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10話 この人の、幸せを作りたい


ダリアの花言葉に、感謝という意味があるのだと、私は大きくなってから知った。

――私のお母さんが好きだった花。私と父と母の三人で写っている最後の写真は、二人に抱きかかえられた私が真ん中でダリアの花束を持っているもの。

あれは、お母さんの誕生日だったと思う。おぼろげな記憶とダリアの鮮烈な色が、脳裏にはまだ、ある。


「千景さん…なんで泣いてるの」

「栞さんがこんなに素敵な女性になられて私は、もう…!」

「それ、大学の入学式も成人式も卒業式もぜーんぶ同じこというんだよね、きっと…」

「そのための一眼レフを購入しました」

「気が早いの!」


日曜日、私は紺色の少しだけ背伸びしたワンピースを着ていた。

叔父さんからプレゼントしてもらったそれは、私の一張羅。お母さんの形見のパールのネックレスをつけて。

フォーマルにも普段使いにも出来そうなワンピースは、私の体のラインにぴったりとあっている。

そんな私を感涙にむせびつつ見ている千景さんは、執事の時に見慣れたスーツを着こなしている。いつもより、高級感があふれているのは、きっと気合の表れなんだろう。

二人で決めたのは、今日はお互いに一番上等の洋服を着ていくこと。それは、千景さんが譲らなかった。

――私は、きっと少しだけ緊張している。

その証拠にうろうろそわそわ、落ち着きなく歩き回っていて。

いつも通りな千景さんと、落ち着きのない私。

叔父さんの時とは反対だ。あの時は、落ち着いていられたのに。


「大丈夫ですよ」

「…ん」


そっと、頭を引き寄せられた。肩に預けた頭をなでるように抱きしめた千景さんから、ふんわりと甘い香りがする。

――大切な人を紹介することがこんなにも不安で、それ以上にドキドキすることだなんて知らなかった。

この間の千景さんの気持ちが分かるようで、もう一度大きく息を吐いた。


「ダリアの花束、持っていこうね」

「栞さんのお母さんが好きだったのですね」

「…もうちょっとしたら、千景さんのお母さんにもなるんだよ」


抱きしめる腕の力が強くなる。

でも、皺を作らないようにという配慮か、苦しくはない。

いきましょう、とはにかんだ千景さんと手をつないで家を出る。パタンとしまったドアは、私たちが帰ってきた時に開かれるもの。

これから私たちは、どんな時もこのドアから出てそしてここに帰ってくるんだろう。

私が体験できなかったこと、千景さんが諦めたこと。全部全部、二人で、叔父さんも一緒に実現させていきたい。

――私は、この人の幸せを作りたい。


近所の花屋さんでダリアの花束を作ってもらう。店員さんがおまけに、と私たちに一輪ずつダリアを持たせてくれた。花から香る芳香に、思い出すおぼろげな記憶。

お墓までの道のりは、車で行くという選択肢もあったけれど私たちは歩いていくことにした。

墓地まではそう遠くない距離にある。叔父さんが前住んでいたマンションを選んだのも、今の家を選んだのも、きっと墓地と距離が開きすぎないという点を重点に置いてくれたのだと思う。

離れすぎないように、けれど近すぎないように。私がいつでも会いに行けるように。

30分、40分くらいだろうか。隣の千景さんは息一つ乱さず、対する私は荒げたい気で額の汗をぬぐうという…女子高生にあるまじき姿だった。この上品な格好にはふさわしくない。

体力を、つけねばと固く決意して私は、立ち止まった。


「ちょ…っと、きゅうけい!」

「すみません、早かったですか?」

「ううん、私が運動不足なだけ…」


思わず遠い目をする。墓地入口までは緩やかな坂道だったから、余計に疲労困憊。

でもこれしきでへばっているわけにはいかないのだ。

あらかた息が整ったところで、私と千景さんは花束を抱えなおしてまた歩き出す。

千倉家と刻まれた墓標の前に立つ。

――お母さん、お父さん大切な人を連れてきました。


ふわ、と風が私たちの頬を撫でて通り過ぎていく。

ダリアの花束を供えて、お線香をあげる。

二人でそっと手を合わせた。目を閉じて思う、ことは。

私の大切な人たち――、叔父さんと、そして学校生活のこと、そして隣の人のこと。

私を簡単に幸せにしてしまう、この男の人のことだ。

この人と幸せになりたい、この人を私が笑わせてあげたい、一緒に家族を作っていきたい。

見守っていてください。


時間にしてみれば、そんなに長い間ではなかったと思う。

私が目を開けた時、千景さんはまだ目を閉じて祈っていた。隣で並びながら、私は線香の煙がゆらゆらと漂うのを、見る。

栞、と呼ばれた気がして顔を上げれば、そっと私の手は千景さんの手によって握りしめられた。


「一生かかると思います。きっと、泣かせることもあると思います。でも、それ以上に笑わせます、幸せにします。

貴方たちの大切な娘さんに出会わせてくれて、ありがとうございます。

だから、彼女を私の伴侶にするとことを許してください」


そ、と風が髪を揺らす。

まるで、お父さんとお母さんに触れられているみたいだと思った。

目を閉じて、感じる。きっと笑っている二人を。

任せるよ、幸せにね そんな言葉が聞こえた気がして、零れ落ちた涙をそのままに、私は息を漏らした。

そっと撫でられた頭。肩に頭を寄せて、そして、私は幻を見る。


「栞さん、まだ現実味がないとは思います。貴女が大人になるまで、待ちますから。

だから、結婚してください」

「……はい、よろこんで」


そっと薬指に口づけられる。

指輪は、高校を卒業してから選びに行きましょうとはにかんで甘く笑われたその言葉に、私は笑ってしまった。

気が早いし、意外と千景さんは手が早いから。


「さ、かえろう、千景さん」

「どこかで食事をして帰りますか?」

「ううん、千景さんのご飯が食べたい」


とびきり高いレストランも、大好きな洋食屋さんも、たまに食べたくなるファストフードも、そのどれもに勝てるくらい千景さんのご飯が好き。

だから、外食は特別な日にさせてもらって、お手伝いするから一緒に家で食事をしたい。

これからも、場所は変わっていったとしても私と千景さんは二人で、あるいは増えた家族とともに食事をとるのだろう。

独りで食べる食事の味気なさを、もう味わいたくないし味あわせたくない。

だから、365日、できる限り一緒に過ごしていきたい。


「腕によりをかけて作りますね」

「また来ようね、次はお弁当持って。一緒にお墓で食べちゃおう」

「怒られないように、しないといけませんねえ」


だってきっと、私がこれだけ好きなのだから、お父さんもお母さんも千景さんのご飯は好きになるはずなのだ。

そして、叔父さんも一緒に。


墓地から出て二人並んで歩く。

私には、遠い未来のことはあまり想像できないけれど。喧嘩をする時もあるだろうし、傷付けてしまうときもあるだろう。

でも、その時は一つずつ解決していけたらいい。仲直りに一緒にご飯を食べて、そしてデザートもつけたら、それはきっと私たちを強くする。


「最初は、執事さんなんてぶっ飛んでたけど。二人とも、私のこと大好きなんだなって改めて思ったよ」

「当たり前でしょう?愛されない人間なんて、いません。私に貴方がいたように。貴女にも、私や先輩がいて。そして、ご両親がいます」

「うん、そうだね。そうだったね」


そう思えるようになったのも、最近ですが。と少し照れくさそうに笑った千景さんが愛おしい。

未来は不確かで、それでも私たちは歩いていくのだ。

そこに、大好きな人たちがいてくれること、おいしいご飯があること、それがあれば何度でも立ち上がれるだろうから。


「犬がかいたいな」

「……先輩は、動物が苦手でしたよ?」

「あらら…」


二人して笑う。

こんな風に未来を思い描くのって、とても楽しいことだと最近知った。

ただいま、と家のドアを開けて中に入る。

今日はありがとう、と言えば千景さんは泣きそうに笑って私を抱きしめた。

そっと触れた唇は、冷たい癖に温かく感じて。

たくさんの大好きを込めて、私から口づけた。








***

これにて本編完結となります。

お付き合いいただいたみなさま、ありがとうございました。

気が向いたら番外編を書けたらと思います。



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