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第五十二話 武人 VS 魔人

 闘技場の正門前広場から、中央舞台へと続く通路。

 アーチ型の天井は高く、幅も帝都の大通り並に広い。つまり、立ち回りには十分な空間だった。


 その通路で、三十歩ほどの間合いを置いて、二人の剣士は立ち止まる。


「その腕はどうした?」

「お宅の娘さんに斬り落とされたんだが」

「……だから言っただろ?」


 大剣の剣士、シュレイドは右腕を失っていた。その答えを聞いたディランは、気の毒そうに眉を寄せた。もっとも、『腕を失った』ことへの、普通の意味の同情ではない。


「あの子は天才中の天才だからなぁ。むしろ良く生き延びられたものだ」

「まぁな。異界じゃなきゃヤバかった」


 ディランはむしろ、褒めるように言う。ユーリアの天賦てんぷの才を目の当たりにしたシュレイドのプライドを気遣ったのである。それが分かるだけに、シュレイドも苦笑を浮かべた。


「しかし、良い娘ではあるな。あの娘、友達を守るためにようやく本気を出しやがった」

「うむ。ユーリアは良い子だよ」

「レオンも、そうなるはずだった」

「……」


 シュレイドの目には、底知れぬ寂寥せきりょうがあった。


「あの子が運河で溺れ死んだ時も、シシアが病で血を吐いて倒れた時も、俺は辺境で蛮族や魔獣あいてに戦っていた」

「シュレイド……」


 ディランの知るシュレイドは、出世だけを生きがいに『大戦』を生き抜いた男だ。そのシュレイドが、妻と子の名を呼ぶ時だけは優しげな目になるのをディランは見た。だが、その優しさは、シュレイドをさいなむ棘だ。


「……まさか、シュレイド。お前は、『八つ目の扉』の伝説をあてにしているのか?」


 ディランは『詩人ムウの物語』を思い出してはっとした。そもそも詩人ムウは、死んだ妻を連れ戻すために、八つ目の扉の向こう、『死者の館』を目指していたのだ。


「俺にはもう、それくらいしかないしな。それがダメでも、帝国の連中にはいい迷惑・・・・をかけられるだろ?」

「……シュレイド……」


 シュレイドは、チリのように頼りない希望と、重すぎる怨念に塗りつぶされていた。


「俺以外の騎士連中も、似たようなものさ。だから、まあ、今更止まるわけはないわな?」

「分かってるさ」


 早くに帝都を離れ、ユーリアという娘を得たディランに、シュレイドの本当の気持ちや痛みは分からない。

 だが、シュレイドという男がどれほどの悩みの末に復讐を選んだのか、その覚悟がどれほど重いかは想像がつく。だから、ディランは最初から彼を説得できるとは思っていない。

 それはある意味、戦友への信頼の証だった。


「話が早くっていいな。じゃ……やるか」

「ああ」


 ディランは長剣を上段に構えた。


「帝都衛兵隊六〇一小隊長ディラン・マイクラント。……皇帝陛下に成り代わり、逆臣を斬る」

「……嬉しいね。お前を斬れば、皇帝を斬ったことになるのか」


 シュレイドに深く同情しているディランだが、彼を許すつもりも見逃すつもりもない。この場で斬り捨てるという覚悟はしている。皇帝の名を出したのは、シュレイドをむしばむ怨念にほんの少しでも行き場所・・・・を与えたかったからだ。


 シュレイドは左手で大剣の柄を持ち、一振り。それで鞘がすっ飛んでいく。


「残念なのは、これ・・じゃもう武人同士の勝負とはいかないってことだな。だから、悪いが……勝ちを狙わせてもらう」


 ぎり、とシュレイドは奥歯を噛み締めた。

 ディランにはその体内に得体の知れない不気味な『気』が集中し、大量の魔力が右手の切断面に渦巻くのが感じられる。


「ぬあっ!」


 ズルッ。

 シュレイドの右腕の切断面から、赤茶けた異形の腕が飛び出した。




 明らかにバランスがおかしい。

 いびつな筋肉と腱で肥大化した右腕で、シュレイドは大剣を一閃する。


「くおっ」


 大人の男ほどの重量を持つ鉄の塊が、小枝のように軽々とディランの胴へ吸い込まれていく。間一髪、床を転がって回避するディラン。


「……知ってるか!? 魔族ってのはな、魔界の住人なんかじゃない!」

「っ!?」


 ディランの頭上を駆け抜けた大剣は一瞬で天から降り注ぐ。ディランは何とか受け流すが、あまりの剣速と衝撃によろけ、片膝をついた。

 異形の右腕で大剣を操るシュレイドは、斬撃とともに怒号を浴びせる。その肌は青黒く染まり、瞳や髪も人間離れした色に変わっていった。


「見てのとおりっ!」

「うおっ」


 首、胴、足。絶妙の角度と驚愕の速度で襲い来る刃を、ディランはぎりぎりで受け流し、避け続ける。同じ『武王』であるディランが防御一方にならざるを得ない連撃を繰り出しながら、シュレイドは言葉も止めなかった。


「魔族の正体は、魔層化イヴィライズした人間やエルフなんだよ!」


 異世界である魔界から突如襲来し、『大戦』を引き起こしたと言われる『魔族』の正体。帝国政府が機密中の機密として隠してきた真実をシュレイドは身をもって示していた。


「笑えるだろ? 俺たちが人類の敵だと思って必死に殺してきた魔族も、同じ人間だっ……たっ!」

「おぉっ!」


 ガギン!

 真正面からの斬り下ろしを、ディランは剣を掲げて受け止めた。完全に『魔族』と化したシュレイドと、二本の剣を挟んで睨み合う。


「悪いが、とっくに知っている。……というか、魔境都市ではわりと良く起こる」

「マジで何なんだよ魔境都市」


 シュレイドも、この情報でディランの心理を揺さぶれるとはあまり期待していなかった。それにしても、あまりにも効かなすぎて・・・・・・憮然とする。


「帝国政府が、わざと敵対国の人間を魔族に変えたとかなら、話は別だがなっ!」

「ぐっ!? ……ちっ。まあそこまでの馬鹿じゃあなかったようだが」


 剣を合わせたままのディランに腹を蹴り上げられたシュレイドは、大きく下がってつばを吐く。


「だったら私のやることは変わらんな」

「……俺もだっ!」


 異形の右腕と、ほぼ人のままの左腕。その両腕で大剣を振り上げたシュレイドは、地響きを生むほどの踏み込みで間合いを詰める。

 これまでの、じゃれ合いに近い剣戟とは殺気の度合いが違った。《本気の剣か。……シュレイド!》


「じあっ!!」


 シュレイドは大剣を『縦』にして真横に振るった。

 風すら逃さぬ大剣の軌跡が、ディランの足元あたりの大気をごっそり・・・・と抉り取る。

 これまでのシュレイドなら、ただ空気の狭間、真空を生み出すだけだ。だが、魔族化により倍増した筋力と魔力は、魔術器アークの力とあいまって恐るべき効果を生んだ。

 ディランの足元の床そのものが消し飛ぶ。周囲の大気が真空へ強引に引き寄せられる。

 魔技『からの口・改』。


「う!?」


 自分には届かぬことを見切っていた大剣。それが行き過ぎた瞬間、強烈に身体を斜め下方へ引っ張られるディラン。しかも宙に投げ出されたように足元は支えを失う。

 並の剣士なら地面に激突して即死してもおかしくない吸引だ。ぎりぎりで反応して両膝を付く。長剣は反射的に身体を支える杖にしていた。それだけで済んだのは、『この状況で無意味な一振りなどない』と判断できる、ユーリアとディランの経験の差だった。

 ――しかしもちろん、膝を付かされた今の状況は、彼らレベルの戦いにおいては致命的な隙きである。


「死ね!」


 シュレイドの頭上で旋回した大剣が、今度こそ刃を向けてディランに振り下ろされる。崩れた姿勢では、回避も受けも不可能な、絶死の斬撃。


 パン!


 ディランの首筋で、乾いた高い音が響いた。


「なっ!?」


 長剣を捨てたディランは、両掌で大剣の腹を挟み込み、止めていた。

 剣先と柄を、それぞれ掴んだ二剣士。お互いに大剣を奪おうと力を篭める。二人の力は一瞬拮抗した、が。


「てめっ……っ!?」

 バキンッ!


 ディランが絶妙のタイミングでひねると、大剣は半ばからへし折れた。シュレイドはたたら・・・を踏んで。


「せいっ!」


 ディランは伸び上がりながら、両掌に挟んだままの剣先を横薙ぎ一閃。シュレイドの首を斬り裂いた。



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