敵の目的
タイトル変更しました。
第二章はいろいろ失敗だらけだった気がします……第三章はもっと面白いものを作りますので、是非ともお付き合いください!
「いらっしゃいませ」
羽月の歓迎の言葉が、泰吾の耳に届く。
今日も月光は、人がまばらだ。
互いに隣り合った席には座らない客たち。うるさく無意味な論争をする中学生や、一心不乱にペンを走らせている勉強家など、多種多様な人たちがいた。
「逸夏さん、今日はお一人ですか?」
「ああ。待ち合わせなんだ」
「そうですか。それではこちらへ」
初めてここに来たときと同じように、そっけなく羽月は泰吾をカウンター席に案内する。厨房の一部と向かい合う席に腰を下ろした泰吾は、厨房の台で、反対側に立つ羽月に話しかける。
「どうだ? レプスには慣れたか?」
「正直まだまだです。そもそも、私がエンシェントになったなんて実感がわきません」
羽月は頭のうさ耳を撫でながら答えた。
あのスタジアムでの死闘のあと、美月は正式にレプスを羽月に託した。曰く、羽月の方が自分よりもレプスを使いこなしてくれるとのことだ。
「まあ、誰もすぐにとは言わないだろう。自分のペースで練習していればいいさ」
「はい」
羽月は年齢に見合わず大人びていてクールだが、今少しだけ笑ったように見えた。
「いつもエクウスさんにいろいろ教えてもらっているので、自分でも成長していると感じています」
「エクウスにか。あいつも結局ここに住んでいるんだよな」
「お姉ちゃんにまだ認められていないのがどうしても気に入らないみたいです。バイト代はいらないから、ここに住ませろとお父さんに直談判していました。ところで逸夏さんは、誰と待ち合わせですか?」
「エスカだ。あいつも少し日本に興味があるらしくてな。少し絵戸街の外を案内してほしいそうだ。まあ、東京タワーにでも連れていくか」
「そうですか。ご注文をどうぞ。いつものでよろしいですか?」
「ああ」
羽月は頷くと、近くの機械に手を伸ばす。この焙煎機は、羽月のお気に入りらしい。
「それにしても、この前の敵さんの目的はなんだったのでしょう?」
「分からない。たぶん、これからもわかることはないと思う」
泰吾は頭を抱えながら答えた。
「羽月ちゃんがナラクを倒した瞬間、もう用はないと言わんばかりに消えていった。罠かとも思ったけど、結界が消えるし、表で猿飛たちと戦っていたロボットも消滅。なにがしたかったんだ?」
「全くだぜ」
大きな声とともに会話に乱入してきたのは、もうすっかり厨房になじんだ新参者。
羽月がウサギの顔が描かれたエプロンをしているように、エクウスは黄色い派手なエプロンをしている。それでも表情ににこやかさのかけらもない彼に、泰吾は思わず笑ってしまいそうになった。
エクウスは泰吾の苦笑を無視し、大きな鍋を羽月の近くに置き、コンロに火を灯す。
「てめえらはまだいいぜ。俺はあの時ずっと雑魚の相手ばかりだぜ? 少しは派手に戦いたかったぜ」
不機嫌を隠さない言い方だが、それでも彼の手はきちんと業務を行っている。
「何もないほうがいいだろう。楽だし」
「ケッ! 何もないは退屈だろうが。それよか、外だとあのルヘイスの野郎の悪趣味な機械とやりあっていたらしいじゃねえか。こんなことなら、俺も外にいればよかったぜ」
「おお……お前、ずいぶん手際いいな」
泰吾はトントンと料理をこなしていくエクウスへそう呟いた。彼の手はもう何年も同じものを作り続けた職人のようで、最初から一連の動作が作品になっているようにも見えた。
「エクウスさんは、お姉ちゃんがゾディアックで完全にエンシェントを抜くためにいる間の代打らしいです」
「まあな。いろいろ借りも返していないからな」
「お前借りなんかあったのか?」
「一週間ここに泊まり込みしてんだ。貸し借りの一つや二つできらあ」
「お前口悪い癖にいいやつだな本当に」
「へっ。褒め言葉としてもらってやる」
豪快にカレールーを浸し、完成した宝島カレーをバイトに渡すエクウス。彼が「いいか、しっかりと渡せよ」と釘を刺しているのを見ると、彼は食に関しては人一倍厳しい人物なのだと印象付けられる。
「あ、いらっしゃいませ」
続く呼び鈴に誘われ、羽月が次の接客を急ぐ。
注文はしばらく先になりそうだ、と泰吾はリュックから本を取り出そうとすると、
「お隣よろしいかしら? 暇そうなお兄さん?」
羽月に案内された客に声をかけられる。静かに席に腰を下ろした存在から放たれる涼しい気配。
「……猿飛か」
「奇遇ね。ランチタイムの邪魔かしら?」
今日は少しだけ自分と口をきいてくれるらしい。猿飛明日香と親睦を深めるいい機会だ。
「いや、ただの待ち合わせだ。エスカとな」
「あら。エンシェントがらみだったら聞かせてもらおうかしら」
「いや、ただの東京案内だ。東京タワーにでも連れて行こうかと思うが、どこかおすすめはないか?」
「ごめんなさいね。私も地理には明るくないのよ。いくら生まれ育った街でも、実際に探索したことがあるわけじゃないから」
「そうか……」
泰吾は、カウンターに戻った羽月が焙煎を続けるのを眺めている。明日香もそれに焦点を当てながら、口を開いた。
「この前のスタジアムでのこと。貴方はどう考える?」
「何を?」
「ルヘイスが私たちを誘った理由よ。羽月さんを誘拐したのよ。洗脳して戦力強化は悪くない手段だけど、使い捨てにしていいカードではないはずよ。これから先私たちが邪魔になることは分かっているでしょうし、そもそも一連の流れからすれば、今回の事件は彼らにとってくたびれもうけよ」
「……」
「私たちの戦力分析がしたいなら、ゴーレムを各地にでもばら撒けばいい。ルヘイスには、それができるのでしょう?」
「ああ。……お前が戦ったΣロイドは、結界が解かれる前に消えた、間違いないか?」
「ええ」
「……おそらくだが、データ収集で間違いないだろう」
「でも、それは折角手に入れた羽月さんという切り札を切ってまですることかしら? ゴーレム相手でも充分事足りるはずよ」
「いや、今回の奴の目的は俺たちではなく、警察のαシステムだ」
明日香の疑問を、泰吾が持っていなかったわけではない。あの事件から、泰吾はあの状況をなんども考え、下した結論だ。
亀ゴーレムが渋谷に現れたときも、彼はゴーレムではなくΣロイドを使い、泰吾たちのデータを取ったと言っていた。あの時と今回の違いは、エンシェントの人数とαシステムの存在の二つに限定される。
「エンシェント相手なら、確かにゴーレムだけでも充分だ。だが、もし一か所でも街が異界になったらどうだ? 警察が関わることは、鬼ゴーレムのときのことから明らかだろう。それに、俺たちも当然手間取るから、警察が来る前に決着してしまうこともない。おそらくルヘイスも、自分で通報したんだろう」
「私たちよりも、あの木偶人形ロボットのほうが魅力的に映ったのかしら?」
「分からない……。ナラクは、最初から俺たちへの当て馬だったんだろう。まあ、そうなればなぜルヘイスがずっと俺と羽月ちゃんのところにいたのかが気になるところだが」
「すべてあの無駄ハイテクロボットが収集してたのかしら? 確かに警察のあれはすごいテクノロジーだけど、正直Σロイドの方がオーバーテクノロジーよ」
「お待たせしました」
二人の会話は、羽月が置く注文の品によって中断された。
明日香はとりあえずはこちらを優先しようと卵焼きサンドイッチを掴む。
お盆を胸に抱え、羽月は発言した。
「お姉ちゃんも同じことを言っていました。αシステムの観察のために、私を餌にしてカモフラージュを図ろうとしたのではないかと」
「美月さんも?」
「はい。そして、その目的も」
「目的?」
「おそらく、敵もαシステムと同型の機械を作ろうとしているのではないかと」
頼んだインスタントコーヒーが、全く味を感じない。むしろ生水のようだった。
第二章に一か月半かかっている……まさか、章が上がるごとに時間が伸びていくのか⁉




