鳥ウサギ
最近雨続きですが、皆さま風邪をひかないようご注意下さい
「えっと……」
空は、苦笑していた。
「さすがにここまでしがみつけられるのは苦しいんだけど……」
「だめです」
右腕に、ずっとしがみつく羽月。彼女はこの海底にやってきてから、ずっと空の腕から離れることはなかった。
「いくらなんでも、こんな船内にサメはいないよ?」
「分かりませんよ。そこの船室を開けたら、」
本当にそこの船室を開ける。それも、べったりと空の手から離れずに。
「悪い悪いタコさんがいたりするんですよ!」
だが、羽月の不安とは裏腹に、倉庫らしきその場には何もなかった。奇怪なフォルムのツボが無数にならんだ棚が彫り込まれていた。
「……何もいないよ?」
「騙されちゃいけません。もしかしたら……」
なぜか置いてある宝箱型の箱に、羽月は手をかける。
「こ、この中にウミヘビさんが潜んでいて、開けた瞬間私は簡単にぱっくりと……」
「そう思うなら開けないでよ……」
ガチャリと、地上らしき音とともに宝箱がその内部を晒す。羽月はパッと空の背後に隠れた。
彼女に急かされるままにのぞき込むと、そこには、
「なにもないけど……?」
ただ、箱の底が見返すだけだった。
「羽月ちゃん、怖がりすぎ。大丈夫だって。そんな危ない目に合う前に、私がなんとかするから」
空が安心させようとするも、羽月は落ち着くことを学ばない。
「この前見た映画だと、大丈夫だと思って歩いていると、船底からタコさんが……」
「羽月ちゃん……影響受けすぎだよ……」
しかし羽月は、「何かあります、何かあります」の一点張りで、決して空から離れない。
どうしようか、と空が考えていると、足が階段の段差に差し掛かった。
「あ、ここから下の階か」
関係者以外立ち入り禁止という雰囲気を無視し、恐る恐る階段を下る。羽月の言葉を真に受けたわけではないが、本当にサメなりタコなりが現れたらどうしようと思った。
「……」
「……睦城さん?」
「だっ、大丈夫! 別に、怖がってなんか、ないよ?」
「その割には、腕が振るえてますけど……」
羽月の指摘で、空は慌てて無意識に手すりを握った手を放す。
そのままバランスを崩し、空は足を踏み外してしまった。
「うわわっ‼」
浮力が仕事を忘れたようだ。空はあっさり階段の底へ転げ落ちた。
ドンガラガッシャーン、と空が生涯聞くことはないと思った音が彼女の耳に入る。混乱する頭が、彼女の視界をグルグルと回転させている。
その結果、ゆっくり降りてくる羽月の姿が、
「……あれ? 羽月ちゃんが二人、三人……」
「睦城さん、しっかりしてください」
脳神経の何かがやられたのか、羽月の姿がくらくらと揺れている。残像のせいで、羽月の姿が何重にも重なる。
「うん……いつつ……」
空は首を振りながら、落ちてきた階層を確認する。
まだ甲板の隙間から光が漏れる階とは違い、ここは船の最深部らしい。これまでよりも暗く、階段と羽月以外は、ほとんどが暗闇に包まれていた。
「すごいな……こんなに大きいんだ。……羽月ちゃん」
空は手招きする。
「大丈夫。サメもタコもいないから。降りてきて」
「……」
羽月は警戒を崩さず、段差を一段一段ずつ下っていく。動作一つ一つを丁寧に行うので、空は少しだけ焦れた。
「ふう」
十五段の段差を降りるのに、たっぷり五分も使った羽月は、一度両手を伸ばして空に尋ねる。
「……本当に進むんですか?」
「まあ、探索に来たんだからね」
不安がる羽月の手を引きながら、空は暗闇へ歩み出す。羽月が脅えるのも頷ける暗黒に、空も少しだけ萎縮してしまう。
「こういう海の中って、もう少しなんていうか、可愛いものがいっぱいいるって思っていたんだけどなあ……」
「可愛いものはいません……」
「魚は可愛くない?」
「可愛いですけど……」
羽月は、最下層にまで侵入している魚たちに指をだしながら小声で呟いた。小さな船の住民たちは、ポチポチと羽月の指を突いており、羽月の笑いを誘った。
空は「なら、羽月ちゃんはここにいて」と肩を叩き、少し奥に進もうとした。その空の後ろを、慌てて羽月が付いてくる。
船底の軋む音が否が応でも空の神経を警戒させる。
そして。
「何かいる……」
暗闇の中、空の視界は確かに、暗い船底に蠢く存在を認めた。
抜き足、差し足で空は歩を進める。羽月が自身の背中にピタリと貼りついている。
「……羽月ちゃん、見えた?」
「なに……がです?」
「なにかが、動いたの」
「怖いこと言わないでください」
羽月は空の背に顔を埋めている。
やがて空たちは、曲がり角に差し掛かった。そして、
そこに、少女が佇んでいた。
「……なんだ、女の子か……」
「よかったです……。サメさんとかタコさんとかかと思いました」
空と羽月は胸をなでおろす。そして、この儚げな少女に話しかけようとして……
「……え? こんな海の底に女の子?」
至極当然の事実に、空と羽月は凍り付いた。
と、同時に、羽月は空にしがみつく。首が苦しいが、羽月はガクガク震えて放してくれない。
「お、お、お、お、お、おば、お化けですうううううううう‼」
普段物静かな彼女からは想像もできない大声が、空の耳元から発せられた。目の前の非現実と直近のピンチで、空は指一つ動かせない。
その間に、少女は、ゆっくりと。
幽霊のようにふわりと水中を浮遊しながら、
空たちに向かってきた。
台風のせいで、外出できない...




