■蟹と鼻毛と解毒術
毒に倒れた男性を救っただけなのに
「なんでわたしが変態扱いされるのよぉ!」
しかも翌朝、また同じ男性が倒れて……
今度はエミーダが解毒術を使うことになりましたのですが……
■蟹と鼻毛と解毒術
今日もヒヨナの旅は平穏とは無縁です。
ガシャーン!
日暮れとともに宿屋のチェックインを済まし、夕食を取っていると……突然、わたしたちの背後でけたたましい音がしました。
「おい、どうした!?しっかりしろ!」
注文した激安すましパスタを咀嚼しながら騒ぎに目を向ければ、ひっくり返ったテーブルのかたわらで男性が倒れ込んでいました。
「おい。毒でも食らったかのように泡拭いてんぞ」
「まさか料理か?」
「となると毒を盛った犯人は亭主か?」
その断定的な意見に、男性を介抱していた宿屋の亭主さん兼食堂のマスターの眉根がヒクつきました。
「なんで、俺が客を殺害しなきゃなんねぇんだよ」
否定のひと睨みに、目をそらす周りの人たち。そして眼前の問題に目を戻し
「唇がプックリ腫れているところをみると、アレルギーか何かだろ」
「なるほど。可能性としては十分ありえるな。だとすると蟹アレルギーだろう」
蟹アレルギー?もしかして甲殻アレルギーのことかしら?
首を傾げながら、卓上メニューから該当する品を探せば、結構値の張る岩蟹料理だったりします。
まったくもって羨ましぃ。
そりゃ、わたしだってお金があれば食べてみたいですよ。しかも前菜、デザート付きのフルコースで。
と心許ない懐具合を勘定していると
「誰か!誰でもいいからヒーリング、もしくは解毒術に覚えのある者はいないか!」
みんなに聞こえるよう声を荒げるマスター兼亭主さん。
もちろん、わたしは静観するだけ。
誰でもいいですから、どうか助けてあげてください。そして、この場を穏やかにしてください。
フォークを咥えながら両手を組み、そんなことを心の底から願っていると、対面で地元ワインをチビチビやりながらパスタをすするエミーダが囁きます。
「ねぇ、ヒヨナ。あんたの専門なんだしぃ、助けてあげればぁ?」
「イヤ」
「なんでよ。あんたにうってつけの人助けじゃん」
もぉ、わたしがどんな詠唱術を使うか知ってるくせに、そういうこというんだから。
なにを隠そう、わたしの場合、使いたい魔法を念じると、天からの啓示とばかりに詠唱呪文が舞い降り、それを噤むことによって魔法が発動するのです。……が、その肝心な呪文が人様には聞かせられない内容なのです。
「そう思うなら、エミーダが助けてあげればいいじゃない」
すると彼女は、ワインで酔った視線を騒ぎの中心に投げ
「そうしたいのは山々なんだけどぉ、ハッキリ言ってタイプじゃないのよねぇ」
あー、なんとなくわかる。
ハゲた頭頂部に加え、運動とは無縁のブヨブヨしたお腹と体。ギトギトの肌に、なぜか髭だけはしっかりトリミング。なのに鼻毛がチョロチョロ顔を出しているんだもの。
「まぁ、わからなくもないけれど……だからって、わたしに話をふらないで」
苛立ち紛れに、フォークでパスタをグルグル巻いていると
「久しぶりに、あんたのカワイイ詠唱を聴きたくなっちゃって」
「エミーダだけならともかく、こんな大勢の前じゃ絶対にイヤ!」
「そぉなのぉ。でもお金、持ってそうだしぃ、助けてあげれば謝礼とか、もらえるかもよぉ」
「だったらエミーダがやればいいじゃない。エミーダだって、お金ないんでしょ?」
すると彼女は、これ見よがしに大きな胸を揺らし、白金色の髪を優雅に梳きあげて
「残念でしたぁ。あたし、今夜ゲットするお相手からお小遣いを貰う予定だから、お金の心配はないんだなぁ」
宿に着いた早々、背中の開いた勝負服を着込んでるから、変だなぁと思っていたけれど……そういう魂胆だったのね。
胸を含めた節操のない体と、殿方を悩殺せんばかりのイブニングドレス。それに比べてわたしときたら、地味な黒髪ショートにペッタンコの胸と低身長。おかげで異性からモテることもなく、彼氏含め恋愛経験ゼロ。せめて彼女の半分でもボディースペックがあれば……と妬んでいたら
「ヤバい、死にかけてんぞ!おい!誰もいないのか!」
ざわめく食堂内。誰もが狼狽えているだけで手をこまねいています。そんな修羅場の中心であるハゲおじさんを見れば、一刻を争う容体だったりします。
「俺、医者呼んでくる!」
「てか、あのじーさん、もう寝てんだろ!」
「なんでもいいから、叩き起こしてこい!」などと、躍起になって介抱する亭主さんと宿泊客。
あぁ、ここで死なれては目覚めが悪そう。
「あのぉ……わたしでよければ、解毒しますけどぉ」
思わず席を立ち、申し出るわたし。できることなら、やりたくはないんですけどね。人命には変えられません。
「おお、それは助かる!」
さぁ、早く!と白目を向くおじさんの前に突き出されたわたし。見れば、おじさんの鼻毛ちゃんが、ひょっこり存在を主張してたりします。
あぁ、見たくないものを見てしまいました。すると亭主さんが言います。
「もしかして、おたく、魔女なのか?」
「いいえ、違います」
魔女だけど、あえてこの場は魔女であることは伏せました。
なぜなら村や町によっては迫害どころか、その場で処刑ってこともありえるので。そういうこともあり、迂闊に身分を明かさぬよう、と学校で教えられてますからね。
「ただの旅人です。なので、旅先で覚えた呪術を使います」
わたしの言葉に、周囲の人たちの顔に希望が満ちあふれました。
うーん……そんなに期待されても、困っちゃうんですけど。
「すみません……そのぉ、みなさん、耳をふさいでていただけますか?」
なぜ?とばかりに首をかしげるギャラリーを、わたしは威嚇するようにキッと睨みつけました。
「この詠唱は、みなさんにも影響がおよぶ危険な術式ですから」
そんな脅しが効いたのか、その場にいた全員が両手でもって耳をふさぎます。その様子を見やりながら、エミーダが笑いを堪えていたりするから、ムカつきます。
「とりあえず喉下あたりに解毒呪術を施せば呼吸も楽になるはず」
耳をふさいだみんなの視線を一身に受け、鼻毛おじさんのシャツのボタンを外し、胸元を開きます。同時に目の前で毛むくじゃらな体毛が開花しました。って、もぉ、生理的にムリなんですけど!
「ほらぁ、ヒヨナぁ。モタモタしてると取り返しのつかないことになるわよぉ」
生死のカウントダウンを、真顔であおるエミーダ。まったくもぉ、こっちの身にもなってほしいものです。
「い、いわれなくても、わかってるわよ!」
まったく。なにが悲しくて、知らないおじさんの胸毛を触らなきゃならないのよぉ!
覚悟を決めて毛むくじゃらな胸に両手を置けば……モサッとした気色悪い感触が腕に這い上がってきました。
うわぁ……キモすぎるぅ。いくら意識がないとはいえ、こんなの一分一秒堪えられない!
早く解毒を済まして、手、洗いたい!お風呂に入りたい!
そんな思いが先走り、わたしは一心不乱で詠唱しました。
『背徳の陰に怯えながら少女は自身の体を慰め、実り浅き恥部から湧き出る泉に快楽を得て覚醒する』
【エストレス・ヒール!】
両手から照射される淡い光とともに、鼻毛おじさんの乱れていた呼吸が穏やかになり、見る見るうちに唇の腫れが引いていきます。
ふぅ、とりあえずこれで一安心かな。
「相変わらずオブラートに包み込んだ詠唱表現ねぇ」
過激表現のエミーダと違って、わたしはこれがいっぱいいっぱいなの!
「そんなんだから、胸も育たないんじゃなくて?」
くっ……無い胸をえぐらないで。
「なぁ、今、この子……卑猥な隠語を呟いてたよな?」
「欲求不満なのか?それとも新手の痴女かな?」
「いや、脱いでないから痴女とはいえないだろ」
「とは言え、普通、人前であんなこと口にはしないだろ?」
「頭、おかしい子かな?」
「かわいい顔して、可哀想に」
ヘンタイを見るかのように、哀れむ人々の視線が痛い。……って、なんで耳ふさいでないのよ!
「ちょっと気になったから……なぁ」と互いを見合うギャラリーたち。
誤解ですから。わたし、こう見えても汚れ無き潔癖な乙女なんです!大きな声で言えないけど、正真正銘の処女なんですってばぁ!
しかし、中には物好きな人もいて
「なぁなぁ、もし良ければ、あとで部屋番号教えてよ」
といった具合で、当たり前のように夜這いをかけてくる男性もいたりするから困ったものです。しかも馴れ馴れしく肩に手を置き、酒臭い息を耳に吹きかけて。
もちろん、そんなデリカシーのない人には
『欲望のまま快楽に身を投じる少女。そのあまねく甘美な悦楽に飲まれ、絶頂を迎えて果て伏せる』
【アークメ・ボルツ】
「うぎゃぁぁぁぁぁあっ!」
電撃呪文を唱えての撃退に痺れ、倒れる酔っぱらいさん。
ごめんなさい。正直、タイプじゃないので許して。
「おいおい……また変なこと呟いたぞ、この子」
「俺もいろんな子を見てきたけど、正直いって、アタマおかしいわ」
違うんです違うんです!わたしの魔法は、こう唱えないと発動しないだけなんですってばぁ!
しかし、なによりも
「きっと男の気を引くためよ」とか
「やり方が、あざといわよね」とか
「節操ってものがないのかしら」などなど
ウェイトレスさん含め、同伴していた女性客からの妬みがメンタル的に一番キツいのです。
もっとも、わたしも逆の立場だったら、そう思っているかもだから、ガマンするしかないんだけど……でも、やっぱり悲しいかな。
結局、居ても立ってもいられなくなったわたしは「先に部屋に戻ってる」とだけエミーダに伝え、食べかけのパスタをそのままにして部屋に戻りました。
翌朝。
出立の身なりを整え、エミーダと食堂に降りると、宿泊客らがヒソヒソと意味ありげに囁き始めました。
昨夜はお酒も入っていたから、それほどでもなかったけど……酔いが覚めた爽やかな朝では、注がれる軽蔑の視線がとても痛いです。
まぁ、こうなることは分かっていたから、いいんだけど……それでも乙女としては、ちょっぴり悲しい。
心の涙を拭いながら、エミーダと一緒になって朝食のモーニングセットをカウンターで受け取り、テーブルに着けば
「昨夜はありがとう。お嬢さんのおかげで命拾いしました」
鼻毛そのままのハゲおじさんが、わたしたちの許可無く同席したりします。
「困っている人を助けるのは当然ですから」と笑顔で建前を口にするわたし。えぇ、あくまでも社交辞令です。
謝礼でも頂けるのかな?と期待半分でトーストを囓っていると
「回復したあとで聞いた話なんですが、なんでも珍しい呪文の詠唱だったとか。よろしければ、食事をしながらその時の状況を詳しく教えて頂けませんかね?」
命の恩人に対して、普通それ聞くかしら?と、鼻毛おじさんを見れば、いやらしく目尻を下げ、鼻毛を育てた団子っ鼻をヒクヒクさせています。どうやら汚れ無きわたしの口から、あられもない隠語を言わせたいのでしょう。
どこにでもいる変態おじさん。正直、助けたのは間違いだったのかもしれませんね。
「おまたせしました。ご注文の料理です」とウェイトレスさんが真っ赤に茹で上がったホカホカの塩吹きエビ料理を卓に置きました。
「うほぉ、待ってました」
首元にナプキンを付け、ナイフとフォークを持って塩吹きエビに手をつけるおじさん。そして
「ん、美味い!」
目玉焼きとトーストと紅茶だけのブレックファーストのわたしたちを差し置いて、満足げに舌鼓を打つ鼻毛おじさん。昨夜のお礼に、おすそ分けはないのかしら?などと、恨めしそうに眺めていると
「うっ!」と喉元押さえて呻きはじめ、泡を吹きながらテーブルに突っ伏します。
どうやら昨夜の蟹料理を含め、自身のアレルギー体質を把握していないご様子。って、もしかしてバカなのかしら?
だけど、もう絶対に関わりたくないから、お医者さんか、他の誰かに助けてもらってください。すると
「あんた、助けてあげないの?」とパンをちぎって口に放り込むエミーダ。
「イヤよ。イケメン王子さまとかなら別だけど……謝礼のひとつもなく、お礼の食事とかもなしで、自分だけ美味しいものを食べる人だよ」
しかも、わたしの詠唱を聞きたいという変態さんなのだ。汚れ無き乙女心を理解しない無粋な人柄。それだけに人助けに躊躇するのも当然でしょ。
と、そこへトレーを持ったウェイトレスが異変に気づき
「きゃー!マスター!昨夜のお客さまが、また泡吹いて死にかけてますけど!」
「なんだってぇー!」とカウンターを乗り越え、飛んできた亭主さんが、もだえ苦しんでいる鼻毛おじさんの容態を確認し
「こりゃ、いかん!」と、真っ先にわたしを見る亭主さん。お願いだから、そんな目でわたしを見ないで……と視線を逸らすも
「なぁ、あんた。すまないが、また解毒魔法をかけてくんないか?」
「ムリです」
「なんで?」と首を傾げる亭主さん。
「昨日ので、魔力を使い果たしてしまったので」
本当は魔力切れなどはしてないのだけれど……もうヘンタイ扱いされたくないの。そこんとこは暗黙の了解で察して。
「なんなら、あたしがやろうか?」
あら、珍しい。エミーダが率先して人助けをするなんて。
「昨夜、オトコをゲットできなくて、ムラムラしてんのよ」
あぁ……詰まるところ欲求不満ということですか。それを言うならムラムラじゃなくて、イライラだよ。
「おお!あんたも魔法が使えるのか。いやぁ、人は見かけによらないもんだなぁ」
と、しみじみとエミーダを見る亭主さん。まぁ、美人で胸も大きいし、見た目も娼婦みたいですからね。それでいて、わたしと同い年っていうんだから、創造の神さまも雑な仕事をしてくださるものですよ、まったく……。
「自慢じゃないけど、ヒヨナとは比較にならないくらい極上な魔法よ」
「ぜひ頼むよ。うまくいったら、これ食べていいから」
そういって亭主さんは鼻毛おじさんの食べかけの塩吹きエビ料理の皿をエミーダの前に滑らせました。いや、そこは新しい料理を提供するべきでしょ。
「わかったわ。それで手を打ちましょう」
意気投合し、ガシッと力強く握手するエミーダと亭主さん。あぁ、お安い報酬ですこと。
かくしてエミーダの解毒ショーが始まりました。
『青年のたくましい両腕に包まれ、羊飼いの少年は期待と不安を瞳に宿らせ……』
ちょっとちょっと……いやだ。もしかして今回の詠唱呪文てば、少年とイケメン青年じゃない!
ところでインケーって、なに?もしかして羊を追い立てる木の棒のことかしら?
『……やがて青年の愛撫に、羊飼いの少年は苦悶にも似た声を漏らし、命の源をほとばせる』
いやーん!わたしの乏しい想像力が追いつかないんですけどぉ!どういうこと?いったい、なにがどうなってるのぉ!?
【オーガ・パトス!】
エミーダの手のひらから眩い光が放たれると同時に、鼻毛おじさんがムクリと身を起こしました。
「おや?ワシはいったい、なにを?」
口元に泡を残したまま、周囲を見渡す鼻毛おじさん。スッキリとした表情を見る限り、自分が生死を彷徨っていたことなど微塵も感じてないんでしょうね。
それよりも、気になるのは周りの女性たちのほうです。
エミーダの詠唱にあてられ、頬を赤く染めてうっとりしている人や、腰を抜かして床に座り込む人など……みんな揃って、惚けていたりします。
エミーダの呪文の恐ろしいところは、なぜか周囲の女性たちをメロメロにしてしまうのです。
魔力酔いかしら?
その点、わたしの場合、女学校時代からの付き合いだからか、そういった症状には陥ったことがありません。そう……在校生の中で、なぜか、わたしだけは。
かくして、エミーダは食べかけの塩吹き海老でお腹を満たし、わたしはヘンタイというレッテルを貼られたまま町を離れたのでした。
「旅の恥はかきすて」とは、よく言ったものですね。トホホ……
【おしまい】




