■旅の保険はケーキ付き(仮)
【あらすじ】
今回のお話は…
旅行保険の勧誘に釣られたヒヨナ。
ケーキを食べていたはずが、いつの間にか保険屋さんを追い詰めて……?
最後に待っていたのは、まさかの自腹!?
異世界ギャグコメディは今日も無保険です。
「旅行保険というものをご存じですか?」
とある町で、ひとりで観光を楽しんでいたところ、ひとりの女性に声をかけられました。
「もし、お時間があるようでしたら、ケーキの美味しいお店で少しお話しませんか?」
と誘われるがままに、ついていったわたし。
えぇ……毎度のことながら説明も聞かず、まんまと食べ物に釣られてしまいました。
「……と、このプランですと旅行中に紛失や盗難にあっても、被害総額の全額が補償されます」
テーブルにパンフレットを広げる女性。対し、わたしはテーブルの端に追いやられた栗ブドウケーキをフォークで突っつきながら、話を聞いていました。
「今、お客さまが加入しているギルド保険ですと、最大70%までの補償です。しかし当社の保険に加入されていれば、100%の補償が受けられます。例えば……」
卒業旅行に出る際、旅先で困らないよう両親が掛けてくれたギルド保険。盗難はもちろん、怪我や病気まで補償される、かなり手厚い総合保険です。
70%と100%と栗ブドウケーキ。
……どう考えたってケーキですよね。
なのでパクッと一口。
「いかがでしょうか、お客さま」
「えぇ、とっても美味しいです。で、おかわりを注文してもいいですか?」
「あ、はい。遠慮なさらず、どーぞどーぞ」と笑顔で勧める営業さん。
なので、保険屋さんのご厚意に甘えて追加注文を。そのうえで本題へ戻ります。
「でも、お金が……」
貧乏旅行で心もとない財布の中身を心配していると
「みなさん、そうおっしゃいます。多少、お高くはなりますが、結果的に入ってて良かったと感謝のお声も頂いております」
「お待たせしました。ご注文の栗ブドウパフェと赤梨タルトケーキと白ラベンダーティーです」
ということで、空いたお皿を下げてもらい、パフェで舌鼓を打ちます。うーん、美味し。
「で……なんの話でしたっけ?」
「ですから、掛け金の話です」
「でも、お金ないですよ」
「あくまでもご提案なのですが、ギルド保険を解約して、その払い戻し金で当社へ乗り換えてみるのはいかがでしょうか?」
両親が掛けてくれた保険を、勝手に解約するのはちょっと気が引けます。できることなら、手はつけたくないです。
「お安くはならないんですか?」
「100%補償する以上、当社としましてもお安くはできないんですよ」
余裕たっぷりに笑う営業さんとの押し問答。テーブルの上では、パンフレットとケーキのせめぎ合い。
「お客さま。よーく、考えてみてください。もう一度ご説明いたしますが、怪我や入院、紛失、盗難はもちろん、物損、遭難、誘拐、呪い、魔物による被害までカバーできる最高の保険ですよ。それらの被害を考慮しても、この掛け金は、かなりお得だと思いますよ」
そういわれましてもねぇ……モグモグ……。
『それでは御社の統計をお聞きします。旅行者における1年間の被害遭遇率を述べてください』
食べ物で口がふさがっているわたしの代わりに、マイちゃんが難しいことを言い始めました。
「えっ?」とキョロキョロして声の主を探す営業さん。
「今……誰が?」
わたしは胸元のペンダントを持ち上げ、見せてあげました。
『初めまして。わたくし、マインド・インテリジェ……』「マイちゃんです」
わたしの紹介に、営業さんの目がまん丸になりました。
15分後……。
『御社の加入者における年間平均被害件数でも構いません』
「そ、それは……」
『誘拐、遭難、呪い、魔物による被害について、それぞれお願いします』
「…………」
どうしたんでしょう?マイちゃんが代行するようになってから、営業さんの顔から笑顔が消えました。
「そ、それは当社の企業秘密でして、開示するのは、ちょっと……」
『つまり、提示された掛け金が妥当であることを証明する資料はない、と』
「い、いえ、そういう意味では……」
『では、契約者が実際に保険金を受け取った事例を』
「…………」
無言で大汗を流す営業さん。もしかして汗っかきなのかしら?
「大丈夫ですか?なんだか顔色がよくないですよ」
わたしの心配に「ええ、大丈夫です」と、なんともいえない笑顔を作ります。
「そうですか」と、わたしは店員さんにお茶のおかわりをお願いしました。
その間も、マイちゃんの質問は続きます。
『では、旅行者千人あたり、誘拐される人数は?』
『遭難は?また、その場合においての補償ケースは?』
『呪い補償ですが、自然現象の他に故意も含まれますか?』
『魔物による被害は?仮に相手がドラゴンや魔王でも補償されますか?』
マイちゃんの立て続けの詰問に、口数が少なくなっていく営業さん。
顔色もすぐれないみたいだし、なんだか、可哀想になってきました。
そこへチリーンチリーンとお店のドアの開閉ベルが鳴り、振り向けば、男漁りをしていたはずのエミーダが。
「あれ?エミーダ。どうしたの、急に?」
「なんか面白いことをしているって、マイがいうから、来てみたのよ」
面白い?美味しいの間違いでは?
とりあえず、わたしは隣に座るエミーダにメニューを見せて、おすすめ商品を紹介しました。
「で、あなた保険屋さんなんですって」
とテーブルに乗せた片肘を突き出すエミーダ。
「えっ?あ、はい……って、なんで、そのことを?」
「遠隔でマイに教えてもらったのよ」
わたしと同じペンダント見せるエミーダに、営業さんの顔が引きつりました。
「ところで、男に関する保険は扱ってるのかしら?」
「はぁ?」と営業さん。
「だから例えばぁ、その日、男がつかまりませんでしたぁ、とか、ドタキャンされましたぁ、ってことも補償してくれるのって、聞いてるんだけど?」
それは、あまりにも無茶苦茶な自己都合ですよ、エミーダさん。でも、もしかしたら、ひょっとして
「王子さまと出会えるような特典とか、ありますか?」と、わたしもついでとばかりに聞いてみました。すると、営業さんが握り拳を振るわせ
「……お客さま、弊社は旅行保険であり、恋愛斡旋相談所ではございません」
『では、旅行保険以外の商品の紹介を要求します』
そのマイちゃんの一言に、穏やかだった営業さんの態度が一変しました。
「あーん、もぉ!」と立ち上がり、テーブルに広げていたパンフレットを鞄に放り込みました。しかもケーキ皿も一緒にです。
「本日は、こちらから失礼させていただきます」
そういって、営業さんは店を出て行きました。
もぉ、エミーダが変なこというから、怒っちゃったじゃない。
「そういう、あんたも大概だと思うけど」
なにはともあれ、保険の契約は白紙。代わりに、好き放題に飲み食いしたケーキ代の伝票だけがテーブルに残されていました。
しかも、結構な金額。自腹とわかってたなら、もう少し食べるの控えればよかった。
「あーん、お金ないのにぃ」
このときばかりは、真剣にケーキ保険がないものかと思った次第であります。
【おしまい】




