着ぐるみという高速具
「じゃあいくわよ!」
「ヘルタイムを見せてやろう!」
朝守成が駆ける。一瞬で間合いを詰めて、人外の瞬発力で回り蹴りを放って、元スタボーは身をひねって回避する。
「え!?」
朝守成の猛攻は止まらないが、神速の突きや蹴りを、元スタボーは全てかわしきる。単純に速いとか巧いというよりも、圧倒的な総合的運動性能でかわし続けている。
次の瞬間、元スタボーは一瞬で朝守成の背後に回り込む。朝守成は迷わず背後へ後ろ蹴りを放って、元スタボーは意に介さず軽く身をひねるだけでかわした。
続けて元スタボーは天高く跳躍、朝守成を真上から蹴り潰しにかかる。
「くっ!」
朝守成は必死に腕でガード。だが元スタボーは着地と同時にまた跳ねあがり、真上から朝守成にストンピングキックを落とし、そして落ちてこなかった。
朝守成がガードに使った腕を足場に真上に跳躍。朝守成自身を足場にしてタップダンスでも踊るようにしてカカトの雨を降らせた。
「ウソでしょ!? なんなのよこの戦い方!?」
朝守成は必死に元スタボーのカカトを防ぎ続けるが、なかなか反撃には出られない。
◆
VIP席で、礼奈と好美が目を丸くする。
「な、なんなのよあいつ……」
「速過ぎるっていうか、中の人、何あの空中殺法……」
「当然だろ?」
礼奈と好美は、自分達の間に座る羅刹を同時に見た。
「あいつはあの手足が短い☆型の着ぐるみで普段、あれだけアクロバットな動きができるんだ。着ぐるみっていう拘束具がなくなった今、もうあいつを縛る物はない。あいつ本来の身体能力を存分に生かせるってわけだ」
「「な、なるほど……」」
礼奈と好美は、目を丸くしたまま頷いた。
「で、でもせっちゃん、なんで朝守成ちゃんは攻撃できないの? さっきまであんなに凄い動きだったのに」
「あ~、人間って奴は真上の攻撃に弱いんだよなぁ」
羅刹はバツが悪そうに、こめかみをぽりぽりとかいた。
「人間の身体構造上、一八〇度、完全な真上には力が入らないんだよ。真下から下段中段上段、ようするに斜め上まではいい。でも完全な真上には、極端に弱くなる。重力に真っ向から逆らうし体重を乗せられないし背骨の回転力も半分以下だからな……だから、同じ一〇代選手としては頑張って欲しいけど、ああなるとちょっとキツイなぁ……でも」
と言って、羅刹は息を吐いた。
「朝守成って……常識が通じないからな……」
◆
「ふははは、どうした? 宇宙からの攻撃に手も足も出ないか?」
調子に乗って朝守成を真上から蹴り続ける元スタボー。
もう一分以上こうしているが、時間の歩みと共に朝守成の額に青筋が、一本、また一本と浮かび……ついに。
「いい加減にぃ~……」
朝守成の左手が、元スタボーの左足首をわしづかんだ。
「な!?」
「しなさいよねっっ‼‼」
朝守成が無造作に左腕を振り下ろし、タオルの水気を飛ばすようにして元スタボーを振り下ろして床に背中から叩きつけた。
床が陥没。
その規模はクレーターを彷彿とさせる。
受け身を取ってもなお元スタボーの背中の筋肉は甚大なダメージを受け、アバラの背面の砕け、一瞬で圧縮され切った肺には空気が入らず、口を開けたままもがき苦しんだ。
「女の子を散々足蹴にして……足蹴にするのはヒロインの専売特許! そして、こっちの業界じゃご褒美なのよ!」
朝守成が元スタボーの上に跳躍。
試合の始めにかわされたストンピングキックを、今度こそキメる。
朝守成のカカトが、元スタボーの胸骨にメリ込み粉砕。
蹴りの反動で朝守成のセクシーボディは華麗に宙を舞って、床に着地した。
元スタボーは、もう動かなかった。
「もう終わり? 言っておくけど、あたしのお兄ちゃんはあたしの三倍強いわよ♪」
『勝者♪ 桐生朝守成選手ぅ♪』
「みんなありがとう!」
爽やかに手を振って、弾けるような笑顔をふりまく朝守成。
観客席からは大歓声が止まらない。
◆
美少女ファイター、桐生朝守成の活躍に会場は大賑わいだが、羅刹は類まれなる観察眼を通して、強い関心を持っていた。
「あいつの動き……」
「本気の試合を見て気付いたか?」
背後からの声に羅刹が振り返ると、前回の世界大会優勝者。現NVT世界チャンピオンの虎山剛輝が立っていた。
「あ、虎山さん」
「よぉ羅刹」
VIP席だけに、この周辺は皆、同じ選手や社長達なので、チャンピオン登場に驚く、なんてことは無い。
もっとも、ファイターの世界に慣れていない礼奈は、いきなりのチャンピオン登場にやや委縮気味だ。
今までの試合で、散々人間をやめたような化物達を見て来た礼奈だ。
これがその化物達の頂点に立つ者かと思うと、無意識に警戒してしまう。
「お前の察した通りだ羅刹。あの女、桐生朝守成はな、常時天城流の鬼風と鬼山が発動しているんだよ」
天城流奥義鬼風。突きや蹴りなどの運動に必要な全関節を同時に動かし、かつ全関節のマックススピードのタイミングを、相手に攻撃が当たる瞬間に合わせる絶技だ。
そして鬼山。こちらは逆に、攻撃が相手に当たる瞬間、全身の関節を同時に固めることで、全体重と運動エネルギーを相手に叩き込む秘儀だ。
「やっぱりですか?」
「当然、精度はお前には劣るけどな、でも、常にその状態で、攻撃や防御の一つ一つ全てが余すところなくソレじゃ、命がいくつあっても足りないな」
剛輝は、嬉しそうに笑って拳を作った。
羅刹も歯を見せて笑った。
「俺も、早く戦ってみたいっすね」
「無理だな、あいつはCブロック。戦うなら朝守成の奴は俺を倒さないとならないからな」
「俺の決勝の相手は剛輝さんか朝守成、どっちにしても『相手に不足無し』って言葉がここまで似合う人はいませんよ」
現世界チャンピオン、虎山剛輝。
今大会初出場、天城羅刹。
二人は交わる視線の奥に、確かな闘志を感じ合った。




