第8話 迷宮攻略④
「バァあああ゛ぁ!?」
「ギィぃッ!?────ぃ!?」
「ラ、ヴァあ゛ぁぁ!」
斬る、斬る、斬る。
次から次へと現れる魔物を斬り刻んで、殺す。
魔物の血を浴びて、また殺す。
燃やす、燃やす。
斬っても殺せないのなら、燃やして灰にする。
渦巻く感情を具現化した炎は、強靭な魔物の骨をも粉にする。
進む、進む。
入り組んだ迷宮の中を、明かりを灯して突き進む。どれだけの死体を見ても、どれほどの魔物と遭遇しても、その意志が衰えることは無い。
無限に続くように感じる迷宮を、少年はひたすらに進み続ける。さながら、妄執に取り憑かれた亡霊のように……。
♦︎♦︎♦︎
「……いい感じの場所……ここにするか」
ある程度進んだ後、俺は岩壁を背にしてへたりと座り込んだ。脚が痛い、腕が痺れる。
もうしばらくは、歩けそうにも無い。
(こんなにも、疲れていたのか……)
肉体的には勿論、精神的にもかなり参っている。
見渡す限りの暗闇に、押し寄せる魔物たち。
それらはゆっくりと、しかし着実に俺の心身を削っている。
俺はいつになったら地上に出れるのだろう。
上層へ上がる度に期待をして───────いつも裏切られる。
(……そういえば…)
ふと考える、迷宮に落ちてから一体どれほどの時間が経ったのか。
この迷宮では時間を確かめる術がない。
一か月?二か月?それとも一年だろうか。
もしかしたらたった一日かもしれない。
苦しいと感じる時間は、実際に進んでいるよりも長く感じるものだ。案外長い時間が経ったのかもしれないし、大した時間じゃないのかもしれない。体感はあてにならない。
普段身近に感じている時間という概念が切り離されると、こんなにも違和感を感じるものなのか。
それに……
「腹……へった…」
確かめる術のない時間よりも、よっぽど解決しなければならない問題が俺にはあった。それは空腹。
強くなろうと加護を得ようと、人間であれば────いや、生物であれば決して避けられないモノ。
栄養となる物を摂取しなければ生きていけない。
何か、何か無いか?
キョロキョロと周囲を見渡してみるも────無い。なにも、無い。
あるのは見慣れた暗闇と岩壁。
ボロきれを纏った、囚人の白骨死体。
殺した魔物の死体もあるがあれはダメだ。食べられない。
種族に関係なく、魔物の肉は猛毒だ。
魔物の内包する魔力は、人間のそれとは全く違うらしく、体内で魔力同士がぶつかって毒素を発生させる。
胃に入れたら最後、その毒素が全身にが回って死ぬ。
人間どころか、動物ですら分かっている事実だ。
起き上がって食糧を探したいが、それはできない。体力がもう無い、ヘトヘトだ。
そもそも、探しに行ってどうなる?その先に食糧があるという確信も無いのに。
「……う、ぐぅ…」
考えを巡らせていたら、更に腹が空いてきた。
空腹の苦しみなどとうに過ぎ、感じるのは痛み。
腹がゆっくりとすり減るような、痛み。
意識が朦朧とする、目の前が暗くなってくる。
「────ぐ!?」
自分の頬を全力で殴る、自らに喝を入れて、無理やりに覚醒する。
危なかった、もう少しで意識を手放すところだった。
「……」
が、その行為により更に腹が減る。
餓死への道を、順調に進んでいる。
もう無駄な動きはできない。
もはや一片の体力すら無駄にできない。
餓死が早くなる。
「……?」
カサカサに乾燥した唇に、何か触れる。
ぬめっとした感触、鉄のような、味。
さっき自分で殴った時、口内で出血したのか。
………思い切り、口内を噛む。
ガリッと音を鳴らして、走る激痛。そして舌先に触れる────自らの血液。
………水分。
「あ、は……ははは…」
自らの両手を見る。こんなことを、しろというのか。食べろというのか。
目の前にある肉。
俺の加護は炎で包んで傷を治せる。どうせ魔力は有り余るほど残っているから、何度でも治せる。
食っても、失わない肉。
目の前にある。
「───ッッ!!」
黒鉄を、腕に当てる。
ステーキを切り分けるように、刃を当てる。
血が溢れる。
白い脂肪が、見える。
「───あ゛ああァ!?がぁァァ!?!」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!
魔物によって身体を破壊されるのと、自分で自分を破壊すること。どちらも同じことだと思っていたが、後者の方が遥かに辛い。
なぜなら、その痛みから逃れるために中途半端な所で刃を止めてしまうからだ。
だから、より痛みが続く。
だから、より苦しい。
だが、もう迷っている時間など無い。
こうする他無い。
早く、切り取った肉を口に運ばなくては!!
栄養を、取り込まなくては!!
「うぶぅ゛!?う……うぅ」
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
初めて食べるその肉は、一言でいえば最悪。
生臭く、感触が悪く、まずい。
気持ち悪くて、思わず吐きそうになる。
我慢して、飲み込む。
これしか無い栄養を、無駄にはしない。
「はっ……はっ…はっ……」
飲み込めた、食えた、自ら切り取った腕の肉を。
ふと見れば、切り取った箇所は既に竜の鱗に覆われて、再生を始めていた。
つまりはまた、食えるということ。
「……あは、はははは……」
これで食糧は解決した、これで心置きなく地上を目指せる。咄嗟に閃いた食糧の入手が、こんなにも上手くいくとは。思わず笑いが込み上げてくる。
「う、うう゛う゛ぅ゛ぐぅ……う゛う…」
笑いは直ぐに、涙へと変わった。
自分自身を切り取ることが、自分を食べることが、こんなにも苦しくて惨めなことだなんて、知らなかった。知りたくもなかった。
「絶対……出てやる……こんな所…」
苦しみを感じる度、痛みを感じる度、この思いは強くなる、意志は強靭になっていく。
俺は今日のことを、深く頭に刻んだ。
その意志を忘れないために、また自分を食べる時、この涙を思い出すために。
♦︎♦︎♦︎
ソレは、ただただ待っていた。
ソレは魔物たちの気配が消えていくのを、遥か上層から感じていた。
ソレは確信していた。
魔物たちを殺し続ける者が居ることを、そしてその者が、此処へと上がってくることを。
ソレは顔と呼べる部位を持ち上げて。
のっそりと、動き出した。




