第二章転生四足の朝
目を覚ますと、夜は完全に明けきっていなかった。
視界が左右に裂け、嗅ぎ慣れぬ乾いた泥の匂いが肥大化した鼻腔を突き抜けた。
東の空にわずかな朱が滲み、風が草の海を撫でていく。
辺りは殺風景な草原が広がっていた。
ここはどこだ?
大地は冷たく、足…、いや蹄がまだ自分のものではないように感じた。
村尾が起き上がろうとしても何故だか上手く立ち上がれない。
鼠色の細長い足に黒い蹄…。
自分の体ではない…。何だ…、この体は…。腕を動かそうとするが腕がない。黒く細長い四本の足。
鼻の奥に湿った土の匂いが流れ込む。
“フンッ、フシュルル”と鼻が鳴った。
村尾は、困惑した。
呼吸を整えようとするが胸の奥で音が鳴る。
低く湿った音…。
人間だった頃の胸の響きとはまるで違う。
「う…」
違う鳴き声だ。
その瞬間、喉の奥が少し痛んだ。
言葉が出ないー。
村尾は、ヌーになったのだ。
アフリカの大草原を群れで大移動するオグロヌーだ。
すると、次第に太陽が昇り、夜明けになった。
薄暗かった辺りが明るくなった。
鼠色の体に首筋から背中まで逆立った黒い毛と鋭いツノが生えた無数のオグロヌーがモォォと低く鳴いている。
それは
かつての極道のざわめきとは違うどこか遠い静かな響きだった。
しかし、群れ全体の仲間意識はなく、個々の集団と言った感じで自分の行動を優先して群れを作って動いているようだった。
村尾は、自分がオグロヌーだと気がつくと、横たわって体を起こして、前足と後ろ足でゆっくりと立ち上がった。
しかし、立ち上がったのは、良いがなかなか前足と後ろ足でスムーズに歩く事が出来ない。途端にバランスを崩してしまった。
しかし、村尾は、持ち前の根性で起き上がり、また転びを繰り返し、前足と後ろ足を交互にバランスよく歩き始める事が出来た。
しかし、また草原の上に倒れてしまった。
何だよ!何で歩けない!
村尾は、心の中で声を荒げて苛立った。何故ヌーに転生したのか。
記憶を辿っていくと、車内で銃弾に倒れて死んだ記憶が徐々に蘇ってきた。
誰に射殺されたのだろうか。対立組織の岡本組と本郷組の奴らだろうか。
ちくしょう。やり返して袋叩きにしてやりたいがもう死んでしまった…。
しかも何故よりによってアフリカの野生動物に転生してしまった…。しかもヌーって何だよ…。
村尾は、ヌーに転生した事があまりにも意外過ぎて怒りを通り越して、悲しかった。
ヌーとしてこの先どうやって生きていけば良いのか…。
村尾は、その事が一番心配だった。
てか、突然成獣のヌーに転生したのは、良いが何を食べれば良い?
村尾は、辺りを見渡した。
周りにいる大勢のヌーは、草を食べている。
自分もヌーになったので草を食べたら良いのか…。
しかし、草何て食べたくない。
前世がヤクザの組長だった自分は、海鮮丼とか鰻丼が食べたかったな…。とにかく白米が食べたい…。
しかし、アフリカの草原にそんな食べ物はない…。
村尾は、何とか立ち上がり、四速歩行で歩く練習をした。
村尾は、懸命になって前足と後ろ足を交互に使いながら四速歩行で歩けるようになってきた。
いつのまにか早く草原の上を駆け回るまでになった。
気がつけば村尾は、一頭の立派なヌーになっていた。
しかし、腹が減った。
仕方ない草を食べるか。
村尾は、立ち止まって、頭を下ろして、草を歯で噛み千切って咀嚼した。
不味くはなかったが味もなく普通だった。
後から湿った土の味が舌から伝わってきた。
しかし、あまりにも空腹だったので勢いよく草をもしゃもしゃと噛みちぎって咀嚼した。
喉の奥に咀嚼した草を流し込む。
草の繊維が歯と歯の間に挟まるが舌で動かして、ほじくるように取った。
村尾は、自分が草食獣のヌーになって草を食べるのは、惨めな姿に思えて屈辱的だったが構わず空腹の腹を満たした。
ちくしょう…。自分は、何で草何か食べているよ…。しかも躊躇もしないでサラダみたいにムシャムシャ食べている。でも、腹が減っていて食うしかないか…。不味くはないけど、味もしないし、何か変だな…。
村尾は、悔しそうに呟きながら草を食べていた。
草を噛むたび歯の隙間で湿った音が鳴った。
鼻腔に残る草の匂い。
もう、自然の味と香りを体感するように草原の草を貪り食っていた。
すると、次第に口の中がカラカラに乾燥して喉の渇きを覚えた。
喉乾いたな…。
水が飲みたいけど…。
村尾は、辺りを見渡した。
しかし、辺りは、草原で草しかなかった。
無数の群れのヌーが草原の草を食べていた。。いつのまにか数十頭の綺麗に二色に分かれた縞模様のシマウマの群れもヌーの群れに混じって草を食べていた。
シマウマだ。近くでシマウマを見るのは、迫力あるぜ…。
村尾は、間近でシマウマを見て驚いた様子だった。
すると、少し離れた所に水溜りがあった。
水たまりは、少し泥が混ざっていて茶色く変色していた。
村尾は、水溜りに近付いた。
汚い水だな…。飲みたくないけど…。喉が乾くから飲むしかない…。
村尾は、そう思うと、仕方なく泥が混ざり濁った水溜りの水を飲んだ。
喉が乾いているせいで、ごくごくと飲んだ。
草原の草を食べて濁った水を飲みながら生き長らえるしかないのか…。
あまりにも惨めだ。
畜生…。
しかし、今はこの過酷な大自然で厳しい弱肉強食の攻防が繰り広げられているサバンナで生き残るには、ヌーとシマウマの群れと行動を共にするしかない。
言葉は、話せないが動作と鳴き声でどうにか察知して行動しよう。
村尾は、そう強く決心した。
“ビュォォォォォーン!”
すると、強い風が吹き荒れた。
その風は、サバンナの大地の魅力を表現している様に感じた。
村尾は、その風を体全体で感じながら群れと共にサバンナの大地を駆け抜けた。




