その後
異世界転生チートでおなじみの食べ物といえば、唐揚げ。みんな大好き、唐揚げ。
覚えてはいるが自分で作るとなると難しい。
「だってこの世界、唐揚げ粉、売ってないんだもん」
リヒーヤ男爵令嬢からジフロフ子爵夫人となったエメリーに『いやいやいや』とツッコミを入れられた。
「醤油に似た調味料あるし、ショウガやにんにくもあるよね。アリシャ、どんだけ料理してなかったの?」
「私は市販品に頼っていたの。唐揚げ粉なら一袋で済むんだよ?それを作ろうと思ったら…、なんか粉も必要じゃなかった?」
「片栗粉とか小麦粉を使わないレシピもあるから教えようか?」
横からレシピの説明をしてくれたのは転生仲間の一人ウィロウ・ノワール男爵令嬢。
自身の転生を思い出したきっかけは名前。何か…、どこかで聞いたことのある…と思っていて、ふっとひらめいた。
『ウィロウ、ウィロウ…、ウイロウ…、ういろうっ!』
前世で愛を知る県生まれではないがういろうは好きなお菓子の一つで、とある喫茶店で新しいノワールが発売されると欠かさず食べていた。
食べることが大好きなのは変わらず、飲食関係の店をいくつか経営していた。
高級和食店から屋台まであるので、貴族から平民まで、前世日本人にとっては神様のような存在だ。
普段はこの世界の料理…おおむね洋食で大丈夫だが、時々、無性にお米と醤油、味噌が懐かしくなるんだよね。前世日本人共通の特徴で、無意識グルメというか、食に対するこだわりの強い人が多い。
『界渡りの隣人会』は王都にもいくつかあるが、『日の丸組』は出席率が高いと聞く。前世の記憶がはっきりしていればいるほど、あれが食べたい、清潔な環境を保ちたい、便利な道具が欲しい…となってしまい、同郷に聞けば何とかしてくれるかも…と集まってくるらしい。
私もどうしても焼きおにぎりが食べたくなって、せめて材料の手がかりがほしい…と、参加した。探せば和食はある。でも、私が食べたいと思うような焼きおにぎりは売ってなかった。
参加したその日にウィロウが醤油と味噌の焼きおにぎりを作ってくれて、参加していた全員がウィロウに感謝したのは言うまでもない。
ちなみに私が公爵家の料理人達にお願いしていた上生菓子もウィロウを呼んで最終調整をしてもらった。そのおかげでぽってりしていた百合の花がダイエットに成功しただけでなく、羊羹に金魚とかもみじを入れる技法も伝授された。
『四、五人以下のプライベートなお茶会なら生菓子だけでもいいけど、公爵家の立食パーティとかだと華やかなお菓子も必要でしょ?それにお金をもらって呼ばれたんだもの。その分、きちんと仕事をしないとね』
私、見てるだけだったけど、完成品は美味しくいただきました。羊羹なのに円形で紺色に金銀の星がきらめているものと、濃緑に百合の花が咲いているものでお義母様も喜んでいた。
貴族令嬢…今は貴族の奥様で、高位の貴族家に入ってしまうとなかなか気楽に会えない。エメリーは子爵領に帰っていることも多いが、公爵家にウィロウを呼んだことで久しぶりに仲の良かった三人で集まることになった。うん、ウィロウをお義母様が気に入ってくれたので、とても呼びやすくなりました。
集まった理由はズバリ、ウィロウ二十八歳の婚活のため。
この世界の貴族女性は十六歳頃までに婚約者を見つけて二十歳くらいまでに結婚をする。
私がバルディ様と婚約したのは十八歳の時でやや遅めだが、二十歳で結婚をしたのでギリセーフ。
エメリーは結婚する気がなかったため二十三歳まで婚活していなかったが、ジフロフ子爵と出会い、あっという間に結婚してしまった。
結婚式で何が大変って、衣装と場所の選定。呼ぶ人が多いとそれなりの広さ、それに合わせて使用人と警備も必要となる。当然、料理だって場にふさわしいものとなる。パンと焼いた肉を置いといて終了、とはいかない。
エメリーの場合、衣装は自分で作れるし、ジフロフ子爵は再婚。エメリー自身もそんなに派手な結婚式でなくても…と、短期間で婚姻に至った。
派手じゃないと言っても王都、子爵領どちらともで数百人規模の披露宴があった。
ウィロウに結婚願望はなかったが、独身主義というわけでもない。
出会った頃から『仕事をするのに反対しない年上の男性なら誰でも。できれば包容力のある人がいいかな』と話していたが、この世界、貴族女性が仕事をする時はあくまでも結婚前の腰掛け。
エメリーはジフロ子爵と意気投合して領の織物、染色産業に深く関わっているため許されているが、かなりの少数派。
私も働くことは止められている。
なら事件現場にも連れて行くなと言いたいが、あれはアドバイザーという謎の役割のためノーカウントらしい、解せぬ。
男爵家なんて平民と変わらない…と言っても貴族扱いとなるし、貴族にしてはそこまでの力はないし。
あとウィロウは見た目でも損をしていて、とにかく色っぽい。緩くウェーブした黒髪に、濡れているように見える紺色の瞳。ぷるんとした唇の下にほくろがあるのもなんだかソワソワさせる。女性にしては背が高めでお胸がばばーんっと。十二、三歳で十八歳の私よりも大人っぽかったようだ。
外見のせいでお茶会や夜会で休憩室に連れ込まれそうになること数回。
相手は自分よりも高位の貴族男性で断りにくい。
両親と相談の上、男性も参加している集まりへの参加…社交で結婚相手を探すことを諦めた。ちなみにノワール男爵の元に届く求婚の手紙もほぼ全員、後妻、側室、愛人…とあからさまにあからさま。取り繕う気もないような上から目線のものが多い。
しかたなく若い頃は三つ編みに丸眼鏡、そしてアレルギーがあるからと嘘をついて大きなマスクをしていた。
漫画みたいな変装ではあるが、意外と有効でなんとかなったそうだ。たぶん変な女か危ない女だと思われていたと思う。
で、これは結婚よりも自立のほうが良さそうだと前世の知識を生かして飲食店経営に乗り出した。
経営が軌道に乗れば警備も雇えるし、色恋抜きでの支援者もできる。環境が落ち着いてきた頃にエメリーの結婚を聞き、一年遅れで私も結婚。
二十八歳は完全に行き遅れだが、元から高望みはしていない。
誰かいないかと聞かれて、それならばまずバルディ様の同僚はどうかと持ち掛けた。
独身男性が半分くらいって聞いた気がするんだよね。中にはウィロウと釣り合う年齢の方もいるかもしれない。
バルディ様が所属している第五騎士団は三十人くらいで、武力特化ではなく、高位貴族、文官出身、他国生まれから平民まで、幅広い人材が集められている。
騎士団にはそれぞれ役割があり、第五は貴族階級での凶悪事件、外国絡み、難解な事件などを担当していた。
ちなみにバルディ様の兄、ルディス様は騎士団を統括する国家防衛戦略室にいて、騎士団から見ると一応、上官にあたる。
ウィロウを公爵家に呼んだ流れでバルディ様に相談したところ、令嬢には不人気だが『尊敬できる人』はいるとのこと。
「マークス副団長も独身だしな。確か…、三十代なかばだったと思う」
問題は『仕事をするのに反対しないか』という点と、お互いの好み。見た目的にアウトだと結婚は難しい。政略的な意味合いがないのに、無理して結婚してもね。
前世の記憶がなければ『貴族令嬢として』妥協してでも結婚したかもしれないが、記憶持ちとしては相手を好きになれるかどうかを重視したい。
「マークス副団長は伯爵家でしたよね」
「あぁ、三男で継ぐ爵位はないが本人が騎士爵を賜っている」
「婚活って言うと気を使うかもしれないので、剣術の鍛錬日に皆で差し入れを持って行くことにしますね。何か食べたいものはありますか?」
貴族令嬢の差し入れといえばクッキーとかパウンドケーキとか。マドレーヌなんかもいいかも。と、聞いた答えがこれだった。
「うまっ、何、この肉、うっまっ」
「こっちの団子もめっちゃうまいっ。なんかコリコリしてるのもうまいっ」
「焼いただけの肉に見えるのに、こんなにうまいなんて…」
そう…、バルディ様に『肉』って言われちゃったのよ、言われたら用意するしかないよね。
第五騎士団の鍛錬場にウィロウ所有の屋台を持ち込み、その場で調理しながら提供することになった。屋台に水のタンクと携帯コンロが備え付けられているが、水場は鍛錬場にもある。衛生面を考えると水場なしは厳しいものね。
どの屋台にしようかと相談している時に、絶対に唐揚げ、日本の唐揚げを食べたいっ。とリクエストして、あとは焼き鳥とハンバーガー、豚汁。
ちなみに唐揚げはコンビニのように紙でケースを作り、そこに五個入っていた。
「あぁ、このジャンクな感じ、最高」
二個食べたところでバルディ様に取り上げられた。
「あまり食べるとまたメイド達に叱られるぞ」
「そ、それは…」
否定できない。公爵家のご飯が美味しすぎて、つい…というだけでなく、公爵家は子爵家とは比較にならない頻度でお茶会、夜会がある。新しい店ができるのでそのお披露目とか、あちこちに呼ばれる。
現在、公爵家の離れで暮らしているため、誘いの全てを断ることは難しい。というか、自分では判断、管理できないほど招待状が届く。
そのため公爵家の指示に従い参加しているのだが、そこでついパクパクと。
「アリシャは美味しいものに弱いものね」
ウィロウに言われて、うぅ、否定できない。
「食べているだけでは駄目だろう。今日の目的を忘れたのか?」
「覚えてますよぉ…。ウィロウ、マークス副団長を紹介するね」
「呼んでこよう」
すぐにバルディ様より縦も横も大きな強面の男性がやってきた。
「アリシャ嬢、今日はありがとう。そちらが?」
「はい、友人のウィロウ嬢です。騎士団への差し入れを相談したところ、協力を申し出てくれたのです」
マークス副団長が屋台料理を楽しむ騎士団員達を見て目を細めた。
「皆、喜んでいる。たまにはこういった催しもいいものだな。感謝する」
ウィロウが固まっていた。
「ウィロウ?」
「アリシャ嬢、大丈夫だ。こういった反応は…、まぁ、よくあることだ。私は体が大きく顔も…」
苦笑しているが、たぶん、そうじゃない。と、思う私の横でエメリーが。
「まさかの一目惚れ?」
ウィロウの顔が一気に赤くなった。おぉ、すごい、ここまで赤くなったの、初めて見た。
「なっ、ちがっ、いや、違わない、けどっ…」
「大丈夫、わかる。この包容力とか優しそうな雰囲気とかさ。でも、その前に確認しなくちゃ。仕事、続けたいんでしょ?」
「………シゴト、ヤメル」
まさかの手のひら返し。
「だって、すっごく推せるタイプなんだもん、結婚してくれるなら、仕事、辞めるーっ!」
ウィロウがなんだか混乱していて、とにかく落ち着いてと場所を移すことにした。
結果、無事にお見合いは成功した。
大盛況の屋台はウィロウが連れてきた料理人達に任せて、当事者二人とエメリー、それにバルディ様と私も第五騎士団が所有する建物の会議室に来ていた。
「母に『一生、独身かもしれないので最低限の内向きの仕事も覚えろ』と躾けられている。妻に多くは望まないが…、その、令嬢達に嫌われている自覚があるからこそ、できれば好きになってくれた人と結婚したかった」
本当に私で良いのだろうかと首を傾げたマークス副団長にウィロウが力強く頷く。
「お任せください、私、推しは死ぬまで推すタイプですので。推しが増えることはあっても、減ることはありません!」
「うん、その言い方だと二股、三股宣言なるからね、ちょっと落ち着こうか」
エメリーがツッコむ。
「オシってなんだ?」
バルディ様に聞かれて。
「えーっと、最愛?結婚したいとか付き合いたいって感じの最愛ではなく、とにかく好き、推しの笑顔で三十日連続勤務も乗り越えられるとか、推しの声を聞くと三日徹夜してても眠くないとか、推しが笑っているだけで今日のご飯も美味しいなって」
「それは…、危険なものではないか?」
「うう~ん、やばいけど、やばくないのです。推しって尊いものなのです」
「推しというものはアリシャにもいるのか?」
私の推し…。
「そうですね、います」
「もしかして…」
「ネモフィラ様は全力で推せます!可愛らしいだけでなく仕事もできるし、今は子育てまで。応援したくなるというか、課金したい」
バルディ様がむっつりと黙り込んだ。
「なんですか、聞いといて、不機嫌になるとか」
「そこはオレを推すものではないのか?」
えぇ…、なんてめんどくさい…というか、そういったものではないのよ、推しは。
「バルディ様が推しだったら、今頃、結婚していませんよ。私、イケメンは鑑賞するだけで満足するタイプなので」
「違いがわからん。ウィロウ嬢は推しと結婚したいみたいだぞ?」
「人によって推し方が違うんですってば」
バルディ様とわちゃわちゃしている間にエメリーが話をまとめあげてくれた。
「とりあえず、二、三回、デートして、問題がなさそうなら家族を交えて正式に婚約。二人とも年齢が高めだから最短で三カ月後くらいに入籍かな。ウィロウの仕事に関してはネイビー伯爵家の意向を聞いてからね。辞めるにしても伯爵家に協力してもらわないと従業員が路頭に迷うことになっちゃうよ?」
素晴らしい、エメリーを連れてきて良かった。
後日、改めてエメリーとウィロウを公爵家に呼んだ。警備の都合で公爵家に来てもらうほうが簡単なの、呼びつけたわけじゃないからね。
ウィロウが差し入れてくれたものは豆乳プリン。今後は私のダイエットにも協力してくれるようだ。
ダイエットしたいのなら、最初から食べるなって?
アー、アー、キコエナーイ。
「それにしても異世界あるあるが私にも起きるなんて…」
ウィロウがほぅ…と色っぽいため息をついた。
「あぁ、美女が細面の美男子より筋肉だるまに惚れるパターン」
エメリーが苦笑しながら言い、私ものっかる。
「ほんとだよ、この世界、テンプレが多すぎる」
記憶に新しい事件は国境付近の街で起きた連続殺人。
現場は古い洋館…いや、この世界、洋館しかないけどさ。古い建物は地主の一人が所有していた。貴族ではなく豪商って感じの家で、父親が病死して長男が跡を継いだが…。
寝室で首を切られて亡くなっていた。
問題は部屋が密室だったこと。部屋のドアは内側から鍵がかけられて、外側からは開けられない造りで合鍵は存在しない。
窓にも鍵がかけられていて、調べた限り誰かが押し入った痕跡はない。
起きてこない主人を不審に思い、ドアを壊して入ると既に事切れた主人がいた。
この時点ではまだそこまでの騒ぎになっていなかった。
その後、屋敷は弟が受け継いだが…。
屋敷に招待された客や使用人が同じように眠っている間に殺された。全員ではないが、被害者九人のうち、七人が部屋に鍵をかけていて、屋敷を受け継いだ弟も殺されかけた。
同じように首を切られたが、発見が早く助かった。鍵をかけてなかった二人のうちの一人でもある。鍵をかけていなかったもう一人は使用人で、屋敷に長く務める家令だった。
「それ、弟が犯人では?」
エメリー、早いよ、早すぎるよ…というか、私も概要を聞いてそう思った。
「あれでしょ、実は壁に仕掛けがあって密室じゃないってパターン。当主だけが知っている秘密の抜け道、これ常識」
ウィロウも現場、見てないのに…、大正解。鍵がないと思わせておいてあるってパターンもあるけど、今回は屋敷全体に仕掛けが作ってあった。
何代か前の当主が作ったようで、犯人が古い設計図を図書室で見つけて仕掛けに気がついた。
まず屋敷を相続した兄を殺し、あとは借金をしている相手とか、子供の頃から妬ましく思っていた幼馴染とか、親の代からいる口うるさい使用人とか。
半年で八人も殺した。
「現地の騎士団と調査にあたった役所の人達も秘密の出入り口を疑って壁とかドアとか調べたらしいよ。でも、その時は見つからなくて…、首狩りの亡霊が住んでいるのではないかって噂になってたんだって」
「あぁ…、ちゅらさんだっけ?」
「ウィロウ、それ、違う、首なしの騎士はデュラハン」
「あぁ、スリーピングビューティ」
「それも違う、眠り姫を殺人犯にしないで、B級ホラー映画になっちゃうから」
ともかく首狩りの亡霊騒ぎは街中に広がってしまい、日が暮れてくると誰も外に出てこない。まず飲食店、飲み屋に影響が出て、あと、夜のお店…飲み屋やいかがわしいお店で発散できなくなった男達が昼間に喧嘩騒ぎを起こすようになった。このまま放っておけば店が何軒も潰れて、路頭に迷う人が増えれば治安も悪化する。
事件を解決したいが迷信を信じる者は逃げ腰だし、治安の維持にも人員が割かれるし…で、第五騎士団が呼ばれた。
何か役に立つかもしれないと私も呼ばれた。
道中、事件のあらましを聞いて、すぐに弟だって思ったよ。そこはバルディ様達も一緒で『最も怪しい』と思っていた。たぶん現地で調べた人達も犯人がいるとすれば弟だと考えていたが、証拠がない。
だって、そこはなんちゃって密室だから。
移動中にバルディ様達と打ち合わせをして、国境付近の街に到着してすぐに問題の屋敷に向かった。
家を継いだという弟は屋敷にいて、私と変わらない体格だった。陰気な小男…といった印象通りの喋り方、態度で、言葉の端々で『この屋敷には亡霊が住んでいる』とかはさんでくるわけ。
怪しすぎる。
うわぁ、うわぁ…と思っていたらバルディ様が私に囁いた。
「早く終わらせて、ここで観光する時間を作って美味しいものでも食べよう」
オッケー、そういったことなら五人が亡くなっていると聞いた密室を見ましょうか。一番豪華な客室で五人、普通の客室で二人、残る一人は使用人部屋。
はい、豪華ではあるけど公爵家の客室に比べたら普通の部屋ですね、壁は三十センチくらいの板を張り合わせたもの。これのどれかが外れるのかな。
で、順番に思い切り蹴ってもらった。
弟が『やめろ、家を壊す気かっ』と騒いでいたが、気にしない。騒げば騒ぐほど壁が怪しいということだから、皆さん、続けてください。
第五騎士団の面々…、バルディ様も含めて五人でガコッ、ドコッて蹴って、案の定、板が突き破られた。マークス副団長の足が壁にめり込んでいるように見える。
一旦、足を引き抜いてもらい壊れた壁に手を突っ込んで壁側からそっと持ち上げたら、簡単に外れた。
秘密の出入口がなかったら?その時は公爵家の経済力で傷んだ壁の修理費を出してもらいます。
先に調べた人達は普通に出入り口を探しちゃったわけで、それだとたぶん見つからない。出入口は壁側から外しやすくなっているはずで、普通に調べても異常はない。見てわかる状態なら、殺される前に気がつく。
だって、事件現場だってわかってて寝泊りするんだもん。当然、確認するよね。
あとは簡単、現地の騎士団に所属する小柄な女性にお願いして壁の中に入ってもらった。
『私がかろうじて通れる狭さでしたが…、いくつか怪しい場所がありました。室内を覗けるような隙間も何か所かあります』
その場で弟が拘束されて、屋敷は封鎖。今後、詳細が調べられることになった。
現地の方々がさすが王都の第五騎士団…って感心していたけど、そもそも密室には必ずトリックがある。心理的か物理的な…、とにかく仕掛けがないと成立しない。
亡霊が犯人なわけない。幽霊やおばけはいるかもしれないが、それが連続殺人をするかといえば、答えはノー。
密室にはトリック、殺人には動機がある。
事件はたぶん解決したが、こんなテンプレ事件のために私の結婚式が、披露宴が…となんとも言えない気持ちになったよ。
「今、思ったけど、事件現場に行くの、私じゃなくてもいいよね。エメリーとウィロウにもわかったことだし」
っていうか、同年代を生きた日本人なら誰でも思いつきそうだ。
「ちょっと無理かな。私は子爵領の仕事があるし、子供もいるもの」
子供には乳母と専属の子守りメイドがいるが、何かあってもなくても子供が最優先となる。
「私も仕事が忙しいし、この後も結婚の準備とか…」
「それに、乙女系の最強テンプレを踏んでいないから、無理だと思う」
エメリーの言葉にウィロウも頷く。
「そういえば、そうね。私以上のテンプレを踏んでいるアリシャがベストだと思う」
「平凡な転生令嬢ってことがテンプレなわけ?そんなの、似たような人がいくらでもいると…」
言いかけて、気がついた。
異世界、転生、平凡…、平凡モブ令嬢だけど。
「転生令嬢は公爵令息からの求愛から逃げられない。とか」
「平凡令嬢の溺愛生活、何故かイケメン騎士から求婚されています。とか?」
うわぁあああ…と思わず叫んでしまい、その後、公爵家のメイドさんから『貴族夫人は叫ばない』とお説教を受けることになった。
閲覧ありがとうございました。
書籍版はものすごく改稿されています。ので、なろうで(Web版)をつけさせていただきました。
何故、こんなに改稿することになったのか?
担当さんのアドバイスではなく、私の勘違いによる暴走でほぼ丸ごと書き直しです。
自分のポンコツっぷりに久しぶりにビックリしたよ。
しかし、初めての「書籍化のお仕事拝見、体験、大変~(;'∀')」なので、驚いている場合じゃない。
原稿、直して、直して、さらに直して、校正、校正、まだまだ校正…って感じで、楽しく作業させていただきました。
この機会を与えてくださった皆様に感謝いたします。ありがとうございました。