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第一章 (5)

産業技術研究所へ

 産業技術研究所は街の東に広がる広大な丘の上にあった。元々、牧場があったところを中心に周囲の山を切り開いて大きな敷地を確保していた。周囲には高さ5mはあるような高い壁が築かれ、中の様子を見ることはできなかった。

「まるで刑務所みたいだな」

ショウタが車の窓から外を眺めながらつぶやいた。トウヤが運転する車にケント、ショウタ、エミリーが乗っていた。正門にいる警備員にトウヤが話をすると問題なく中に通してくれた。門をくぐっても建物の入り口までは遠く、車で更に走る必要があった。広い敷地内には5階建て程の高さの、工場と思われる窓の少ない細長い建屋が何棟も連なって建っていた。ショウタ達は来客用の駐車場に車を停めメインビルディングで受付をすますと応接室に通された。その応接室は自然な風合いが乏しい無機質なインテリアで、温かみは感じられなかったが、商談には却ってその方がいいんだろうなとショウタは思った。

「トウヤさん、お久しぶりです」硬めのソファに座って待っていると二人の中年の男性が入ってきて、そのうちの一人が挨拶をした。

「こちらこそ、ご無沙汰しています。今日はお時間を取っていただきありがとうございます」トウヤが挨拶を返すと二人はショウタ達の正面に腰を掛けた。最初に挨拶した人が調達部長、もう一人は人事部長とのことだった。二人ともライトグリーンの制服と思われるお揃いの服を着ていた。自分が勤める会社の社員より頭が切れそうだが、裏もありそうだなとショウタは思った。調達部長は頭が禿げ上がっていたのでシャイン、人事部長は黒縁メガネをかけていたのでブラックとショウタは頭の中で勝手に二人にあだ名をつけた。

「トウヤさん、会社を辞められたとき以来だから、2年ぶりですよねえ、お会いするの。なんかあのときより元気そうなお顔をしてらっしゃいますねえ」

「そうですか?」

「きつい商社の仕事から解放されて伸び伸びされているんじゃないですか?」と言うシャインを見て、こいつ嫌味な奴だなとショウタは思った。

「まあ、おかげさまで今は気楽に暮らしていますよ」

「こちらの女の子が例のお子さんですね?」シャインがエミリーを眺めながら言った。エミリーは気後れせずシャインと目を合わせた後、軽くうなずいた。

「そうなんです。電話でもお話しましたが、この子はタテリカの里からお父さんとお兄さんを探しに来たのですが、そのご父兄がこの産業技術研究所に入るのを見たという情報があったもんですから、ご存じないかと思いましてお伺いしました」

トウヤがそう言うとショウタが父兄の写真を見せた。

「このお二人です」シャインとブラックはその写真を受け取りしげしげと眺めた。

「いつ頃のことなんですか?」シャインが顔を上げて訊いてきた。

「ここに入ったのを見たというのは昨年の春だったという情報でした」ショウタが答えた。

「父と兄がこの街に向かったのも昨年の春、3月20日でした」とエミリーがはっきりした声で話した。

「お嬢さん、しっかりしているんですねえ」シャインが感心した口ぶりで言った。

「心当たりはないでしょうか?」トウヤが二人に訊いた。

「人事部長、心当たりある?」シャインが右隣に座るブラックに顔を向けて言った。

「うーん、見覚えないなあ…… うちでは毎年、百名程度の社員を雇っていて、一通り私も面接して会っています。でもこのような方はうちには来られてないですね。派遣社員やパートの方もいますが、その中にも見た覚えはないです」ブラックが渋い表情で言った。

「本当に心当たりはないですか?」ケントが厳しい目つきでブラックを睨みながら訊いた。

「ないですねえ、残念ながら」とブラックが目をそらして手元の写真を見ながら答えた。

「ご父兄は何をされておられるのですか?」シャインがエミリーに向かって訊いた。

「主に農業と牛などの牧畜もやっています。兄はそれ以外にネットで商売をしていました」

「その商売って?」

「農産品の販売です」

「そうなんですね。うちには関係ないご職業ですねえ。ご存じのようにうちは工業技術の開発をしていますから」

「そんなことはわかっています。でもここに入ったという情報があったんだ」ショウタは二人のぞんざいな感じの言葉にイラっとして強い口調で言った。

「もしかしたら誰かのお客とてして来られたのかもしれません。そうですと私たちには分からないです」と答えたブラックの表情はショウタを小馬鹿にしているように見えた。

「社内の人に聞いてみることはできないですかね?」トウヤが丁寧な口調でプッシュした。

「総務に言って社内掲示板に乗せてみたら?」シャインがブラックに向かい言った。

「それはできますよ。この写真、お預かりしていいですか?」

「どうぞ。返してもらう必要はないですし、何だったらたくさん送りますから社内でも配ってください。捜索願のサイトもあるので、その情報も後で送ります」

「サイトの情報はください。その情報を社内でも流しますよ」写真の配布は面倒くさいようだった。

「ありがとうございます。ご協力感謝します。また追って確認の連絡をさせていただきます」

「トウヤさん、お気兼ねなく。いつでも連絡してください。ところで皆さんはどういうお知り合いなんですか? なんか仲良さそうでいいなと感じたもんで」とシャインがたずねてきた。

「いやー単なる飲み友達ですよ」トウヤが笑いながら答えた。

「いいですね」

「このケントさんが飲み屋をやっていて。これがいい飲み屋なんですよぉ」 調子に乗ってショウタがしゃべった。横でケントが余計なことを話すなとしかめっ面をしながらテーブルの下でショウタの腿を手でたたいた。

「羨ましいなあ。私なんて忙しくて飲む余裕なんてなかなかとれないです。早く仕事を辞められればいいんですけど、そうもいかなくて」そういうシャインにショウタはまた嫌味を感じた。そんなつまらない会話をエミリーは背筋を伸ばして黙って聞いていた。

「ではご協力よろしくお願いします」玄関で見送りに来てくれたシャインとブラックに4人は深々とお辞儀をして別れた。


「何にも手掛かりがなかった。街の人って冷たいんですね」駐車場の車に歩いて向かう途中、エミリーはがっかりしたように小さい声で言った。

「まあ、そんなにめげないで。まだ捜索願を出して二日目だ。まだまだ他にも情報がくるかもしれない」ショウタがエミリーを励ました。

「ありゃあ、何か隠してるな」ぼそりと口を開いたケントの方に皆が顔を向けた。

「人事部長に強めに迫ったときに目は合わさず、口元に皺がよった。あれは嘘をついている顔だ」

「私は気づかなかった……」トウヤはケントの観察眼の鋭さに驚いていた。

「すみません」突然、後ろから女性の声がした。振り向くと60歳位のおばさんがこちらに近づいて歩いてきていた。丸っこい小柄な体で気のよさそうな表情をしていた。

「何か?」とトウヤが訊いた。

「その子の衣装、ネットで出ていた捜索願を出している方ですか?」

「そうですけど」トウヤが答えた。

「私見かけるんです。その子のお父さん、お兄さんを」

「え?」 


おばさんの情報とは?

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