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ゾディアックサイン  作者: カラス
その名はムー
73/73

お宝は

かなりお待たせしました! 続きです!

「ほい、結果報告」


 イライラした様子のエクウスはパンパンと手を叩いた。

 海から上がった者が集まっている談話室には、当然潮の香りが満ちている。やはり参加しないで正解だったと、明日香は改めて感じた。


「人に尋ねる前に貴方から報告したらどうなの? 潮香る隊長さん」


 明日香はお笑い超全集から目を離すことなく言った。旅の時間潰しのためにわざわざ購入したこの本には、思わず笑ってしまうネタで溢れている。


「……チッ」


 エクウスは舌打ちし、頭に貼りつくタコを引き剥がして机に投げ落とした。吸盤が張り付いていた髪が爆発しており、新品のお笑い超全集よりも笑いを誘う。

 エクウスはさも悔しそうに、


「ああ何もねえよ! クソッ! お宝は全部綺麗さっぱり取られてやがった」


 と地団駄を踏んだ。


「空っぽだカラッポ見事になぁ‼ お宝なんざ何一つねえよ!」

「そもそも必ずあるとは限らないといったのは貴方よ? 鳥頭コソ泥船長さん。こういう経験も初めてじゃないのに、そこまで悔しがることないと思うけど?」

「頭で分かると実際に遭うは大違いなんだよ‼ こうなると毎回毎回クソ悔しいんだコンチクショウ‼」

「はあ……」


 明日香は超全集を膝に置き、エクウスら宝探しへ行った者たちへ視線を移した。


 黄色のコートがびしゃびしゃになり、クラウンというオーパーツが海藻まみれになっているエクウス。

 白かったイニシャルフィストの鎧が、砂と潮とその他諸々でカラフルになってしまった泰吾。

 赤い右手の鎧の中から、何やら魚の気配を感じさせる、ぐったりとした様子のマイ。

 そして、戻ってきたときからどこか落ち着きのない、空と葉月。


「かれこれ二時間くらい海に潜って、収穫なしだったわけね。時間の無駄だったわね」

「うるせえ! 宝探しなんざ百回潜って一回当たればラッキーなんだよ!」

「当選率一パーセントにどんだけ時間をかけているのよ。ただのギャンブルじゃない」

「ギャンブル扱いすんじゃねえ!」


 やはり宝探しなどするべきではないと、明日香は再認識した。

 明日香は本にしおりを挟み、一度この無駄としか思えない宝探しの結果に耳を傾けることにした。

 エクウスは、獲物を探すように泰吾とマイに視線を移した。


「おい。てめぇらはなんかねえのか?」


 泰吾とマイは困ったように顔を見合わせている。泰吾の表情、マイの苦笑からこの二人も収穫なしだったと明日香は悟った。


「だぁ! ックソッタレ! オラ! ラスト! ガキども!」


 最後に指名されたのは、空と羽月。部屋の隅でなるべく目立たぬようにしている二人は、エクウスの指名にビクッとかたを震わせた。


「なんか見つかったんだろうなあ?」


 もはや強要ではないか。と、明日香は呆れかえってしまった。そろそろこの無法者に鉄槌を下そうかと考えていると、予想外の返答が空からもたらされた。


「ええっと……見つけたは見つけましたけど……」

「ああ?」


 空が苦笑しながら、場所を移る。彼女が背にしていたものが、明日香たちの前に現れた。


「あら」

「なっ……?」

「おお」

「うわぁ……空ちゃん羽月ちゃん、よく見つけてこれたわね……」


 上から、明日香、エクウス、泰吾、マイ。

 その衝撃は、明日香も口をあんぐりと開けざるを得なかった。

 なんと、彼女たちは、儚げな雰囲気の少女を連れてきていたのだ。

 雪のように真っ白な肌。一見ボロボロの民族衣装だが、室内の明かりから、見たこともないような光を生み出す衣装。人形のようにかわいらしい顔と、その緑の宝石のような瞳は、まるで虚空を睨むように、明日香たちを見返している。


「えっと……この方、なんかついてきちゃって……」

「一緒に乗せてはだめですか?」


 羽月が上目遣いでエクウスに尋ねる。

 エクウスは弱ったような顔をして、


「ええい! 知るか! 漂流者なんかいちいち拾ってたら、食料だって足りねえだろうが! おいエスカ! こいつになんか食いもん出してやれ!」

「あら? 口では嫌そうなのに、結構優しいのね」

「うるせえ! 後で金目のもんを料金としていただくだけだ! おいエスカ! さっさとしろ‼ 船長命令だ!」

「はいはい」


 プライドなど一切ないお姫さまは、エクウスの態度に笑顔になりながら、少女の手を引いた。

 だが、その瞬間、マイの表情が曇る。


「あれ……? 冷たい……」

「……?」


 聞き間違いかと思い、明日香はマイを押しのけ、少女の手に触れる。

 氷のように、冷たい手だった。


「……海上で漂流してたにしても、少し冷たすぎるわね。貴女、何日漂流していたの?」

「あ、あの……猿飛先輩」


 恐る恐るの声で、空が手を挙げた。


「その方がいたのは、あの沈没船の中です」


 人の顔が青ざめるというのは、このことか、と明日香はマイの顔を横目に入れながら思った。


「いやあああああああああああああああああああ‼」


 マイが瞬間移動のように、壁まで飛んで張り付いた。

 泰吾の顔色が薄くなるのは初めて目撃した気がする。

 エクウスは石像のように動かない。


「……睦城さん、もう一度お願い。この子をどこで保護したって?」

「あの沈没船です」


 空が同じトーンで答えた。

 明日香は頭痛を訴える頭をおさえながら、


「オッケー。わかったわ。つまり彼女がスキューバダイビングをしていて、母船から離れて迷子になったらしいから、ここに連れてきたわけね? そうよね?」

「いえ……その……信じられないとは思いますけど、この人、この格好のままあの中にいました」

「……ねえ、白珠さん」


 明日香は逃げるように羽月のもとへ向かう。膝を折り、彼女と同じ目線になり、


「答えて。睦城さんが言っていることは虚言よね?」

「虚言ってなんですか?」

「嘘って意味。……間違いよね? そうよね? 人が生身で海中にいるわけないものね?」


 少し怖い顔をしていることに明日香自身は知らない。羽月は少しおどおどと、


「……ごめんなさい。本当に、海の中にいました」


 明日香の意識はそこで途絶えた。足の筋肉はずっと機能しているので、直立はしていたが、彼女の意識そのものは、羽月の発言で消え去った。

なんでみんな酒をゴクゴク飲めるんだろう……

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