表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【土御門晴親の苦悩】〜怪体新書録〜  作者: kawa


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

黒封書

【怪体新書】本編のプロローグに該当するエピソードを独立させました。


要望があれば、シリーズ化するかも、、、

 土御門晴親(つちみかどはるお)は、黒漆くろうるし塗りの文箱を前に、ただ黙然と座していた。

 

 桜が散り終えた四月の晩。


 陰陽府より届いたのは、一通の封書。

 

 ――黒封書。

 

 それは、陰陽府が「鎮圧しがたく」と判断せし時に発せられる内名(ないめい)の書状であった。

 

 (よわい)七十二。


 階位は「上宿老かみしゅくろう」。

 

 陰陽師二千余名の上に立つ、十人の「宿老」に於いて、さらに三席にのみ許されし位。

 

 弟子は、百十三名。

 

 京洛における霊的防衛の一翼を、五十年にわたり担い続けてきた。

 

 五十余年の修行と研鑽。

 

 数え切れぬ夜を妖魅と対峙し、幾度も死線を潜り抜け、この老骨に残りし全てを注ぎ積み上げた重み。

 

 ――だが。


 文箱の蓋を開け、書面に目を落とした時、指先からさっと血の気が引く。

 

 (ぬえ)

 

 討伐物の名を示すは、たった一文字。


 過去六十余年、この化け物の討伐に挑みし陰陽師は、延べ四百を超えた。


 生還した者は、七名。


 その事実が、この一文字に、込められていた。

 

 *

 

 『おまえの描いた式神は、じいじのどの式神よりも強かったよ』

 

 二十行ほどの短い手紙の末尾にそう記し、静かに筆を置く。

 

 孫娘に宛てた、他愛もない文言ばかりが並ぶ。


 庭の紅梅が今年はよく咲いたこと。


 書斎の引き出しに、彼女が幼い頃に描いた絵を、今も大事にしまってあること。

 

 「じいじの絵、へたくそ」と笑ったあの声が、まだ耳の奥底にこびりついていた。

 

 ――遺書、とは書かぬ。

 

 討伐を命じられてから出立までの三十日間、ただ淡々と己の死を形作る。

 

 まず、百十三名の弟子の中から、自らが直接手ほどきした高弟のみ二十三名を選抜、加えて――高弟の推薦で若い弟子を一人連れてゆく事とした。


 残りの者たちには、後進の育成や未完の神垣(かみがき)の補修など、己らが灰と化した後も派閥が混乱せぬよう引き継ぎを命じておく。

 

 弟子たちは皆、察しておる。

 

 師が二十四名だけを選んだ意味を。


 選ばれた者たちは決して泣かず、ただ深く頭を垂れた。

 

 そして今――


 孫娘への手紙をしたため終え、胸中から一切の迷いが、消え去った。

 

 *

 

 丑三つの刻。

 

 羅城門の跡地に辿り着きし頃は、星すらも見えぬ深い闇夜のことであった。

 

 平安の世より千年、不可侵を誇りし「陰陽府」が守りの要。


 その一つであるこの地が鵺との戦の場。

 

 弟子たちが己を中心に扇形の陣を敷く。

 

 全員が、白装束。


 死に装束に非ず、穢れなき身で臨むための正装であると、弟子たちにはそう伝えてある。

 

 無論、誰もその言葉を信じてなどおらぬ。


 信じてはおらぬが、師がそう言うのだからと胸を張り決死の面構えで陣に立ち並ぶ。

 

 「――皆のもの、聞け」

 枯れた声。

 

 「我らが大敵は鵺。過去六度の討伐において、のべ四百名の同胞が挑み、ついぞ討ち果たすことの叶わなかった大妖である」

 

 風が止む。


 誰一人として、声を発さぬ。

 

 「だがな、我らには三つの強みがある。一つ、五色ごしき重注連やえじめ。二つ、我が六つの式。三つ……」

 

 愛弟子たちの顔を順繰りと見渡す。

 

 震えている者。

 唇を噛みしめている者。

 静かに目を閉じている者。

 

 「……三つ目はな、お前たちのことよ。お前たちが長い年月をかけて、この老骨に教えてくれた、全てだ」

 

 誰一人として言葉を返す者はなく。

 ただ二十四の背筋が、同時に凛と伸びる。

 

 「打ちまわし。……始めよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ