第1話 私は彼女に勝ちたい
追いつけない人がいる。
私がどんなに頑張っても、どれだけ必死で努力しようと、彼女の才覚の前には誰もが崩れ落ちる。
都城さやかは次元が違う。
住む世界が違う。
彼女に追いつきたいなど思ってしまうことがそもそもの間違い。
遠くから才覚を羨み、才覚を愛でることが普通の女の子の生き方。
それでも私はただ憧れるだけで終わりたくなかった。
次元が違うの一言で背中を追いかける足を止めたくなかった。
今日も都城さんは私の前にいる。
その才覚をこれでもかというほどに見せつけてきている。
「秘儀! 分身テニスですわ!!」
「す、すごい! 高速で前後に動くすることで一つのコートにさやか様が二人に見える!?」
「昨日、漫画からアイディアを得ましたのよー!」
体育の授業で一人ダブルスを披露する私のライバル——さやかの姿を見て……
「(……頭痛い)」
私——早戸陽菜はいつものように頭を抱えるのであった。
都城さやかは次元が違う。
うん。せめて人間の土俵で勝負させてよ……おねがいだから。
*
体育の授業。
いつものように都城さんにテニスの試合を挑み、そしていつものように完敗した。
それはもう気持ちいいほどの惨敗だった。
「(なんで分身がそれぞれ違う動きが出来るのよ……!)」
あれはもうシングルスではない。1対2の暴力だ。
しかもサーブが変な方向に跳ねたり、ドロップショットが一切転がらなかったり、こっちのスマッシュを後ろ向きで跳ね返したり、人間離れしすぎている。
私が項垂れながら更衣室に向かう所に都城さんが笑顔で話しかけてきた。
「早戸さーん! 一緒に行きましょう~!」
先ほどあれだけ激しい運動をしていたので汗一つ描いていないこの才女。
思わず、一歩彼女から離れてしまう。
「どうして離れるのですか!?」
拗ねるようにまた一歩近寄ってくる都城さん。
「あ、汗臭いから私! ていうか貴方にボロ負けして消沈中なんだから一人で落ち込ませてよ!」
「いい試合だったじゃないですか! 1ゲーム取られましたし、私はとっても楽しかったですわ。さすが私のライバルですね」
「……んぐっ!」
この人は……なんて良い顔で心跳ねることを言ってくれるんだ。
そして、彼女の中で私がライバルとして認めてもらえていることを嬉しいと思ってしまう。
顔が赤くなるのをバレたくないので、小さく俯く。
都城さやか。
私のライバル。
差が大きく開いてしまっている……私のライバル。
私は昔から要領の良い方の子供だった。
小学生時代は誰よりも賢くて、運動も男子に負けないくらい出来ていた。
中学生時代は成績トップを3年間維持し、生徒会長も務めたこともある。そしてピアノコンクールで賞をもらった実績もあった。
努力は裏切らない。1番になればみんな私を見てくれる。
周囲の渇望が気持ちよかった。
でも高校になってから私の価値は一転する。
都城さやかさん。
彼女は次元が違った。
成績1位の座はずっと彼女の物。得意だった運動でも追いつけない。私の唯一の自慢だった要領の良さも、まるでそんなのは錯覚だったのではないかと霞むほどに彼女は何でも出来過ぎた。
ミシンに触ったこともないのにドレスを作ったり、男子も持ちあげられなかった段ボールを3段重ねで持ち上げたり、念じただけでスプーンを捻じ曲げたり。
今時の学生が好きそうなチートスペックを持つ少女。それが都城さやかであった。
「(でも、いつかは勝ってみせるんだから……)」
努力でチートを超えてみせる。
何度も折れそうになりながらも、私は都城さんに勝負を挑み続けるんだ。
そう、心に誓いを立てていると——
「ひゃう!?」
不意に額にざらついた感触が奔った。
「汗……拭かないと冷えてしまいますわ……」
都城さんが心配そうにフェイスタオルで私の顔を拭いてくれていた。
気持ちいい。
でもそれ以上に……恥ずかしい。
「だ……だだだ、大丈夫だから!」
照れ隠しのように都城さんの手を払う。
「そうですの? でも……」
「ほ、本当に大丈夫だからぁぁぁ!!」
ピュンっと風音を荒立てながらその場から全力疾走で駆け逃げていく私。
「(ああいう優しさを不意に見せるところが……ずるい!)」
「…………」
少し耳を赤らめながら走り去る私の姿を……
「……ふへ」
都城さやかはなぜか頬を緩ませながら眺めていたことをこの時の私は知る由もなかった。
*
【main view 都城さやか】
「(おかわいい……)」
にやける頬が止まらない。
あふれ出しそうな涎を止めるのに精一杯だから。
「(可愛い可愛い可愛い可愛いかわいいーー!!)」
悶えるように地面をダンダンと足踏みする。
「(今日もベリーエクセレントキュート、イン・ザ・ワールドですわー!!)」
胸の高揚が止まらない。
テニスの試合中も顔のニヤけをおさえるのに必死だった。
「(早戸さん……! 早戸さん!! どうしてそんなに素敵なの!?)」
右手には青いフェイスタオル。
先ほど、彼女の汗を拭いたタオルが私の手の中にある。
やることは……一つに決まっている。
「(すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ! 早戸さんの……ふご……陽菜ちゃまのスメルうぅぅぅぅぅ!!)」
ご馳走様でした。
このタオルは私の枕カバーにしましょう。
絶対に……絶対に洗濯なんてさせないよう遣いの者に言っておかねばいけませんわね。




