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ゾディアックサイン  作者: カラス
その名はムー
72/73

鳥ウサギ

最近雨続きですが、皆さま風邪をひかないようご注意下さい

「えっと……」


 空は、苦笑していた。


「さすがにここまでしがみつけられるのは苦しいんだけど……」

「だめです」


 右腕に、ずっとしがみつく羽月。彼女はこの海底にやってきてから、ずっと空の腕から離れることはなかった。


「いくらなんでも、こんな船内にサメはいないよ?」

「分かりませんよ。そこの船室を開けたら、」


 本当にそこの船室を開ける。それも、べったりと空の手から離れずに。


「悪い悪いタコさんがいたりするんですよ!」


 だが、羽月の不安とは裏腹に、倉庫らしきその場には何もなかった。奇怪なフォルムのツボが無数にならんだ棚が彫り込まれていた。


「……何もいないよ?」

「騙されちゃいけません。もしかしたら……」


 なぜか置いてある宝箱型の箱に、羽月は手をかける。


「こ、この中にウミヘビさんが潜んでいて、開けた瞬間私は簡単にぱっくりと……」

「そう思うなら開けないでよ……」


 ガチャリと、地上らしき音とともに宝箱がその内部を晒す。羽月はパッと空の背後に隠れた。

 彼女に急かされるままにのぞき込むと、そこには、


「なにもないけど……?」


 ただ、箱の底が見返すだけだった。


「羽月ちゃん、怖がりすぎ。大丈夫だって。そんな危ない目に合う前に、私がなんとかするから」


 空が安心させようとするも、羽月は落ち着くことを学ばない。


「この前見た映画だと、大丈夫だと思って歩いていると、船底からタコさんが……」

「羽月ちゃん……影響受けすぎだよ……」


 しかし羽月は、「何かあります、何かあります」の一点張りで、決して空から離れない。

 どうしようか、と空が考えていると、足が階段の段差に差し掛かった。


「あ、ここから下の階か」


 関係者以外立ち入り禁止という雰囲気を無視し、恐る恐る階段を下る。羽月の言葉を真に受けたわけではないが、本当にサメなりタコなりが現れたらどうしようと思った。


「……」

「……睦城さん?」

「だっ、大丈夫! 別に、怖がってなんか、ないよ?」

「その割には、腕が振るえてますけど……」


 羽月の指摘で、空は慌てて無意識に手すりを握った手を放す。

 そのままバランスを崩し、空は足を踏み外してしまった。


「うわわっ‼」


 浮力が仕事を忘れたようだ。空はあっさり階段の底へ転げ落ちた。


 ドンガラガッシャーン、と空が生涯聞くことはないと思った音が彼女の耳に入る。混乱する頭が、彼女の視界をグルグルと回転させている。

 その結果、ゆっくり降りてくる羽月の姿が、


「……あれ? 羽月ちゃんが二人、三人……」

「睦城さん、しっかりしてください」


 脳神経の何かがやられたのか、羽月の姿がくらくらと揺れている。残像のせいで、羽月の姿が何重にも重なる。


「うん……いつつ……」


 空は首を振りながら、落ちてきた階層を確認する。


 まだ甲板の隙間から光が漏れる階とは違い、ここは船の最深部らしい。これまでよりも暗く、階段と羽月以外は、ほとんどが暗闇に包まれていた。


「すごいな……こんなに大きいんだ。……羽月ちゃん」


 空は手招きする。


「大丈夫。サメもタコもいないから。降りてきて」

「……」


 羽月は警戒を崩さず、段差を一段一段ずつ下っていく。動作一つ一つを丁寧に行うので、空は少しだけ焦れた。


「ふう」


十五段の段差を降りるのに、たっぷり五分も使った羽月は、一度両手を伸ばして空に尋ねる。


「……本当に進むんですか?」

「まあ、探索に来たんだからね」


 不安がる羽月の手を引きながら、空は暗闇へ歩み出す。羽月が脅えるのも頷ける暗黒に、空も少しだけ萎縮してしまう。


「こういう海の中って、もう少しなんていうか、可愛いものがいっぱいいるって思っていたんだけどなあ……」

「可愛いものはいません……」

「魚は可愛くない?」

「可愛いですけど……」


 羽月は、最下層にまで侵入している魚たちに指をだしながら小声で呟いた。小さな船の住民たちは、ポチポチと羽月の指を突いており、羽月の笑いを誘った。


 空は「なら、羽月ちゃんはここにいて」と肩を叩き、少し奥に進もうとした。その空の後ろを、慌てて羽月が付いてくる。

 船底の軋む音が否が応でも空の神経を警戒させる。

 そして。


「何かいる……」


 暗闇の中、空の視界は確かに、暗い船底に蠢く存在を認めた。

 抜き足、差し足で空は歩を進める。羽月が自身の背中にピタリと貼りついている。


「……羽月ちゃん、見えた?」

「なに……がです?」

「なにかが、動いたの」

「怖いこと言わないでください」


 羽月は空の背に顔を(うず)めている。

 やがて空たちは、曲がり角に差し掛かった。そして、


 そこに、少女が佇んでいた。


「……なんだ、女の子か……」

「よかったです……。サメさんとかタコさんとかかと思いました」


 空と羽月は胸をなでおろす。そして、この儚げな少女に話しかけようとして……


「……え? こんな海の底に女の子?」


 至極当然の事実に、空と羽月は凍り付いた。

 と、同時に、羽月は空にしがみつく。首が苦しいが、羽月はガクガク震えて放してくれない。


「お、お、お、お、お、おば、お化けですうううううううう‼」


 普段物静かな彼女からは想像もできない大声が、空の耳元から発せられた。目の前の非現実と直近のピンチで、空は指一つ動かせない。

 その間に、少女は、ゆっくりと。

 幽霊のようにふわりと水中を浮遊しながら、

 空たちに向かってきた。

台風のせいで、外出できない...

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