ビギナーズラック
パソコン復活!
ただ、叔父に頼んで入れてもらったワードが英語なので、若干使いづらい……
「あれ……私……」
地に足を置いたとき、ようやく羽月の意識が戻った。キョロキョロと周りを確認し、ここが見知らぬ暗い場所だと理解した。
「あれ……逸夏さん……? 私、何をしていたんですか……って」
ふと、彼女の視界に自分の手が映る。右手が緑のゆがけのようなものに包まれているのを知ると、驚いて全身を見下ろした。
「な、なんですか、これ?」
「やっと、目を覚ましたか?」
声をかけられるまで、羽月は自分が泰吾と手をつないでいたことに気付かなかった。
「う、うわっ! ごめんなさい……というより、なんですかこれ?」
羽月は、自分が知りもしない服装に戸惑う。
翡翠色のゆかた姿。大きな振袖に、右手に握られる巨大なハンマー。杵と呼ばれる形状のハンマーは小柄な羽月とは不釣り合いに大きく、羽月の体よりも重量があるが、簡単に振るう力など自分にあっただろうか。
頭をかくと、羽月の手がその原因と思われるものに触れた。
「……へ?」
見えなくても手が覚えている、ビロードのような触感。縦長に伸び、その内側が外側に輪をかけて柔らかい。自分のツインテールが不自然に直立し、そのビロードと重なり合っている。
それがレプスであることは、もう理解していた。
「レプスが、どうして私に……?」
「覚えていないのか?」
「逸夏さん……逸夏さん⁉」
怪訝な泰吾の声に振り向くと、羽月は彼の姿を見て大声を上げずにはいられなかった。
翡翠がかかったタキシード。翡翠色の蝶ネクタイ。その頭の上に乗せられている印象的なシルクハットと、まるで奇術師のような恰好をした泰吾。
以前データで見せてもらった彼のエンシェントとは異なっていた。
だが、羽月が驚いたのは、イニシャルフィストとは違う姿になったからではない。
彼の右手が血だらけになっており、放っておくことが許されない出血量だったからだ。
「逸夏さん、血! 血が……!」
「ああ。……大丈夫だ」
だが、泰吾は袖をめくる。そこには、赤い血の跡はあっても、毒々しく流れ出る鮮血はない。まるで、無傷の上に塗ったようだ。
「すごいな、エンシェントの回復力。もう傷が完治してる……」
「うそ……」
「驚くのは当然だけど、覚えていることはないか? 最後になにしたか」
「私は……たしか、買い足しに……」
「おつかいか。長いおつかいだよ、全く……」
「羽月!」
すると、背後から投げられる声。美月が、足から血を流しながら血で横になっていた。
「どうして羽月がエンシェントに……⁉ レプスは、私にしか反応しないはず……!?」
「悪いな、昨日少しくすねた」
泰吾は、地面から何かを拾った。
レプスに押し付けたそれを、羽月が知らないはずがない。
「オーパーツリバーサー? どうしてここに……?」
「まあ、昨日報告のときにくすねただけだ。取り返さないと帰れないからな」
「昨日……?」
「おやおや、これはこれは」
羽月が何事なのかを問いただそうと泰吾に詰め寄り始めたとき、それは手を叩きながらのルヘイスの言葉に中断された。
「大番狂わせですね。君は」
「ルヘイス……」
泰吾は、おそらく武器だと考えられるステッキを剣のようにルヘイスへ向けた。しかしルヘイスは全く動じる素振りもなく、腰を上げない。
「困りましたね。私はあまり荒事は苦手なので、手持ちから駒を出さなければならないではありませんか」
「駒……?」
泰吾の疑問に答えるように、ルヘイスはポーチからカードの束を取り出し、見せつけた。
「そういえばあなたにもお見せしましたね。さて、どのゴーレムを相手にさせましょうか」
ルヘイスはまるでおもちゃを選ぶの子供のように、ゴーレムが封じられたカードを眺めている。そう、以前亀ゴーレムのときと同様に、あのカードを彼のパソコンに作用させれば、おそらくこの場にゴーレムを召喚できるのだろう。
そうはさせまいと泰吾は彼へとびかかろうとジャンプする。
と思ったが、
「私を忘れるなあああああああああああああああああああああ!」
天窓を突き破って現れる黒マント。
「っ⁉」
泰吾は慌ててステッキを盾にした。その判断が遅れていれば、乱入者ナラクに串刺しにされていたかもしれない。
「お前……!」
泰吾も忘れるはずがない。前回の鬼ゴーレムの事件の元凶だ。
「久しぶりだな、覚えているか⁉」
「どうしてお前がっ……!」
「ルヘイスに頼まれてな! 待てども探せども貴様ら誰も来ないから、私が自ら来てやったのだ!」
ルヘイスはジャンプし、胸から影の手が現れる。人を人形のように扱う大きさのそれは、まっすぐ泰吾へ向かうが、
上からの突撃に、地面に突き付けられる。
「無視しないでください……」
杵というばかりでは足りない。ハンマーと呼ぶべき大きさの武器が、その重鎮で影の腕を轢きつぶしていた。
「羽月……ちゃん……」
「逸夏さん、謝らないでください」
羽月は杵を抱え上げた。
「私は、ずっとお姉ちゃんにあこがれて、ずっとお姉ちゃんみたいになりたいって思ってて。でも、これは私が望んだ形ではありません」
羽月は軽々しくハンマーを振り、ナラクを引き離す。
「お姉ちゃん」
羽月はまっすぐ美月を見つめていた。美月も、真摯な目でそれを受け止める。
「オーパーツリバーサーは一度きりの欠陥品で、設計図もろくに残せなかった。だから、また作り直すよ。でも、お願いします」
羽月は、つたない口調で、
「今だけ、これを貸してください。今、お姉ちゃんが戦えない。でも、私がレプスを付けている。今私が持てる力なんだと、そう思います」
「羽月……」
美月の眼差しは心配そのものだ。これまで背中に回していた彼女に背中を向けられるのはどんな気持ちなのだろう。
やがて、美月は首を縦に振った。
「可愛い妹が頑張ろうとしているんだもの。お姉ちゃんは、応援しなきゃ」
「……ありがとう、お姉ちゃん。逸夏さん」
次に、羽月は泰吾に顔を向けた。
「私は、あなたを恨んだりはしません。むしろ、一度だけでも私にエンシェントになる機会をくれたことに感謝しています」
「感謝……?」
「だから、たった一回の私のレプス。めいいっぱい輝かせたいから。だから、力を貸してください!」
「……力を貸せって……?」
泰吾は、少しほほ笑みながら、ステッキをかざす。本来はレプスのものであるステッキを。
「それは俺の台詞だ。なら、」
泰吾は左手首を軽く握りながら、
「新参者同士、ビギナーズラックといこうか!」
「新参者同士ですか……ナラク、あれで敗北したら大恥になりますからね」
「分かっている。まあ見ていろ、私はラ・ムーを優雅に操るものなのだからな!」
ナラクはその身をマントにくるみ、その姿を影に消した。
「消えた?」
「……いえ、います」
しかし、羽月は顔色一つ変えずに呟いた。同時に、彼女のウサギの耳が反応するようにピクピク動いている。
「聞こえます……心臓の音です」
「そうなのか……俺には聞こえないな」
「これが、レプスの能力です」
泰吾は、それも自分にコピーされればよかったのにと思いながら、羽月が目を閉じるのを確認した。
「……後ろです!」
「!」
羽月の言葉を疑う理由などない。彼女が発言した瞬間、泰吾は見えない背後を突き刺した。
固い手応えとともに、影になっていたナラクの姿が徐々に浮き彫りになってくる。
「貴様……っ!」
思わぬ反撃に、ナラクの表情に焦りが芽生え始めた。
そして、ナラクと泰吾は同時にステッキを振り上げ、互いに斬りつける。
だが、同じステッキでもナラクのほうが扱いは長けている。泰吾のステッキが弾かれ、その身が引き裂かれるのは当然のことだろう。
だが、
泰吾の体が無数の鳩の集合体になるなど、ナラクには考えもつかない。
「なっ……⁉」
鳩たちはナラクをぎろりと一望すると、彼へ突進しながら集う。それは再び泰吾の姿となり、ナラクへ斬りつけた。
思わぬ反撃に、ナラクは防御に入らざるを得ない。
ナラクを一度引き離した泰吾は、シルクハットのつばを摘まみながら、
「奇術師というのは、こういう手品をするものなのだろう?」
「ぐぬぬ……おこぼれの分際で……だが、」
ナラクは不意に口を吊り上げる。
「貴様は後だ!」
ナラクは、再びマントに身を隠す。また羽月の指示で動こうと泰吾が思った瞬間、
彼の横を通る気配があった。
「まさか!」
ナラクが、泰吾ではなく、羽月を先に始末するつもりだ。
そう察し、駆け出すも、この姿の泰吾は、通常のイニシャルフィストよりも遅い。なんと、人と変わらない速度であることに気付いた。
「羽月ちゃん!」
しかし、狙われる羽月は眉一つ動かさない。軽々しく、ハンマーのように巨大な杵を振り上げ、
「やあ」
バットのように振った。ハンマーのヘッドが、迷いなくナラクの座標を貫いている事実は、彼が驚いて姿を見せるまで気付かなかった。
そして、羽月のハンマーは、ナラクの盾としたステッキを粉砕し、彼の腹を打撃、その身を月光がある窓を貫かせた。
「……すご……」
泰吾は思わず言葉を失った。元レプスの持ち主である美月にもこれは予想外らしく、ぽかんと口を開けている。
「子ウサギでも、噛みつきますよ」
羽月の思わぬ力に舌を巻いたルヘイスは、ナラクが落ちた窓から彼を見下ろす。
「ほう。これは驚きましたね」
袖から伸ばした触手を垂らしている。おそらくナラクを吊り上げているのだろう。
「撃たれ弱いナラクとはいえ、一撃で戦闘不能にさせるとは。並みのゴーレムでは相手になりませんね」
「まだやりますか?」
羽月は告げた。ルヘイスは首を振りながら、
「いや、遠慮しておきましょう。命も惜しいですし」
ルヘイスは足元に何かを投げおろした。黒い紳士服に身を包んだ、銀髪の男。あれが、ナラクの本当の姿か。
「ふむ……Σロイドのデータも十分らしいですね。今回は私たちの負けということで、手を打ちましょう」
「ずいぶんとあっさり負けを認めるんだな」
「ええ。まあ、とっくに私の目的は達成されたのです。まあ、あなた方も勝利の余韻が欲しいでしょう」
そう言って、ルヘイスは何かを投げた。泰吾の手に飛び込んできたそれは、
「なんだこれ……? 小銭?」
「オーパーツですよ。ちゃんと力はあります」
「なぜ……?」
「言ったでしょう。それは今日私たちに勝利した報酬です。使うも破棄も、ご自由にどうぞ。さて、」
ノートパソコンを操作し、吐き出されたカードをポケットにしまったルヘイス。このとき、外でΣロイドと戦っていた明日香の目の前からΣロイドが消滅したのだが、それを泰吾が知る由はない。
「この結界はしばらくすれば戻りますので。See you again」
ナラクを抱え上げたルヘイスは、そのまま窓から飛び降りた。
泰吾と羽月が駆けつけるも、もう彼の姿はどこにもなかった。
十月十一月は、パソコン壊れたり携帯が死亡したり大変な月でした。今年最後の一か月、皆様もどうか平穏に過ごせますように……




