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公爵家の我儘夫人は、多分夫に嫌われている  作者: 久里


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4

 


 で。

 参りに参ったヴァンはとうとう、この事態を人に相談することにした。


「そうか。とうとうか………」

「とうとうとか言うな」

「とうとうか………!!」

「喜ぶな!!」


 同じスラム出身、同じ傭兵団の出身、いわゆる幼馴染みのノアである。

 先の戦争での功績を認められて、貴族として認められた者の一人。そしてヴァンが知る限り、最も女心に精通している男でもあった。


 何せ平民生まれでありながら、気難しいと有名な貴族の娘や貴婦人達を次々たらし込んでいるのである。

 昨今、社交界におけるスキャンダルの七割はこの男が独占していると言っても過言ではなかった。


 腹を抱えて笑う色男は、「駄目だ笑う、面白すぎる!」とついにテーブルをバンバン叩きはじめる。ヴァンの眉間に刻まれた皺がますます面白さを引き立てるらしく、ノアは暫く笑って止まらなかった。


「いやーっ!人生面白いこともあるものだ。まさかお前が女に悩むところを見れるとは!しかも年下の幼妻相手に!」

「………」

「戦場一筋だったくせになぁ……。あんだけおっぱいおっきい美女に引っ付かれてもぴくりとも動かなかったのに………。さてはお前あれか、幼女趣味だったのか??」

「斬るぞ、流石に」

「あははははっ!冗談、冗談!」


 今度はヴァンの背中をバンバン叩いて、ノアはにこにこと酒を煽った。ヴァンの奢りの安いエールを思い切り。

 今は周りに貴婦人や貴公子達がいるわけでもないので、久しぶりに好きな酒を飲めるのだ。


 貴族になったくらいで酒の好みが高尚になるわけでもない、ということなのだろう。

 正直に言って、ヴァンもノアも値段ばかりが高いワインの良さはあまり分からなかった。酒はゆっくりと味わうよりも、馬鹿話を肴に、思い切り飲み干すのが楽しいのである。


「ま、分かるよヴァン。年がどうこうっていうより、相手があんまりにも箱入りで純粋だから、すごく綺麗で得難いものに見えちゃうんだよなぁ」

「……ああ」

「俺達なんか元々スラムの悪ガキで、戦争で飯食ってた傭兵で、どう考えてもお綺麗な貴族様とは生きる世界が違ってた。それが何の因果か今じゃ俺達どっちも貴族だ。社交界に出るたび驚かされるよ。お嬢様って純粋なんだよなぁ」


 そりゃあもちろん、お嬢様にもお嬢様の陰険さというものはあるのだろう。人間が集まれば諍いも増えるのは当たり前のことだ。

 けれどそれでも、戦場育ちのノアやヴァンにとってはそのどれも可愛いものだった。ちょっとわがままなところがあるのも、恋人になれば当然のように大切にされると思っているのも、愛されて育ったのだというのがよく分かる。


 そういう滲み出る『当たり前』に、ますます自分達とは違う生き物なのだと突き付けられるのだ。

 だから余計に、眩しくて仕方がないのだ。社交界では澄ましていても、ひとたび仲を深めるとすっかり感情をそのままにぶつけてくれる。

 感情豊かにはにかんで、拗ねて泣いていっぱい求めて、同じくらいに与えてくれる。


 スラムではそうはいかなかった。誰かに与える程の余裕を誰も持っていなかった。

 貴族の娘達のそれを、持っているものの傲慢だと言うものもいるだろう。けれどノアはそんな姿に惹かれてやまないのだ。

 そうしていつもあっという間に恋に落ちて、けれど平民出身のせいで結婚を許されず、毎度相手の親に追い出される形で恋に敗れているのである。


 ヴァンだって同じようなものだろう、とノアは思った。

 手の届かないはずだった高嶺の花。生きる世界が違う、泥に塗れて生きてきた自分達とは違う、整えられた温室の花。眩しくて仕方がないはずだ。

 世間を知らず、戦場を知らない。綺麗で、だからこそどう接して良いのか分からないのだろう。


「下手に触れたら汚してしまいそうで、本当の自分を見せた瞬間軽蔑されそうで、かえって何もできなくなるんだよな……」

「ああ……」

「で、退屈な男に成り下がって飽きられる、と」

「うぐっ……!!」

「あははははははっ!」


 寄り添うような言葉を言って、かと思えばいきなり鋭利な言葉で刺してきたノアに、ヴァンは一瞬でノックアウトされた。

 ヴァンはジョッキを片手に倒れ込み、ノアはそんなヴァンを見て、「あのヴァン・ヴェルナーが言葉少なになってやがんの!!」と愉快に声を上げる。


「昔はあんだけ饒舌だったのになぁ!仲間の間で一番口が悪くて一番煽るのが上手かったのになぁ、お前!!」

「ぐっ……!う……!!コロ……ッ」

「耐えてる耐えてる!そうだよなぁ、普段から気をつけてないと、もしお姫様の前で変なこと口走ったら大変だもんなぁ?」

「ブ……、コロ……ッ」

「お姫様にはお前の語彙はキツイもんな、絶対。それもあってずっと寡黙になってるんだっけ?いやぁ、分かる分かる。俺も一回通った道だし。スラム育ちにはちょっと厳しいよな、お上品な真似」


 そうしてノアは机に突っ伏すヴァンを見下ろして、「可愛い奥さんにドン引かれて軽蔑されて嫌われたら立ち直れないもんなぁ」としみじみ言う。

 目付きが悪いというか、すっかり極悪人になってるヴァンの鋭い青の目。ちょっと滲み出てるスラムも、しかし同じスラム育ちであるノアにはただ面白いだけである。「ふはっ!」と吹き出してしまうくらいには面白い。


「いやしかし、お前がこんな風になるなんてなぁ……。面白いし哀れだしで笑いが止まらなくなってきた。まずい、酒が進む」

「人の、不幸で、酒飲むな……ッ!!」

「おっ、人間の言葉を取り戻した」


 撃沈するヴァンの頭をグリグリかき混ぜ、手を振り払われて、ノアは「仕方ねえなぁ」とやれやれと首を振った。喉はまだくつくつと楽しげに揺れている。


「そんな可哀想なお前に、お兄様が良い感じの助言をしてやろう」






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