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ゾディアックサイン  作者: カラス
月の夜空
43/73

切り札

少しグダグダになったかも……

反省しています

 泰吾は、羽月の剣をハウリングエッジで受け止める。細腕の羽月からはありえない力量に、泰吾は困惑と同時に恐れをなす。

 それは、拮抗どころか、泰吾を圧倒する剣撃だった。


「羽月ちゃん、こんなに力あったのか?」


 泰吾にできるのは、せいぜい防御が精一杯。


「ないわよ! 羽月は蚊一匹だって殺せはしないのに」


 同じく羽月を止めようとする美月。だが、彼女のステッキもまた羽月の剣には及ばない。

 いや、本来ならばむしろ上回れるのだろうが、妹を相手に本気で武器を使える姉などいない。


「弱いです」


 しかし、とうの羽月に手加減する理由など一切ない。洗脳されている彼女にとって、泰吾と美月は敵でしかない。その一閃で、ハウリングエッジとステッキを弾き飛す。泰吾がイニシャルフィストに戻ると同時に、二人の体が二つの刃に刻まれる。


「ぐわっ!」

「きゃっ!」


 ともに床に投げられた二人。さらに、羽月の容赦ない連撃が襲う。


「まだっ……! いける!」


 即座に立ち上がった泰吾が両腕の篭手でその二本を受け止めるも、圧倒的な腕力で泰吾の体をねじ伏せる。


「なっ……」


 泰吾が驚いたのは、羽月の防御力だけではない。まるで殺し屋のように無駄が一切ない動きで泰吾を翻弄する。反撃のために突き出した拳はすべて弾かれ、相手の攻撃はこちらには入らない。

 

「苦戦していますね……本気になれば簡単にねじ伏せられそうですのにね」


 人ごとのように鑑賞するルヘイス。ティーポッドで新たに追加したお茶を飲み、その視線を美月に移しながら言った。


「あなたなら、実力もあるのでしょう? 妹さんをねじ伏せるのも容易いと思いますけど」

「ふざけないで……!」


 ルヘイスもほぼ間違いなく分かって言っていることだろう。だからこそ、自分たちが挑発に乗るわけにはいかない。


「羽月は、あなたの操り人形じゃない!」

「いえ、人形さんですよ。じつに楽しいね」


「羽月は、絶対に取り戻す!」

「ふふ、それまであなたの体がもちますかねえ?」

「まだ、分からない!」


 が、それに歯向かう泰吾。よろよろの体を奮い立たせ、


「羽月を救う! 今ここで! そうしないと、一生後悔する!」

「後悔、ですか。後悔よりも先に命の心配をなさい」


 すると、ルヘイスはパソコンを少しだけ操作した。それにより、羽月に次の攻撃命令が下される。


「始末なさい」

「はい」


 従順な下僕は、二人のエンシェントへ殺意を走らせる。


「終わらせます」


 羽月の冷静な声。それとともに、二本の刃から妖しい光が放たれていく。武器そのものと、羽月の体に入れられているのであろうオーパーツの影響に違いない。

 そして、羽月の足が地を蹴る。まさにウサギの速さで、一瞬に泰吾の目前へワープした。


「えっ……?」


 立つことでさえやっとの泰吾の心臓を貫く

 直前で、泰吾の投げ飛ばされる。


「なっ……⁉ 美月さん!」


 代わりに、羽月の刃を体に受けたのは、美月だった。全身のバニー衣装から火花を散らした彼女は、泰吾の脇を通り過ぎ、地面を削る。大きなダメージにより、レプスは解除され、美月は翡翠色の普段着の姿に戻る。


「大丈夫よ……つっ!」


 が、見れば彼女の脛からとんでもない出血量があった。今の羽月の剣技は、対象者の全身を切り刻む能力を持つ。それを脳内が察した瞬間、泰吾は背後から殺気を察知。


「まずいっ!」


 泰吾は即座に美月を抱え上げ、その場を飛び退く。刹那、泰吾と美月がいた場所を羽月の刃が走る。


「また来る!」


 泰吾は美月を下ろし、彼女の追撃を蹴りで受け止める。火花とともに、泰吾の全身に早い場の衝撃が跳ね返る。


「っ!」


 再び泰吾が後退をしようとするも、今度は見逃すまいと羽月が迫る。


「……あれは……⁉」


 その時、泰吾は羽月の姿を改めて注目する。

 彼女の姿は、昨日マイと買い足しに行った時から変わっていない。オレンジのチェック柄シャツとデニムワンピース。二刀流装備にはあまりにも不似合いな姿で、むしろそれでエンシェントに追随する動きをする彼女の体のほうが心配になる。

 そんな彼女の体を、泰吾は穴が開くほど凝視していた。


「泰吾くん……? どうしたの?」

「美月さん……?」


 美月はどうやら気付いていないようだ。だが、ルヘイスが聞き耳を立てている中で彼女に伝えるわけにもいかない。

 泰吾は、少しずつ右へ移動し、レプスとの距離を縮めた。


「何かを企んでいますね……」


 ルヘイスが見抜いた。まあ、当然だろう。

 なにしろ、美月以外にとっては泰吾はただの仮装道具であるレプスを手にしたのだから。


「さしずめ、あなたのあの摩訶不思議な力でも使うつもりでしょうか?」

「……なんのことだ?」

「嘘はもう少し相手を選びなさい。ここに来たときに、あなたは他のエンシェントの姿で来たでしょう?」


 ハウリングエッジのことだろう。たしかに、マイと別れる寸前で、前回と同じ要領で同じ姿になった。彼女とどこまで同じ能力を受け継げているのかは賭けだったが、どうやらハウリングエッジは嗅覚も優れていてよかった。


「お姫さまだけでなく、緑の少女もできるのでしょう?」

「……なんで知っているんだか」


 泰吾はそう言いつつ、レプスを握る手に力を込める。マイ、空のエンシェントの姿になった時と同じだが、やはりオーパーツだけではそれは不可能だった。


「Oh, my god. どうやらそれはエンシェントのみのもののようですね」

「美月さん、先に言わせてください」


 泰吾はルヘイスの挑発を無視しながらそう声を漏らす。なんとかそれは美月に届いたようで、届いたようで、彼女は疑問符を浮かべている。


「俺の身勝手だし、なにより本人たちの了承もない。それどころか、これは美月さんと羽月ちゃんの一生を揺るがしかねないことだってこともわかっている」


 泰吾は深呼吸し、


「でも、俺にはこれしか思いつかない。多分、あなたたちとの縁も切れてしまうと思う。恨んでくれても、許さなくても構わない」

「さあ、私の従順な僕よ! Kill him!」


 ルヘイスの命令で、再び羽月が動く。今度は一直線の走行ではない。壁を使い、素早い動きと立体軌道で泰吾の目を奪う。

 だが、泰吾はそれでも続けた。


「でも、今は、俺も羽月ちゃんを救いたい! 助けたい! だから、俺はこの手に頼る!」

「殺れ!」


 ルヘイスの命令とともに、羽月の殺気が強まる。

 泰吾はブースターから炎をふかし、羽月のスピードを追いかける。

 白い光の筋となった泰吾は、目から光の残像を残しながら泰吾の首を狙う羽月と激突を繰り返し始める。

 だが、電燈さえない、月明かりだけが光源の場所だ。泰吾自らが光を放っているとはいえ、視界が悪く、とても満足に戦えない。

 やがて泰吾の拳が弾かれ、イニシャルフィストの鎧が羽月に晒される。

 羽月は無情に、その体へ二本の刃を奔らせる。

 だが、踏み込みが甘い。勢いが十分に乗せられなかった。これは、いくら泰吾が素人でも防御可能。そう、ルヘイスも美月も、羽月自身もそう考えたのだろう。

 実際に、ルヘイスのカッター型の剣は左手に弾かれてしまった。回転しながらルヘイスの机に突き刺さるそれにも、ルヘイスは眉一つ動かさなかったが。

 そして、最初から持っていた剣は、

 泰吾の盾である右腕を貫いた。


「がっ!」


 イニシャルフィストごと泰吾の右手が機能を停止した。あまりの苦痛に泰吾は表情を歪める。握っていたレプスも、保持しておけずに少しずつ落ちていく。

 美月も、ルヘイスも、もう終わったと確信していた。

 美月は絶望。

 ルヘイスは希望。

 両者がそれぞれの顔を羽月と泰吾に与えた。


 だが、一人だけ勝利を掴んだものがいた。


「これを、待っていた……!」


 痛みの中でも、確かな笑みを浮かべる、


 泰吾が。


「逆転の切り札はいつだって、わずかな光のなかでもあるのさ! この月光のようにな!」


 左手が目指したのは、ただ一つ。羽月のポケット。

 暗がりの中、一瞬だけ泰吾に光を与えたそれを奪い、

 即座に泰吾は、手放しかけ、右手から完全に傾いたレプスに叩きつけるようにつなげる。


「羽月ちゃん! まさか、自分が作ったものを忘れたなんて言わないよな! 君が作った、オーパーツリバーサーを!」


 ポケットからはみ出ていた、カラフルな紋様。もしやと思い、それを手にしてみれば、泰吾の予想は間違っていなかった。彼女がかつて絵戸街支部で見せてくれたオーパーツリバーサーだった。

 それは、落下中のレプスを電子音とともに初期化する。剣が刺さったままの右手で羽月を、自由の左手でレプスをキャッチし、


「目を覚ませえええええええええええええええええええええええ!」


「!」


 ルヘイスも、美月も。

 明白になった泰吾の目的を悟るも、もう遅い。

 思わず立ち上がり、触手がルヘイスの手から伸びる。それは、用済みになった羽月を貫こうとするものだろう。

 だが。


 レプスが、羽月の頭に乗るのが早い。

 

 レプスがうさ耳として乗せられた、その瞬間、レプスから翡翠の光が漏れる。

 

 それは、泰吾をも関係ないとばかりに取り込み、

 ルヘイスの触手の侵入を拒絶し、


 光を散らして現れたのは、


 かつてのバニー衣装の美月を思い出させる、黒いタキシードとステッキを持った泰吾と、

 彼と手をつないで滞空する、うさ耳と翡翠色の袴を纏った羽月の姿だった。

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