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第3話 冒険者ギルド、思ったより役所だった

ガレスたちに連れられて森を歩くことになった俺は、まず最初に重大な事実を知った。


異世界の森は、想像以上に歩きづらい。


いや、さっきも思ったことではある。

だが一人で歩いている時と、慣れた人間の後ろについて歩く時では、その差がはっきりとわかる。


ガレスたちは、まるで道が見えているかのように進んでいく。


一方の俺は、木の根に足を取られ、枝に服を引っかけ、時々よくわからない虫に驚いて肩を跳ねさせていた。


「ソウマ、足元見ろ。そこ、毒草だ」


「毒草!?」


慌てて足を引っ込める。


さっき俺が踏みかけた草は、葉の先が薄紫色に変色していた。

言われなければ、普通にそのまま踏んでいたと思う。


「それ、踏んだだけでまずいのか?」


「傷口に汁が入ると腫れる。ひどいと三日は熱が引かん」


「異世界、やっぱり不親切すぎるだろ」


「いせかい?」


ガレスが首を傾げる。


「いや、こっちの話」


危ない。


うっかり変な単語を出すところだった。


記憶喪失設定で押し通すなら、余計なことは言わない方がいい。


俺は心の中で、発言注意、と自分に言い聞かせる。


ガレスの仲間は二人いた。


一人は弓を背負った細身の男、リック。

もう一人は短剣を腰に差した小柄な女、ミナ。


リックはあまり喋らない。

周囲を警戒しながら、時々こちらを見る程度だ。


ミナは逆に、かなり遠慮がなかった。


「ねえ、ソウマって本当に記憶喪失なの?」


「たぶん」


「たぶんって何よ」


「俺にもわからないからな」


「怪しいわね」


「それは否定しない」


そう答えると、ミナは少しだけ笑った。


「自覚あるんだ」


「森で倒れてました、記憶がありません、でも魔法は撃てます。俺が逆の立場でも怪しむ」


「そこまでわかってるならいいわ」


いいのか。


この世界の基準がわからない。


けれど、今のところガレスたちは俺を拘束するでもなく、武器を向けるでもなく、普通に町まで案内してくれている。


少なくとも、いきなり身ぐるみを剥ぐタイプではなさそうだ。


「さっきの魔法、見たことない形だったな」


不意に、リックが口を開いた。


「そうなのか?」


「普通、初級魔法なら火球か風刃だ。お前のは、なんというか……魔力をそのままぶつけたように見えた」


「魔力をそのまま」


俺は右手を見下ろす。


さっきの感覚を思い出す。

胸の奥から熱が湧き、腕を通って手のひらから放たれた。


確かに、火でも風でもなかった。


青白い光。

小さな爆発。


属性とか、呪文とか、そういうものは一切なかった。


「呪文は?」


「叫んだだけだな」


「何て?」


「来るな」


ミナが吹き出した。


「それ呪文じゃなくてただのお願いじゃない」


「グレイウルフは聞いてくれなかったけどな」


「そりゃそうでしょ」


軽口を叩きながらも、俺は内心で考えていた。


この世界には魔法がある。

魔石がある。

冒険者がいる。


そして俺は、どうやら魔法を使える。


問題は、それがどの程度のものなのかだ。


才能があるのか。

転生特典なのか。

それともこの世界の人間なら普通に使えるものなのか。


何もわからない。


だからこそ、情報が必要だった。


「町に着いたら、魔法を教えてもらえる場所ってあるのか?」


俺が聞くと、ガレスは少し考えた。


「本格的に学ぶなら王都の魔導院だな。だが、冒険者ギルドでも基礎くらいは教えてくれる。魔法を使える冒険者は貴重だからな」


「ギルドで教えてくれるのか」


「登録すれば、だが」


「登録?」


「冒険者登録だ。身分証にもなる。お前みたいに行くあてがない奴には、まずそれが必要だろう」


なるほど。


異世界に来て最初の目標が見えた。


冒険者登録。


実にファンタジーらしい。


そして同時に、身分証という単語に妙な現実感があった。


「異世界でも身分証がいるのか……」


「お前、本当に変なことを言うな」


ガレスに呆れられた。


森を抜けた先にあったのは、石壁に囲まれた町だった。


高い城壁。

門の前に並ぶ馬車。

槍を持った門番。

遠くに見える赤い屋根の家々。


俺は思わず足を止めた。


「おお……」


初めて見る、本物の異世界の町。


映像でも、ゲームでも、イラストでもない。


石の匂い。

土の道。

馬車の車輪の音。

荷物を運ぶ人々の声。


全部が現実だった。


「ここはリーベル。王国の端にある交易町だ」


ガレスが言った。


「王国?」


「アルディア王国だ。……それも忘れてるのか?」


「ああ。綺麗さっぱり」


「大変ね、あんた」


ミナが同情したような目を向けてくる。


便利だな、記憶喪失設定。


ただ、便利すぎて少し罪悪感も出てきた。


門に近づくと、門番がガレスたちに気づいて手を上げた。


「ガレスか。戻ったのか」


「ああ。森で一人拾った」


「人を拾うな、人を」


門番が呆れた声を出す。


俺は軽く頭を下げた。


「どうも。拾われました」


「自分で言うな」


ガレスと門番の声が重なった。


この世界、ツッコミ役が多い。


門番は俺を上から下まで見た。


「身分証は?」


「ないです」


「出身は?」


「わからないです」


「目的は?」


「とりあえず生き延びることです」


門番は無言でガレスを見た。


ガレスは肩をすくめる。


「記憶が曖昧らしい。だがグレイウルフを一人で倒していた。腕はある」


「怪しさしかないな」


「俺もそう思う」


「おい、保護者」


思わずガレスを見る。


「誰が保護者だ」


「少なくとも今のところ、俺の社会的信用はお前に全乗せされてる」


「自覚するな」


門番はため息をついた。


「ガレスの保証なら、仮入町は許可する。ただし三日以内にギルドか役所で身分を登録しろ。問題を起こせば保証人にも責任がいく」


「わかった」


ガレスが頷く。


俺も慌てて頷いた。


「ありがとうございます」


「入町税、銅貨二枚」


「……税金」


思わず低い声が出た。


門番が眉をひそめる。


「なんだ?」


「いや、どこの世界でも税からは逃げられないんだなと思って」


「何の話だ」


ガレスが俺の分まで銅貨を払ってくれた。


あとで返すと言うと、稼いでからでいい、と返された。


異世界初借金である。


なかなか順調に社会へ組み込まれている気がした。


リーベルの町は、想像していたよりも活気があった。


道の両脇には露店が並び、焼いた肉の匂いや、香草の匂いが漂ってくる。

荷馬車が通り過ぎ、子どもたちが走り回り、冒険者らしき連中が大きな声で笑っている。


人間ばかりかと思ったが、そうでもなかった。


犬のような耳を持つ男。

猫のような尻尾を揺らす少女。

長い耳をした銀髪の女性。


「獣人に、エルフ……」


思わず呟く。


「珍しいか?」


ガレスが聞いてくる。


「珍しいな。かなり」


「リーベルは交易町だからな。獣人もエルフもたまに来る。もっとも、王都ほど多くはないが」


「魔族は?」


俺が何気なく聞いた瞬間、空気が少し変わった。


ガレスの表情が硬くなる。

ミナもリックも、わずかに視線を動かした。


失言だったか。


「魔族は、この辺りには来ない」


ガレスが短く答える。


「そうなのか」


「ああ。少なくとも、人間の町にはな」


それ以上は聞かない方がよさそうだった。


人間。

獣人。

エルフ。

そして魔族。


この世界にも、やはり線引きがあるらしい。


俺は覚えておくことにした。


今はまだ、何も知らない。

知らないことに、下手な意見を言うべきではない。


冒険者ギルドは、町の中心近くにあった。


大きな木造の建物。

入口の上には、剣と盾を組み合わせたような紋章。

扉の向こうからは、人の声と酒の匂いが漏れてくる。


「おお、これは完全にギルドだ」


「だからギルドだと言っただろ」


ガレスに言われながら、俺は建物の中へ入った。


中は想像通り、いや、半分くらい想像通りだった。


酒場のようなスペース。

依頼書が貼られた掲示板。

武器を持った冒険者たち。

奥には受付カウンター。


そこまではいい。


問題は、その受付カウンターの前に、きっちりと列ができていたことだ。


「……並ぶのか」


「当たり前だろ」


「もっとこう、荒くれ者たちが酒を飲みながら絡んでくる感じじゃないのか?」


「何を期待してるんだ、お前は」


ガレスが呆れた。


俺は素直に列へ並んだ。


しばらく待つ。

前の冒険者が依頼達成の報告をしている。

受付嬢が書類を確認し、不備を指摘し、報酬の計算をしている。


思ったより事務的だった。


というか、かなり役所に近い。


「冒険者ギルド、もっと夢のある場所かと思ってた」


「夢はあるぞ。書類もあるだけだ」


ガレスの言葉が妙に重かった。


順番が来ると、受付にいた女性がこちらを見た。


薄茶色の髪を後ろでまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だった。

笑顔は柔らかいが、机の上に積まれた書類を捌く手つきには無駄がない。


できる人だ。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「新規登録を頼む」


ガレスが言った。


受付嬢は俺を見る。


「こちらの方ですね」


「ソウマです。記憶が曖昧で、身分証がありません」


先に言っておく。


受付嬢は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに営業用の笑顔に戻った。


「事情ありの方ですね。珍しくはありませんので、ご安心ください」


珍しくないのか。


異世界、俺が思っているより治安が悪いのかもしれない。


「登録には名前、年齢、出身地、戦闘経験、使用可能な武器や魔法の確認が必要です」


「出身地がわからない場合は?」


「不明と記載します」


「年齢が正確にわからない場合は?」


「見た目と自己申告で仮登録になります」


「身分証がない場合は?」


「保証人、または仮登録料が必要です」


俺はガレスを見た。


ガレスは腕を組んでため息をついた。


「保証人になる」


「ありがとうございます、保護者」


「だから誰が保護者だ」


受付嬢が小さく笑った。


「仲がよろしいのですね」


「拾ったばかりです」


「拾われたばかりです」


また声が重なった。


受付嬢は慣れた様子で書類を取り出した。


「では、まず魔力測定を行います。魔法を使用されたとのことでしたので」


「魔力測定」


ファンタジーらしい言葉が出てきた。


受付嬢はカウンターの下から、透明な水晶玉のようなものを取り出した。


「こちらに手を置いてください。魔力量と属性の傾向を確認します」


来た。


これは来た。


異世界定番イベント、水晶測定。


普通ならここで水晶が光ったり、割れたり、受付が驚いたりする場面だ。


いや、待て。


あまり期待しすぎるのはよくない。


さっきからこの世界は、妙に現実的だ。

もしかしたら、普通に「はい、初級ですね」で終わるかもしれない。


俺は軽く息を吸い、水晶に手を乗せた。


冷たい。


次の瞬間、水晶の中に淡い光が灯った。


青。

白。

薄い金。

それから、色のついていない透明な光。


複数の光が、水晶の中でゆっくりと渦を巻く。


受付嬢の表情が、初めて崩れた。


「……え?」


ガレスも眉をひそめる。


ミナが身を乗り出した。


「何これ。こんなの見たことない」


「珍しいのか?」


俺が聞くと、受付嬢は少し困ったように水晶を見つめた。


「通常、魔力の属性は一色か、二色程度です。複数属性の方もいないわけではありませんが……」


「ですが?」


「これは、属性というより……魔力そのものの形が安定していないように見えます」


「安定していない」


それは良いことなのか、悪いことなのか。


判断に困る。


受付嬢は別の小さな板を取り出し、水晶の下に差し込んだ。

何かを確認するための道具らしい。


すると、水晶の光が一瞬だけ強くなった。


ぴしり。


小さな音がした。


全員の視線が水晶に集まる。


表面に、細いひびが入っていた。


「……弁償ですか?」


俺は真っ先に聞いた。


受付嬢は無言だった。


ガレスも無言だった。


ミナは口元を押さえて震えていた。たぶん笑いを堪えている。


リックだけが、ぼそりと言った。


「大物だな」


「悪い意味で?」


「今のところは」


やめてほしい。


異世界初日に借金が増えるのは困る。


受付嬢はようやく我に返ったように、咳払いをした。


「測定器の経年劣化ということにします」


「ありがとうございます」


「ただし、ソウマさん」


受付嬢の声が少しだけ真剣になる。


「あなたの魔力は、少し特殊です。扱い方を間違えれば、ご自身にも周囲にも危険が及ぶ可能性があります」


「つまり?」


「しばらくは、ギルドの訓練場以外で魔法を使わないでください」


いきなり魔法禁止令が出た。


「さっき森で使ったんですが」


「緊急時は仕方ありません。ですが、町中で使えば罰則です」


「やっぱり異世界でも法律はあるのか……」


「当然です」


受付嬢はきっぱりと言った。


ファンタジー世界も、思ったよりしっかり社会だった。


登録手続きが終わる頃には、俺はかなり疲れていた。


名前、年齢、身体能力、戦闘経験、魔法の有無。

注意事項。

禁止事項。

依頼の受け方。

報酬の受け取り方。

罰則。

税。

ギルドランク。


説明されることが多すぎる。


冒険者という響きは自由そうなのに、実際にはかなり管理されているらしい。


俺は渡された銅色のカードを見下ろした。


冒険者登録証。

ランクは一番下のF。


「これで俺も冒険者か」


「仮登録だけどな」


ガレスが言った。


「夢があるような、ないような」


「最初はみんなそんなものだ」


ミナが肩をすくめる。


「まあ、グレイウルフを一人で倒したなら、すぐEには上がれるんじゃない?」


「ランク上げって本当にあるんだな」


「何だと思ってたのよ」


「ゲームみたいだなと」


「げーむ?」


「こっちの話」


また危ない。


油断すると現代用語が出る。


俺は冒険者カードをしまいながら、受付嬢に聞いた。


「魔法の基礎って、いつ教えてもらえますか?」


「本日でしたら、夕方に訓練場が空きます。担当の魔法講師を呼べますが」


「お願いします」


即答だった。


この世界で生きるなら、魔法は絶対に必要だ。


それに、俺自身の力が何なのかを知らなければならない。


受付嬢は頷き、書類に何かを書き込む。


「では、夕方まで町の中でお待ちください。ただし、身分証は必ず携帯してください。あと、問題は起こさないように」


「起こす予定はないです」


「そう言う方ほど、よく起こします」


「信用がない」


「今日初めて登録した記憶喪失の方ですので」


正論だった。


俺は何も言えなかった。


ギルドを出ると、外の空は少し赤くなり始めていた。


町の中には、夕食の準備をする匂いが広がっている。

肉を焼く匂い。

パンの匂い。

香草の匂い。


腹が鳴った。


ガレスがこちらを見る。


「飯にするか。登録祝いだ」


「いいのか?」


「どうせ金はないんだろう」


「ない。見事にない」


「威張るな」


ミナが笑う。


俺もつられて笑った。


異世界初日。


魔物に襲われ、冒険者に拾われ、町に入り、ギルドに登録した。

魔力測定器にひびを入れ、魔法禁止令まで出された。


なかなか濃い一日だ。


それでも、不思議と悪い気分ではなかった。


この世界は不親切だ。

危険だ。

わからないことだらけだ。


けれど、少なくとも今の俺は、ただ流されるだけではない。


知ることができる。

学ぶことができる。

選ぶことができる。


それだけで、前の世界にいた頃より、少しだけ息がしやすい気がした。


「ソウマ、置いていくぞ」


ガレスの声に、俺は顔を上げる。


「ああ、今行く」


俺は冒険者カードを握りしめ、ガレスたちの後を追った。


そしてこの時の俺は、まだ知らない。


夕方の魔法訓練で、俺がさらに面倒な扱いを受けることになるなんて。


……いや。


これはさすがに、ちょっと予想していた。

読んでいただきありがとうございます!


続きも更新していきますので、少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価で応援していただけると嬉しいです!

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