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プロローグ ~異世界への招待~

'MAGICIANS ONLINE'

シンプルな名前の通り、職業、ゲーム用語でいうところの'ジョブ'が魔法由来のものしかないというナカナカに尖ったゲームである。近年になって格安で手に入れられるようになった、全体感没入型の最新型のVR機が動作環境として必要とされている。


最盛期には、実動ユーザー数が全世界で10億人を越えるという、驚異的な人気を誇ったものだが、その人気の理由が、魔法とジョブに関する圧倒的自由度の高さにあった。

このゲームにおける'魔法'とは、'PARTS'と呼ばれる魔法を発動させる為の部品を、一定の法則に従って正確に組み上げることで作成されるものである。また、'PARTS'の数はゲーム配信開始当時で既に50万個。それが、アップデートをかける度に数を増やし、最終的な数は運営以外は把握していないと言われる程に多彩なものだった。

また、ジョブに関しても、かなりの数のものが用意されていた。配信開始当初、魔法に関するジョブのみだと聞かされていたユーザー達は遠距離、または回復職以外にはないと思い込んでいた。PVでも、そういった演出が為されていたからだ。また、ジョブは基本職しか公開されていなかったこともそう思い込まされていた理由だろう。

しかし、一部のユーザーは〈魔法職が遠距離だけとは限らないんじゃね? ホラ、魔法剣士とか聖騎士とかあるし?〉という疑惑の下にジョブ探しを実行。対人戦闘もできるこの'MAGICIANS ONLINE'で、初の近接職が登場したときには大半のユーザーが絶叫した。何せ、離れてドンパチすることしか想定していなかったというのに、いきなり懐に潜り込んできて魔法剣で大暴れされたからだ。

おかげで、大威力で発動までに時間を要する魔法の開発だけでなく、威力よりも手数や発動までの時間を重要視された'PARTS'の組み合わせの開発にも熱が入り、それまでの戦闘スタイルに新たなものが追加されるということもあった。





しかし、どんな人気ゲームにも衰退のときは訪れる。


現在、'MAGICIANS ONLINE'の実動ユーザー数は、僅か数百人。これはサービス配信の終了が間近となり、このゲームを懐かしんだコアなユーザー達が最後の瞬間に立ち会おうと、ある程度戻ってきての実動数である。

そんな過疎化した'MAGICIANS ONLINE'に、配信開始当時から、ただの1日も休まずにログインし続けていたオタクがいた。

彼の名前は、坂下高伸(さかしたたかのぶ)、35歳。'MAGICIANS ONLINE'をこよなく愛するオタクである。様々なゲームやアニメ、漫画にラノベ、薄い本まで手を出していた彼は、このゲームに出会ってからドハマりしてしまい、数々の新ゲームが世の市場を賑わせる中、これ1本でこの15年余りを過ごしてきた。彼にとって、'MAGICIANS ONLINE'とはただのゲームではなく、既に'もう1つの現実'、'もう1つの世界'であった。


そんな彼にとっての'世界'が終わるという知らせ。それは正しく、終末を告げられたに等しい衝撃。

彼は運営に猛抗議した。この素晴らしい世界を終わらせたりしないでくれ、と。だが、運営とて企業である。もう収益の見込めないコンテンツの配信を、たかが一ユーザーの抗議で継続したりはしない。

'世界の終わり'は確実に近付いてきていた。




そんな中でも、坂下は'MAGICIANS ONLINE'に今日もログインしていた。


『おかえりなさい。偉大なる魔術師、タカ。あなたが戻るのを心待ちにしておりました。さぁ、あなたの力と知識で世界に明るい未来を示してきてください』


ログインして最初に語りかけてくるのは、ナビゲーターであり、ゲーム開始時にはチュートリアルも担当する'女神'だ。



このゲームでは、女神の祝福を受けたという設定のプレイヤーが魔法技術の水準底上げにより、ランダムで所属が決まる国の生活を豊かにするというのがメインクエストとなっている。女神の台詞はそういう意味である。

尚、プレイヤー名の前に付けられる呼び名は、国とその国民への貢献度で変化していき、'偉大なる魔術師'という呼び名は貢献度が最大となったプレイヤーに付けられる、所謂、称号のようなものである。


しかし、この語りかけは、今の坂下の心境に対しては皮肉にしか聞こえないものだった。何せ、'世界の終わり'はもう決められてしまっていて、自分にはどうすることもできないのだから。



だから、つい、坂下は言ってしまった。人が操作しているのかと疑われる程に高度なAIと会話ルーチンを持つとはいえ、相手はプログラムなのだから、意味がないとは理解しながらも、堪えることができなかったのだ。


「女神様よ。明るい未来なんて、俺にはもう示せねぇよ。'世界の終わり'が決められちまった。どうせなら、ホントに俺をここの住人にしてくれないか? '世界'が終わった後に、ここを忘れて生きてくとか、マジで辛い」


女神から視線を逸らしながら口にした坂下の言葉に、返ってくるのは沈黙。



当然である。柔軟な会話ルーチンを組まれているとは言っても、'ゲーム'の設定を逸脱するような言葉に対する返答など組み込まれている筈もない。



しかし、坂下が視線を戻すと、そこには嬉しそうな笑顔を浮かべる女神の姿があった。いつも穏やかで暖かい笑みを浮かべてはいるものの、それ以外の表情は滅多に見せることのない女神が、坂下の言葉に対して嬉しそうに微笑んでいるのである。

これに、坂下は多少の驚きを覚えたものの、〈運営の演出か。こんな隠しコマンドを用意するんなら、配信を続けてくれよ〉と愚痴混じりに納得した。



しかし、その納得が、常識と共に宇宙の彼方に吹き飛んでしまう。


「ありがとう。偉大なる魔術師、タカ。あなたは本当にこの世界を愛してくれているのですね。仮初めのこの世界であっても、運命を共にしたいとまで言ってくれる程に」

「かり、そめ・・」


呆然と呟く坂下。そんな坂下に、優しげな微笑みを浮かべたままに女神は言葉を続ける。


『タカ。あなたが望んでくれるのなら、私は私の世界にあなたをご招待できます。この'MAGICIANS ONLINE'と非常に似通った、私の世界に。ただし、もう2度とこの世界には戻ってくることはできないでしょう。それでも、あなたは私の世界で生きていきたいですか?』


混乱に混乱を上乗せさせられたような心境の坂下だが、その問いに対しての答えなど決まっている。


「行きたい。ここと同じような世界で、同じ力を持って生きられるんなら、俺は元の世界になんて帰れなくてもいい。そこで一生生きていきたい、です」


即答する坂下に、女神はまた嬉しそうな笑顔を浮かべる。


『分かりました。ありがとう。タカ。この仮初めの世界で手に入れたあなたの力、あなた方が作り上げた力を持って、停滞してしまっている私の世界に新しい風を吹かせて。それだけが私からのお願いです』


女神がそう言うと、坂下の視界が白く激しい、しかし、どこか暖かい光に塗り潰されたのだった。




こうして、坂下は元の世界を捨てて、'MAGICIANS ONLINE'に酷似した世界、クオッドシィガイアへと旅立った。

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