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'PARTS' 1 妖精との出会い

目を開くと、目の前には草原が広がっていた。



頬を撫でる風の感触、草の匂い、土の香り。そのどれもが、VRゲームでは感じ得ないものだ。何故なら、いくら技術が進歩しても、そこを表現できる程のリソースの余裕は持てなかったから。

それだけで、坂下は確信した。ここはゲームの中なんかじゃない、と。いくら自分で望んだこととは言え、順応性の高い男である。


「さて、と。これからどうしたらいいんだろな? 当然、女神様のチュートリアルなんかもないだろうし・・確か、停滞してる世界に新しい風をって言ってたっけか。っても、どうしたもんか・・・」

腕を組んで首を傾げる坂下。


ここが現実である以上は、何かをしなければならないということはない。メインクエストもなければ、シナリオもないのだから当然だ。しかし、自分の望みに応えて、この世界に招いてくれた女神に感謝の気持ちがある坂下は、可能な限りに女神の希望を叶えたいと考えている。

しかし、'新しい風を'と言われても、何をどうすればいいのかがサッパリなのだ。それこそ、メインクエストもシナリオもないのだから。一瞬、'MAGICIANS ONLINE'のように国や国民の為に魔法水準の向上に貢献しようかとも考えたが、その案は即座に却下した。ゲームですら、保守派の妨害や嫌がらせでクエスト達成難易度が高いものもあったのだ。現実では、そういったものに上手く対処できる自信など欠片もない。ましてや、妨害工作をしてきた者の中には、権力を持った者が多くいたのだから尚更だ。



とりあえず、何をすればいいのかは脇に置いておくことにした坂下は、次に自分の今の実力がどうなっているのかを考える。ゲームでは、目の前にアイコンが出てきて、アイコン操作で魔法を選択したり装備を換えたりできたが、そんなものは当然、ない。


「でも、女神様は確かに言ってたよな。俺が'MAGICIANS ONLINE'で手に入れた力を使って、新しい風を吹かせてくれって。つまりは、'MAGICIANS ONLINE'でのステータスとか魔法とか'PARTS'は有効だと思うんだけど・・・装備は、ゲームの初期装備か。魔法とかまで初期に戻ってたら、結構しんどいんだけどなぁ・・・せめて、'PARTS BOOK'だけでもあればなぁ」


そうぼやくように呟くと、突然、目の前に黒い穴が空いて、その中から1冊の本が出てきた。慌ててその本を受け止める坂下。


「これ!! 'PARTS BOOK'じゃねぇか!?」


見覚えがあり過ぎるその本に、一気にテンションが上がる坂下。



'PARTS BOOK'

それは、'MAGICIANS ONLINE'において、誰でも持っている初期の所持品の1つであり、最重要アイテムの1つでもある。店で購入したり、プレイヤー同士のトレードで手に入れたり、また、クエストで手に入れたりなど、様々な方法で入手した'PARTS'を保管・管理する為の本型'PARTS'専用収納アイテムが、この'PARTS BOOK'なのだ。


余談だか、'PARTS BOOK'の見た目は、いかにも魔導書という感じのものなので、坂下はかなり気に入っている。



「よっしゃぁぁぁぁぁっ!! これで何にも怖くねぇぞぉぉぉっ!!」


パラパラと'PARTS BOOK'の中身を確認した坂下が、突然雄叫びを上げた。その中身は、坂下の雄叫びが示す通りの内容だったようである。



ただ、草原のど真ん中で不意に雄叫びを上げる()()()というのは、どう見ても不審者である。例え、それを目撃したのが人ならざる者であってもだ。実際に目にしてしまうと、非常に怖いだろう。


その可哀想な目撃者と雄叫びを上げ切った坂下の目が、不意に合った。同時に、暖かい陽射しが降り注いでいる筈の草原の空気が凍る。


「あ、あぁ~、その」

「ひっ!?」

「すまんっ! てっきり誰もいないもんだとばっかり思ってたんだ!!」


坂下に戸惑い気味の声を掛けられて、涙目になって怯えた声を上げた妖精に、坂下は腰を直角に曲げて全力で頭を下げた。


「ほぇ?」


そんな坂下に、小さな体の妖精は間の抜けた声を洩らしてしまう。人種族に頭を下げられたことなどなかった為、驚いてしまったのだ。それで恐怖心が薄れた妖精は、今度は好奇心で目を輝かせ始める。


「うん。いいよ~。あたし達って体が小さいから、気付かなくても仕方ないもんね」


妖精の言葉に、ホッとして頭を上げる坂下。


「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」

「それでそれで、お兄さんはなんでいきなりあんなおっきな声出してたの? 何か面白いコトとかあった?」

「いや、面白いっつーか、嬉しい、かな? どっちかってーと」

「嬉しいコト? 何なに~? 教えて教えて~」


妖精がさらに目を輝かせて、目の前まで背中の羽根で飛んでくる。



ーー'MAGICIANS ONLINE'の設定上、妖精族は悪戯好きで好奇心旺盛な種族だったけど、この世界でも好奇心の強さは変わらないらしいなーー



そんなことを思いながら、坂下は苦笑を洩らしてしまう。改めて、ここが異世界なのだと実感したのだ。


「これだよ。'PARTS BOOK'っていうんだけど、知ってるか?」

「ぱーつぶっく? ううん。知らな~い。何それ?」


坂下が手に持つ本を興味深そうに覗き込む妖精。


「知らない、か」


やはり'MAGICIANS ONLINE'そのままだというわけではなさそうだと、内心で気を引き締める坂下。



'MAGICIANS ONLINE'では'PARTS'獲得のクエストには、妖精族が絡んでいることが多かった。'PARTS'を'PARTS BOOK'に収納しておけと注意してくるのも、ゲーム序盤で出会う妖精だった。

それを知らないということは、'PARTS BOOK'はこの世界においては、まったく未知の力なのかもしれない。安易に見せるのは止めておいた方が良さそうだと判断すると同時に、ゲームとの誤差がどの程度あって、どのように作用するのかをある程度掴む必要があると考えたのだ。



ーーっても、こいつは無邪気な感じだし、危険そうにも見えねぇ。'MAGICIANS ONLINE'では妖精族は敵キャラじゃなかったし、軽く情報を集める為に色々と話してみるのはアリ、だよな。警戒するだけじゃ、何も分かんねぇままだし。それに、同じ人相手よりも別種族の方が、何かミスっても今後の影響も少ないだろうしなーー



そこまで考えて、会話の続行とある程度の自分の力の開示を決める坂下。


「これはな、'PARTS'っていう魔法の部品みたいなものを収納できる本なんだよ」

「魔法の部品? 魔法は魔力を練って詠唱して使うものだよぉ? なのに、部品って変なの~」

「詠唱? なんだそりゃ?」

「ほぇ? お兄さん、魔法使いじゃないの? そんなローブ着てるから、そうだと思ってたんだけど」

「魔法使い・・まぁ、多分、そうなるんだと思うけど、詠唱なんか魔法に必要だってのは聞いたことないな」

「うっそだ~。魔法は詠唱しないと使えないっていうのなんて常識だよ?」

「へぇ・・よかったら、1回その魔法を見せてくれないか?」

「ふふ~ん。お兄さん、驚いちゃうかもねっ。妖精族は、体はちっさいけど、魔力は純人族の何倍もおっきいんだからっ」


妖精の言葉に、顔が軽く引き攣るのを自覚する坂下。



'MAGICIANS ONLINE'では、妖精が魔法を使うシーンなどはなかったが、設定上は、人間の何倍もの魔力を持ち、遥かに強力な魔法を駆使するとあったからだ。この妖精が言うように。

そんな妖精が下手な魔法を使ったりしたら、どんな被害が周りに出るか分からない。



「でっ、できれば、あんまり派手なのは勘弁してほしいかなぁ!? おじさんの心臓停まっちゃうかもしれないしっ!!」

「あははははっ。お兄さんってば、自分のこと'おじさん'だなんて~。どう見てもまだ20歳くらいでしょ~? お兄さんってば面白~い」


妖精が爆笑しながら言った言葉に、坂下は首を傾げる。自分の容姿は、どう贔屓目に見ても年齢相応で、場合によっては、プラス10歳くらいは上に見られる老け顔だ。少なくとも、若く見られた経験はない。



ーー種族の違いのせいか? 犬猫の年齢なんて、外見からじゃ分からんもんなーー



そんな風に結論付けたところで、坂下の心臓が凍るような言葉が妖精から放たれた。


「面白いお兄さんには、超大サービスで張り切っちゃうよ~」

「え゛っ!?」

「《万物を灰塵と化す紅蓮の業火よ。我が魔力を糧に顕現せよ》」

「いやっ、ちょっと待て!?」


詠唱と共に膨らむ強大過ぎる未知の感覚に、坂下は制止の声を上げる。初めて感じる感覚ではあったが、坂下はこの感覚が魔力によるものだと直感的に悟り、この規模の魔力を行使した魔法の威力を想像して背筋が冷たくなってしまったのだ。しかし、妖精は詠唱に集中している為か、坂下の制止の声が届いた様子はまったくない。


「《踊れ。猛り狂え。全てを飲み込み、焼き払え。我が意の下に現界せよ》【灼熱の業火(イグニウスイグニス)】」


妖精が魔法発動のキーワードを口にすると、妖精の前方に巨大な炎が放たれた。その炎は、草原を幅約5m、奥行き約10mの広範囲に渡って灰に変えてしまい、その魔法の威力に坂下は呆然となってしまう。


「ふふ~ん。どう? 純人族じゃ扱えない、最上級の火炎魔法だよ?」


振り返って、小さな体をふんぞり返らせて自慢気に言う妖精。坂下は呆然としたまま、リアクションが取れないでいる。何故なら、



ーーあれだけの魔力を使って、これっぽっちの威力? 嘘だろ? これくらいなら、あの魔力の100分の1くらいの魔力で十分な筈・・・でも、この妖精の態度からして、手を抜いたとも思えないし・・・まさか、この世界じゃ魔法の発動にとんでもない量の魔力が必要になってるのか?ーー



などと考えていたからだ。


「お兄さ~ん?」


妖精が、文字通りの目の前まで飛んできて声を掛けたことで、坂下はハッと我に返る。


「あ、わ、悪い。あんまりにも、その、ビックリしてな」

「えへへ~。そんなにビックリした? サービスした甲斐があるな~。あ、ねぇねぇ。お兄さんの魔法も見せてよ~。教えてあげられること、あるかもしれないし」

「ん、ん~・・正直、さっきの魔力量を見た後じゃ、上手くいく自信がないんだけど・・・」

「だいじょぶだいじょぶ。最初は誰だって失敗するものだって長老も言ってたし、あたしだってい~っぱい失敗してきたんだから」


妖精の言葉に、少し考えてから首肯する坂下。魔法の発動に失敗したとき、何が問題だったのかを指摘してもらえるなら、その方がありがたいと考えたのだ。

それから、視線を前方に、意識を'PARTS BOOK'に向ける。すると、感覚が冴え渡ってきて、'PARTS'の組み立て方や魔法の発動の仕方が自然と頭に浮かんできた。それは、'MAGICIANS ONLINE'で慣れ親しんだ感覚でもあった。


坂下は魔法発動に膨大な魔力量が必要な可能性を考慮して、最小の魔力で最大の威力と最短の発動時間を持つ、自信の最高傑作の1つであり、ゲーム内でその構成を公開した途端に全プレーヤー御用達となった魔法を発動させる。


「【魔弾(マギカブレッド)】」


魔法発動のキーワードと同時に、バンッという音がする。魔力の弾が空気の壁を砕いて音速を越えた音だ。そして、魔弾の進路には浅く抉れた大地が視界の外にまで続いていた。


「う、うそ・・」


それを見た妖精は呆然としながら、そう呟いて坂下の肩に座り込む。そして、坂下も自分の魔法の結果に唖然としている。



ーーどういうことだ? 消費した魔力量は普通だったぞ? ステータス画面がないから、正確には分かんねぇけど、大して消費した感じがしないし、'MAGICIANS ONLINE'で作った【魔弾(マギカブレッド)】のままだ、多分ーー



その考えに確信を持つ為に、坂下は再び'PARTS BOOK'に意識を向ける。組み上げる'PARTS'は先程とほぼ同じモノ。ただし、そこに1つの要素を追加する。


魔弾(マギカブレッド):連射(セレニーニス)】」


キーワードと共に、坂下の前に50を越える魔弾が生まれ、次々に発射されていく。その光景に、妖精は口を半開きにして完全に硬直していた。



50を越える魔弾がもたらした結果は、妖精が放った魔法よりも遥かに広範囲の草原を、土が大きく抉れ、深い溝がいくつも生まれた無惨な姿に変えるというものだったのだ。

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