。そんな楽しそうのウルカの頭を撫でながら、ネコロへ視線を向けた。
「そうか。で、ネコロは何してんだ」
「料理おしえるって言ってた」
「・・・あいつ出来るのか?」
「わかんない、でも見た事無い」
その話題のネコロは、ラネットの手元を覗き込み、ウンウン偉そうに頷いているだけで、特に何かをしている様子は無かった。
「朝からご苦労さん。助かるよ」
「いえ、食べやすい大きさに切ってるだけですから・・・」
準備が終ったらしいタイミングで声を掛けると、ラネット達は照れたようにはにかむ。
「ネコロは役に立ってるのか?」
言外に君要らなくない?、と尋ねるとネコロがドヤ顔を作りつつ、さり気無く頭を近づけて来る。
「私の指導は完璧だらか」
「あははは・・・」
ネコロの言葉を愛想笑いで流すラネットを見て、山田は全てを察する事が出来たが、近づいて来たネコロの頭をナデナデる。相変わらず不機嫌そうにそっぽを向くも、一向に離れていかないその頭を撫でつつも、準備された朝食に目を向ける。
それは子供でも食べやすい様に切り分けられた、パンやハム類が器に小分けされてるだけだが、それだけでも立派な料理に見えた。
しかし実際は固くなったパンや保存食な肉類、王子の下で奴隷してた頃と比べると。ある意味食べ残しを配ってる気分になってくる。
(しかし料理か・・・)
自炊の経験の無い山田には無い発想だったが、そもそも全てを保存食や出来合いに頼る方が非常識と言えた。
食育と言う言葉も有る、成長期の子供達の事を考えると、ちゃんとした料理を取る必要性が高い気がする。
なにより余り粗末な食事が続くと、彼女らが怒り出す以前に自分も辛い。
(自分で作る必要性はともかく、その当たりも含め、一度生活環境に付いて考えて見るか)
ここに至り山田は、ようやく衣食住と言う言葉を思い出すのであった。
その後、ひとかたまりと成って眠る獣達は、準備された朝食に気づくと飢える獣達となった。
朝食は一部の幼獣達を甲斐甲斐しく世話するラネットと、お代わりを連発する二匹の大きい獣の面倒を見るベアーネの献身で恙なく進む。
例によってお腹を膨らませ、まったりと休む朝食後、山田は全員が集まる中、今日の予定を発表した。
「樹海でのお仕事をお休します」
清掃道具も無しに掃除しろとか、自分の余りのブラックさに今更気づいた山田は急遽予定を変更する事にしたのだ。この場当たり的な対応もブラックの特徴であるが。
その言葉に楽しみを奪われたウルカ達三人が、しょんぼりとした表情になる。
「今日はみんなで、色々作業をする事にしました」
三人は途端に笑顔になる。ウルカなどは、みんなと遊ぶと声高に喜んでいる。
(遊ぶんじゃなく作業なんだが・・・)
そう思いつつも、情操教育的にも遊びは必要かと思い、この子達が喜びそうな遊びを頭の中で思い出していく。
「さて、今日やって貰うのはこれです」
山田はより良い棍棒と新たな武器を作成の為に、樹海から持ち帰っていた木材をラネット達に見せる。
「ヤマダさん樹海の木は、使い道がありませんよ」
そう言うラネットの言は最もで、森の魔力を養分として育つ樹海産の木は劣化が早い、魔力の豊富な森の中なら相応に長持ちするが、森の外に持ちだすと、途端に劣化が始まり数日もすればボロボロに朽ちゆく。
乾燥する前に朽ちるので薪にもならないし、例えなったとしても樹海から木々を持ってくるコストを考えると相当な赤字である。
しかしそれは全て人件費込みの話であり、仕入れ値自体はゼロなので逆説的に言えば、人件費さえ無ければ僅かだがプラスになる可能性を秘めていた。
そしてその可能性を見据えての木材を使った作業であった。
「これを使って色々作って貰います」
「しかし樹海の木では直ぐ壊れてしまいますが・・・」
「朽ちる事を前提にすれば、何の問題もない。そもそも経験の無い現状で、ちゃんとした物が作れるなんて思ってないさ」
そう言うと工作道具を皆に前に取り出すと、ノコギリ(2万エンドル)を手に取り木材に当てると、ギコギコと動かす。
「今日は道具の使い方を覚える事と、それを使って沢山の失敗作を作って貰う」
そして興味津々に山田の手元を見つめるラネット達に、山田は持てる限りの技術を教え込む事にしたのだった。
――――――全部で三つくらい。
「いいかこのノコギリを当てて、こうギコギコって引くと木が切れるから」
「おおーーー」
「彫刻刀はこうやって木に刺し、グリグリってすると木が彫れるんだ」
「おおーーー」
「木材の出っ張った所にナイフを当てて、こうシュって削ると平らになるぞ」
「おおーーー」
そんな底の浅い指導に、雑種の皆は感嘆の声を上げ、山田の自尊心を無駄にくすぐりつつ、自称匠の技術伝授は五分で終わった。
「では交代で実際に道具を使って、練習を行うように」
最後にそう締めくくると、途端にきゃいきゃい道具に集りだす雑種達、その中に何時もの三人の姿を認めると、君等もやるの?と思いはしたが、楽しそうなので良しとする。
その後ノコギリ等を使い、雑種の子達が楽しそうに技術習得を行う中、山田はナイフ片手に黙々と作業を行っていた。
木を削り二枚の小さな板を削り出すと、片方に穴をあけそれを重ね合わせる、その重ねた板の隙間に息を吹き込むと。
フィーーーーーーーー
濁った隙間風の様な音が鳴り、興味深そうに覗き込んでいた数名の雑種達の耳が、ピクンと反応する。
「もう少し広げるか・・・」
更にシュッシュッとナイフを動かし、穴の幅を調整すると再度息を吹き込んだ。
ピィーーーーーーーー
甲高い音が響き、びっくりした雑種達全員の耳が山田へ向かう。尚もピィーピィー吹いて居ると、なに?なに?言いながら雑種達が集まって来る。
詰めかけた子に押されて、山田の身体を登り出したリスの子にその笛を渡すと、初めはキョトンしていたが見よう見まねで笛へ口を付ける。
ピィーーー
鳴り出した音に慌てて口を離し、その視線を山田を笛を交互させると、再度笛を口にする。
ピィーーーピィーーーピィーーー
そこからは楽しそうに笛を鳴らし続け、周りもわーきゃー言いながら騒いでいる。
服を付かんでグイグイしている周囲の子を宥めながら、頭にしがみ付くリスの子をひょいっと抱き上げる。
「順番で交代しながら使いなさい。喧嘩はだめだよ」
そう言うと騒ぐ雑種達の中にストン下ろす。たちまち標的はその子へと変わり、沢山の子にもみくちゃにされていく。
山田はその様子に苦笑すると、最速で二つ目の笛を作り出すのだった。
三つ笛が行き渡る頃には、笛の音も大分落ち着いてきた。そもそも騒音を嫌う獣の血か、物珍しさが無くなると彼女達は、途端に笛への興味を無くしていった。
(なんだか孫に買ったオモチャが、一時間で放置されるおじいちゃんの気分だ・・・知らんけど)
そんな謂れのない虚しさに浸っていると、ラネットが山田の隣に腰を下ろした。
「あれって笛ですよね。木でも作れるんですね」
作業をする山田の手元を覗き込み、彼女はそう尋ねて来る。山田もそんな彼女へ向き直ると、意外そうに口を開いた。
「え、笛ってあるのか」
「え、有りますけど」
「・・・そうか、俺が初案じゃないのか」
「・・・スラムでは殆ど聞きませんが、街の衛兵さんとかが普通に持ってますよ」
暫し見つめ合い、山田が肩を落とし残念そうに呟くと、ラネットが申し訳無さそうに応える。会話はそこで止まり、気まずい空気で満たれた。
雑種達が立てる、ギコギコカンカン時にはピィーピィーと騒がしさの片隅。その気まずい空気は、ラネットの意を決した様な声で壊された。
「ヤマダさん、あなたは何を考えているんですか?」
「考え? まぁ当面は皆に技術を身に着けて貰おうかなと」
「そうじゃなくて、なんでこんな事するんですか!」
「こ、こんな、こと?」
山田はラネットが思いつめた表情で近づいて来た時から、大凡の予想はしていた。
故にここまで声に、表情に、不自然さを出す事なく会話を続けてきたが、ここにきて彼はラネットの気迫に押され始めていた。
「誤魔化さないでください。食事や掃除の事。そしてこの修行の事です!」
その言葉で、山田の表情に緊張が生まれた。
(やっぱり根に持ってらっしゃる。やっぱこの世界でも、あの食事と掃除の対応は不味いのか・・・もしかしてこの工作教室も何か不味いか?)
そしてラネットも山田の強張った表情で悟る。
(やっぱり何か裏があるんだ。沢山食事をくれたり自由に掃除を任せた上、今度は技術の修行までさせてくれるなんて、変だとおもったもの)
何とか昨日の件、特に素手で掃除させたなんて事実を、有耶無耶にしたい山田は言い訳を考え、昨日の事を感謝しつつも疑念を消せないラネットは、その真意を求めた。
「そ、それについては、今後は控える積りだ。昨日は偶々だったと思ってほしい」
「も、もう昨日みたいな事は無いって事ですか?」
「あ、いや、絶対無いって事は・・・無いです」
山田の言葉で、昨日の様な条件の良い待遇は無いのかと、不安で震えるラネットに対し、もう昨日の様な劣悪な環境は発生しないだろうなと聞かれると、経済的に微妙な山田の声も弱々しい。
「それはどういう・・・何か条件がって事ですか」
「え、あぁ条件ね。条件は・・・例えば終身雇用なんてどうだ」
山田の出す条件を飲めば、また食事が貰えるのか尋ねるラネットに対し、昨日の様な報酬で我慢するんだから、雇用条件の追加を求められたと考える山田。
「終身雇用? 何ですかそれは」
「あぁそれは定年・・・つまり動けなくなるまで働いて貰うんだ」
(死ぬまでこき使うつもり!)
山田の真意を聞き青ざめるラネットに、更なる説明が加えられる。
「もちろん君達全員がその対象だ」
「私達・・・全員・・・」
(あの子達をそんな事に・・・でも生きて行くには、そもそもホントに食事は貰えるの? いえ、死ぬまで扱き使う人間が、約束を守るとは・・・でも)
ラネットは頭の中で山田の話を反芻し、どうする事が最善かを模索する。
「辞める時は、当面生活出来るだけの、蓄えの支給があるから」
「・・・え、辞められるんですか? 死ぬまで働くんじゃ・・・」
「そりゃ辞められるさ、それに死ぬまで働かれたら困るんだが」
「え、でもでも、昨日までの生活の条件が、しゅうし・・・なんとかじゃ?」
「終身雇用。そうか、先ずその説明からだな」
そこから山田はラネットを煙に巻く為、高度な柔軟性を持ち臨機応変に説明を行った。
「はえ・・・つまり最低限、私達の生活は・・・保障される・・・と」
好条件を得る条件が、さらなる好条件などと、意味の分からない説明に頭から煙を出すラネット。
それに対し、ボーナスや有休に一切触れない無かった山田は、流石に申し訳ないと発言を付け足すした。
「あと、最低限の責任は取る積りだ」
「責任? なんの?」
「なんのって・・・みんなに係わった義務と言うか、掃除で大変な思いさせ穴埋めと言うか・・・・・・まぁ、自分の仕出かした事に付いて、責任は取る積りです。はい」
「・・・・・・・・・」
困った様に答える山田の言葉の意味が、ラネットには理解できなかった。否、信じる事が出来なかった。
雑種である自分たちに、ほぼ無償で食事をあたえ、仕事を与えたと思ったら今後に備え技術の修行、果ては生活の保障と来た。イミフである。
混乱する考えを何とかまとめ、良く分からない点の説明を補足して貰おうと口を開くが、口を衝いて出た言葉は別の疑問だった。
「どうしてそこまで・・・なにが貴方をそうさせるんですか」
「ん? 人として責任を取るのは当然だろ」
「違う、責任とか義務とか世間に対する体裁なんて聞きたい訳じゃない、貴方の本当の、本音の声が聞きたいの」
そんな言葉に、この世界の常識ではありえない考えに、ラネットは戸惑いの声を上げる。山田は常識が、行動原理が、その全てが異質だった。
そしてラネットには山田の言葉が作り物の様に思えた、本心を覆い隠す硬い殻。だからこそ彼女はその中に隠された理念を、口にする義務や責任を取っ払ったその真髄を、彼女は知りたかったのだ。
しかし残念な事に山田に深い理念とかは無い、日本で育ったら大体こうなる。
言葉が作り物に思えるのも当然で、引用と建前で言ってる事は本人でさえ納得出来ないような御為ごかしであったからだ。
(あーこれはアレだな、コールセンターに質問したら、専門用語が多すぎてキレるクレーマーと同じや)
方向性間違えた? そう考えた山田は今後の対応を、情に訴える方向にシフトした。
(ある程度の非を認めつつも、それを最低限に抑え。反省してる風に謝罪を織り交ぜれは・・・)
ラネットは山田の責任云々の言葉にいまいち納得していない。なので山田は敢えて切っ掛けとなった、掃除で子供虐待事件を人情的に話す事で、何とか言い含められないか試みた。
「切っ掛けは、掃除をした後の君を見て、心に響いたと言うか、大事なものにようやく気付いたんだ」
「は?・・・え、私を、見て?」
山田から飛び出した言葉は、早速方向性を誤り、元から混乱気味のラネットの思考をさらに混乱させると、なにこれ告白みたいやん?とその思考すら明後日の方向へ歪めてしまう。
汚れた服や道具を準備してなかった等、山田も言質を取られない様に言葉を隠し、不自由な言葉遣いの中、曖昧に無難な方向へ話の誘導を試みている。
「その時に誤魔化す、いや、問題を先送にした事は俺の失態だったかも知れない・・・だがその時の君の姿はずっと胸に残っていた」
「ひゃ、そ、そそそん事言われても。あんなみすぼらしい姿が忘れられないなんて・・・」
山田の言葉を聞き羞恥に顔を染めると、コレってそう言う事? との思へ至るラネット。
そして殊更服の汚れを強調し、事を大げさにされては堪らないと、山田は印象操作を仕掛ける。
「そんな事無い、君が思い違いをしているだけで、みすぼらしくなんてなかった。そう、俺にはとてもキレイに見えたんだ!」
「がひゃっ!」
突然奇声を上げたラネットは一瞬で沸騰し、直後には顔を抑え塞ぎ込んでしまった。
俯き考え込んだラネットの真意は測れないが、掃除に付いてこれ以上触れたく無い山田は話題を食問題へ移す。
「今朝君が準備した朝食を見た時、ああ俺に必要な物はこれなんだって思った」
「う、うぅーーー」
(なにこの人、あれだけ責任と義務とか言っちゃって、結局は私の事が・・・きゃーなによ要は私の気を引きたいってだけじゃない!)
間違いないこれはアレだアレ。そう確信したラネットに、もはや顔を上げ山田を直視する事など出来なかった。
顔に手を当て塞ぎ込んだまま、うーうー唸る人形に成ったラネットを見て焦る山田。食事の改善も視野に入れているアピールでも、好転が見られない。
(俺の言い訳に呆れてる?いや怒りを抑えてるのか?・・・どうするどうする!)
必死に考え脳内の血液を全て問題の打開に回す、そしてギュンギュン回る彼の思考はついに見つけ出した。以前も似たような事があった事を。そしてその時どうやって問題を解決したのかを。
(あれは山田としての記憶か、それともマーグス? 直ぐには思い出せないが今はこれに掛けるしかない)
そして彼はラネットの肩に手を掛けると、そっと囁きかけた。
その最善にして――――――
「行き成りこんな事言われて戸惑うかも知れない、しかし俺を信じて付いて来て欲しい」
――――――最悪の言葉を。
「わ・・・わかりました」
長い沈黙の後、ラネットの頭を見下ろす山田の耳に、絞り出すような声が届いた。
「で、でも、私には守りたい大切な家族が居ます、今すぐどうとかは、でも、あの子達が大きくなれば・・・だから」
目元までを手で隠したまま、ラネットはその真っ赤な顔を上げると、指先から僅かに除く瞳で山田を見つめる。
彼の顔はどこか不安気で、その眼差しは確かな熱量を持ってラネットを見つめている。肩に掛かる彼の手から感じる熱は只の体温かその思いの表れか・・・ラネットその手にそっと自からの手を乗せ。
「貴方の傍に居ます・・・その時まで」
そう囁いた彼女、今までの一番の笑顔を見せ山田に微笑んだ。
(よし、勝った)
それに応じた山田は内心で勝利宣言。
家族が居るから当面我慢するが、改善が行われるその時まで傍で見張る。
どの道生活環境の改善は必須事項だったのだ、上手いこと言い含め、交渉をそこへ持って行った事は、完全勝利だと山田は思っている。
後の惨劇を知らぬ彼は、今は一時の仮初の勝利を堪能していた。
その瞳は見つめてる、楽しそうに動き回る仲間達の隙間から。
その心は聞いている、煩く響く喧騒の中。
結して届かぬその距離を、動く唇が飛び越えた。
言葉を紡ぐその口が、彼の言葉を教えてくれた。
その瞳で聞いていた、彼が零した大事な言葉、私だけの大事な言葉。
信じてる信じてる、私は彼を疑わない。
信じたい信じたい、彼は私を裏切らない。
だから夢これは夢、目が覚めたら言葉は消える。
悪い夢怖い夢、目が覚めたらあの子は消える。
覚めない夢なら、消せばいい、彼を残して周りの全て、要らないものは消せばいい・・・。
偽ベアーネえ~んど
何時か刺される。
たくさん刺される。




